「共同参画」2013年 7月号

「共同参画」2013年 7月号

連載

男女共同参画は、日本の希望(3) ニューエコノミーの時代
中央大学・教授 山田 昌弘

今、時代は大きく変化しています。前回、男は仕事、女は家事という性別役割分業は、戦後の高度成長期に一般化したことを述べました。それは、産業の中心が農業から工業に向かう中で、欧米社会をモデルにして作られたものでした。

1973年のオイルショックは、先進国に大きな社会変動をもたらしました(註1)。日本では、経済の高度成長時代が終焉します。この時期から、先進国では経済の中心が工業からサービス業に移ります。ポスト工業化時代などと呼ばれますが、ここでは、ニューエコノミー(新しい経済)と呼んでおきます(註2)

註1:オイルショックは和製英語。英語ではoil crisis(石油危機)。1973年の第四次中東戦争をきっかけに、アラブ産油国が石油価格を上げ生産量を削減した。日本では、流言によってトイレットペーパーの買い占めが起こった。筆者もトイレットペーパーを買いに母親と店の前に並んだ記憶がある。これをきっかけに、エネルギーや原材料をタダのような価格で使って物を大量に作って売るという工業時代のモデルが通用しなくなった。

註2:ポスト(脱)工業社会は、社会学者のダニエル・ベルが唱えた概念。ニューエコノミーという言葉は、ロバート・ライシュの『勝者の代償』(清家篤訳、2002年)によった。

新しい経済への移行は、社会のさまざまな領域の変化を伴っています。ベルリンの壁が崩壊し(1989年)、ソ連が解体(1991年)するのも、社会主義体制が、新しい経済システムに合わなくなってきたからです。計画経済は、規格化された工業製品を大量に生産するのにはよくても、人々の好みに合わせて多種多様なサービスを提供することには不向きなのです。

この移行は、人々の生活にさまざまな影響を与えます。それは、男女の役割の変動を必然的に伴います。新しい経済のプラスの側面を伸ばし、マイナスの側面を緩和するには、従来の固定化した男女役割分担では対応できず、女性の経済分野への進出が必須だからです。

新しい経済を主導したのが、先日亡くなったイギリスのサッチャー首相でした。1979年、専業主婦発祥の地でイギリス史上初の女性首相が誕生し、規制緩和やグローバル化を推進して、イギリス経済を復活させたのはまさに象徴な出来事でした。そして、1980年代にはアメリカやオーストラリア、1990年代には北西ヨーロッパ諸国(北欧や独仏、オランダなど)が続きます(註3)。そして、1990年代後半以降、グローバル化の波に乗って、日本やアジアなどの新興国でも、新しい経済の波にさらされます。

註3:レーガン氏は、アメリカ初の離婚経験大統領である(1980年当選)。それまでは離婚経験がないことが大統領になる暗黙の条件だった。ちなみにサッチャー首相の夫は離婚経験者であった。新しい経済を推進した二人が、いわゆる伝統的な家族を作らなかったことは象徴的である。

女性の活躍をさせないと、サービス経済の下での経済発展は見込めません。1990年代以降、先進国、新興国問わず、女性の経済的活躍がめざましい国々(女性労働力率や管理職率が高くなった国)の経済成長率は比較的高めです。それは、生産分野で女性的な能力の活用が必要となり、また、女性が収入を得ることによって消費が活発になるからです。

新しい経済は社会にとってよいことばかりではありません。労働の流動化が進み、安定雇用が少なくなります。その結果、一人の収入で妻子を養うことができる男性の数が減ります。先進国では、1975年以降、成長率の低下、財政赤字、少子高齢化に見舞われます。新しい経済の負の側面を緩和するためにも、女性の経済領域への参加が求められているのです。

男女共同参画を積極的に進めた国では、新しい経済に適応して、比較的高い経済成長と財政悪化への歯止め、出生率のある程度の回復を成し遂げることができました(註4)。子どもをもつ女性が働きやすい環境を整え、女性差別をなくし、女性が経済的に活躍する下地を整えたのです。しかし、日本など男女共同参画後進国では、新しい経済への適応がうまく進まず、経済停滞や財政赤字の拡大、出生率低下に悩まされています。

ニューエコノミーへの適応、これが、男女共同参画を進めなければならない大きな理由なのです。

註4:女性の活躍推進と言っても、国による違いも大きい。アメリカやイギリスなどでは、女性差別の禁止などを徹底させ女性活躍の機会を作り、ニューエコノミーのプラスの側面を最大限に引き出した。一方、北欧やオランダ、フランスなどでは、マイナスの側面を緩和するために、保育政策や労働政策など社会保障によって女性就労を支援することに重点が置かれた。シンガポールなど東アジアの新興国(韓国除く)は、専業主婦が普及する前にニューエコノミーが普及した。いずれにしても、「夫は仕事、妻は家事」という役割分担は、スタンダードではなくなっている。

やまだ・まさひろ氏
やまだ・まさひろ/東京大学文学部卒業。東京学芸大学教授を経て、2008年より現職。専門は家族社会学・感情社会学・ジェンダー論。子ども・若者・夫婦・家族を取り巻く現状を多角的に解析して打開策を提言し続け、パラサイトシングル、婚活、格差社会などという言葉を作り出した社会学者。男女共同参画会議民間議員等の公職を歴任し、現在、男女共同参画会議専門委員、日本学術会議連携会員。