「共同参画」2008年 12月号

「共同参画」2008年 12月号

スペシャル対談

日本の企業に必要なのは、女性の活躍とワーク・ライフ・バランス
牛尾 治朗(ウシオ電機株式会社 代表取締役会長) × 板東 久美子(内閣府男女共同参画局長)

板東 久美子 × 牛尾 治朗
板東 久美子 × 牛尾 治朗

板東 本日はお忙しい中、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。

牛尾 こちらこそよろしくお願いします。ところで、男女共同参画は順調にすすんでいるのですか。

板東 ご承知のように、社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度になるようにとの目標に向かって取り組んでいますが、やはり日本の変化というのは非常に緩やかですね。国際的に見ますと、日本の水準はあまり高くない。変化はしているのですが、他の国の変化の方が大きいので、相体的な地位という意味ではどんどん下がってきているという残念な状況です。特に欧米先進国は前から日本よりはかなりいろいろな数値が良かったりするわけですけれども、最近、アジアの国々の変化が目立ちます。例えば韓国とかですね。

牛尾 中国とかもね。タイもそうですよ。

板東 そうですね。そういったアジアの国々にもどんどん追い抜かされている。日本と同質な文化的土壌があると言われる国も、もっと大きく変化してきているということで、取組を加速しなければいけないと考えています。国内で見ると変化しているのではないか、女性の活躍が進んでいるのではないかと言う方が結構いらっしゃいますが、外から客観的に見ると、そういう状況ではないということだと思います。

牛尾 我々も経営をやっていまして、アジア社会と西欧社会を比べてみると、女性の地位の高さ、低さはそれほど差がない。ヨーロッパに比べるとアジアは長い間、男性優位の社会になっていたけれども、特に戦後は、男女平等という民主主義思想が入ってきて、タイ、韓国、中国というのは急ピッチに女性の地位が高まってきました。それは女性に能力があるからなのです。私の会社でも、アメリカ、カナダ、中国、フィリピンなどの地域では女性の地位が高く、人事部長などはほとんどが女性です。

日本でも歴史的には、いわゆる民間の老舗の経理担当のトップ、近代風に言うCFOというのは、全部おかみさんですね。料理屋さんでも商家でも、全部おかみさんがCFOなのですよ。

ところが、日本の金融機関が「うちでは女性の支店長を置きました」と言っても、中央の営業部や大きな支店ではなくて、小規模の支店長だったりするんですね。日本の企業の現場は典型的な男性社会です。こうしたなかで、急に女性管理者を増やそうとしても、管理者として育っていないものですから、あわてて中途採用する。特に、外資系では、能力に応じて重要な仕事を任せて一本立ちできるように訓練されていますから、優秀な女性が幾らでもいます。そういう人が日本の企業に転籍して偉くなっている。

ですから、女性の力がないから女性が管理者になれないという事実は全くないということは断言していいですよ。

板東 そのように力強く言っていただくと本当にありがたいです。

日本政策金融公庫の安居総裁は、帝人の社長時代に女性の登用を進められたのですが、そのきっかけも今のお話のように、いろいろな企業と仕事をする時に、外資系の企業の場合には女性が部長とか、かなり責任のある立場で出てくるが、日本企業の場合は絶対出てこない。こんなに能力が高い女性がたくさんいる、立派に活躍できるのに活かさないのは損失だと気づかれて、それで自分のところももっと女性を登用しようとされたとお聞きしています。

本当におっしゃるように、海外で非常に刺激を受けたり、あるいはグローバル企業としてやっていく上で、日本の経営者の方々も非常に問題意識を持たれているというケースが出てきています。

牛尾 そうです。社会経済生産性本部では、「ワーキングウーマン・パワーアップ会議」、略称「パワーアップ会議」を作りました。能力のある女性がいるのに、地位に就いているのは男性という現状を変えずに、ワーク・ライフ・バランスを実行すると、結局、女性はワークもライフも全部担うことになってしまい、ある意味逆行する場合があるのですね。そのためにこの会議を通じて女性の参画を後押ししたいと思っています。

他方、日本の現実は、ライフの質も低い、ワークの質も低いと言わざるを得ません。集団で仕事をして、しかも年功序列で昇進していくということは、個人の評価をしない社会なのですよ。学歴があって、それぞれの会社、それぞれの役所の風土を心得た人が偉くなるのですよ。だから、ますますワークの質が下がるのです。

まず、仕事の質を高めないといけない。女性に聞くと、育児を犠牲にしてまで働こうという仕事があれば喜んで働くけれども、この程度の仕事なら、私は育児に専念する方が良いと、ライフの質の高さを育児に求めるわけですね。人間というのは、やりがいのある仕事を持たないといけないわけですよ。だから、質の高い仕事と質の高い生活というものはワーク・ライフ・バランスをつくる根底なのだと思いますね。

質の高いライフと質の高いワークをどうバランスするか。ライフの主役である個人がそれぞれ選ぶのが、理想的な社会だと思うのです。しかし、ともすれば制度といった技術的問題に関心が集まりがちです。本来は、質の高いライフとは何かということをもっとみんなで議論しないといけないですね。

今度の世界経済の収縮の後に、世界を再構築する新しいルールが登場します。日本にとってワーク・ライフ・バランスや女性の参画を一気に促すチャンスで、まさに理想像を示すことが大事なのです。ワーク・ライフ・バランスや女性の参画に成功した会社を皆に広めることが大事だと思っています。

官庁の場合は、ワーク・ライフ・バランスの進歩を妨げるのは何か、それが制度的なものなのか、封建的な文化なのか、それとも既得権益なのか、議論することが一番大事ですね。そういうものをどければ、女性が現実に力があるわけですから、この流れを止められない。

板東 確かに、来年の官庁の内定者は、一気に女性が増えて、2010年に採用の30%を目標にしていたI種事務系では、既に30%を超えました。管理職登用も加速中です。

牛尾 質の高いワークとライフを考えれば、官庁は女性に向いている。公務員も会社員もやはりプロフェッショナルな能力を持っていないとだめですが、その背景には、必ずプロフェッショナルな価値観があります。特に日本の女性は、虚栄心もないし、自分自身をきちんとしたいという気持ちが非常に強いから、現場に対する責任感と間違ったことに対する嫌悪感は、大体女性が70点だと、男性は50点くらいですよ。日本の女性は、世間が一番求めているフェア、オープン、フリーという三原則の中の、特にフェアとオープンに対する意識は非常に強い。

物質的にある程度充足した日本社会が、次に何を求めるかというと、フェアであるとか、オープンで住みやすい社会であるとか、自由とかになるわけです。それがワークにも、ライフにもないと困る。両方ともバランスのとれた、いい社会に切り替わるべき時期に来ている。精神道徳や仕事に呈する倫理観を高めていくことにワーク・ライフ・バランスは貢献すると思っています。

板東 ワーク・ライフ・バランスは、多様性の尊重される柔軟な社会といった、社会のあり方や生き方に関する新しい価値観であり、新しい社会構造であり、人間的な基盤に関わる問題だと思います。その基本の考え方がしっかりないと、推進しても根付かないですね。

牛尾 その意味では、教育にも深く関係しています。私が米国に留学したときに非常に感心したのは、小学校1年生から、みんなで決めたことはみんなで実行しようという、一種の市民教育の基本をたたきこむのです。ワーク・ライフ・バランスとか男女共同参画というものも、基礎は小学校からの教育が重要なのですね。

板東 やはり、自立した市民、主体的な家庭や社会の形成者としての教育というのは、日本の場合、まだ弱いなと感じます。

牛尾 私は会社を設立したころ、「会社の繁栄と従業員一人ひとりの人生を充実させることを一致させたい」ということを言ったのです。こう言い続けていると、相当優秀なエンジニアや研究者も外からの引き抜きに応じず、一緒に働きたいと言ってくれる。人生に共鳴することがあればこそ、会社というチームはできるわけで、ワーク・ライフ・バランスが、いかに企業にとって大事かということですよ。

だから、女性を尊重してもっと使おうと言えば、女性は頑張るようになる。男尊女卑の思想をもって格好いいと思っている男性は、まだいっぱいいますが、そういうものはもうだめだということを教えないと、21世紀には社会から排除されます。

板東 まだそういう方々が有力者でいらっしゃる場合が多いのですが(笑)。しかし、だんだん企業その他のトップの方々がそのことに気づかれつつあるのを感じます。

牛尾 「パワーアップ会議」を立ち上げたのも、企業にワーキングウーマンのパワーアップに取り組んでほしいからです。パワーアップを支えるワーク・ライフ・バランスをセットにして、社会経済生産性本部でセミナーをどんどん開こうと思っています。

板東 これは、女性に対するものだけでなく、経営者、管理職がどう変わっていくかが重要なので、その双方に対するものもやられるということですね。

牛尾 今、女性が活躍している会社は女性にそれぞれメンターがついているのですよ。女性を使わないとダメだという方が、たまたま副社長や工場長になったりすると、女性の地位が上がる。メンターの有無によって大きく左右される段階です。今後は、みんながメンターである社会を作らないといけない。それには、まずはメンターを集めてメンターを増やす運動をしないといけないと思っています。

板東 最後に、メッセージを一言。

牛尾 ワーク・ライフ・バランスを進めるに当たってですが、やはり現場での虫の眼と、上から見る鳥の眼と、最近はもう一つあるんですよ。潮の流れを見る魚の眼です。

ワーク・ライフ・バランスは流れをつくり、魚のように流れで動かないとだめだと思います。現実的な虫の眼と、上から見る鳥瞰図の鳥の眼と、そして流れを読む魚の眼を持つことが必要ですね。

板東 本当によいお話をいただきました。本日はありがとうございました。

牛尾 治朗
牛尾 治朗
ウシオ電機株式会社 代表取締役会長

うしお・じろう/東京大学法学部政治学科卒。日本青年会議所会頭、社団法人経済同友会代表幹事、経済財政諮問会議議員、KDDI株式会社会長を歴任し、財団法人総合研究開発機構会長、財団法人社会経済生産性本部会長に現在就任。

板東 久美子
板東 久美子
内閣府男女共同参画局長

ばんどう・くみこ/文部省入省。文部科学省大臣官房人事課長、大臣官房審議官等を歴任して、2006年7月より現職。