「共同参画」2011年 6月号

「共同参画」2011年 6月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際(2) 東日本大震災を契機としたDivとWLBの変化
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

前回に続き、震災を契機としたダイバーシティ(Div)とワーク・ライフ・バランス(WLB)の変化について述べたい。

短期的な企業のトレンド

短期的には、夏の『節電対策』で、ダラダラ長時間労働にメスを入れる『業務の効率化』機運が高まっている。WLBの経営効果は見えにくいと言われるが、エネルギー効率という評価軸は明快だ。

一方で、「震災対応でWLBどころではない」という企業も少なくない。しかし不夜城のようなオフィスは今夏にかけて、反社会的行為として糾弾されかねない。

このため、テレワークに注目が集まっている。筆者は、あらゆる業種・職種でテレワークの導入事例を把握しているが、業務の共有が不十分だと上司と部下の間に不信感が生じやすい。『業務をオープンにして共有すること』は、震災など突発的な非常事態への備えとしても、平常時に業務を円滑に進める上でも重要だ。

また、自己規律のできる人でないと、テレワークで成果をあげるのは難しい。そこで最近、「単なる両立支援制度の導入だけでは不十分。管理職と部下双方に効率的な業務管理・時間管理を学ばせたい」という企業から、筆者に『タイムマネジメント研修』の依頼が増えている。

中長期的な企業のトレンド

中長期的には、震災・原発問題を機に、家族の絆が強まると共に、エネルギーや時間資源を大量消費しない働き方・消費者行動へと変革していくであろう。

これは、単なる社内と自分・家族のみを対象とする(内向きの)WLBから、社外、他者、地域社会をも対象とする(外向きの)WLBへの変革でもある。

例えば、震災復興支援として社員のボランティア休暇を奨励している企業が増えている。また、イクメン、カジダン、介男子(介護する男性)、イクジイ・ソフリエ(育児する祖父)ブームに共通するのは、男性の実体験に基づく『皮膚感覚』だ。こうした運動の広がりの根底にある『お互い様・思いやり』意識の広がりは確実にDivとWLBを前進させるだろう。

一人三役のかけ算

ワークもライフも自らがマネジメントする「自律型人材」の育成が社会的に急務となっている。これまで日本企業の人材育成は、「同一化圧力」が強かった。しかし今後は、人材の多様性を尊重する企業が増えていくであろう。なぜなら、自己の多面性(内なるDiv)から、ワークとライフの相乗効果は生まれるからだ。

例えば、大阪のある自治体では、行政が持つ「信用」と「情報」という強みを活かして、地域の主婦ネットワークを組織した。地元の中小企業が化粧品を開発する際に、主婦たちは「ベトベトし過ぎる保湿クリームでは食器洗いできない」など辛辣に評価したことで、大ヒット商品が生まれた。企業だけでは見落としがちな点を主婦という生活者が指摘し、ビジネスの成功に結びつけた好事例だ。

人口減少社会では、「一人三役」の掛け算が重要だ。一人の女性が『主婦×消費者×生産者』という3つの視点を持ち、それぞれのネットワークが結びつけば、三乗の活力が生まれる。「異質なもの」を混ぜることは、単に職場の活性化のみならず、地域社会の活性化策としても極めて有効な戦略と言える(図表)。

図表 東日本大震災を契機としたDiv、WLBのこれまでと今後

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。