「共同参画」2008年 7月号

「共同参画」2008年 7月号

連載/その1

世界のワーク・ライフ・バランス事情 3 ~英国~ 株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜

かつての英国と現在の日本の類似性

民間が主導する英米型WLBのうち、今回は「英国」を取り上げたい。英国でWLBが急速に進展している背景には、三つの要因がある。

第一に、週60時間以上働いている人は男性17%、女性7%と欧州で一番多く(2000年)、長時間労働を是正する「社会的な必要性」があった。第二に、EU加盟国として、労働環境を欧州標準に合わせる「政治的な必要性」があった。第三に、英国の経済状況は比較的良好であり、優秀な人材を確保する「雇用上の必要性」があった。こうした状況は、日本の現状との類似性が高い。

2000年以降、ブレア政権はWLBによる経営効果を企業に訴えて、労働環境の改善を促すキャンペーンを開始した。例えば、政府は1,150万ポンド(約22億円)を「チャレンジ基金」に投じた。これにより、無料のコンサルタントが448社に派遣され、120万人の従業員が恩恵を受けた。貿易産業省(DTI)の報告書では、具体的な数値を挙げて「コスト削減」、「企業利益の増大」などの効果が掲載されている。

こうしたことから、わが国では英国のWLBの成功要因は、チャレンジ基金という通説が流布している。しかし一昨年、筆者が渡英し、『チャレンジ基金』報告書に掲載された企業40社のうち半数にヒアリングしたところ、掲載データはWLBキャンペーンとは無関係に、自分たちの経営判断でずっと前から取り組みを進めてきた結果であり、大半の企業は、「政府の政策による後押しで、WLBが進んだわけではない」と述べていた。

筆者は、チャレンジ基金の方向性は正しかったと考えるものの、短すぎる実施期間や調査会社に問題があったため、チャレンジ基金の報告書を、鵜呑みにはできないようだ。

真の推進力は、従業員アンケートに基づく企業ランキング

英国におけるWLBの真の推進力は、民間のメディア(『サンデータイムズ』や『フィナンシャルタイムズ』)が設けている「企業ランキング制度」だ。企業が提供する情報のみならず、「各企業から無作為抽出した従業員の評価を重視する」点に特徴がある。ランクインすると就職応募者が殺到して、それまで数十万ポンド(数千万円)かかっていた広告宣伝費がゼロになる企業が続出している。このため、応募する企業は年々増加を続け、競争は激化している。先進企業が足踏みをせずに、さらに取組を深めていく誘因となっている。

同制度の後援団体の一つに貿易産業省も入っているものの、基本的に民間主体の取組だ。応募企業も審査を受けるための費用を支払い、残りは主宰者が負担しているが、毎年、ランキングを掲載した特集号は飛ぶように売れるため、財務的には十分カバーできるそうだ。

このように、公的セクターの財政負担はわずかながらも、民間主導でWLBを推進している英国スタイルにヒントを得て、わが国でも公的セクターの負担で企業にコンサルタントを派遣する事業が開始されようとしている。一方で、わが国では民間主体の企業ランキング制度の多くはまだ企業の申告情報に依拠しており、今後、わが国でも従業員アンケートに基づく企業ランキング制度の導入が期待される。

株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。(株)富士総合研究所入社。2003 年(株)富士通総研入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、子どもと家族応援戦略会議委員を歴任。