「共同参画」2008年 6月号

「共同参画」2008年 6月号

連載/その1

世界のワーク・ライフ・バランス事情 2 株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜

世界のワーク・ライフ・バランス(WLB)を分析する際に、「ワーク軸」と「ライフ軸」を縦と横に配置するとわかりやすい。大まかにいって「英米型はワーク軸が強く、欧州大陸型はライフ軸が強い」。

例えば、英米型では「あらゆる属性の人たちがライフステージに関わりなく、働き続けるためにはどういう施策を講じたらいいか」という視点であるのに対して、欧州大陸型では「ライフステージの段階に応じて、休暇を取るためにはどういう施策を講じたらいいか」という視点だ。今回は、「米国」におけるWLBを取り上げたい。

家族政策が貧弱な米国

米国には、「公的セクターはできるだけ個人の生活には介入すべきではない」という考えがあり、家族をめぐる公共政策はきわめて貧弱だ。

例えば、育児介護休業法が規定する取得期間は12週間と短く、期間中は無給である。わが国では育児休業の取得期間は1年(場合によって1年半)であり、期間中は雇用保険から5割の所得保障(上限あり)と手厚いが、他の先進国と比べても米国の水準は際立って低い。米国以外で育児休業期間中に無給の国は、オランダ、ポルトガルなど、ごく少数だ。

民間セクターの取組は活発

一方で、企業、NPOなど民間セクターの取組みは活発だ。特に、企業は経営戦略として取組んでいる。

米国企業でWLBの考え方が広がった背景には、2つの要因がある。第一の要因は、優秀な人材確保の必要性だ。1980年代以降、経営環境が悪化したため、米国企業は他社との競争に勝ち抜くために性別、未婚か既婚かなどを問わず優秀な人材を確保する方針を強めた。そして、優秀な人材ほど就職や転職の際の基準として、就労環境を重視する傾向があることから、人材確保のためにWLBは避けて通れない課題となった。

第二の要因は、従業員の就労意欲を高める必要性だ。1990年代以降、米国企業は大規模な人員削減を断行した。このため、従業員はもはや終身雇用は期待できず、次は自分がリストラの対象になるかもしれないと考え、企業への忠誠心や就労モラルが著しく下がってしまった。リストラ後に残った少数精鋭の社員のモラルと生産性を高め、活性化を図ることが最重要課題となり、WLBへの取組が本格化した。

わが国と並んで、「労働時間が長い」米国

ところで、米国では労働時間の長さの直接規制は行なっていない。このこともあり、先進国の中ではわが国と並んで労働時間が長い。一方で、従業員がライフステージに関わりなく、働き続けられるように、企業は対応策を講じている。例えば、事業所内保育施設を整備したり、ベビーシッターサービスへの補助を行なっていたり、テレワークなど多様な就労形態の選択肢を用意している。ただし、WLBの目的はあくまでも優秀な人材確保、引き留めなので、WLBの恩恵を受けているのは、全ての人ではない。

このように、米国におけるWLBは、企業が経営戦略として取り組んでいる点に特徴があり、わが国のWLBの現状も、大企業の取組みの多くは「米国型」に近い。次回は、米国よりも大陸ヨーロッパにやや近い「英国のWLB」を紹介したい。

株式会社富士通総研主任研究員 渥美由喜
小田あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。(株)富士総合研究所入社。2003年(株)富士通総研入社。内閣府・少子化社会対策推進会議委員、ワーク・ライフ・バランス官民連絡会議委員、子どもと家族応援戦略会議委員を歴任。