「共同参画」2009年 1月号

「共同参画」2009年 1月号

連載/その1

世界のワーク・ライフ・バランス事情 9 ~シンガポール~ 株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜

これまで欧米諸国におけるWLBの取組みをご紹介してきた。今回は、わが国と社会文化的な背景が似ているアジアの国々の中から、シンガポールの取組みを取り上げたい。同国の取組みは、アジア型の社会文化環境を踏まえつつ、英米型WLBを独自にアレンジしており、とてもユニークだ。

アジア型WLB-親族サポートへの施策

シンガポール、韓国などアジア諸国は、わが国と同様に出生率低迷への強い危機感から、大胆な施策を打ち出している。重要な施策の一つがワーク・ライフ・バランスだ。

かつてシンガポールの宗主国はイギリスだったため、家族を大切にするアジア型社会の特徴を踏まえつつも、英米型の家族観が色濃く反映されている。同国では、1980年に高学歴女性の出生力が低いことが明らかとなり、人口の「質」に対する懸念から、高学歴の働く母親に対する税控除など、高学歴女性の優遇策が採られた。こうした施策にはさすがに「優生学的な施策は問題だ」という批判も起こり、その後、中断された。しかし、その後も高学歴者を中心に就業している女性の出産を促進する狙いから、「祖父母控除」と「外国人メイド控除」が導入されている。前者は就業している女性で、子どもの保育を祖父母等に頼んでいる場合に、3,000シンガポールドル(約20万円)を控除できる制度だ。後者は、就業している女性等が、外国人メイドを雇用した場合、外国人メイド人頭税(外国人メイドを雇用したときに支払う人頭税)の2倍に相当する額-限度額は2005年で8,280シンガポールドル(約55万円)を所得から控除できる制度だ。

日本を含むアジア諸国が共有する社会文化的背景の一つに「親族によるサポート」があげられる。日本で就労女性に対して「出産後の就業継続を可能とした条件」を尋ねたアンケート調査の結果を見ると、50%以上が「親・親族の支援」を挙げている。つまり「親族によるサポート」へのニーズは強い。また、わが国でも高学歴女性の出生力は低下傾向にあるため、こうした女性へのサポート策も必要であろう。

したがって、シンガポールのように、親族サポートやベビーシッター・家事代行サービスの税制優遇策の導入も、今後は一考の余地があるのではないか。

夫婦カウンセリングサービス

この他にも、シンガポールには特異な政策が多い。「夫婦間の良好な関係のもとで育まれた子どもは幸せである」という考えから、若い夫婦向けの学習、相談サービスがある。男女の出会いから、結婚、子どもの誕生、成長といった夫婦のライフステージに応じて、きめ細やかなサービスが提供されている。夫婦のライフステージに応じた施策という発想は日本には少ない(神奈川県など一部の自治体では、夫婦カウンセリングを実施しており、筆者もお手伝いをしている)。

日本の家庭においては「子はかすがい」と言われるように、子どもが重要な役割を果たしており、夫婦の関係よりも親子の関係の方が優先されることが多い。しかし、夫の家庭回帰を抜本的に進めていくためには、もっと夫婦の関係にスポットを当てて、夫婦の絆を深めるための努力も必要であろう。

株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。(株)富士総合研究所入社。2003年(株)富士通総研入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議点検・評価分科会委員を歴任。