「共同参画」2014年1月号

「共同参画」2014年1月号

スペシャル・インタビュー/第35回

男女共同参画は日本の将来をつくるとても大切な課題。乗り越えられるかどうかで、日本は変わる。

松本 正之
日本放送協会会長

メディアトップインタビューシリーズ(1)
聞き手 佐村 知子
さむら・ともこ/内閣府男女共同参画局長


〜放送を通して男女共同参画を後押しする。公共放送の大切な役割です。〜

─ さっそくですが、NHKにおける「女性の活躍促進」についてお話をお聞かせください。

(松本)NHKは有能な女性が多いですし、制度については、いろいろなことに深くトライしていますね。

例えば、女性職員が育児をしながら勤務する場合の支援制度として、育児休職や育児短時間勤務は当然ですが、フレックスタイムを利用して育児がしやすいように勤務を変更することも可能です。そのほかの育児支援策として、「育休定期便」という季刊情報紙を発行して育児休職中の職員に送り、協会で起こっていることを知らせ、円滑な復職を支援しています。また、「すくすくトークセッション」という育児休職者と育児環境にある者が集まって話す場を作っています。「自分だけではない」「先輩がどう乗り切ったか」「いかに仕事と育児を繋ぎ合わせてやるか」など、いい刺激になっているようです。「Mommy’s Note」は、妊娠から出産までのマタニティカレンダーや、会社や国の出産・育児に関する制度などがわかりやすくまとめられた母親向けの出産・育児ハンドブックです。この父親版もあります。

─ 男性向けも。行き届いていますね。

(松本)また、NHKでは、一旦子育てなどでやむなくNHKを辞めても戻ってこられる「キャリアリターン」という制度を設けています。退職後6年の間に再雇用の応募をすれば、試験の上、リターンできるという制度です。

─ どれぐらいの方が利用されているのですか。

(松本)平成21年度からの制度ですが、登録は結構あるものの、リターンした実績は今のところ2名です。

また、これは育児目的には限りませんが、「在宅勤務」についても、多様な働き方の1つとして、平成25年10月から試行しています。試行対象者は98人です。在宅で仕事をするというシステムが、どういうところで可能なのかを検証して、出来るところからやっています。

─ 在宅勤務の試行対象者が98人。かなりな規模ですね。

(松本)在宅勤務の職員にパソコンを貸与し、自宅で情報が取れるようにしています。

─ NHKならではの働き方とその対応策といったものはありますか。

(松本)NHKの難しさは、24時間、365日仕事があることです。夜勤もあります。NHKの放送は、番組ベースでいえば、大量、多品種、一品生産であり、労働集約的な仕事です。そのような中、男性と女性の仕事の区別はしていない。だから、育児が加わると、女性の労働にとても負荷がかかります。育児と仕事の両立は、人それぞれで事情が違います。個別の事情に具体的に対応してきて、次に手をつけるべき支援として、例えば保育所整備の可能性なども検討しています。NHKグループ全体で何かできないか考えている途中です。

仕事のやり方で言えば、仕事を切り分けて、短い時間でもできる仕事をつくるとか、あるいは、今のやり方を変えて、多様な働き方を可能にするとか。それを経営でも考えるし、現場でも考えている。例えば、育児中の女性が集まって検討し、提言するというようなことが制作局などで始まっています。具体的には、(1)新番組の開発を通して多様な働き方を実現する制作手法の開発、(2)既存の番組での働き方の改革、(3)人事への提言という3本柱です。

問題なのは、育児などに時間が取られる期間、仕事の方を変化させると、本人のスキルやキャリアアップの点で、ハンディになるという要素があることです。そこをどのように補うかは、未だ解決できていません。NHKには全国転勤があります。育児中の職員に配慮して転勤を免除すると、異動全体にしわ寄せがくる。ワーク・ライフ・バランス(WLB)推進への壁は高いと感じています。

─ 6月にWLB推進事務局を立ち上げられました。組織を作って、しっかり取り組んでいくという御意向の表れでしょうか。

(松本)これまでも、人事の中でやっていたのですが、組織にして「見える化」しました。NHKとして柱にするとの宣言です。WLBを実現しながら仕事全体がうまく潤滑油的に回るようなシステムをつくろうと考えています。これは、乗り越えなければならない大きなテーマです。乗り越えるという決意を示し、組織を作る。作っただけでは駄目でそこに最も相応しい人材を入れる。スタートが肝心なので、一番の適任者を選びました。

具体的には、組織横断でWLBを検討する「プロジェクトWLB」を立ち上げ、管理職10名程度、一般職10名程度の20名程度で、議論を進めて提言を行うという場を作りました。社内で公募したところ、「NHKを改革したい」、「働き方を改革したい」との強い意欲を持った男女が集まりました。ここで検討したことは後に、我々経営への提案という形になります。

─ なるほど。

(松本)男女共同参画のテーマは、まさに政府全体で示されているとおり、日本の解決すべき課題で、大変大きな鍵です。これを乗り越えられるかどうかで、日本は大きく変わります。だから、その重要性を公共放送であるNHKの放送の中でお知らせする。NHKは材料を提供し、判断するのは視聴者、国民の皆さまです。例としては、IMFのラガルド専務理事を取り上げた「クローズアップ現代」などがあります。

─ あれは、インパクトが大きかったです。

(松本)大きな反響をいただきました。特に、仕事をしている女性がみな同じ悩みを持っており、同じ環境にあることが共有化できました。しかも、この問題を負担とみなしてそれをサポートするのではなく、むしろ将来の日本を形成するための前向きな取り組みにできる、というように番組では価値観の転換を訴えました。日本中に共有化されれば、すごく前に進むし、可能だと。

─ IMF専務理事の立場からラガルドさんが女性の活躍について経済との関係で発言したのは、大いに注目を集めましたね。

(松本)多分、みなが思っていることですね。それをきちんと分かりやすく日本に対して指摘された。本当は日本が自分で気づいてやるべきですけどね。男女共同参画社会を進めるものをNHKが作っているということで、大変良かった。それは、NHKの役割だと思うのです。NHKとして、WLBや女性の活躍を押し進める制度や取り組みを行ってきたことが、大きな流れとして番組での発信につながりました。

今後もいろいろなことを内閣府と連携を取りながらやっていきたいと思います。

─ よろしくお願いします。

(松本)日本の将来を考えると、就業人口が減り、どんどん少子化になり、経済状況もその影響を受けていくということは、もう目に見えています。だから、女性の仕事のやり方をきちんとする必要があります。

けれども、企業経営者からはある種の負担だとの話が出ます。負担と思っていると進みません。どう解決するか。気持ちを切り替えてやれとか、目標数値で枠をはめて、追っかけようとか。けれど、その負担感をなくすような、税制優遇措置だとか、助成とか、そういうことが組み合わさって、価値観が変わり、動きが加速するのだと思います。日本の将来の姿を作る。佐村局長のお仕事がこれからますますお忙しくなりますね。

─ ありがとうございます。インセンティブの話は結構言われる方が多いです。

次に放送の中身についてお伺いします。固定的性別役割分担、要するに、男は仕事、女は家庭とか、イメージとして刷りこまれやしないか、メディアの影響は大きいと思うのです。一方で、活躍する様々なロールモデルを紹介すると男女共同参画の啓発につながる。この点どのようにお考えですか?

(松本)NHKは、トータルでバランスをとっています。女性の仕事の仕方、いろいろなサポートの紹介など、様々なジャンルでバランスを取って出していて、「クローズアップ現代」でも、「あさイチ」でも、「イクメン」や「ウーマノミクス」などのテーマを取り上げながら、視聴者の皆さまに男女共同参画の意識につながる話題を提供しています。世の中全体が、男女共同参画を促進する方向に大きく動き出していて、今とてもダイナミックだなあと感じています。

最近は、NHKの制作部門に女性がかなりいるようになってきています。理系もいますし、記者も政治・経済・科学などいろいろな分野にいます。現場に一定以上の女性がいることによって、いろいろなメッセージに自然と「女性目線」が入るようになっています。以前、「ストップ風疹プロジェクト」のニュースや番組を放送したのですが、女性の目線できちんと出来ていて、非常に反響がありました。

─ 女性の採用・登用が難しい職種はありますか。

(松本)記者の仕事というのは、「夜討ち朝駆け」です。それから、「抜く、抜かれる」という取材競争の話もある。記者は、人より早く正確な情報を視聴者の皆さまに提供することが本能ですから大変です。育児中は、報道の最前線にいることを躊躇(ちゅうちょ)する女性職員も多い。基本的には、取材相手に合わせる働き方ですから、男性も大変ですし、女性は一層大変な時期があります。

─ 女性記者の登用状況はいかがでしょう。そもそも女性の採用が少ないという感じですか。

(松本)記者に限らず、最近は大体3割近く女性を採用するのですが、かつては、1割程度でしたので、職員トータルの女性比率は、14.7%です。採用が進み、全体が3割になるのは先のことなので、「管理職比率が3割」ということはさらにその先になると思います。


日本放送協会の女性管理職等の割合


─ 政府では、「2020年までに、指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度に(“2030”)」という目標を掲げさせていただいていますが、この点で何か取り組まれていることは?

(松本)役員に女性を登用しようと考えるとき、一定の程度まで訓練されていないと難しい。突然登用されてやれなかった場合、本人も大変ですし、周りも「何で彼女が登用されたのか?」ということになります。若いころから、ルートにのせて育てていくことも、ある程度、必要です。一定の率を頭に置きながら、女性を大枠の中に入れていくというやり方で、目標に近づくということを考えています。

”2030”は大変高い目標ですが、出来るだけスムーズに「指導的地位の女性3割」という目標に到達できるよう、まず工程表を作って取り組みたいと考えています。その実現のためには、それを支える施策を幾つかの段階に分けて取り組んでいかなければならない。そうした点を推進事務局に指示しています。

─ 男性にとっての男女共同参画も大きなテーマです。企業では中間管理職の意識を変えなければ、全体の風土は変わらない。地域でも、未だ固定的な役割分担の意識が強く、男性の意識改革が必要だという話が出ます。

(松本)日本の社会がそのような、一つの慣習みたいなものの中で、繰り返されてきたということもあります。「男性が働き家族を養い、女性は家庭で育児をする」といった考え方です。

─ 覚悟がある分、今の段階では男性の方が使いやすいという話もありますね。男性は社会的トレーニングを受けられるような機会も多いと。女性の方は未だ数が少ないし、トレーニングも受けていないし、と。でも男性もこれから介護を背負ったり、あるいは家族が小さくなったりする中で、一人一人が外からは見えない事情を持つから、男性だから使いやすいとは言えなくなる。多様な働き方でやっていかざるを得なくなる。

(松本)介護の問題は、これまでは女性に負担がいくケースが多かった。女性が、夫婦両方の親を看ているというようなケースもあります。しかし、少子化の時代になって、今は介護も男性の問題でもあります。また、都市部で暮らすとコストが掛かります。だから共働きがいい。そうなると、男女とも育児や介護に関わるわけで、女性に限らず男性の多様な働き方を受け入れられないと、世の中が成り立たなくなります。

─ 今後、女性登用に関わる各社の様々なデータをHPで開示していく、「見える化」というのを始めていきます。NHKにも是非進めて頂きたいと思うのですが。

(松本)「見える化」とか、「数値管理」とか、そういうことで、いろいろなものが推進されるところはありますね。今日は新しい数字もお示ししています。(※)

日本放送協会 職種別の女性割合(平成25年度)


男女共同参画社会の実現や女性の活躍促進は日本の将来においても大変重要なことですし、メディアとしてもいろいろな形でサポートしていきたいと思っています。

─ NHKの様々な取り組みが見えてくると、それ自体が一つの貴重な情報だし、強力な推進役になると思います。本日はありがとうございました。

松本会長と佐村局長のインタビュー風景


松本正之 日本放送協会会長
松本正之
日本放送協会会長

まつもと・まさゆき/
昭和19年、三重県出身。昭和42年、日本国有鉄道に入社。昭和62年、民営化で東海旅客鉄道株式会社に入社。以後、新幹線運行本部総務部長、人事部長、取締役秘書室長などを経て、平成16年、代表取締役社長、平成22年、代表取締役副会長に就任。平成23年1月、日本放送協会会長に就任し、現在に至る。