第1節 スポーツにおける女性の活躍

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第1節 スポーツにおける女性の活躍

1 スポーツ分野における男女共同参画1

(1) 女性とスポーツの歩み~オリンピック・パラリンピック競技大会を中心に~

(女性スポーツの黎明期)

オリンピック競技大会(以下「オリンピック」という。)は1896年に第1回大会がギリシャ・アテネで開催されたが,男性のみ参加が許されており,女性には門戸が開かれていなかった。女性が選手として初めてオリンピックに参加できるようになったのは,1900年にフランス・パリで行われた第2回大会からである。国際オリンピック委員会(以下「IOC」という。)によると,同大会には24か国から997人の選手が参加したが,うち女性は22人(2.2%)にとどまっており,女子種目が採用された競技はテニスとゴルフのみであった。1904年セントルイス大会ではアーチェリー,1908年ロンドン大会ではフィギュアスケート,1912年ストックホルム大会では水泳で女子種目が加わった。長らく男性のみで構成されてきたIOC2によって「女性らしい」とみなされた競技がオリンピックの女子種目として認められていたのである。

日本からのオリンピックへの参加は,1912年ストックホルム大会に2名の男子選手(陸上競技)を派遣したのが始まりであった。一方,女性は,1928年第9回アムステルダム大会に人見絹枝選手(陸上競技)が初めて参加し,女子800メートルで銀メダルを獲得した。当時,女性がスポーツをすることが珍しい時代にあって,女子陸上選手への偏見も厳しい中,人見選手は,海外のスポーツ事情の紹介,後進の育成,生涯スポーツの重要性についての普及啓発などを精力的に行い,今日の女性スポーツの基礎を築いた。

1 国際オリンピック委員会(IOC) “FACTSHEET WOMEN IN THE OLYMPIC MOVEMENT (Updated June 2016),同“KEY DATES IN THE HISTRY OF WOMEN IN THE OLYMPIC MOVEMENT”,公益財団法人日本オリンピック委員会(JOC)「オリンピックの歴史」,順天堂大学女性スポーツ研究センター「女性とスポーツの歴史」等を参考に記載。

2IOCで初めて女性委員が誕生したのは創立87年目にあたる1981年。1992年には,JOC初の女性理事(河盛敬子 日本なぎなた連盟理事)が誕生した。

(女性アスリート活躍の軌跡~オリンピック競技大会~)

オリンピックにおける女性が参加可能な競技数は回数を経るごとに着実に増加し,それに伴い参加する女子選手の数も伸び続けてきた。

女性が参加可能な競技割合を見ると,夏季大会では,1976年モントリオール大会で初めて5割を超え,2012年ロンドン大会において,ボクシングに初めて女子種目が加わったことで,全競技で女性の参加が可能となった。2012年ロンドン大会は,競技数の均等に加え,全参加国・地域から女子選手が派遣された記念すべき大会である。冬季大会では,2002年ソルトレークシティ大会で初めて,全競技で女性の参加が可能となった(I-特-1図)。

I-特-1図 オリンピックにおける女性が参加可能な競技数別ウインドウで開きます
I-特-1図 オリンピックにおける女性が参加可能な競技数

I-特-1図[CSV形式:2KB]CSVファイル

オリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界)を見ると,夏季・冬季大会ともに増加している。夏季大会では,2012年ロンドン大会は44.2%,2016年リオ大会は45.6%であり,2020年東京大会では48.8%と過去最高となる見通しである3。冬季大会は,2018年平昌大会で42.5%と過去最高となった。

オリンピック日本選手団に占める女子選手の割合を見ると,夏季大会では,2008年北京大会で49.9%,2012年ロンドン大会で53.2%,2016年リオ大会で48.5%と近年おおむね半数で推移している。冬季大会では,2014年ソチ大会で初めて5割を超え,2018年平昌大会では58.1%と過去最高となった(I-特-2図)。

I-特-2図 オリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界と日本)別ウインドウで開きます
I-特-2図 オリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界と日本)

I-特-2図[CSV形式:4KB]CSVファイル

3IOC News “Tokyo 2020 event programme to see major boost for female participation, youth and urban appeal” (2017年6月9日)

日本人選手のメダル獲得数を見ると,最近の夏季4大会においてはいずれも男子選手の方が多いが,金メダル獲得数を比べると女子選手が男子選手を上回る。冬季大会では,女子選手のメダルの獲得数が少ない状況が続いていたが,2018年平昌大会では金メダル3個を含む8個のメダルを獲得し,冬季大会では過去最多となった4(I-特-3図)。

I-特-3図 オリンピックにおける日本人選手のメダル獲得数・獲得率別ウインドウで開きます
I-特-3図 オリンピックにおける日本人選手のメダル獲得数・獲得率

I-特-3図[CSV形式:1KB]CSVファイル

4男女合わせたメダル獲得数も計13個で,過去最多となった。

(女性アスリート活躍の軌跡~パラリンピック競技大会~)

パラリンピックにおける女性が参加可能な競技割合を見ると,夏季大会では,第1回である1960年ローマ大会以降,一貫して6割を超える水準を維持しており,最近の4大会では約9割の水準となっている。一方,冬季大会は,2010年バンクーバー大会以降,全競技で女性の参加が可能となっている(I-特-4図)。

I-特-4図 パラリンピックにおける女性が参加可能な競技数別ウインドウで開きます
I-特-4図 パラリンピックにおける女性が参加可能な競技数

I-特-4図[CSV形式:1KB]CSVファイル

パラリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界)を見ると,夏季大会では,1998年ソウル大会以降増加しており,2004年アテネ大会で3割を超え,2016年リオ大会で4割に近付いた。一方,冬季大会では2割程度にとどまる。

パラリンピック日本選手団に占める女子選手の割合を見ると,夏季大会では,2008年北京大会40.1%,2012年ロンドン大会33.6%,2016年リオ大会34.8%と,近年は3~4割程度で推移している。冬季大会では,2014年ソチ大会で過去最高の3割となったが,2018年平昌大会では13.2%に低下した(I-特-5図)。

I-特-5図 パラリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界と日本)別ウインドウで開きます
I-特-5図 パラリンピック出場選手に占める女子選手の割合(世界と日本)

I-特-5図[CSV形式:3KB]CSVファイル

日本人女子選手のメダル獲得状況を見ると,夏季大会では,2004年アテネ大会後,急激にメダル数が低下し,伸び悩む。冬季大会では,2014年ソチ大会ではメダルを獲得することができなかったが,2018年平昌大会は金メダル1個を含む5個のメダルを獲得した(I-特-6図)。

I-特-6図 パラリンピックにおける日本人選手のメダル獲得数・獲得率別ウインドウで開きます
I-特-6図 パラリンピックにおける日本人選手のメダル獲得数・獲得率

I-特-6図[CSV形式:1KB]CSVファイル

(女性とスポーツに関する国際会議)

カナダ,オーストラリア,米国等を中心に女性スポーツへの関心が高まる中で,1994年に英国・ブライトンで,女性とスポーツに関する初の国際会議として,政府機関や各国のオリンピック委員会,スポーツ連盟等の参加の下,「第1回世界女性スポーツ会議」が開催された。同会議では,地域代表,NGO,女性とスポーツ分野の専門家等から構成される国際女性スポーツワーキンググループ(以下「IWG」という。)5が設立されたほか,スポーツのあらゆる分野での女性の参加を求めた「ブライトン宣言」が採択された。日本は,2001年に大阪市で,アジア地域における女性スポーツの発展を目的に「第1回アジア女性スポーツ会議」6が開催された際に,公益財団法人日本オリンピック委員会(以下「JOC」という。)が同宣言に署名した。

2014年にフィンランド・ヘルシンキで開催された第6回IWG会合では,ブライトン宣言の見直しが行われ,「ブライトン・プラス・ヘルシンキ2014宣言」が新たに採択された。日本は,2017年4月にスポーツ庁など5団体7が署名をした(I-特-7表)。

I-特-7表 ブライトン・プラス・ヘルシンキ2014宣言別ウインドウで開きます
I-特-7表 ブライトン・プラス・ヘルシンキ2014宣言

日本は,2006年に,アジア地域初の取組として,第4回IWG会合を熊本市に招致したほか,2015~2018年のIWGアジア地域代表を日本人8が務めるなどIWGの取組に大きな貢献を果たしている。

IOC「オリンピック憲章」において,オリンピズムの根本原則の1つとして「スポーツをすることは人権の1つ」と謳われており,IOCの使命と役割として,「スポーツにおける女性の地位向上を奨励し支援する」ことが明記されている。こうした基本原則に基づき,IOCでは,現在までに「IOC世界女性スポーツ会議」を5回開催し,女性とスポーツに関わる様々な課題について議論を行っている。2012年に米国・ロサンゼルスで開催された第5回会合では,女性スポーツの更なる発展のため,指導的地位にある女性を増やし,国連機関との連携強化を進めること等を明記した「ロサンゼルス宣言」を発表した。

5IWGは,男女平等を土台として持続可能なスポーツ文化を創出することをビジョンとする独立した調整団体である。

6JOCを始めとしたアジア各国のオリンピック委員会により構成されるアジア・オリンピック協議会の主導の下で開催。これまでアジア各地で4回開催された。

7スポーツ庁,独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC),JOC,公益財団法人日本障がい者スポーツ協会・日本パラリンピック委員会(JPSA/JPC),公益財団法人日本スポーツ協会(JSPO)の5団体。その他,平成29年末までに,熊本県体育協会,熊本市体育協会,公益社団法人日本女子体育連盟,NPO法人ジュースが署名している。なお,30年4月1日より,「日本体育協会」は「日本スポーツ協会(JSPO)」に名称を変更した。

8順天堂大学女性スポーツ研究センター長小笠原悦子氏。

(2) 2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けて

IOCが2014年に採択したオリンピック改革案の「オリンピック・アジェンダ2020」において,男女平等の推進として,「女性の参加率50%の実現」と「男女混合の団体種目の採用の奨励」が目標に掲げられた。2020年東京大会ではこの方針に基づき,男女混合種目が新たに採用されることなどにより9,女性の参加率が過去最高となる見込みである。また,前述のブライトン・プラス・ヘルシンキ2014宣言では,スポーツにおける女性のリーダーシップの発揮等が謳われており,2020年東京大会のレガシー(遺産)の一つとして,スポーツ団体の女性役員の登用やスポーツ界におけるダイバーシティ推進等の取組が進むことが期待されている。

国際パラリンピック委員会(以下「IPC」という。)では,2003年に「スポーツにおける女性委員会」を設置し,パラスポーツにおける女子選手や指導的地位にある女性の増加に取り組んでおり,IPCの4年間の方針・作業計画である「IPC戦略計画2015-2018年」でも,女性のパラスポーツへの参加拡大を優先課題の一つとしている。こうしたIPCの方針等を踏まえ,2020年東京大会では,出場選手4,400人のうち,少なくとも女子選手が1,756人にのぼると想定されており,女子選手の参加人数が過去最高となる見込みである10

9卓球・男女混合ダブルス,柔道・男女混合団体戦,陸上4×400m男女混合リレー,水泳4×100m男女混合メドレーリレーなどが男女混合種目として新たに採用された。

10IPC News “Tokyo 2020 Paralympic medal event programme announced” (2017年9月4日)。なお,性別を問わない出場枠が294あるため,IPCは,女子選手の割合は,更に増えるものと予想している。

トップアスリートインタビュー1

パラリンピックは不可能を可能に変える~「どうすればできるか」という発想で~
(大日方邦子さん)

大日方 邦子(おびなた くにこ)
1972年生まれ。東京都出身。3歳の時に交通事故で右足を切断,左足にも後遺症が残る。高校2年からチェアスキーを始める。1994年リレハンメル大会から2010年バンクーバー大会までパラリンピックに5大会連続で出場し,金メダル2個を含む計10個のメダルを獲得。2010年引退。2018年平昌大会選手団長。現在,株式会社電通パブリックリレーションズで2020年に向けてパラリンピックをPRする仕事をするほか,日本パラリンピック委員会運営委員,日本パラリンピアンズ協会副会長,日本障害者スキー連盟理事,スポーツ審議会委員,渋谷区教育委員等を務める。

大日方 邦子(おびなた くにこ)

パラリンピックの魅力は,スポーツを通じて「できることがたくさんある」ことに気づかせてくれることにあると思う。何らかの障害のある選手が,使える機能を最大限に生かしてその能力をフルに活動させ,工夫を重ねて開発された競技用具からその性能を引き出し,また,周囲の理解と協力を得ることで,不可能だと思われていたことを可能にする。それが,障害の有無やスポーツが得意かどうかにかかわらず,観戦した人に「こういうことができるのか」と気付きを与え,社会に普遍的なメッセージを発信することもできるのが面白い。2020年が間近に迫った今は,障害者スポーツを「する」,「見る」,「支える」絶好のタイミングだ。「できない」ではなく,「どうすればできるか」という発想で楽しんでほしい。

障害者スポーツの現状を見ると,特に女性はスポーツ人口が少なく,新たに踏み出すための情報が得にくいことが課題であり,まずは様々な種類のスポーツに親しむ機会が必要だ。特に子どもにとっては各地域の学校の果たす役割が大きい。学校は,障害のある子どもに対し,体育の授業を見学させる姿勢で臨むのではなく,スポーツができる場を紹介するなど,「どうしたらスポーツに触れられるか」という視点で情報や機会を提供してほしい。海外には,障害のある人が運動できる場所をインターネットで検索できる公的サービスが提供されている事例もある。

また,スポーツを通じて,目的や属性を同じくする障害者同士が直接会って話をし,競技についての気付きや競技を超えた暮らしの知恵を共有できる機会は大変重要だ。チーム内に女性の数が少ない男女混合の競技などでは,女子選手がトイレや月経等の話を言い出しにくいと聞く。選手やコーチ,支援者など様々な立場に男女がバランスよくいることが望ましい。

近年,パラリンピックを取り巻く環境は大きく変化している。2020年東京大会決定後の,パラリンピックに対する国内の関心の高まりには目を見張るものがある。日本は,共生社会に向けて良い方向に変わりつつあると思う。この機会に,多様性が持つ力への理解を深めてほしい。日本人のみよりも,国籍を含め多様なバックグラウンドを持つ集団の方が力を発揮でき,さらにその集団の中に障害のある人がいないと逆に違和感を覚えるくらいになるのが望ましい。東京大会を契機とした社会の変化に期待したい。

2 女性とスポーツを巡る課題

(1) 女性アスリートを巡る課題と取組

① 女性アスリートを巡る背景・状況

オリンピック等において女性が参加可能な種目数は増加しており,日本人女性アスリートが活躍する機会は拡大しているが,世界でも女性アスリートの参加国・参加人数は増加しており,競争は激化している。また,オリンピックでは日本人女性アスリートの活躍が目立つ一方で,パラリンピックでは苦戦を強いられている。ジュニア層も含めたアスリートの裾野を広げ,女性の競技人口を確保することが重要であるが,女性アスリートは,無月経や疲労骨折などの女性特有の課題や,妊娠・出産等のライフイベントによる競技スポーツからの離脱が多く,大きな課題となっている。

② 女性アスリートの健康維持・支援

(女性アスリートの三主徴(FAT)等)

女性アスリートの活躍が進む一方で,女性アスリートの選手生命に大きな影響を及ぼす徴候として,「女性アスリートの三主徴」(摂食障害の有無によらない利用可能エネルギー不足・無月経・骨粗しょう症)(female athlete triad; FAT)が指摘されている。これらの徴候を放置した場合,疲労骨折等により競技生活の継続が困難となる恐れもある(I-特-8図)。

I-特-8図 女性アスリートの三主徴別ウインドウで開きます
I-特-8図 女性アスリートの三主徴

疲労骨折は練習量やその強度,低いBMI等様々な因子で生じるが,無月経に伴って女性ホルモンであるエストロゲンが低い状態となることもリスク因子として指摘されている11。日本産科婦人科学会等の調査によると,無月経や疲労骨折の既往は,新体操や体操,フィギュアスケート等の「審美系」競技など,体重管理の重要性が高い競技で多くみられた(I-特-9図)。

I-特-9図 無月経と疲労骨折の頻度(競技別)別ウインドウで開きます
I-特-9図 無月経と疲労骨折の頻度(競技別)

I-特-9図[CSV形式:1KB]CSVファイル

他方,競技者のレベル別に見ると,無月経の割合は,日本代表レベルの選手と全国大会・地方大会レベルの選手で差がなく,疲労骨折経験者の割合は,日本代表レベルの選手よりむしろ全国大会レベル以下の選手の方が高いなど,これらの問題がトップレベルの選手に限ったものではないことが示されている12(I-特-10図)。

I-特-10図 無月経と疲労骨折の頻度(競技者のレベル別)別ウインドウで開きます
I-特-10図 無月経と疲労骨折の頻度(競技者のレベル別)

I-特-10図[CSV形式:1KB]CSVファイル

女性は18~20歳頃に最大骨量を獲得するため,10代に無月経や低体重等で骨量が十分に増えない場合,生涯に渡り骨量が低いまま経過し,閉経後も骨折のリスクが高まる可能性が指摘されている13(I-特-11図)。

I-特-11図 女性における骨量の推移別ウインドウで開きます
I-特-11図 女性における骨量の推移

11大須賀穣,能瀬さやか「アスリートの月経周期異常の現状と無月経に影響を与える因子の検討」(平成27年度 日本医療研究開発機構 女性の健康の包括的支援実用化研究事業 若年女性のスポーツ障害の解析とその予防と治療(研究代表者:藤井知行)『若年女性のスポーツ障害の解析』日本産科婦人科学会雑誌68巻4号付録)

12同じ調査で,疲労骨折の好発年齢は,競技レベルを問わず,16~17歳であることも分かっている。

13「女性アスリートの今と未来をまもる 月経とスポーツについての健康情報」(女性アスリート健康支援委員会,2015年)

2014年には,IOCが,FATの範囲を超えて,男性アスリートも含む全てのアスリートにとって,スポーツにおける相対的なエネルギー不足(relative energy deficiency in sport; RED-S)が発育や代謝,精神面,心血管系,骨等,全身に悪影響を及ぼすとし,運動によるエネルギー消費量に見合ったエネルギー摂取量の重要性を指摘した14

また,無月経以外に貧血もエネルギー不足の指標となる。スポーツ団体の医師等からは,特に女子長距離やマラソンにおいて,「痩せれば走れる」という誤った考えから適正量の食事をとらず,鉄不足による貧血への対処として,安易に鉄剤の服用や注射を行う事例が見られることに対して警鐘が鳴らされている15

疲労骨折のほか,女性アスリートに多い障害として膝前十字ぜんじゅうじ靭帯損傷が挙げられる。男性アスリートの2~9倍の頻度で女性アスリートに生じ,特に10代で多く発生することが報告されている16。膝前十字靭帯損傷は,復帰に時間を要すること等から,予防プログラムを実施している競技団体もある。

14能瀬さやか「女性アスリートの無月経が身体へ与える影響」(公益財団法人神奈川県予防医学協会『予防医学』第58号,2016年)

15公益財団法人日本陸上競技連盟は,平成28年4月に陸上選手の鉄の過剰摂取についてのセミナーを開催。本セミナーで,同連盟所属の医師から,鉄の過剰摂取が中高生にまで波及していること,鉄を過剰摂取すると,肝臓,心臓等に蓄積され機能障害を引き起こす恐れがあることが報告された。本セミナーの中で,同連盟は,食事で適切に鉄分を摂取すべきこと,貧血の治療は医師に相談すべきこと等,「アスリートの貧血対処7か条」を採択し,指導者やアスリートに周知を図っている。

16能瀬さやか「月経周期と前十字靭帯損傷」(『HORMONE FRONTIER IN GYNECOLOGY』第24巻第3号,2017年)

トップアスリートインタビュー2

誰にでも起こり得る摂食障害~選手,家族,コーチ,皆が正しい理解を~
(鈴木明子さん)

鈴木 明子(すずき あきこ)
1985年生まれ。愛知県出身。6歳からスケートを始め,15歳で全日本選手権4位。2003年,東北福祉大学入学直後に摂食障害となり,治療後,04年に復帰。10年バンクーバー五輪8位入賞,11年グランプリファイナル銀メダル,12年世界選手権銅メダル。14年ソチ五輪では,個人戦で五輪2大会連続の8位入賞を果たしたほか,初めて正式種目となった団体に日本のキャプテンとして出場し,5位入賞。同年引退。現在は,プロフィギュアスケーター,振付師として活躍。

鈴木 明子(すずき あきこ)

大学進学後に摂食障害になり,1年間のブランクを経て競技に復帰した。フィギュアスケートは体重が重くなると動きが悪くなり,体への負担も大きくなるため,少しだけ痩せようとしたことがきっかけだった。元々食べることが大好きで,食べられなくなる日が来るとは思いもしなかった。大会に出られなくなってからは,今まで周りから「痩せなさい」と言われ努力して痩せたのに,今度はそれに病名が付いて逆に「食べなさい」と言われたことや,評価を得ていたスケートができないことで自分を否定されているような気持ちになった。そんな時,母が,「また滑れるようになるから」,「カロリーの低いものや少量であっても,食べられるものを食べなさい」と言ってくれた。この言葉で,ありのままの自分を受け入れてもらえたと感じ,いつも頑張っていなければ存在価値がないという思い込みから解放された。罹患から1年後には競技復帰したが,自分自身で本当に病気から卒業できたと思えたのは,肉が食べられるようになった3年後のことである。

栄養に関する知識は,選手だけでなくコーチや家族も一緒に学ぶ必要がある。若い選手は,体調管理を自身で行うことが難しい。特に10代は甘いものを食べたい時期だ。コーチや家族は単純に「甘いものはやめなさい」と選手に声を掛けることが多いが,糖分を摂るとカルシウムの吸収が阻害され,骨が弱くなり,怪我につながる等,その理由まで正しく伝えるべきである。

敢えて病名を公表したのは,自分の正しい状況を伝えたいと考えてのことだ。最近では,ロシアや米国の著名な選手が摂食障害であることを公表するなど,少しずつこの問題がオープンになってきていると感じる。摂食障害に限らず,心身の不調を抱えながらも,公にせず競技を続けている選手や,それを支える家族は数多い。不調に至った経緯が選手によって様々であるのと同様,その後のアプローチも一概に何が良いとは言えないが,問題を明らかにし,社会的な課題として認知してもらうことで改善できる場合もある。若い選手は,競技に集中するあまり,体調管理を後回しにしがちであるが,引退時などライフプランを考える年齢になった時に後悔することがないよう,正しい知識を身に着けてほしい。

(月経に関する課題等)

国立スポーツ科学センター(以下「JISS」という。)が行った国内トップレベルの女性アスリート17への調査によると,女性アスリートの25%が治療を必要とする月経困難症を有しているほか,7割超が月経前症候群(PMS)18を自覚している19一方で,産婦人科の受診率は月経困難症を有する者で約1割と低い20。ただし,2016年リオオリンピック出場女子選手164名について見ると,55%(90名)が月経対策で産婦人科を受診したと回答しており21,産婦人科受診の必要性について徐々に意識が高まりつつあることがうかがえる。

2012年時点で,ロンドンオリンピック出場選手を含むトップアスリートのうち,「月経周期をずらせることを知らなかった」と答えた者は66%であったが,2016年リオオリンピック出場選手においては97%が「月経周期の調節方法を知っている」と回答するなど,トップアスリートの間で月経周期調節に関する知識が急速に普及している。また,月経周期調節のために低用量ピル22を使用するトップアスリートの割合も,7%(2012年)から27.4%(2016年)と大幅に増加している19

一方で,高校生アスリートの状況を見ると,無月経を治療せず放置している者が全体で4~5割にのぼり,特に無月経の頻度が高い中長距離等の選手や跳躍の選手では半数以上と,婦人科で早期に治療を受けるという意識付けが十分とは言えない状況といえる23

パラアスリートの月経対策等は,2016年リオパラリンピック出場選手に対して,日本パラリンピック委員会(以下「JPC」という。)が調査を行い2017年3月に調査結果を公表した24ほか,同年12月から2018年1月にスポーツ庁の委託により,東京大学産婦人科学教室とJPC女性スポーツ委員会が共同でJPC加盟競技団体のパラアスリートを対象に婦人科の問題に関する調査を行う19など,実態把握が始まったところである。後者の調査によると,競技に支障がでる月経痛があると回答したアスリートが6割超25であったほか,選手の年齢層の高さを反映し(I-特-13図参照別ウインドウで開きます),冷えや憂うつ,倦怠感など,競技に影響が生じる更年期症状があると回答したアスリートも2割超となった19。また,4割超の者が「試合中だと生理用品を交換する時間がない」と回答するなど,障害の種類や程度に応じた課題があることも分かってきた26

17ロンドンオリンピック出場選手及び各競技団体指定強化選手計683名を対象に,2011~2012年に実施。ただし,月経困難症の有無は,無月経の者53名を除いた630名を対象とした調査。

18月経前症候群(PMS)は,月経前3~10日間続く,イライラ,怒りっぽくなる等の精神的症状,下腹部痛,腰痛等の身体的症状で,月経発来とともに減退ないし消滅するもの。なお,PMSのうち,精神症状が主で,更にその症状が強い場合を月経前不快気分障害(PMDD)という。(「Health Management for Female Athletes Ver. 3」(東京大学医学部附属病院女性診療科・産科,2018年3月))

19「Health Management for Female Athletes Ver. 3」(東京大学医学部附属病院女性診療科・産科,2018年3月)

20能瀬さやか,土肥美智子,川原貴,吉野修,齋藤滋「女性アスリートの月経困難症」(『産科と婦人科』第82巻第3号,2015年)

21調査を行った東京大学医学部附属病院女性診療科・産科の能瀬さやか医師より聴取。

22海外では避妊目的で使用されるケースが多く,純粋な比較はできないものの諸外国のアスリートと比較すると使用率は低水準にとどまるとの報告もある。

23「陸上競技ジュニア選手のスポーツ外傷・障害調査 インターハイ出場選手調査報告 ~第1報(2014年度版)~」(公益財団法人日本陸上競技連盟,2015年)

24「リオ2016パラリンピック競技大会 女性アスリートへの婦人科調査報告書」(JPC女性スポーツワーキンググループ,2017年3月)

25競技に支障がでる月経痛が「毎回ある」と回答した者が15%,「時々ある」と回答した者が47%であった。

26調査を行った東京大学医学部附属病院女性診療科・産科の能瀬さやか医師によると,「生理用品を交換する時間がない」等の理由で試合中に飲水制限をし,コンディショニングに支障が出る選手もいるとのこと。

(女性アスリートの健康支援のための取組)

スポーツ庁では,2020年東京大会等へ向けて,女性アスリートの国際競技力向上を図るための取組を実施している。特に,女性特有の課題に対応した支援プログラムとして,独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「JSC」という。)に委託し,システムを活用して基礎体温や月経,体重,コンディション等を記録した選手に対して医師が専門家の立場でアドバイスを行う医学サポートの取組や,競技団体から推薦のあったジュニアアスリートに対して,医・科学的見地から,メディカルチェックや心理,栄養等の支援を行う取組等を進めている。

またジュニアアスリートについては,平成29年度,順天堂大学に委託し,「女性アスリート外来」27における診断や栄養指導に関するノウハウをとりまとめた「ジュニア女子アスリートヘルスサポートマニュアル」を作成し,婦人科医,整形外科医,公認スポーツ栄養士等を対象とした「ジュニア女子アスリートメディカル支援講習会」において配布した。

さらに,女子中高生向けに,女性アスリートの三主徴(FAT)が疑われる状態にあるかを簡便にチェックできる「FATスクリーニングシート」を作成し,本シートを活用して女子中高生約3,000名を対象に,アンケート調査を行い現状分析をした。

日本産科婦人科学会においても,同学会における女性アスリートの月経状況,月経に伴う症状の有無等の調査結果を受けて,女性アスリートの健康問題における産婦人科医の関与の重要性が認識される中で,平成29年10月に,無月経や疲労骨折,妊娠・産褥期のトレーニングなど,女性アスリートが直面する課題に対処するための管理指針を発刊した28

また,ジュニアアスリートが健康にスポーツを行えるよう,産婦人科医等に対し,女性スポーツ医学の普及啓発プログラムを策定・実施する取組も実施されている。例えば,スポーツドクターを中心に平成26年に立ち上げられた「一般社団法人女性アスリート健康支援委員会」では,47都道府県で産婦人科医向けに女性アスリート診療のための講習会を実施するとともに,全国の女性アスリートが容易にスポーツに詳しい産婦人科医を探すことができるよう,受講した産婦人科医の氏名を同委員会のホームページで公開する取組を進めている29

27順天堂大学が平成26年10月に開設した。

28「女性アスリートのヘルスケアに関する管理指針」(日本産科婦人科学会/日本女性医学学会,平成29年10月)

29http://f-athletes.jp/doctor/ 平成30年2月現在,講習会を受講した42都道府県の1,088名の産婦人科医が,同委員会のホームページで公開されている。なお,ホームページでの公開は掲載に同意した医師のみ。

トップアスリートインタビュー3

「学びの大切さ~女性アスリートの健康~」
(室伏由佳さん)

室伏 由佳(むろふし ゆか)
1977年生まれ。愛知県出身。2004年アテネ五輪女子ハンマー投代表。陸上競技女子円盤投,ハンマー投の日本記録保持者(2018年2月現在)。12年に引退。現役中は慢性腰痛症などスポーツ障害や,子宮内膜症等婦人科疾患に苦しんだ。06年中京大学大学院博士後期課程満期退学(体育学修士号)。16年から順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科博士後期課程在学。現在,株式会社attainment代表取締役,朝日大学客員教授や複数の医科大学非常勤講師を務める。日本陸上競技連盟普及育成委員,日本アンチ・ドーピング機構アスリート委員。

室伏 由佳(むろふし ゆか)

現役時代,20代半ばで婦人科疾患に罹患したが,女性の身体の仕組みや疾病などの知識に乏しく,困った体験をした。強い月経痛は,鎮痛剤や低用量ピルの使用により治療可能な機能性月経困難症と,子宮内膜症や子宮筋腫など原疾患の治療が必要な器質性月経困難症に分かれるが,自分で把握するのは難しい。現在はネット検索による情報収集も可能だが,引用元が不明で根拠に乏しい内容も存在する。私自身の体験から,初潮を迎える若い時期から婦人科のかかりつけ医を持ち,相談できる環境作りが大切だと感じる。正確な知識を得て,困った事態になることを未然に防ぐために,教育機関や各競技連盟等が婦人科医と連携して一貫した情報発信を行うことが重要だと思う。

女性アスリートの月経困難症や無月経等の健康問題は,実際に直面して初めて思い知ることが多い。スポーツ活動を優先し,「今だけ」と後回しにすれば,その影響は「今だけ」に止まらない。自身の身体と向き合う機会を二の次にすることで,生涯に渡って身体に影響を生じ,未来を狭める可能性が潜むことを知り,女性の皆さんは自らを大切にしてほしい。

トップアスリートインタビュー4

低用量ピルによる月経痛への対処~医師の役割の重要性~
(鮫島彩さん)

鮫島 彩(さめしま あや)
1987年生まれ。栃木県出身。小1からサッカーを始め,2005年U-18日本女子代表に選出される。高校卒業後,東京電力女子サッカー部マリーゼに入団。08年,日本女子代表(なでしこジャパン)に選出され,11年FIFA女子W杯優勝,12年ロンドン五輪銀メダル。米国,フランスのチームを経て,12年にベガルタ仙台レディースに移籍,チーム初のプロ契約選手となる。15年1月にINAC神戸レオネッサにプロ契約で移籍。同年7月,FIFA女子ワールドカップ準優勝。

鮫島 彩(さめしま あや)

日本代表入りした頃から急に月経痛が強くなり,時に,練習中にトイレに駆け込み,倒れるほどだった。当時の指導者からは,月経痛くらいで休憩せず,痛み止めを飲んで練習に戻るよう指示を受けたこともあった。アスリートとしては痛み止めを多用したくないという気持ちがあり,どうしたらよいか分からなかった。そのような時,なでしこのキャンプに帯同した国立病院機構・西別府病院の松田貴雄医師(スポーツドクター・産婦人科医)に,婦人科系の心配事などを相談する機会があった。そこで,強い月経痛に悩んでいること,それが試合でのパフォーマンスにも影響することを相談してみたところ,低用量ピルを使ってみてはどうかと指導を受けた。中には副作用の出る選手もいるようだが,私の場合,副作用もなく,月経痛で悩むこともなくなり,常に試合に集中できるようになった。

これらの経験を読売新聞の公開講座で話す機会があった。その記事を見たファンの女の子から,「私も月経痛で悩んでいる」「鮫島選手の記事で低用量ピルを知ったが,両親が使用に反対で,相談できる相手がいない」という手紙をもらったことがある。低用量ピルが誰にでも合う訳ではないが,私の場合,信頼できる婦人科医と出会ったことで,メリット・デメリットを理解した上で,使用するという判断をすることができた。信頼できる医師を探し,正しい知識と情報を得て,その上で,ご両親ともよく相談して決めることが大事だと思う。

2011年のFIFAワールドカップのなでしこ優勝で,女子サッカーの裾野が広がった。手紙をくれた女の子のように,なでしこの選手を身近に感じる女子中高生が増えたことはとても嬉しい。他方で,日本代表でも,他の仕事をしながら競技を続ける選手がいるなど,競技環境の改善は道半ば。米国やフランスのリーグでも競技したが,米国では,女子サッカーのエンターテイメント性が高く,サッカー選手がサッカー少女たちの憧れの存在になっていた。日本の女子サッカーもスポーツビジネスとして成功し,選手の心身の健康維持,収入など,選手を取り巻く環境が向上するよう,私も目の前の試合を一つ一つ頑張りたい。

トップアスリートインタビュー5

病気予防から妊娠・出産まで~鍵は正しい知識と身近な相談体制~
(澤穂希さん)

澤 穂希(さわ ほまれ)
1978年,東京都出身。15歳で日本代表に初招集。日本と米国のクラブチームで活躍。4回目の出場となったロンドン五輪で銀メダル。ドイツW杯ではキャプテンとしてなでしこジャパンの初優勝に貢献し,大会得点王とMVPに輝く。同年度,FIFAバロンドール授賞式にて,「女子年間最優秀選手」受賞。W杯6大会連続出場は,ギネス記録。日本代表では,通算205試合に出場し,83得点。2015年8月に結婚し,同年12月に現役引退。現在は一児の母。

澤 穂希(さわ ほまれ)

米国でプレーしていた20代の頃,ほとんどのチームメイトが低用量ピルを服用し,10代の頃から婦人科で定期的な検診を受けていたのを見て,日本とは環境が大きく異なることに驚いた。

サッカーの技術は,トレーニングや試合を重ねることで向上するが,月経困難症の不安や苦しみは,努力や根性では解決できない。アスリートに限らず,女性はまず,自分の体のことをよく知り,プラスになることは実践してみる姿勢が健康への第一歩だと思う。低用量ピルの情報がもっと行き渡り,重い月経痛の症状を軽減できる可能性があることを知ってほしい。そのために,まずは中学や高校,大学のスポーツ指導者がそのメリットやリスクを把握し,学生たちに正確に説明できる知識を身に着けてほしい。

私は,30歳頃に低用量ピルを服用し始めたが,その際,チームドクターにメールで相談すると,いつも24時間以内にスピーディな返信があり,非常に助かった。その後も,いつも気軽に相談できるかかりつけの医師がいたことで,37歳で引退するまで,安心して現役生活を続けることができた。また,低用量ピルについては一般的に,「使い続けると,将来,妊娠できないのでは」といった誤解もあるが,実際,私は7年間使用し,引退後に妊娠,出産することができた。

産婦人科医と気軽に話せる環境があれば,救われる女性は多い。特に10代の少女にとって,産婦人科はハードルが高いため,まずは母親同伴で受診し,親子で指導を受けることを薦めたい。また,学校の保健室で学生から相談を受けた養護教諭が近隣の産婦人科医を紹介したり,職場にもスペシャリストが常駐するなど,女性が健康について身近で気軽に相談できる環境が今以上に整ってほしいと思う。

トップアスリートインタビュー6

専門家の連携体制の構築を
(伊藤華英さん)

伊藤 華英(いとう はなえ)
1985年生まれ。埼玉県出身。2008年北京五輪,2012年ロンドン五輪出場。北京五輪100m背泳ぎ8位,200m背泳ぎ12位。ロンドン五輪400mフリーリレー7位,800mフリーリレー8位。同年引退。2014年3月早稲田大学学術院スポーツ科学研究科で修士号取得,2017年3月順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科で博士号取得。現在,JOCオリンピック・ムーブメントアンバサダー,東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会戦略広報課係長等を務める。

伊藤 華英(いとう はなえ)

2000年に15歳で初めて日本選手権に出場し,翌年,世界選手権に出場する機会を得た。世界の舞台に立つチャンスを得る一方で,10代後半は,月経前の体重増加や苛立ちに悩まされた時期でもあった。当時の私もそうだが,思春期の女子選手が,体の変化に悩んだり,月経に伴う心身の不調に苦しんでも,身近に相談できる相手がいないことが一番の問題だと思う。10代の選手が一人で婦人科に行こうと決意するのは難しい。また,選手は,体調管理ができていないと思われたくない等の気持ちで,怪我や不調をコーチに言わないことがある。コーチと選手の間に立って,コーチに言うべきこと,言うべきでないことの線引きを守りつつ,選手の相談に乗り,必要に応じてスポーツに詳しい婦人科医や栄養士につなぐ役割を担う専門家を養成する必要があると思う。学校の部活動も同様で,教師が,コーチ,メンタルトレーナーなど多くの役割を担う。部活動で活躍する女子選手の心身の問題にきちんと対処するには,専門家が業務を分担し,連携する体制にシフトしなくてはいけないだろう。

女子選手の皆さんも,自分の体を守り,競技パフォーマンスを上げるために,心身の健康や栄養に関する正しい知識を身に着けてほしい。月経痛や無月経,月経不順などは,早く婦人科医に相談し,きちんと対処することが必要だ。また,不健康に痩せることや,思春期に体重が増えることは,単なる体質や食べ過ぎが原因ではない。

男性コーチも,誤った指導をしないために,思春期の女性の体の変化や月経について理解しておくことが大切。月経等の課題について,最近では,日本スポーツ協会(JSPO)の指導者講習会等に婦人科医を招き,広く研修を行う体制になっていると聞く。ただし,水泳で言えば,地域のスイミングクラブのコーチにまで知識が遍く浸透しているとは言えないだろう。JSPO等のホームページに情報を掲載するだけでは不十分である。地域で行われる研修会等も含めて,全ての指導者に必ず勉強してもらう体制を作ることが大事だと思う。

コラム1 日本パラリンピック委員会(JPC)女性アスリートの相談窓口の設置

③ 出産・育児と競技生活との両立

(出産・育児と競技生活との両立の現状)

女性アスリートの場合,身体的な理由等から妊娠・出産期に第一線で競技を続けることが難しく,また,育児と競技生活との両立にも課題が多いことから,妊娠等を機に現役を引退するケースが多い。しかし,平成27年度にスポーツ庁の委託でJSCが行った調査30では,女性アスリート282人のうち3割超が出産後の現役続行を望むと回答するなど,日本でも,近年育児をしながら競技生活を続けたいと考える女性アスリートが増えている。

JSCが女性アスリートに,育児と競技との両立について,今の競技環境でどの程度支援を受けられると思うかを尋ねたところ,「大会での託児所,チャイルドルームの設置」は8割近くが,「妊娠期,産前産後期のトレーニング方法の紹介」は7割超が,「競技団体における産休育休など,復帰に向けた制度の充実」は約6割が「ほとんど支援されない」と回答した(I-特-12図)。

I-特-12図 育児と競技の両立に対する支援別ウインドウで開きます
I-特-12図 育児と競技の両立に対する支援

I-特-12図[CSV形式:1KB]CSVファイル

30平成27年度スポーツ庁委託事業「実態に即した女性アスリート支援のための調査研究」報告書。調査対象者はJOC強化指定選手及びJOC加盟競技団体の強化対象選手。以下,本調査において同じ。

パラアスリートにおいては,引退年齢が比較的高いため,2012年ロンドンパラリンピックに出場した女子選手の平均年齢はオリンピック選手よりも高くなっている。既婚の割合や子どもがいる割合もオリンピック選手よりも高く,競技生活と家庭との両立はパラアスリートにとっても喫緊の課題だと考えられる(I-特-13表)。

I-特-13表 2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックに出場した女子選手の状況別ウインドウで開きます
I-特-13表 2012年ロンドンオリンピック・パラリンピックに出場した女子選手の状況

I-特-13表[CSV形式:1KB]CSVファイル

(妊娠期・産後期トレーニングサポートプログラム)

日本では,女性アスリートが妊娠中もトレーニングを続け,出産後に競技復帰をした事例が少ないため,妊娠・出産に伴うアスリートの身体の変化や,早期復帰のための適切な運動内容等の知見がないことが課題となっている。スポーツ庁では,JSCに委託し,平成25年度から出産を経験したアスリートの事例調査やニーズ調査を行い,得られた知見を基に,27年度から,産前・産後のアスリートへのトレーニングサポートを実際に実施している31。支援を受ける選手の中には,2016年リオ大会で入賞した実績を持ち,2020年東京大会でメダル獲得を目指す選手も含まれている。

(子育て期のトレーニングサポート(育児サポート))

JSCでは,平成24年度から,ナショナルトレーニングセンター32でトレーニングをする女性アスリートやコーチのために同センター内に託児室を設置している。出産後に,同センターの託児室を利用しながら,競技復帰に向けたトレーニングを行い,2016年リオ大会で入賞した選手もおり,託児室は,出産後の競技復帰への後押しとなっている。

同じくJSCでは,スポーツ庁の委託事業として,長期遠征や休日練習等,普段の保育所等で対応できない事情が生じた際に,一時保育やベビーシッター等の経費の一部を支援する取組を実施している33。JSCでは,各競技団体等でも同様の事業を実施できるよう,支援実績を基に,支援を行う際の手続や支援対象となる経費,必要な書類のひな形等を整理し,JSCのホームページ等で提供・紹介している。

各競技団体においても,選手が安心して競技を続けるための環境整備が進みつつある。例えば,公益財団法人日本ラグビーフットボール協会では,平成29年3月に女子日本代表選手の育児サポートプログラムを設け,子どもを代表合宿に同行させる際に託児費用の一部や子どもの宿泊費を支援する取組を開始した。また,公益社団法人日本フェンシング協会では,出産後も現役続行を希望する女子選手について,実績や復帰への意思を踏まえ,一定期間競技会等に参加できないものの,強化指定を外さないとする措置を試行的に実施した。

また,所属選手の遠征費や合宿に係る費用を負担したり,アスリート雇用に取り組むなど,先進的な取組を行う企業もでてきている。

31平成27年度は3名,28年度は4名,29年度は5名のアスリートへの支援を実施した。

32ナショナルトレーニングセンターは,「スポーツ振興基本計画」(平成12年文部大臣告示)に基づき,我が国におけるトップレベル競技者の国際競争力の総合的な向上を図るトレーニング施設として,平成20年1月に開所。施設の管理・運営はJSCが行う。利用対象は基本的にJOC強化指定選手及び各中央競技団体の推薦を受けた選手に限られる。

33競技団体の推薦により,平成27年度は6名,28年度は7名,29年度は4名のアスリートを支援対象とした。

(女性アスリートのネットワーク支援プログラム)

スポーツ庁の委託事業の一環として,これから出産を望むアスリートや産後復帰を目指すアスリートのネットワークづくり・情報共有をJSCが支援しており,平成26年度にママアスリート・ネットワーク(MAN)が立ち上げられた34。MANは,年1回程度ワークショップを開催し,出産後も競技を続ける現役アスリートのロールモデルの紹介や情報交換を行うほか,JSCのホームページ等において,出産・育児と競技生活を両立しているアスリートの好事例を広く情報発信している。

342014年ソチオリンピック出場選手であり,出産後に競技復帰した経験を持つ元フリースタイルスキー選手の三星マナミ氏の提案により設立。同氏がリーダーを務める。

④ その他競技生活を続ける上での課題

(経済的な課題)

女性アスリートの収入は,スポンサー企業の有無,競技の種類やレベルによって様々であるが,一般に必ずしも収入水準は高くない。JSCの調査35によると,女性アスリート518人のうち,8割近くが年収0~400万円未満と回答している(I-特-14図)。また,女性アスリートの約7割が金銭面で問題があると回答した。

I-特-14図 女性アスリ-トの年収別ウインドウで開きます
I-特-14図 女性アスリ-トの年収

I-特-14図[CSV形式:1KB]CSVファイル

35平成27年度スポーツ庁委託事業「実態に即した女性アスリート支援のための調査研究」報告書。

トップアスリートインタビュー7

競技転向という選択~娘の笑顔を原動力に~
(寺田明日香さん)

寺田 明日香(てらだ あすか)
1990年生まれ。北海道出身。小4で陸上を始め,高校総体女子100mハードル3連覇。社会人1年目の2008年,日本陸上競技選手権女子100mハードルで優勝し,以降3連覇。09年に世界陸上競技選手権ベルリン大会に出場し,同年,アジア陸上競技選手権で銀メダルを獲得,世界ジュニアランク1位にも輝く。2013年に引退し,翌年早稲田大学人間科学部に進学するとともに,結婚・出産。2016年,7人制ラグビーに競技転向し,現役復帰。現在,ラグビー日本代表候補として,東京五輪を目指す。

寺田 明日香(てらだ あすか)

陸上競技を引退し,出産後,娘が2歳のときにラグビーに転向して現役復帰した。復帰に当たり,最も苦労したのは子どもの預け先だった。ラグビーの場合,日本代表クラスになると,年間300日近い合宿がある。認可保育所に入ることができなかったため,このままでは競技を続けられないと思い,とても困った。結局,夫と夫の母に交代で見てもらうことで復帰が実現した1。アスリートは,就労の実績を示すことが困難な場合も多く,認可保育所に入るのに大変苦労する。

日本ラグビーフットボール協会は,2016年末のトライアウト(適性検査)合格後すぐに,子育てとの両立のためにどのような支援が必要か,ヒアリングを行い,それを踏まえて,ベビーシッターを頼める制度を整備してくれた。このような支援があると,出産や子育ての障壁が軽減され,ママアスリートも競技を続けやすい。

陸上競技からラグビーに転向したのは,「2020年東京オリンピックで金メダルを獲る」という明確な目標設定に共感したため。日本では競技を転向すること自体が珍しいが,米国はシーズン制で,春は野球,冬はアメリカンフットボールというように,様々な競技を経験することが一般的。自分の強みを別の競技で活かすのも,アスリートのキャリアの選択肢の一つになり得るはずだ。

また,陸上選手時代は,周りから言われることに100%の力で応えようとした結果,ストレスで食べられなくなり,無月経や疲労骨折を経験したが,子どもを産み,大学で勉強し,様々な経験を積んだことで,物事を多面的に見られるようになった。これが,ラグビーに取り組む上で,ストレスコントロールに役立っている。娘は,自分が東京オリンピックに向けて頑張っている姿を競技場やテレビの画面で見ると,嬉しそうに笑う。本気で日本代表,東京オリンピックを目指す姿を娘に見せられるのは大きな喜びであり,厳しい練習に励む原動力の一つになっている。

トップアスリートには発信力がある。周囲の選手より高い年齢で新たな挑戦を始めたことや,子どもがいることが,キャリアを実現する上でマイナスにはならないことを,結果を出すことで示していきたい。

1現在は,所属企業の株式会社パソナの社内保育所を利用(2018年4月現在)。

トップアスリートインタビュー8

ママアスリートの不安をネットワークで解消
(三星マナミさん)

三星 マナミ(みつぼし まなみ)
1984年生まれ。神奈川県出身。2歳でスキーを始め,2006年大学卒業後,プロスキーヤーとして活動。07年US-OPEN5位入賞。09年引退,出産。10年に復帰し,13年世界選手権4位入賞,14年ソチ五輪出場,同年引退。16年に第2子出産。現在,女性アスリートの妊娠・出産・子育てと競技生活の両立をサポートする「ママアスリートネットワーク(MAN)」を設立し,ママアスリートの支援に取り組む。夫は元フリースタイルスキー選手,ソチ五輪日本代表コーチの上野雄大氏。

三星 マナミ(みつぼし まなみ)

2009年にいったん引退,出産したが,フリースタイルスキーのハーフパイプがソチオリンピックの新種目に採用されたことから,2010年に復帰した。復帰に当たり,産後のトレーニングや子どもの預け先など疑問や不安がたくさんあったが,身近に相談できるママアスリートがおらず,とても困った。この経験から,子どもを持つ女性アスリート同士で情報共有する場が必要だと思い,「ママアスリートネットワーク(MAN)」を立ち上げた。MANでは,ワークショップを開催し,ロールモデルを紹介するなどの活動を行っている。

女性アスリートが競技と子育てを両立するには,競技団体の支援がとても重要。私は,復帰を考えたときに,国立スポーツ科学センター(JISS)に勤務する知人から,女性アスリート支援のプログラムがあることを偶々教えてもらった。競技団体が,こうした情報を選手に伝えるだけでも違う。

一方で,ママアスリート自身も,こういう点で困っているとか,こうした知識や情報がほしいということを,周囲にはっきりと伝えてほしい。言葉にすることで,本気で競技に取り組むのだという責任感も生まれるし,周囲もどのような支援が必要なのか気付くことができる。私も,ハーフパイプがソチオリンピックの新種目になると知り,復帰したいと思ったが,家族の負担を考えて言えずにいた。夫が,どうするのかと聞いてくれなければ,復帰はなかったと思う。自分の意見を言うかどうかで,環境は大きく変わる。

また,女性アスリートに限った話ではないが,競技活動において,費用負担の問題はとても大きい。東京オリンピックなど注目度の高い大会や競技はスポンサーを得やすいが,マイナー競技の場合,それも困難だ。金銭面で家族に負担をかけているという思いを持たざるを得ないことも,女性アスリートが競技をやめる理由の一つだと思う。

メディアでは,ママアスリートの華やかな面ばかりが取り上げられるが,実際に経験してみて,決してそうではないことがよく分かった。家族に金銭面で負担をかけること以外に,オリンピックに出たいという自分の「我が儘」で娘を預けなくてはならないという葛藤があった。夫や他の家族を犠牲にしているという気持ちもあった。SNS等で批判を受けることもあった。それでも,私がそうだったように,産後も競技を続けたいという思いを持つアスリートがいる。ママアスリートが抱える不安や困難は,企業等で働く母親と同じだと思う。MANのネットワークでは,子どもを持つ女性アスリートの不安を少しでも取り除くような活動を続けていきたいと思う。

強化合宿への参加や大会への遠征,ウェアや道具の購入等に費用がかかることも課題の一つとなっている。平成26年にオリンピック出場選手を対象に行った調査36によると,夏季,冬季ともに男性より女性の自己負担額が大きく,特に冬季の女子選手の自己負担額の大きさが際立った。パラリンピックについても,2016年リオ大会(夏季),2014年ソチ大会(冬季)に出場した選手に対して行った調査37によると,2016年リオ大会では約131万円,2014年ソチ大会では249万円と,オリンピック同様,冬季競技において自己負担額が大きかった(I-特-15表)。

I-特-15表 夏季・冬季大会別の年間経費の自己負担額(平均額)別ウインドウで開きます
I-特-15表 夏季・冬季大会別の年間経費の自己負担額(平均額)

I-特-15表[CSV形式:1KB]CSVファイル

36「オリンピアンのキャリアに関する実態調査」(笹川スポーツ財団,2014年)

37「パラリンピック選手の競技環境 その意識と実態調査報告書」(一般社団法人日本パラリンピアンズ協会,2016年)

(パラアスリートにおける特有の課題)

パラアスリートの場合,障害を理由に施設利用を断られる例があるなど,競技活動を継続する上で,より多くのハードルを有すると考えられる。一般社団法人日本パラリンピアンズ協会の調査37によると,パラリンピック出場選手であっても,5人に1人が障害を理由にスポーツ施設の利用を断られた経験や条件付きで認められた経験を持っていた。選手の自由回答を見ると,車椅子バスケットボール,ウィルチェアーラグビー等の車椅子スポーツ選手からは,「床にキズがつくから」という理由で断られたという意見が多く挙げられ,視覚障害や知的障害の選手からは,「危ない」,「怪我をすると困る」という理由で断られたという意見が挙げられた。

⑤ アスリートのキャリア支援

平成27年度にスポーツ庁の委託によりJSCが女性トップアスリートを対象に実施したアンケート調査35によると,キャリアプランに不安があると回答した者の割合が7割近くとなった。調査結果からも分かるように,現役引退後のキャリアパスについてはアスリート自身も不安を抱えているが,現役時代から計画的に準備する者は少なく,競技団体によるサポート体制も十分でない。また,国や独立行政法人,競技団体による支援も個別に行われている状況にある。

スポーツ庁では,このようなアスリートのキャリア形成支援を各競技団体が個別に行っている状況を改善し,アスリートが安心してスポーツに専念できるよう,スポーツ界,教育界,経済界等の関係者が協働する基盤となるコンソーシアムを平成29年2月に創設した。このコンソーシアムでは,アスリートが現役中から将来のキャリア形成に向けた準備をする「デュアルキャリア」の実現に向けた支援に取り組んでいる。

また,JSCに委託し,アスリートのキャリア形成支援に関わる関係者が一堂に会し,課題を共有するために,平成29年2月と30年1月の2度にわたり,「アスリート・キャリア・トーク・ジャパン」と題する総合コンベンションを開催したほか,28年度から,JSCが連携する地域タレント発掘・育成事業に参加する小学生・中学生のジュニアアスリートとその指導者や保護者,競技団体の強化指定選手やその指導者を対象に,それぞれの年代に応じたデュアルキャリアの教育・研修事業を実施している。さらに,アスリートの育成に携わる競技団体や大学関係者を対象に,アスリートのキャリア形成支援を行うアドバイザーを育成するための研修等も行っている。

学生アスリートの場合は,就職が壁になって引退するケースもあり,卒業後も競技に専念できる環境整備が課題である。JOCは,平成22年に,現役トップアスリートとアスリート支援を希望する企業とをマッチングするため,「アスナビ」と呼ばれる就職支援制度を立ち上げた。就職を希望するアスリートが,アスナビのサイトで,希望する職種・勤務地・勤務日数,競技実績等の自己PRを記載したエントリーシートを公開するほか,企業の採用担当者を集めた就職説明会も定期的に開催している。30年3月末現在,アスナビを通じた採用は,オリンピック選手180名(男性83人,女性97人),パラリンピック選手33名(男性26名,女性7名)の計213名となっている。制度の立上げ当初はオリンピック選手5名程度の採用に止まっていたが,25年以降毎年採用人数が増え,パラアスリートの採用も進むなど安定した環境での現役続行に大きく寄与している。

現役中にデュアルキャリアの考えを持つことは重要だが,競技にまい進するあまり,引退後のキャリアを考えられないまま引退に至る選手もいる。JOCでは,そうした選手が円滑に次のキャリアに移行できるよう,平成28年度から,引退選手向けのプログラムとして「アスナビNEXT」を実施している。この事業では,引退するアスリートに対して,インターンシップ,就職,就学,資格取得など様々な選択肢を提示するほか,企業と引退アスリートのマッチングも行っている38

JISSでは,平成24年度から,女性アスリートを対象に,3年間のOJTによる研修事業である人材育成プログラム39を実施している。参加者は,競技団体のサポートやJISSのプロジェクトの企画運営,JISSの医師や研究員が行う研究補助等の業務を通じて,社会人としての経験を積み,プログラム修了者40は,競技団体やJSC,大学等で活躍している。

38平成30年1月現在,アスナビNEXTを通じて,4名(男性1名,女性3名)の元アスリートが企業等に就職した。

39平成28年度は6名,29年度は4名が事業に参加した。

40平成28年度末までに4名がプログラムを修了。これまでの修了者は計8名。

トップアスリートインタビュー9

アスリートの価値を高めるために
(伊藤華英さん)

伊藤 華英(いとう はなえ)

2012年ロンドンオリンピック出場後に引退,翌年に早稲田大学の修士課程に進学し,スポーツマネジメントを学んだ。修士課程で学ぼうと思ったのは,身近な仲間が同じコースの一期生として進学しており,一緒に勉強しようと誘ってくれたことが大きい。オリンピック日本代表競泳チームで指導を受けた平井ひらい伯昌のりまさ1や,上野広治氏2も,進学に向けて背中を押してくれた。修士課程修了後は,休みたい気持ちもあったが,競泳の大先輩である鈴木大地氏の勧めで,まずはやるべきことをやろうと思い,順天堂大学の博士課程に進んだ。私の場合,大学で学ぶ中で,競技者から競技者を支える立場へとキャリア転換が図られ,それが今の仕事の基盤となったように思う。

アスリートは,引退後の生き方を考えることが,競技者としての成熟と矛盾すると考えがちである。また,日々の練習や生活を理由に,引退後のキャリアについて考えることを後回しにする傾向もある。早稲田大学の研究室で,Jリーガーに,セカンドキャリアを考えているかについてアンケートを取ったことがあるが,選手の半数は,「考えたくない」という回答だった。理由は,「サッカー選手として成熟したいから」。しかし,残念ながら,競技者としてトップに立てるのはごく一部に過ぎない。選手を支える人たちは,結果が出なかった選手のセカンドキャリアのあり方を考える必要がある。また,選手自身も,冷静な目を持つことが大事だ。ラグビー男子日本代表の福岡堅樹選手は,2020年の東京オリンピック以降に引退し,医学部に進学すると公言している。こうした競技生活も,今後のアスリートのキャリア設計のモデルの一つとなるだろう。

アスリートは,新たに資格を取得したり,大学等で学び直すことで,競技者としての経験や実績を活かすことも可能だと思う。引退後も学び続け,現役時代と違う専門性を身に着けて活躍する元アスリートが増えれば,社会におけるアスリートの価値も高まる。全てのアスリートが,競技者として努力を続けた先に,満足できるセカンドキャリアを築くにはどうすればよいのか,私も発信を続けたいと思うし,皆で知恵を出し合いたい。

1平井伯昌氏は,北島康介氏を育成したことで知られる水泳指導者。2012年ロンドンオリンピック競泳日本代表ヘッドコーチ。現在は東洋大学法学部教授,同大学水泳部監督のほか,日本水泳連盟理事・競泳委員長(2018年1月末現在)。

2上野広治氏は,2000年のシドニーオリンピックから2012年のロンドンオリンピックまで日本代表チームのヘッドコーチ・監督として,計28個のメダルを獲得。現在は,日本大学スポーツ科学部准教授,同大学水泳部監督(2018年1月末現在)。

トップアスリートインタビュー10

競技と研究の両立~アスリートのキャリア形成~
(室伏由佳さん)

室伏 由佳(むろふし ゆか)

1999年に大学を卒業した当時は,卒業と同時に競技生活を引退する者がほとんどで,国内の競技大会で優勝するレベルのトップ選手だけが,就職後も企業の支援で競技活動を継続していた。こうした選手の場合,勤務時間等の配慮もあり,競技活動に専念できる環境が整えられていた。引退年齢が高くなった現在と異なり,当時は,選手本人も指導者も,短い選手生活の間にどれだけの成績を残せるかという点だけを考えていたように思う。

私は,競技活動だけに専念することに将来の不安を抱き,社会人3年目に大学院へ進学した。自分の競技に関連する研究で知識を得て,更に競技力を高めたいと思ったことや,将来,大学の教員や研究者を目指したいと考えたこと等が動機だった。大学院に在籍しながら,競技活動と研究活動を両立するチームメイトがいた影響も大きい。当時,日本全国を見渡しても,競技活動と研究活動を両立するトップアスリートはほとんどいなかった。その後,数年の間に,競技力向上のために,スポーツ科学等の知識を身につけようと大学院に進学するアスリートが増えた。実際には,競技活動と研究活動の両立はとても大変で,具体的な目標を持たなければ,成し遂げがたいと思う。

一方,近年では,就職に役立てる目的など,アスリートが大学院に進学する動機も多様化した。また,アスリートのキャリアも様々で,競技活動に専念することで,高校,大学などへの進学が叶わなかった方や,引退した元女性アスリートで,妊娠・出産等のライフイベントによる環境の変化によって,進学がなかなか実現できない方などもいる。アスリートとしての多様な経験やキャリア,学ぶ目的,現在の環境等に応じたきめ細かな支援が必要だと思う。競技生活を引退したその先に,新たな可能性を見通すことができれば,アスリートは,自身の競技活動を生涯生かすことができるという希望を持つことができる。そうすれば,引退後のキャリアで,思い切った挑戦をすることにも繋がるのではないか。それぞれのアスリートのニーズに合った具体的な支援策やそのための情報提供が求められる。

⑥ スポーツ界のコンプライアンスの強化

(現状と課題)

平成28年末に,米体操界において,350人を超える若手体操選手がコーチやチームドクター,競技関係者から性的暴行を受けていたことが報道され41大きな衝撃を与えた。スポーツ現場における暴力行為等は,例えば,25年の女子柔道日本代表による日本代表監督等の暴力行為の告発42など事件として報じられることはあるが,発生件数等のデータや対応策が整備されているとは言えない状況である。また,スポーツ界におけるセクシュアルハラスメント,パワーハラスメントを含む暴力行為は,指導者と選手といった上下関係の下で生じることが多いため,被害者が声を上げにくいこと,「指導行為」の一環と受け止められること等により,指導者も選手もハラスメントという意識を持ちにくく,選手側が行為を甘受しがちなこと等が指摘されている43

JOCが,平成25年にオリンピック強化指定選手や指導者を対象に実施した「競技活動の場におけるパワハラ,セクハラ等に関する調査最終報告書」によると,男子選手,女子選手のいずれも,1割強の選手が競技活動の際に暴力行為を含むパワーハラスメント,セクシュアルハラスメントを経験していることが分かった。また,パワーハラスメント,セクシュアルハラスメント以外にも,28年4月には,バドミントンの日本代表選手等による違法賭博行為が明らかになる44など,スポーツ界におけるコンプライアンスを徹底する必要性が高まっている。

スポーツ庁の要請により,平成28年にJOC・公益財団法人日本障がい者スポーツ協会(以下「JPSA」という。),公益財団法人日本スポーツ協会(以下「JSPO」という。)が各競技団体を対象として行った調査によると,倫理・コンプライアンスに関する規程を整備している団体は,JOC・JSPO加盟及び準加盟の中央競技団体で75.4%(69団体中52団体),JPSA登録及び加盟団体で29.2%(65団体中19団体)となっている。

41「米国体操界で性的暴行がまん延か,米紙報道」(2016年12月16日)http://www.afpbb.com/articles/-/3111547

42平成24年12月に,柔道女子日本代表選手15名が,日本代表監督の園田隆二氏を始めとする指導陣の暴力行為をJOCに告発した事案。園田氏は,暴力や暴言を認めた上で,翌年2月1日に辞任。

43熊安貴美江「ハラスメント・暴力・スポーツ―セクシュアル・ハラスメントの可視化がめざすもの―」(『現代スポーツ評論』第33号,2015年)

44男子バトミントンのトップ選手等が違法カジノ店に入店していた事案。事案発覚後,公益財団法人日本バドミントン協会は,関与していた選手に日本代表選手の指定解除等の処分を課した。

(再発防止への取組)

女子柔道界における指導者による暴力行為の顕在化等,スポーツ界における暴力問題を受けて,JOCは平成25年3月,スポーツにおける暴力の根絶に向けて通報相談処理規程を整備し,法令違反や暴力行為,パワーハラスメント,セクシュアルハラスメント等の通報相談窓口を設置した。また,同年4月,JSPO,JOC,JPSA,公益財団法人全国高等学校体育連盟及び公益財団法人日本中学校体育連盟の5団体が,スポーツ界におけるあらゆる暴力行為の根絶に向けて,「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」を採択した。

文部科学省では,スポーツ界から暴力を一層し,新しい時代にふさわしいコーチングの在り方を検討するため,平成25年文部科学副大臣の下に「スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議(タスクフォース)」を開催し,同年7月に報告書45を取りまとめた。報告書の提言を踏まえ,コーチングに関わる主体が一堂に会するコーチング推進コンソーシアムの設置,コーチ養成の基準カリキュラムとなる「モデル・コア・カリキュラム」策定など,コーチング・イノベーションを推進する事業が行われた。

また,男子バドミントンのトップ選手による法令違反行為を受け,スポーツ庁は,平成28年4月,JSC,JOC,JPSA,JSPOの4者と共催で各競技団体を集め,「スポーツ界におけるコンプライアンスの徹底に関する会合」を開催した。この会合において,スポーツ庁はJOC,JPSA,JSPOに各加盟競技団体の倫理・コンプライアンス規定等の整備状況を取りまとめた上で同庁へ報告するよう要請し,調査結果を公表した。さらに,29年度からは,スポーツにおけるコンプライアンスに関する現況調査や教育プログラムの開発,ガイドブック作成等の取組を実施している。国際的には,IOCが,2016年に,2007年に策定した「スポーツにおけるセクシュアルハラスメントと性的虐待についての合意声明」を改訂し,性的虐待のみならず,精神的・身体的虐待やネグレクトもスポーツ分野において対策を取るべき虐待とした上で,「スポーツにおけるハラスメントと虐待についての合意声明」を公表した。また,同年,国際競技団体や各国オリンピック委員会がハラスメントや虐待の防止策を取る際のガイドラインを制定するとともに,2017年11月には,国際競技団体や各国オリンピック委員会が防止策を取りまとめる際の手順書(ツールキット)を公表した。

45スポーツ指導者の資質能力向上のための有識者会議(タスクフォース)報告書「私たちは未来から『スポーツ』を託されている―新しい時代にふさわしいコーチング―」(平成25年7月2日)

⑦ 指導者に占める女性割合の現状と向上のための取組

最近の夏季3大会における日本選手団のコーチに占める女性の割合は,オリンピックで10%程度,パラリンピックで20%程度となっており,いずれも選手団に占める女子選手の割合を大きく下回っている(I-特-16図)。

I-特-16図 夏季オリンピック・パラリンピック3大会における女性コ-チの割合別ウインドウで開きます
I-特-16図 夏季オリンピック・パラリンピック3大会における女性コ-チの割合

I-特-16図[CSV形式:1KB]CSVファイル

2012年ロンドンオリンピックに出場した女子選手へのアンケートによると,4割以上のアスリートが「指導者になりたい」と回答しており,コーチという立場に対する女性アスリートの高いモチベーションが示された46

女性コーチ育成の課題について,JSCが平成28年と29年の2度にわたり,競技団体の強化責任者にアンケートを行ったところ,指導する環境や機会が十分でないこと,子育て等との両立が困難であること,セミナーへの参加や資格取得など学びの機会が不足していることを指摘する意見が多かった47

スポーツ庁では,JSCに委託し,引退したもしくは引退を予定している女性アスリートに対し,「女性エリートコーチ育成プログラム」を実施した。OJTを中心とした実践的学習及びコーチングに必要な基礎知識の習得などアクションプランを策定し,トップレベルの女性コーチを育成する2か年(平成28~29年度)の事業として実施され,4競技団体48から11名のアスリートが参加した。

女性コーチの育成については民間でも取組が進められている。例えば,順天堂大学女性スポーツ研究センターは,平成27年度から,現役の女性コーチや,コーチを目指す元女性アスリートを対象に「女性コーチアカデミー」を開催し,科学的研究に基づくコーチ教育・トレーニングの場を提供している。

46順天堂大学マルチサポート事業(女性アスリート戦略的強化支援方策の調査研究)「女性アスリート戦略的強化支援方策レポート」(女性アスリート戦略的強化支援方策レポート作成ワーキングチーム,2013年)

47JSC「女性エリートコーチ育成プログラム」(2016)成果報告書。

48公益財団法人全日本柔道連盟(4名),公益財団法人日本サッカー協会(3名),公益財団法人日本バスケットボール協会(2名),公益社団法人日本フェンシング協会(2名)

トップアスリートインタビュー11

男女の待遇差の少ないテニスで女性コーチのロールモデルに
(杉山愛さん)

杉山 愛(すぎやま あい)
1975年生まれ。神奈川県出身。4歳でテニスを始める。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位を獲得し,17歳でプロに転向。最高世界ランクはシングルス8位,ダブルス1位(日本人初)。4大大会(グランドスラム)での優勝4回は日本人最多記録(2018年1月末現在)。五輪は96年アトランタから08年北京まで4大会連続出場。09年の引退後に結婚し,15年に第1子出産。17年3月,順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科で修士号取得。現在は,テニス指導者のほか,スポーツコメンテーター等として活躍。

杉山 愛(すぎやま あい)

現役時代は,日々の練習や試合に必死で,セカンドキャリアを考える余裕がなかった。引退する時,「これからはテニスを通して恩返しをしたい。指導者になりたい。」と考えた。一方で,プロ選手やトップクラスのジュニアの選手の指導者になると,プライベートな時間が取りにくい。家族を持ちたいという思いもあったため,結婚や出産を優先し,同時に,近い将来,指導者になることを見据えて,2014年秋に大学院への進学を決めた。

現役時代にテニスで男女の待遇差を感じたことはほとんどない。40年以上前に,米国のビリー・ジーン・キング選手の働きかけで,全米オープンの賞金が男女同額になった。その後も,セリーナ・ウィリアムズ選手を始めとした女子選手が声を上げ,2007年までに4大大会(グランドスラム)1全てで賞金が同額になった。現在も賞金額は右肩上がりで伸び,女子テニス選手がプロの職業として成り立っている。男女で待遇差のある競技も多い中,テニスは先駆的な役割を果たしており,女性コーチの働き方についてもロールモデル作りができるのではないかと考える。

大学院では,女性がコーチになるための条件や阻害要因をテーマに修士論文を執筆した。テニスの世界ランキング100位以内の選手に付く女性コーチの割合は,女子選手で10%,男子選手では3%にとどまる。コーチは年間30~40週を選手に帯同することもあり,出産・育児との両立が難しい。他方で,コーチの役割は,常に帯同しなければできないものではない。コーチが司令塔となり,他のスタッフとチームを組んで交代で帯同するやり方もある。また,近年,4大大会等では託児室も整備されている。

2017年3月に大学院を修了し,4月からはこれまでの学びを活かすべく指導者としてコートに立ち始めた。引退からコーチとして復帰するのに7年かかったが,この間に結婚や出産を経験し,大学で新たな知識を得るなど,私にとっては必要な時間だった。私自身は,選手として一つのキャリアをなし遂げたという思いもあるため,今後は,母親という立場や家族との関係も大事にしたいと考えている。家庭とのバランスを取りながら,コーチとしてどのような働き方ができるか,一つのモデルを示していきたい。

1全豪オープン,全仏オープン,ウィンブルドン選手権,全米オープン

⑧ スポーツドクター等育成の取組

JSPOの公認スポーツドクター49は,昭和57年に創設された資格であり,平成29年10月1日現在,全国に5,960名の資格者がいる50。しかしながら,東京都で915名の資格取得者がいる一方,山梨県は41名,秋田県は47名,鳥取県は49名であるなど都道府県によって数に偏りがあるほか,女性医師の割合は7.8%,産婦人科医51の割合は1.7%と低く,女性アスリートの婦人科のニーズに十分に応えられる体制とは言えない。

公認スポーツ栄養士は,女性アスリートの三主徴等の問題に見られるように,スポーツ現場で栄養サポートのニーズが高まる中で,専門職の育成が必要だという問題意識の下,平成20年に日本栄養士会とJSPOの協同認定資格として創設された資格である。29年10月1日現在,全国に253名の公認スポーツ栄養士がおり,女性の割合が92.1%と高いが,まだ一般に知名度が低く,東京都,神奈川県,埼玉県,兵庫県の1都3県を除くと,資格取得者は一桁台(山梨県,佐賀県,宮崎県はゼロ)にとどまる。順天堂大学医学部附属病院や東京大学医学部附属病院に開設された「女性アスリート外来」では,公認スポーツ栄養士による栄養指導を行っており,女性アスリートへの医療支援の現場では不可欠な職種と言える。

アスリートを歯科の面からサポートするのがスポーツデンティスト52である。日本歯科医師会とJSPOの協同認定資格である公認スポーツデンティスト53は,平成29年10月1日現在,全国で235名の資格取得者がいるが,女性の割合は3.8%にとどまる(I-特-17表)。

I-特-17表 JSPO公認スポーツ指導者資格の種類と女性の割合(メディカル・コンディショニング資格)別ウインドウで開きます
I-特-17表 JSPO公認スポーツ指導者資格の種類と女性の割合(メディカル・コンディショニング資格)

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公認スポーツファーマシストは,薬剤師の資格保有者が,公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が定める所定の課程(アンチ・ドーピングに関する内容)修了後に認定される資格制度である。スポーツにおけるドーピング防止を目的として,医薬品の適正使用とアンチ・ドーピングに関する情報提供を行う。平成29年4月現在,資格取得者は7,894名であり,うち女性の割合は約半数である。

49スポーツドクターとスポーツデンティストは,JSPOのホームページに氏名や診療施設の所在地等が掲載されており,居住地に近い資格取得者を探すことが可能である。なお,掲載は了承した医師・歯科医師のみで,平成30年1月末現在,4,478名が掲載されている。

50公認スポーツドクターのほか,昭和61年に日本整形外科学会認定スポーツ医制度が,平成3年には日本医師会認定健康スポーツ医制度が創設された。日本整形外科学会認定スポーツ医は,30年1月現在,4,804名(うち女性は約3%),日本医師会認定健康スポーツ医は,30年1月現在23,052名(うち女性は約9%)であり,近年女性医師の取得者が増加している。

51公認スポーツドクターのうち,自身の診療科目を登録し,「診療科目(1)」で産婦人科,産科,婦人科を選択している人数。

52アスリートの歯科検診,競技活動を考慮しながらのむし歯等の治療,スポーツ外傷事故による歯の破折・脱落の治療,スポーツ外傷防止のためのマウスガードの製作・調整等の業務を担う。1988年のソウルオリンピック以降,日本代表選手に対する歯科検診が始まるなど,スポーツにおける歯・噛み合わせの重要性について理解が進んできた。

53公認スポーツデンティストのほか,一般社団法人日本スポーツ歯科医学会も認定医制度を有しており,平成29年7月現在,120名。

(2) スポーツを通じた女性の活躍

① 女性のスポーツ参加促進

(成人女性のスポーツ実施率)

成人の週1回以上のスポーツ実施率を年齢別に見ると,男女とも30~40代で低く,また,男女別に見ると,30代,40代ともに,女性は男性より10%ポイント近く低い。(I-特-18図)。

I-特-18図 年齢別・男女別 スポ-ツ実施率(週1回以上)別ウインドウで開きます
I-特-18図 年齢別・男女別 スポ-ツ実施率(週1回以上)

I-特-18図[CSV形式:1KB]CSVファイル

運動・スポーツの頻度が減った又はこれ以上増やせない理由を尋ねたところ,男性に比べて女性では,「面倒くさいから」,「子どもに手がかかるから」,「運動・スポーツが嫌いだから」と回答した割合が高くなっている(I-特-19図)。

I-特-19図 運動・スポ-ツを実施する頻度が減った又はこれ以上増やせない理由(複数回答)別ウインドウで開きます
I-特-19図 運動・スポ-ツを実施する頻度が減った又はこれ以上増やせない理由(複数回答)

I-特-19図[CSV形式:1KB]CSVファイル

また,女性を年齢別に見ると,20~40代は,他の年代に比べて,「仕事や家事が忙しいから」,「子どもに手がかかるから」,「お金に余裕がないから」などの回答が多く,女性は,ライフステージの節目においてスポーツ習慣が途切れやすい傾向にあると考えられる。

(学生のスポーツ実施状況)

次に,女子中学生の1週間の運動時間について見ると,週に420分以上運動をする者が約6割である一方で,60分未満の者も約2割いるなど,運動習慣の二極化が指摘されている54

また,運動部活動への参加率を見ると,中学女子では54.9%,高校女子では27.1%となっており,いずれも男子と比べて低い水準となっている。学生時代から運動習慣を持ち,運動の楽しさを知ることは,就職や結婚・出産等のライフイベントを経た後もスポーツを続けるために重要な課題だと思われる(I-特-20図)。

I-特-20図 中学生・高校生の運動部活動参加率別ウインドウで開きます
I-特-20図 中学生・高校生の運動部活動参加率

I-特-20図[CSV形式:1KB]CSVファイル

54「平成29年度 全国体力・運動能力,運動習慣等調査報告書」(スポーツ庁,平成30年2月)

(スポーツ実施率向上に向けた新たな取組)

スポーツ庁では,平成29年に「スポーツを通じた女性の活躍促進会議」を開催し,8月からスポーツを通じた女性の社会参加・活躍の促進に向けた課題と具体的な実施方策を議論・検討している。この会議での議論を踏まえて,30年度から,女性のスポーツ実施率向上のためのキャンペーンや,女性のスポーツ参加を促進するプログラムの開発等を行う予定である。

また,女性に限らず,スポーツに無関心な層やスポーツが嫌いだと考える層を含めて,年齢や性別,運動能力や興味に応じて誰もが生涯を通じてスポーツを楽しむことができるよう,新たなスポーツの開発・普及にも取り組んでいる。

さらに,スポーツ実施率の低い20~50代のビジネスパーソンを主たる対象とした取組として,通勤時間や休憩時間といった日常生活の中で「楽しく」「歩く」ことを促進する「FUN+WALK PROJECT」や,社員の健康増進のためのスポーツ実施に向けた積極的な取組を行っている企業を「スポーツエールカンパニー」として認定する制度を実施している。

(障害者のスポーツ実施状況)

障害者(成人)の週1回以上のスポーツ実施率は20.8%であり55,成人全体の51.5%56と比較すると低い状況にある。障害者(成人)のスポーツ実施状況を男女別に見ると,週1回以上のスポーツ実施率は男性で23.7%,女性で17.7%と男性の方が高く,「特にスポーツに関心はない」とする無関心層の割合は,女性において高かった55

スポーツを通じて共生社会を実現するためには,多くの障害者がスポーツに親しめる環境を整備することにより,障害者スポーツの裾野を広げていくことが重要である。そのためにスポーツ庁では各地域における課題に対応して,障害者スポーツの振興体制の強化,身近な場所でスポーツを実施できる環境の整備を図る取組や,障害者スポーツ団体と民間企業とのマッチング等により障害者スポーツ団体の体制の強化を図り,他団体や民間企業等と連携した活動の充実につなげる取組を実施することとしている。

また,2020年東京大会のレガシーとして,全国の特別支援学校でスポーツ・文化・教育の祭典が実施される「Specialプロジェクト2020」や,特別支援学校を地域の障害者スポーツの拠点として活用する取組を実施している。

55スポーツ庁委託調査「地域における障害者スポーツ普及促進事業(障害者のスポーツ参加促進に関する調査研究)」報告書(笹川スポーツ財団,平成30年3月)

56「平成29年度 スポーツの実施状況等に関する世論調査」(スポーツ庁,平成30年2月)

コラム2 This Girl Can~スポーツイングランドによる女性のスポーツ実施率向上のための取組~

コラム3 年齢・性別・運動神経に関わらず,誰もが楽しめる新しいスポーツ~「ゆるスポーツ」の開発~

② スポーツ指導者の育成

女性アスリートの育成・支援に当たり,指導者の育成も重要である。JSPOの競技別指導者資格を見ると,「指導員」,「上級指導員」,「教師」においては女性の割合が2割を超える一方で,「上級コーチ」などの上位の資格になると女性の割合は低下する(I-特-21表)。

I-特-21表 JSPO公認スポーツ指導者資格の種類と女性の割合(スポーツ指導基礎資格等)別ウインドウで開きます
I-特-21表 JSPO公認スポーツ指導者資格の種類と女性の割合(スポーツ指導基礎資格等)

I-特-21表[CSV形式:1KB]CSVファイル

スポーツ庁では,女性スポーツ指導者を育成するため,平成30年度から新たに,女性のライフスタイルに沿った多様で柔軟な研修プログラムの開発支援を行う予定である。

③ スポーツ団体における女性役員の育成

(日本と世界の状況)

各スポーツ団体の女性役員割合を見ると,JSPOは20.0%,JOCは18.8%であり,平成28年10月時点と比べていずれも大幅に増えた。JPSAの女性役員割合は30年4月現在11.1%である。JOC,JSPO,JSPO加盟競技団体など,日本のスポーツ団体119団体の女性役員割合の平均は10.7%(平成29年8月現在)57であり,28年10月時点の9.7%から増加した。また,スポーツ団体の女性役員の割合について,他の先進国の状況を見ると,ノルウェーが37.4%でもっとも高く,次いで米国,オーストラリア,カナダ,アイスランド等となっている(I-特-22表,23図)。

I-特-22表 スポ-ツ団体における女性役員の割合別ウインドウで開きます
I-特-22表 スポ-ツ団体における女性役員の割合

I-特-22表[CSV形式:1KB]CSVファイル

I-特-23図 スポ-ツ団体における女性役員の割合(国際比較)別ウインドウで開きます
I-特-23図 スポ-ツ団体における女性役員の割合(国際比較)

I-特-23図[CSV形式:1KB]CSVファイル

57JSPO及びJOCも含めた数。JSPO加盟競技団体のみの数値は10.6%(平成29年8月現在)。

JSPO加盟競技団体59団体における女性役員の割合を見ると,なぎなたが90.9%,バレーボールが40.9%,ゲートボールとチアリーディングが33.3%と3割を超えている。一方,1割未満の団体が29団体と約半数に上り,女性役員数がゼロの団体も6団体あった(平成29年8月現在)(I-特-24図)。28年10月時点と比較すると,24団体で女性役員が増加し,女性役員がゼロであった団体のうち4団体(相撲,クレー射撃,ボブスレー・リュージュ・スケルトン,ドッジボール)が女性役員を登用した。

I-特-24図 JSPO加盟競技団体における女性役員の割合別ウインドウで開きます
I-特-24図 JSPO加盟競技団体における女性役員の割合

I-特-24図[CSV形式:1KB]CSVファイル

JSPOに加盟する47都道府県の体育協会等の女性役員の割合を見ると,平均で7.6%とJSPOと比較して低くなっている。京都府(19.4%),鳥取県(16.7%),熊本県(15.6%)等で比較的高い一方,岩手県,宮城県,栃木県,新潟県,長野県,高知県の6県はゼロとなっており,都道府県間女性の参画状況に大きな違いが見られた。

国際競技連盟を見ると,トライアスロン,ホッケー,スケート,ボート,体操等で女性役員の割合が3割を超える一方,1割未満の団体やゼロの団体も多く,国際的に見ても,各競技連盟間で女性の参画状況に大きな差がある(I-特-25図)。

I-特-25図 国際競技連盟における女性役員の割合別ウインドウで開きます
I-特-25図 国際競技連盟における女性役員の割合

I-特-25図[CSV形式:1KB]CSVファイル

(女性役員比率向上に向けた取組)

IWG世界女性スポーツ会議は,「ブライトン・プラス・ヘルシンキ2014宣言」を承認した2014年の第6回IWG会合において,スポーツ団体における指導的立場の女性の割合を2020年までに40%以上にするようIOCに勧告した。また,IPCは,2017年1月の理事会で,意思決定の地位における女性の割合の目標を,従前の30%から50%に引き上げた。

JOCでは,加盟競技団体の役職員の参加の下,毎年1回フォーラム58を開催し,女性役員比率の拡大を始め,スポーツ組織における女性の活躍に関する課題や情報の共有を図っている。

平成29年5月には,「スポーツ団体の経営力強化に関する会合(女性役員登用促進等)」において,スポーツ庁とJOC等のスポーツ団体59との間で,2020年までにスポーツ団体の女性役員の割合を30%に引き上げるとする「女性の活躍拡大に関する当面の取組方針」が了承された。この取組方針に基づき,スポーツ庁は,同会合において,各競技団体に対し女性役員比率の拡大に向けた工程表を作成するように依頼をした。また,スポーツ団体の女性役員育成のため研修プログラムの開発や,女性役員同士のネットワーク構築の支援等の取組を進めている。

スポーツ庁は,2015年度から,日本人による国際競技連盟での役員ポストの獲得支援も行っている。日本人役員が増えることで,スポーツ界における日本のプレゼンスが高まるほか,国際的なルール作りにも寄与することができる。事業開始当初,日本人役員の数は17名だったが,3年間の取組の結果26名に増え,2020年までの目標である35名に近付いている。26名のうち女性は4名であり,決して多いとは言えないが,スポーツ界における日本人女性の国際的な活躍は今後大いに期待できる領域である。

58平成26年度まで「JOC女性スポーツフォーラム」として開催。27年度からは,他のフォーラムと合同で「総務委員会フォーラム」として開催されている。

59JOCのほか,JPSA/JPC,JSPO,JSC。

トップアスリートインタビュー12

日本水泳連盟理事としての経験
(萩原智子さん)

萩原 智子(はぎわら ともこ)
1980年生まれ。山梨県出身。2000年シドニー五輪出場,200m背泳ぎ4位,200m個人メドレー8位。04年に引退後,ロンドン五輪を目指し,09年に現役復帰。11年,子宮内膜症による卵巣のう腫チョコレート嚢胞のうほうと診断され,手術。手術後は精力的にリハビリに励み,レース復帰。12年2月のJAPAN OPENでは50m自由形で短水路日本新記録樹立,4月のロンドン五輪代表選考会では決勝に残った。同年引退し,14年11月に第1子出産。現在,日本水泳連盟理事,東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員等を務める。

萩原 智子(はぎわら ともこ)

2012年に引退し,翌年から日本水泳連盟(以下「連盟」という。)の理事を務めている。連盟から理事にという打診があったときは,突然のことで驚いた。引退して1年足らずで,水泳以外の経験がほとんどなかったため,このような大役が私に務まるのか,引き受けてもよいものか,何度も逡巡した。最終的にやってみようと決意したのは,同じアスリート出身で,当時連盟の理事を務めていた村山よしみさん1が,「ハギトモが理事になってくれると私も心強い。一緒に頑張ろう」と背中を押してくれたことが大きい。その後もアスリートの先輩として,理事の仕事や求められる役割など,たくさんのことを教えてくれた。そうした後押しもあって,私も水泳界に恩返しをするために頑張ってみようと思った。

理事を引き受けたものの,当初は社会人としてのふるまい方が分からず,戸惑うことが多かった。理事の多くは,連盟の委員会委員長の職を兼務する。私は2014年4月から,新設されたアスリート委員会の初代委員長に就任することになった。帰省した折,父に辛いとこぼしたところ,分からないから教えてほしいと素直に言えばよいのだと,社会人の先輩としての助言をくれた。その助言に従ってみたところ,連盟の幹部が,委員長就任前に,委員長会議に参加してみてはどうかと声をかけてくれた。会議の場で,先輩方の発言を聞き,直接活動の様子を見ることは,何よりの勉強になった。また,各委員会の委員長と気軽に相談できる関係を構築できたことも,現在,委員長として活動する上で大きな財産となっている。

現役の頃から,トップ選手の経験という貴重な財産が,ジュニアの選手に共有されていないという思いを持っていた。そうした問題意識の下,役員として,オリンピックに出場したトップ選手の声を冊子にして配布する等の取組を行っている。選手だけでなく,指導者からも好意的な声が多く寄せられ嬉しかった。選手時代の経験や問題意識を活かし,若い選手の育成や水泳界の発展に貢献できることが,引退後に競技団体の役員として活動する醍醐味だと思う。他方で,私は理事就任後に出産したため,理事会や委員長会議の度に,子どもの預け先に苦労している。今後は,託児所など育児との両立支援にも取り組み,より多くの女性アスリートにとって,競技団体の役員という途が引退後のキャリアの選択肢の一つとなるよう,引き続き頑張りたい。

1村山よしみ氏は,2018年1月1日現在,連盟常務理事。1968年のメキシコ大会,1972年のミュンヘン大会,1976年のモントリオール大会と3回のオリンピック出場経験を持つ。