「共同参画」2016年3・4月号

「共同参画」2016年3・4月号

連載 その1

NATOでの勤務 (11)
NATO事務総長特別代表(女性、平和、安全保障担当)補佐官 栗田 千寿

「ジェンダー」─この大海原のような概念や関連する課題について説明する時、どのような言葉を使えば、聞き手に受入れられ理解されるのでしょうか。

今回は、ジェンダー教育・訓練がテーマです。

筆者にはPKO参加経験があるのですが、国連では全てのPKO要員にジェンダー教育の履修が義務付けられており、PKO要員による現地での性的暴力・性的搾取等の防止やPKO参加中の各種活動におけるジェンダー視点の意義等について学ぶ仕組みになっています。すなわち、これらジェンダーに関する知識はいまやPKO要員にとって不可欠なのです。

また、このジェンダー教育の他に、隊員の安全確保に関する必修課目でも性的暴力について言及されていました。これは前述とは逆の視点から見た性的暴力で、PKO要員にとって安全上のリスクの一つとして登場します。いわく、性的暴力が生起する背景には、「顔見知り同士」、「飲酒」等の要因が多々あり、時に男性も被害者になり得ること、対処法としては、まず加害者側に思いとどまらせること、それができない状況では被害の局限に努めること、特に激昂した加害者側にあくまでも命を取られてはならないことが明記されています。国連PKOには実に多くの国が参加しているため、共通規範はいわば「性悪説」に基づき多くのリスクを想定している点が印象的でしたし、これらの知識は現場で活動する際の安全確保上、非常に役立ちました。

NATOにおいても、国連の取組みを踏まえつつ、ジェンダー教育・訓練の充実を図っています。

NATOでは、国連安保理決議第1325号「女性・平和・安全保障」のニーズやアフガニスタンにおけるNATO主導作戦の経験等から、軍事作戦におけるジェンダー視点の意義が認識されてきました。そして、この履行を支えるのがジェンダー教育・訓練です。興味深いのは対象の広がりで、まず(1)NATO主導作戦等への派遣要員(NATOの作戦レベル)、次いで(2)NATO関連組織の全職員(NATOの戦略レベル)、そして(3)NATO加盟国/関係国の軍や国防省等の職員(加盟国/関係国の本国レベル)へと、裾野の拡大が図られています。

対象と同時に、各種教育課程や教材等の開発も進められています。近年では、NATOの行う全ての教育・訓練にジェンダーの要素を反映する取組みが行われており、教育面では、政策決定者や将軍級のリーダーシップ層を対象とした「キーリーダーズセミナー」や、NATO主導作戦やNATOの戦略コマンド等で直接指揮官を補佐する「ジェンダーアドバイザーコース」等が年々充実されていますし、訓練面では、NATOの年次訓練である「危機管理演習」において、2014年には初めて訓練シナリオに性的暴力が盛り込まれた実績があります。さらに、加盟国/関係国の本国向けのジェンダー教材も開発され、インターネットで公開されています。

http://www.act.nato.int/gender-training-documents

「ジェンダー」は幅広く、日本人には未だ聞きなれない分野ですが、まずは教育・訓練、知識の普及こそが変化の第一歩と言えそうです。

(本寄稿は個人の見解によるものです)


「ジェンダー視点に関するキーリーダーセミナー」の様子(出典:スウェーデン国際センター(SWEDINT)ホームページ)


クロアチア軍主催「作戦効果向上のためのジェンダー視点反映に関するキーリーダーズセミナー」に参加するロブリック軍参謀総長とスクールマンNATO特別代表(筆者による撮影)


執筆者写真
くりた・ちず/同志社大卒業後、平成9年陸上自衛隊入隊。第5高射特科群(八戸)、第2高射特科群第336高射中隊長(松戸)、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)軍事連絡要員、統合幕僚監部防衛計画部防衛課防衛交流班等を経て、平成26年12月よりNATO勤務。