「共同参画」2010年 8月号

「共同参画」2010年 8月号

スペシャル・インタビュー

地域の課題こそ宝~釧路発「新しい公共」を実現するNPO

今回は、今年度の女性のチャレンジ賞特別部門賞(新しい公共)を受賞された日置真世さんにお話を伺いました。

お互いの個性を認め合って、許容しあう組織、一人ひとりが活躍できる組織なら、うまくいくと思います。

― NPO法人「地域生活支援ネットワークサロン」を立ち上げた経緯についてお話ください。

日置 もともとのきっかけは、娘が障がいを持って生まれ、障がい児の親の会「マザーグースの会」に参加したことですね。最初は、お母さんたちと子育てについて話したり、子どもと一緒に遊んだりする、ただの会員でした。そのマザーグースの会のお母さんの一人が産休に入るので、代りにお便りの編集をする人を募集しており、参加することになりました。講演会などいろいろな活動をしていましたが、1998年に「みんなのごきげん子育て」という本を出版したところ、なんと大反響で5,000冊も売れたんです。全国で紹介されたところ、たくさんの方から問い合わせをいただきまして、私が事務局の担当として、自宅の連絡先をお知らせしたら、電話が鳴りっぱなしでたいへんでした。

それで、専門家は専門分野のことは分かるけれども、全体を知っているのは、実は私たちなのではないか、当事者の目線で出来ることがあるのでは、と気づいたんです。

そこから、もっと何かをやりたいとの思いで、独立行政法人福祉医療機構の子育ての助成金をいただき、みんなでたまり場を作りました。「親子サロン」という名前をつけたら、いろいろなお母さんたちが来てくれ、子どもに障がいがあってもなくても子育ては大変なんだね、ということも分かりました。助成金は1年間で終わるけれども、このサロンを続けようということで、NPO法人を作ることになりました。

― 運営されていたNPOは、年間事業費が数億円の規模にまでなったということですが、成功の秘訣は。

日置 よく聞かれる質問ですが、まず、事業規模が大きくなれば成功というのは間違っていると思うんです。逆に、私はいつもどうやって組織を小さくしていくかということを考えています。総体が大きくなる必要は全然ないです。ソーシャルビジネスとか、地域企業とかで必要なのは、必要とされていることをやるということだけ。「必要とされていること」ではなく、「やりたいこと」をやる人は成功しないのではと思っています。事業というのは、その事業を使ってくれる人、買ってくれる人がいて成り立つからです。福祉事業では、福祉についての自分の理想を実現することに固執してしまうケースがあるように思います。理想も大事ですが、それを「必要としている人」に合わせていかないと、絶対に事業は回っていかない。本来は、ニーズを的確にとらえ、ニーズに沿った事業だけやれば良いのです。

こうした考え方を、私は「生みの親発サービスづくり」と言っています。私が行っていた事業には、あるお母さんや、ある子どもなど、必ず全部「生みの親」がいるんですよ。今、こういうことで困っているというニーズに合わせて、その一人のためにサービスを作るんですね。そうすると、実はその裏に同じように困っている人が100人ぐらいいたりする。サービスができると、私も実はこうしたかったんだ、と今まで我慢していた人たちがどんどんでてきて、それが一つの事業になる。

そうしたニーズを吸い上げていく場として、先ほど言った「たまり場」という仕掛けを地域の中にどれだけ作れるかというのがNPOとしては一番大事なことだと思っています。「たまり場」があれば、仕事を見つけに行かずとも、自然と持ち込まれるようになるからです。

― ソーシャルビジネスの魅力はなんでしょうか。

日置 やはり地域密着、生活密着ではないでしょうか。女性の方が、地域とか生活に身近ですし、ニーズを理解しやすい、創造しやすい立場にいると思います。地域の人がどういうものを求めているかというのは、自分の生活を考えれば容易に分かるので、そこを生かせるということでしょうね。自分だったらこういう生活をしたいなということに基づいてやっていけば、だいたい大丈夫。自分の身近なところにビジネスチャンスも、ニーズもあるので、そういう意味で女性が活躍しやすい領域ではないでしょうか。

また、NPOでは、勤務時間や休暇も職員個々人でで決めていましたので、新しい働き方のスタイルを追求できるというメリットもあります。私は、まだ学生の時に出産したので、社会人経験がありませんでした。でも、社会人の一般常識がなかったからこそできたこともあるのではないかと思います。普通の人なら怖くてできないこともやってしまった。私から見ると、役所や企業は無駄なことに手間をかけているな、と思ってしまうこともあります。

― 現在は、NPOの活動の現場を離れ、北海道大学の研究職に転職されました。

日置 前々から、現場で感じていることを理論化、普遍化して発信していく必要性を感じていたんです。現場で得た経験や知識はすごく大事だから広く伝えたい。それから、もう少しいろいろな角度から見たいという思いもありました。そこへちょうどフィールドワークで研究しないかというお話があり、いい機会かと思ったんです。

NPOの方は、今は組織として動けるように事務局会議という会議体に運営を任せています。一人のリーダーの推進力だけで成り立つ組織では続かないと思うので、以前からそうしようと考えていたんですよ。北海道大学の任期が終了したら、NPOに戻るというよりは、また新しいことに挑戦したい、と考えています。

― 最後に、地域で起業を考えている方々にメッセージを。

日置 私は、いつも「地域の課題こそ宝」と言っています。課題があるということは、そこにニーズがあり、仕事になるということですから、悲観的にならずにチャンスととらえるんです。釧路は、少子・高齢化による人口減少、雇用問題など、地方都市の典型的な課題を全て持っているので、宝の山なんですね(笑)。でも、釧路は、今、行政、地域、NPOが連携していますから、元気ですよ。

地域のことを知っているのは地域の人なので、国の制度、政策がどうなろうが、変えていくのは、最後は地域の一人ひとりの力だと思っています。

国のモデル事業にしても、うちの地域でやってくださいと言うよりも、こういうものを作ってください、自分たちが実践しますから、という地元から湧き上がる声が、なにより必要です。国との関係性も変えていかなくてはならないと思いますね。もっと対等に、一緒に考え、一緒に作る場というのが必要だと思います。

― それが、まさに「新しい公共」が育っていくということなのですね。

日置 真世 北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター助手 特定非営利活動法人地域生活支援ネットワークサロン理事兼事務局顧問
日置 真世
北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター助手
特定非営利活動法人地域生活支援ネットワークサロン理事兼事務局顧問

ひおき・まさよ/
北海道大学教育学部卒業。特定非営利活動法人地域生活支援ネットワークサロン事務局代表、釧路圏域障害者総合相談支援センター長などを歴任。現在、北海道大学大学院教育学研究院附属子ども発達臨床研究センター助手、社会福祉士。近著に「日置真世のおいしい地域(まち)づくりのためのレシピ50」。