「共同参画」2008年 10月号

「共同参画」2008年 10月号

Special Feature 2

科学技術系分野における男女共同参画の実態と課題 東京大学大学院総合文化研究科教授 豊島 陽子

<学協会連絡会の大規模アンケート調査>

わが国では、科学技術系分野の専門職における女性の割合は、他の先進諸国に比べて著しく少ない。人口減少・少子高齢化が進行する中、科学技術系の人材を確保し、社会をより豊かに発展させるために、女性研究者・技術者への期待は高まっている。この分野の男女共同参画を進めるために、主に理工系分野の学協会が連携し、平成14年に男女共同参画学協会連絡会を設立して活動を行っている。現在、67の学協会が加盟し、会員数は48万人、その女性比率は約7%である。連絡会では、平成15年度と平成19年度に大規模アンケートを実施し、男女共同参画の実態調査を行った。

平成19年度の第2回調査には、約1万4千人(男性10,349名、女性3,761名、女性比率27%)が回答を寄せた。回答者の所属機関は大学(54%)、研究機関(20%)、企業(23%)であり、年齢は男女とも30代が最も多かった。専門分野は男女とも生命系が最も多く(全回答者の42%)、女性比率は生命系、化学系、物理系、数学系、建築系、電気情報系、機械系の順で低くなっていく。

この分野では、研究職を志す場合、大学院を修了して博士の学位を取得し、ポスドク(ポストドクトラルフェロー、博士取得後研究員)などの職で研鑽を積んだ後、30代の中頃から後半で大学や研究機関の常勤職に就いて研究者として独立する、というステップを踏むことが多い。あるいは、大学や大学院を卒業後、研究機関や企業においてチーム型の研究職や技術職に就いている。回答者の多くは、「この職業が好き」「自分の能力が発揮できる」「真理の探究をしたい」など、主体的・積極的な理由で職業選択をしている。

回答者の学歴、学位(博士)の取得状況、研究職と技術職の比率、などにおいては男女の差がほとんどないが、大学、研究機関、企業ともに職位が高くなるほど女性比率が低くなっており、いわゆる「ガラスの天井」の傾向がみられる。また、任期のない常勤職より、任期付き職や非常勤職など、不安定な雇用における女性比率が高い。このため、女性の平均的な収入は男性の約80%となっている。1週間当たりの職場での仕事時間は男性56時間、女性52時間で、男女とも4年前の第1回調査時より2時間減ったが、自宅での仕事時間は男女ともに2.3時間増えて8.3時間であり、自宅に仕事を持ち帰る傾向が強まった。

<研究者・技術者の家庭と子育ての状況>

有配偶者率は、30代以下ではほとんど男女差がないが、40代以上では男性が90%、女性が71%である。男性回答者の配偶者は半数強が無職であるが、女性回答者の配偶者はほとんどが有職者で、66%が研究者・技術者である。有配偶者のうち単身赴任など家族の別居の経験者は女性に多く、特に大学に所属する女性は約半数が経験している。 

子どもの数は男女で差があり、50代以上で男性は平均2人に達するが、女性は平均1.3人である。40代女性の子どもの数は平均0.9人であり、一般に40代以上では女性の子どもの数はほとんど増えないので、少子化傾向が明らかである。どの年代においても男女ともに、2人以上の子どもをもつことを理想としているが、その可能性については男性の40%、女性の60%が否定的である。理由として、男性では経済的困難、女性ではキャリア形成と育児の両立の困難を挙げる人が多い。実際に、男性の年収と子どもの数には正の相関があり、30代のポスドクは同年代の他の職と比べて年収が低いので、独立した研究職を目指すポスドクにとって子どもをもつことが経済的に厳しい状況がうかがえる。一方、家事・育児・介護の時間は、子どもをもつ女性のうち特に未就学児をもつ場合には1週間当たり約32時間となり、同じ状況の男性に比べて20時間以上、未就学児をもたない男性より25時間ほど長く、負担が大きい。未就学児をもつ女性の職場での仕事時間は43時間で、男性や子どもをもたない女性より12‐13時間短くなっており、育児による仕事時間への影響が大きく、仕事と子育ての両立が難しいことが明らかである。

<任期付き職及び新たな施策についての意見の動向>

近年、研究職の分野では任期付き職の割合が増えてきているが、今回の調査では、任期制の導入に賛成する人よりも任期制の撤廃に賛成する人のほうが上回り、4年前の調査と比べると逆転した。ポスドクなどの任期付き職にある30代では、その先の就職が狭き門で競争が厳しいこと、期間が限定される雇用での育児休業が難しいことなどから、将来の展望が見えにくく家庭や子どもをもちにくいといった不安を抱えている。特に女性は、その時期が出産・育児の時期に当たるので、非常に厳しい状況となっている。

平成18年度から文部科学省等により、男女共同参画に関連した4つの施策「育児からの復帰支援」「女性研究者支援モデル育成」「女子中高生理系進路選択支援」「女性研究者採用の数値目標」がスタートした。調査時点では、これらの事業が開始されてからの日が浅いため、認知度は十分に高いとはいえないが、概ね肯定的に評価されている。女性研究者の採用の数値目標( 理学系20% 、工学系15% 、農学系30% 、保健系30%)については、若い世代や男性に否定的意見がやや多く、特にポスドクや任期付き職にある男性にその傾向が強い。しかし、男女とも年齢が高くなるほど、また職位が高くなるほど肯定的意見が増えており、立場や経験による考え方の違いが見られる。

<科学技術系分野の男女共同参画のために>

以上の調査結果に基づき、連絡会では、本年7月に女性研究者支援事業の一層の推進と拡充を求める要望をまとめ、関係各方面への働きかけを行っている。

科学技術系分野の研究職には、独立した研究職に就く競争が厳しく、研究者として確立する時期が遅いこと、また、離職・休職後の復帰や、同業のカップルが同じ地域で研究職に就くのが難しいことなど、特有の問題がある。この分野の人材を育成し、男女ともに活躍できる環境をつくるためには、ポスドク後の安定した職の確保、仕事と子育ての両立支援、女性指導者の養成、などが重要な課題である。新システムの導入など積極的な支援策が必要であると同時に、従来の画一的なスタイルにとらわれない多様な働き方や考え方を模索し、受け入れていくことが大切である。男女ともに、そのような意識をもち、柔軟な対応ができる機会が増えることを願っている。

【参考】

科学技術系専門職における男女共同参画実態の大規模調査

http://annex.jsap.or.jp/renrakukai/enquete.html

科学技術振興調整費による「女性研究者支援モデル育成」事業の推進と拡充,出産・子育て等支援制度の拡充,並びに任期付職の育児支援等に必要な施策の実現に関する要望

http://annex.jsap.or.jp/renrakukai/request/index.html

とよしま・ようこ/お茶の水女子大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科中退。お茶の水女子大学理学部助手、スタンフォード大学医学部博士研究員、東京大学教養学部助教授を経て、2006年より現職。専門は生物物理学。