「共同参画」2020年10月号

特集

男性視点からの男女共同参画

「逃げ恥」から家事育児の分担を考える
大和総研 金融調査部 主任研究員
是枝 俊悟氏

是枝 俊悟氏

古くて新しい家事労働の経済価値

2016年に放送されたテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(逃げ恥)は放送から4年を経てもなお人気を保っている。このドラマでは夫(平匡)が雇用主、妻(みくり)が従業員となって家事労働の対価として月19万4,000円の給料を渡す「契約結婚」が描かれていることから、再放送のたびに家事の経済的価値についてもSNSで話題にあがる。

もっとも、家事労働の経済価値を金銭換算で示すという発想は「逃げ恥」で初めて提唱されたものではない。今から25年前の1995年に北京で開かれた世界女性会議にて、家事・育児・介護などの無償の労働の大部分を女性が担っているにもかかわらず、それが金銭として評価されていないことが問題視されたことをきっかけに、日本政府も1997年から定期的に家事労働の経済価値を算出している。

実は、ドラマで用いられた月給も当時の最新の報告書(図表1の出所参照)に掲載されていた「機会費用法」に準拠して算出されていた。家事をすればその時間は仕事をすることができないので、外で働けば得られたはずの1時間あたりの賃金(機会費用)に家事に費やした時間を乗じたものを家事労働の経済価値とするのだ。

当該報告書では女性労働者の平均賃金を1時間あたり1,383円としていた。これに、ドラマでは1ヵ月の家事時間である140時間(子どものいない世帯における専業主婦の家事時間の平均に近い値)を乗じ、月給を19万4,000円として算出した(図表1参照)。もちろん、機会費用や家事時間は人それぞれではあるが、月19万4,000円は子どもがいない世帯の専業主婦の家事の経済的価値の水準としてはまずまず妥当な水準だったといえる。

「雇用型」モデルの限界

家事の対価を妻に支払う場合、その金額に加えて夫自身の生活費も必要だ。夫婦で同等の生活費を使えるようにするには、夫の収入は「家事の対価」の約2倍が必要になる。すなわち、月19万4,000円を妻に支払うには夫の収入はその2倍の月38万8,000円程度が必要となるが、20代や30代の男性でこれだけの収入がある人は多数派ではない。ドラマでは夫役となる平匡が比較的高収入だったためこの取引は成立したものの、実際には、家事に対して仕事と同程度の「魅力的な労働条件」を提示できる男性は限られてくる。

しかも、この家事の経済的価値には子どもが生まれた後の育児の分は含まれていない。子どもが生まれたら専業主婦が担う家事・育児時間は子どもがいないときに比べ約2倍に増加する(総務省「平成28年社会生活基本調査」による)。これに単純に時給を乗じて対価を計算したら夫はとても払いきれない。夫を雇用主、妻を従業員と見立て、家事や育児に対価を支払う「雇用型」のモデルにはどうしても無理がある。

図1 図表1 「逃げ恥」における家事労働の経済価値の計算方法
図表1 「逃げ恥」における家事労働の経済価値の計算方法

「共同経営者」という発想

ドラマでは二人に恋愛感情が生まれ、平匡が「契約結婚」から従来型の結婚に移行しようと提案するものの、みくりは、それでは今まで受け取っていた家事の対価がタダになって「好きの搾取」をされてしまうとして反対する。

雇用型では報酬を払いきれず、従来型の結婚では納得できない。それでも一緒に生活していきたいと思った二人がたどり着いたのは「共同経営者」という考え方だった。二人の家庭を企業に見立て、お互いがその共同経営者となる。収入を得る仕事も無償の家事もいずれも一つの企業が行う事業として扱い、週に1度の経営会議でお互いに納得のいく分担のあり方を模索していくのだ。

持続可能な仕事と生活の姿へ

では、ドラマのように「共同経営者」という視点で平匡やみくりと同世代(20~30代)の日本の夫婦の役割分担を見たら、どのようなことが分かるだろうか。

過去10年ほどの間、育児休業制度の拡充や保育所の定員が増設されたこともあり、女性が正社員の職を保ったまま、結婚・出産を経て職場に戻ってくることが一般的になってきた。しかしながら、夫婦とも正社員として働いていても、なお家事や育児の8割は妻によって行われている(図表2参照)。

図表2 夫婦とも正社員で6歳未満の子がいる世帯の生活時間
図表2 夫婦とも正社員で6歳未満の子がいる世帯の生活時間

妻は仕事の時間を週27.4時間まで削ってもなお、家事・育児時間の合計では週69.3時間と夫より週5.4時間長くなっている。また、妻の休養・娯楽等の時間は週12.8時間と夫より6.2時間短くなっている。やりたい仕事ができなかったり、自分の時間が取れなかったりすることは妻にとって大きなストレスとなる。メンバー間の負担に大きな偏りがある状況を「共同経営者」の視点で見れば、事業の継続性に危機感を覚えないだろうか。

新型コロナウイルスの感染拡大は経済や社会に甚大な被害をもたらしたが、一方で、男性も含む多くの会社員が時差出勤や在宅勤務を経験する契機となり、働き方の選択肢が広がった側面も持つ。今後、家事や育児をどのように分担し、どのようにお互いのキャリアを高めていくのか。いちど夫婦で持続的な仕事と生活の姿を話し合う「経営会議」を開いてみてはいかがだろう。

「イクボス」のススメ
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事
川島 高之氏

川島 高之氏

「イクボス」とは、以下3つを満たす上司・管理職・経営者のことです。

①「部下の私生活とキャリアを応援」

子育て・介護・勉強・地域活動など、部下が大切にしている私生活の時間を取れるように配慮し、かつ部下の仕事の成長やキャリアを応援すること。

②「自らもワークライフバランス(WLB)を」

仕事一辺倒ではなく、自分や家族を大切にし、充実した人生を送っている上司であること。

③「組織の成果達成に強い責任感を持つ」

優しいだけの上司は部下や組織にとってマイナスで、厳しさも兼ね備えること。

私が理事をしているNPO法人ファザーリング・ジャパンが、2014年にイクボスを世に出したところ、瞬く間に全国に広がり、大手企業など2,000社以上がイクボス企業同盟に加入し、知事や市長など300人を超える行政トップが“イクボス宣言”をしています。

若い世代は、女性の勤務や男性の家事・育児に抵抗がありません。また、地域活動や社会貢献、勉強や趣味、親の介護や子の看護、自身の傷病などにより、働く時間と場所に制約のある“制約社員”が急増しています。

更にコロナ禍で、働き方を大きく変革させる必要が出てきました。

しかし、経営者や上司の固定化した価値観・仕事のやり方・男女の役割意識が、WLB・働き方改革・女性の社会活躍・男性の家庭活躍の妨げとなり、社員の意欲減退、出産や介護離職者の増加、ひいては組織の競争力低下につながっています。

そのため、イクボスの存在が全ての組織に求められているのです。イクボスが多い組織では、社員の満足度・健康度・愛社精神・仕事能力・貢献度などが高まり、また多様性のある集団となり、新しいモノや考え方が組織内に生み出されます。結果、組織の生産性向上と利益拡大に繋がり、WLB & 成果アップという相乗効果を生むのです。

実は私が、イクボスの定義と、イクボス10カ条(後述)を作りました。これらは、私が総合商社の管理職時代と、関連の上場会社で社長をしていた中で、心がけてきたことをそのまま列挙したものです。社長を担っていたその会社では、イクボスをやってきたおかげで、社員の笑顔があふれ、私自身も私生活を満喫できました。そのうえ、3年間で利益は8割増、時価総額(株価)は2倍、残業は1/4、社員満足度調査の結果は過去最高を更新という、まさに「三方よし」でした。

私の会社以外にも、このような事例は多数見られます。

上司や経営者がイクボスになると組織の成果(業績)が高まる理由は3つあります。

1つ目は、部下や上司の「個人力」が高まるからです。仕事以外の人々と接し様々な経験をすることで、視野や人脈が広がり、多様性や柔軟性が身に付き、コミュニケーション能力などが高まります。また、仕事時間を濃縮し生産性を高めていく過程で、効率的で段取り上手になります。更に私生活の充実で、働く意欲と集中力が向上します。

2つ目は、組織力が高まるからです。優秀な社員が集まり易くなり、会社の知名度や信用力も高まります。引継ぎにより業務の見直しと属人化の回避となり、脱“モノカルチャー”でイノベーションな組織になります。お互い様の精神でチームワークが向上し、多能工の社員が増えます。

3つ目は、組織のリスクが軽減するからです。部下のメンタル不全、ブラック企業と流布されるリスク、事故やミス、離職率などが軽減するのです。

働く時間や場所に制約がある社員も活躍でき、仕事と私生活の両立が可能な職場にする。そのために働き方・意識・組織などの改革を断行していくイクボスは、今後更に求められていくことでしょう。

実は、2014年にイクボスの定義と10カ条を生み出した私自身が、ここまで日本中にイクボスが広がるとは想像もしていませんでした。またコロナ禍となった今、「イクボスの必要性が再認識された」という声を多く聞くようになりました。厳しい現状を乗り越え、次世代の子ども達により良い日本を残すためにも、皆が一丸となって、イクボスの普及を進めていきましょう!

イクボスの心得(例)

イクボスの心得(例)
イクボスの心得(例)

参考<イクボス10カ条> 2014年に策定

①「理解」部下の生活環境・家庭事情・健康状態などを理解し、可能な限り配慮をし、部下の人生を応援する。

②「多様性」仕事をする上での「制約条件」と、考え方や価値観の「違い」などを受け入れ、多様な人材を活かす。

③「知識」育休などの社内制度や、労基法などの法律に関し最小限は知り、部下への助言や後押しに活用する。

④「浸透」権利主張の前に職責を果たそうという意識と、私生活充実の大切さの両方を、全体に浸透させる。

⑤「配慮」転勤や単身赴任など、部下の私生活に大きく影響を及ぼす人事について、最大限の配慮をする。

⑥「業務」休暇や時短者が出ても、成果を出し続けるために、チームワーク醸成・情報共有・ICT化などに注力する。

⑦「時間捻出」会議・書類・メールの削減、やらない事を決める、迅速な意思決定などで、時間を捻出する。

⑧「育成」部下をコントロールするのではなく、部下のチカラを信じて裁量権を渡し、成長をサポートする。

⑨「率先垂範」ボス自ら、休暇取得や早帰りを実施し、Work・Life・Socialの3つとも充実した生活を心がける。

⑩「業績責任」組織の長として、職責にコミットし、計画や目標達成に強くこだわっている。

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