「共同参画」2009年 3月号

「共同参画」2009年 3月号

連載/その1

世界のワーク・ライフ・バランス事情 11 ~まとめ~ 株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜

不況期にこそ、差別化を図るチャンス

昨今の金融危機以降、興味深いのは、WLBの動向をめぐって企業の対応が二分している点だ。多くの企業では、不況は逆風と捉えられている。「WLBなんて言っていられない、そんなのは後回しだ」という風潮が広がっている。

一方で、先進企業は、「WLBの推進により、筋肉質の組織に変える好機だ」と、むしろ不況を追い風と捉えている。こうした企業では、これまでの非効率な業務体制、業務の流れにメスを入れることで、残業がゼロに近づくとともに、休暇取得日数が増えている。従業員はリフレッシュして、さらに業務効率が上がるという正の連鎖が生まれている。

筆者が、これまで海外のWLB先進企業100社の財務分析をした結果、企業業績が著しく伸びるのは「不況期を脱出した2-3年後」という企業が多い。したがって、今回の不況期にWLBの取組みを深めるか否かで、その後の業績は大きく明暗を分けるであろう。

日本型WLB、ダイバーシティへの過渡期

第二次大戦後から1980年代前半までの「片働き主流モデル」は、当時の経済環境に合っていた。すなわち、欧米先進国へのキャッチアップという目標が明確で、高品質の製品を大量生産する上では、職場の属性が揃っており、あうんの呼吸で業務を進める方が効率的だった。

今や世界第二の経済大国となり、むしろアジア諸国など後発国から追いかけられる立場となった。人件費は国際的に割高となり、高付加価値の製品・サービスを暗中模索する現状では、むしろ「共働き主流モデル」の方が合っている。すなわち、モノカルチャーな職場よりも、女性、外国人、障害者など多様な人が職場にいる方が付加価値は生まれやすい。

わが国が不幸なのは、「片働き主流モデル」での強烈な成功体験が足かせとなって意識改革が進まないこと、共働き主流になった1990年代以降がちょうどバブル崩壊期にあたり、あまりに経営環境が悪かったため、職場改革が後回しにされてきたことである。

筆者は、WLBとは「思いやり、お互いさま」の相互作用だと考えている。もともと「働く」という言葉の語源は、「はた(傍)が楽になる」だ。WLBの考え方は、日本文化に根ざしている。しかし、近年の企業社会には、「長時間労働は美徳」というウイルスが蔓延してきた。このウイルスはノロやロタよりも怖い。自分だけではなく、同僚・部下を巻き込み、家庭を巻き込む強烈な伝染性をもっているからだ。まったく「はた迷惑」な話だ。

ウイルス感染従業員を心身ともに健全な状態に戻すものがWLBワクチンだ。注入すると、従業員は覚醒し、自分の時間が大切なのはもちろん、同僚や部下、家族など「相手の時間」への敬意を持つようになる。これがWLBの最大の意義だ。

これまで日本企業は、オイルショック、円高不況など不況を乗り越えるたびに強くなってきた。今回の大不況も『日本型WLB・ダイバーシティ』へと移行することで、必ず日本企業は再浮上できるはず、ピンチではなくむしろチャンスだと筆者は確信している。そして、WLBの推進により、「はた楽」人が増えて、日本社会に「お互いさま、思いやり」が広まっていくことを心から祈念している。

株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。(株)富士総合研究所入社。2003年(株)富士通総研入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。