「共同参画」2012年 4・5月号

「共同参画」2012年 4・5月号

連載 その1

地域戦略としてのダイバーシティ(1) 総論
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

人口減少社会は、『総力戦』

周知のとおり、わが国はすでに人口減少社会に突入している。労働力人口は今後、半世紀で3分の2まで減ってしまう。こうした変化は世界初の未体験ゾーンだ。

では、今後わが国が活力を維持するには、どうあるべきか。

一つ目のキーワードは『総力戦』だ。社会保障でよく使われる指標が、「高齢者一人を支える現役世代の数の割合」だ。1950年から百年で12人からわずか1.3人へと大きく変化していく状況は「胴上げ→騎馬戦→肩車」といわれ、暗澹たる気持ちになる(注1)

一方で、働いてお金を稼ぐ『就業者』に注目すると別の見方もできる。すなわち、非就業者1人を支える就業者数の割合をみると、1950年0.75人、2000年0.96人から2050年の0.9人と、総人口の約半分が働く状況は、さほど変化しない(注2)

これは現在、高齢者の2割は働いている一方で、現役世代でも子育て期の女性を中心に3割近くが就業していない。これからは、高齢者も女性も働きやすい職場環境作りが重要であり、日本全体でそうした社会を実現できれば、社会活力は十分、維持できる。

ただし、かつては専業主婦たちが子どもや高齢者の世話をしていたので、就業者は仕事に専念できたが、これからは、男女に関わらず、大半の就業者が子育ても介護も取り組まざるをえない。すなわち、WLBの推進は不可欠だ。

注1
注1
(資料) 2000年までは総務省『国勢調査』、2025年以降は国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成18年12月推計)』の出生中位・死亡中位仮定による推計結果を基に筆者が作成。

注2
注2
(資料) 2000年までは総務省『国勢調査』、2025年以降は、労働政策研究・研修機構による推計結果および『日本の将来推計人口』を基に筆者が作成。

1人3役で、3乗の活力

二つ目のキーワードは、『一人三役』だ。大阪市の中小企業支援施設では、行政が持つ「信用」と「情報」という強みを活かして、地域の女性ネットワークを組織した。企業の商品作りに反映させようと企画したモニター会で、女性たちは地元の中小企業が開発したお弁当、コラーゲン飲料、化粧品を試して、言いたい放題。「ベトベトしすぎる保湿クリームでは食器洗いできない」など辛辣な評価も飛び交う「女の会議」から、中には20万個の大ヒット商品が生まれた(注3)

企業だけでは見落としがちな点を女性が指摘し、ビジネスの成功に結び付けた好事例といえる。1人の女性が「主婦×消費者×生産者のアドバイザー」という3つの役割から相乗効果が生まれるのだ。

また、これまでNPO、PTA、自治会など地域活動は女性や高齢者が主な担い手だった。しかし、これからは現役世代の男性も参画していくことが期待される。

東日本大震災後、男性たちの家庭回帰が強まっている(注4)。また、被災地支援をはじめ、地域でのボランティア活動や職業スキルを活かした社会貢献活動である『プロボノ』も広がってきている。

筆者の座右の銘は、『市民の三面性=職業人、家庭人、地域人』であり、地元の公園で19年前から『子ども会』の活動を続けてきた。当初は、不審者扱いされることもあったが、最近では自らの子育てをきっかけに地域の子どもたちに関わりたいと考える男性たちは増えている。

地域社会で、こうした男性たちを増やし、活躍の場を与えていくことが大切だ。

注3:大阪市の取組みは、NHKの日曜朝の情報番組『サキどり↑』で、2011年6月5日に放送された「女の本音が経済を元気にする」特集で放映された。

筆者は、スタジオゲストとして「それまで女性社員が気づいていても、商品を開発した同僚の男性社員に遠慮して言いづらかったかもしれないことを、地域の主婦たちが良い意味でKYな本音トークで指摘した。それにより、今後、女性社員は声を上げやすくなり、そうした声を男性社員も尊重する良いきっかけになったのはないか」とコメントした。

注4:内閣府が2011年12月に実施した『食育に関する意識調査』によると、家族と一緒に食事をとると回答した人が、前回調査に比べて、朝食で10ポイント、夕食で15ポイント増えている。同調査では、「東日本大震災を受け、家族の大切さが見直された結果ではないか」と分析している。

終末期から逆算して人生設計

三つ目のキーワードは、人生の再設計だ。人口減少とは、生よりも死がどんどん増えていくこと、すなわち「死が普遍的になること」を意味する。これまでの人生設計は、身体一つで生まれて、定年までいかにライフイベントを乗り越えて資産を形成していくか、という「上り坂」「足し算」の視点が強かった。これからは身近な人たちがどんどん亡くなっていく後、遺されたものをいかに受け止めるか、自分自身も身体一つで死んでいくまでのプロセスに何が必要なのか、という「下り坂」「引き算」の視点が重要になってくる。筆者自身、老父の介護と脳腫瘍の2歳児を看護する生活の中で、厳粛な気持ちで自分の人生を再設計してきた。

登山ではしばしば「下り坂で事故に遭うことが多い」と言われるように、本当に必要なものだけの軽装を身にまとい、注意深く人生を設計し直す必要がある。

一方で、上り坂では目に入らなかった景色も下り坂では楽しむことができる。また、山の頂上に生物は住まないが、山間の谷の湧水は多くの生物の憩いの場となる。先人が遺してくれたものが湧水のようにあふれる泉で、自らの心の渇きを癒すだけではなく、辛い時期を乗り越えた経験からあふれる言葉は、後から来る人を励ますうえで役立つだろう(注5)。

注5:これまで、筆者への講演依頼のテーマは、(1)ダイバーシティやワークライフバランス推進の方策、(2)男女共同参画社会の推進(3)子育て体験や子育て支援策、(4)タイムマネジメント実践術、が多かった。

これらに加えて、最近では、(5)老父の介護と仕事の両立、(6)男性としての介護や看護の体験を話してほしいという依頼が増えている。

介護や看護といったネガティブなテーマを話すのは、当初、勇気が必要だったが、カミングアウトしてみると、実は自分も介護や看護と格闘してきた、しているという方々は想像以上に多い。そうした方々との会話から、筆者自身が多くのことを学ばせていただくとともに、励まされている。

多様な人たちの多様性を活かす

以上まとめると、今後は各人が多様な人生を再設計するとともに、多様な人たちを活かす職場作り、地域社会作りが重要であり、これには知恵が必要だ。

筆者は、2012年3月に内閣府が主催した『女性の活躍促進プラン学生コンペティション』の審査員をさせていただいた。架空の企業A社の課題を提示し、女性活躍をどのように推進すべきか、を学生たちが提案するという、たいへん有意義なイベントだった(注6)。

筆者が講評で申し上げたのは、『ダイバーシティは連立方程式で考えることが重要』という点だ。学生たちの提案プランはすべて女性を支援する視点のみの一次方程式に見えた。

しかし、実際の現場はあまり男性VS女性という単純な構図にはならない。筆者の推測ではA社ではおそらく、非正規社員の女性と正社員の女性の対立がある。正社員より年長の非正規女性は、現場での仕事はよくわかっているものの、賃金は安い。自分たちが若い頃は仕事と子育てのどちらかを選択せざるをえなかった、うらみがあると、若い正社員女性の子育てでしわ寄せを受けることに反発しやすい。また、女性正社員の間でも、年長と若手では反目しているかもしれない。一方で、若手男性の正社員はというと、結構パートの年配の女性たちに可愛がられているなど、現場の問題は複雑だ。

では、コンサルタントとして、どのように処方箋を描くか。基本に、当事者である女性社員に対してワーク面、ライフ面の支援と別々に考えても、それぞれ別々の副作用を起こしてしまうと、解決に繋がらない。したがって、当事者である女性社員のみならず、周囲にも得になる方法を考えないといけない。A社のケースだと、非正規の女性社員、年長の女性正社員、男性社員とどのようにマッチングさせていくか、がポイントだ。

筆者がかつてコンサルした企業では、(1)若い男性社員に育児休業取得促進キャンペーン、(2)世話好き世話焼き隊(通称『すきやき隊』)の結成、(3)ありがとうカード制度、(4)先輩の女性正社員をリーダーとした『女性プロジェクト』で商品開発、(5)業務改善提案箱の設置、(6)女性社員から評価が高い男性たちのヒューマンスキルの見える化を実施したところ、当事者以外の社員から喜ばれた(注7)。本連載でも、実際の事例をもとに、こうした連立方程式の立て方を述べたい。

注6:A社は全国に支店を持つ小売業。エリアマネージャーに登用するためには、2カ所以上で店長(管理職)を務める経験が必要で、本社で役員(管理職)まで昇進していくためには、エリアマネージャーとしての経験が必要と経営者は考えている。

店舗では、正社員以上に非正規社員が多く、大半は女性。従来は一般職が多かったが、この10年ほどで総合職で働く女性、管理職候補となる女性も増えてきた。

消費者の視点を重視する経営者は女性の管理職を増やそうと、能力のある女性を探しては登用に努めてきた。

最初に登用した女性がそろそろ出産、子育て期に突入しており、育児休業制度等を法定どおりに整え、社内で女性社員に対し、休業・休暇の取得促進のキャンペーンを行ってきた。

しかし、最近になって、管理職(エリアマネージャー、店長職)に登用した女性が数人辞職してしまい、他の女性管理職も人事部に悩みを相談してきた。

注7:1つ目は、非正規の女性社員とのマッチング。女性だけの問題とせずに、まず若い男性社員に育児休業取得促進キャンペーンを実施した。そして、非正規社員の年配の女性たちを中心に『すきやき隊』を結成(北海道で婚活支援をやっている団体のネーミングを借用させてもらった)し、世話好きな年配の女性たちに、ライフの面で若手正社員(女性を含む)の良いアドバイザーになってもらった。

そして、世話になった若い人たちは、すきやき隊のメンバーに『ありがとうカード』を送るようにした。そして、カードをもらう数が多い人を社内で表彰した。

気づいたことはワーク面、ライフ面双方でアドバイスして、褒めあう風土が醸成され、非正規の女性社員は若手女性正社員のライフサポートをするのみならず、業務の面でもフォローをするようになった。

2つ目は、年長の女性社員とのマッチング。男性以上に過労バリバリな年長の女性正社員をリーダーとして、『女性プロジェクト』を結成した。女性ならではの視点で商品開発してプチヒット商品を産み出した。

同時に、業務改善提案箱を設置した。制約社員でもある女性社員たちが「もっとこういうふうになったら職場が働きやすくなるのに」とどんどん提案して、横展開して全社的な業務改善を図ったところ、時間外労働が減った。それは決して女性たちだけのメリットではなくて、職場全員が喜ぶ。女性リーダーの株が上がるとともに、女性社員の団結力は強まった。

3つ目は、男性社員とのマッチング。非正規の女性が多い職場には、女性との接し方がうまい男性が必ずいる。そうでないと生き残れないからだ。実際に女性社員からの評価が高い男性たちを選抜して、その人たちのヒューマンスキルを『見える化』した。これは言葉だけではなかなか伝わらないため、現場でもめやすい様々な場面を設定して、「あなたならどうする」と演じてもらい撮影した。収録した映像を活用して、研修を実施したところ、それまでは、暗黙知として継承されにくかったところを形式知、共有知にした研修は、若い女性社員のみならず、若い男性社員にも参考になると、非常に喜ばれた。

このように、筆者のコンサルティングでは、現場で『三方よし』になるよう心がけている。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選挙委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。