女性に対する暴力のない社会を目指して(答申)

平成11年5月27日

内閣総理大臣
小渕 恵三 殿

男女共同参画審議会
会長 岩男 壽美子

本審議会は、平成9年6月16日付け総共第261号をもって諮問された「男女共同参画社会の実現を阻害する売買春その他の女性に対する暴力に関し、国民意識の変化や国際化の進展等に伴う状況の変化に的確に対応するための基本的方策」に関し、調査審議を進めてきたところであるが、これまでの調査審議の結果を別紙のとおり取りまとめたので、答申する。

本答申は、我が国における女性に対する暴力に関する基本的方策に係る初めての答申であり、また、この問題を更に深く検討するためには、女性に対する暴力の実態を明らかにするなど基本的な取組を進める必要性があることから、上記諮問に関し基礎的な部分を中心に取りまとめ、当面の取組課題を提言するものである。  本審議会は、女性に対する暴力の実態を踏まえ、引き続き上記諮問について調査審議を行うこととする。

政府においては、本答申の提言する課題に対し、その緊要性にかんがみ、着実かつ速やかに取り組むことを期待するものである。

別紙

はじめに

本審議会は、平成9年6月16日に、内閣総理大臣から「男女共同参画社会の実現を阻害する売買春その他の女性に対する暴力に関し、国民意識の変化や国際化の進展等に伴う状況の変化に的確に対応するための基本的方策」について諮問を受けた。

そもそも、暴力というものは、その対象の性別を問わず、許されるべきものではないが、特に、女性に対する暴力は、女性に恐怖と不安を与え、女性の活動を束縛し、自信を失わせ、女性を男性に比べて更に従属的な状況に追い込む重大な社会的・構造的問題であり、男女共同参画社会の実現を阻害するものである。現実に、性に起因する暴力である性犯罪における被害者や、夫婦間の暴力における被害者の中での女性の割合が高いことからも、特に、女性に対する暴力についての早急な対応が必要とされるところである。

このような問題意識の下、本審議会は、前述の諮問を受けた同日に、女性に対する暴力部会を設置し、調査審議を重ねてきた。その間、専門家や関係省庁からヒアリングを行い、また、平成10年10月30日には、それまでの審議を取りまとめた「中間取りまとめ」を公表するとともに、女性に対する暴力の実態やその取組に関する現状について、専門家等から情報を求めた。その後、更に調査審議を重ねてきたところであるが、ここに、これまでの調査審議の結果を取りまとめ、以下のとおり答申するものである。

第1章 女性に対する暴力をめぐる状況

本章では、女性に対する暴力に関する国際的な動向及び国内の取組について述べるとともに、女性に対する暴力の多様な形態について概観する。

  1. 女性に対する暴力に関する国際的な動向

    国連において女性に対する暴力について明確に取り上げられるようになったのは、1980年代に入ってからと言われている。1985年に開催された「『国連婦人の十年』ナイロビ世界会議」以降の女性に対する暴力に関する国際的な主な流れは、以下のとおりである。

    (1)1985年「『国連婦人の十年』ナイロビ世界会議」

    標記会議は、1975年(昭和50年)の「国際婦人年」に続く「国連婦人の十年」の締めくくりとして、1985年7月にケニアで開催された。同会議で採択された「婦人の地位向上のためのナイロビ将来戦略」では、婦人に対する暴力はあらゆる社会の日常生活の中に様々な形で存在しており、平等、発展、平和の目標を実現する上での主要な障害となっていると認識されている。そして、「特殊な状況の婦人」の問題として、「虐待されている婦人」「人身売買、強制売春の犠牲となっている婦人」が取り上げられている。

    (2)1993年「ウィーン世界人権会議」

    1993年6月に開催された標記会議では、「ウィーン人権宣言及び行動計画」が採択された。同宣言には、「文化的偏見及び国際的売買に起因するものを含め、性別に基づく暴力並びにあらゆる形態のセクシュアル・ハラスメント及び性的搾取は、人間の尊厳及び価値と両立せず、撤廃されなければならない。」とうたわれ、同計画には「公私における女性に対する暴力の撤廃へ向けての作業の重要性を強調。国連総会に対し、女性に対する暴力に関する宣言案を採択することを要請するとともに、各国に対し、同宣言案の規定に従い女性に対する暴力と闘うことを要請。」が盛り込まれた。

    (3)1993年「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」

    標記宣言は、1993年12月に開催された第48回国連総会で採択された女性に対する暴力の根絶を目指した国際文書である。同宣言が採択されるに至った背景には、上述のように、「婦人の地位向上のためのナイロビ将来戦略」や「ウィーン人権宣言及び行動計画」において、女性に対する暴力が徐々に大きく取り上げられるようになってきたという経緯がある。

    まず、同宣言の第1条では、女性に対する暴力について、「女性に対する暴力とは、性別に基づく暴力行為であって、女性に対して身体的、性的、若しくは心理的な危害又は苦痛となる行為、あるいはそうなるおそれのある行為であり、さらにそのような行為の威嚇、強制もしくはいわれのない自由の剥奪をも含み、それらが公的生活で起こるか私的生活で起こるかを問わない。」と規定している。また、同宣言は、「女性に対する暴力は女性による人権及び基本的自由の享受を侵害し及び損ない又は無効にすること」、「女性に対する暴力は、男女間の歴史的に不平等な力関係の現れであり、これが男性の女性に対する支配及び差別並びに女性の十分な地位向上の妨害につながってきたこと、及び女性に対する暴力は女性を男性に比べ従属的な地位に強いる重要な社会的機構の1つであること」等を明らかにし、さらに、女性に対する暴力を撤廃するための施策の推進を求めている。

    (4)1995年「第4回世界女性会議」

    1995年9月に北京で開催された標記会議において、「北京宣言及び行動綱領」が採択された。「行動綱領」の12の重大問題領域の1つとして、「女性に対する暴力」が掲げられ、そのための戦略目標として、「女性に対する暴力を防止し根絶するために、総合的な対策を取ること」、「女性に対する暴力の原因及び結果並びに予防法の効果を研究すること」及び「女性の人身売買を根絶し、売春及び人身売買による暴力の被害女性を支援すること」の3つが挙げられている。

  2. 我が国における女性に対する暴力への取組

    以上、女性に対する暴力に関する国際的な動向を概観した。我が国においても、売春防止法制定等、従来から問題の一端は取り扱われてきたが、近年、国際的な動向を受けて、女性に対する暴力の問題が次第に大きく取り上げられるようになってきた。

    平成8年7月には、男女共同参画審議会が「男女共同参画ビジョン」を答申したが、同答申では、「女性に対する暴力の撤廃」という項目を立て、その中で、女性に対する暴力について、女性の人権を保障する視点に立って実効的に対処する必要があること、暴力の被害女性に対する治療や相談、社会復帰のための場を提供するなどの保護・救済を図ること、被害女性に直接携わる職員の研修を充実すること、女性に対する暴力の撤廃に向けた広報・啓発を行うこと等を提言している。

    この答申を受けて、同年12月には、男女共同参画推進本部が、政府の国内行動計画である「男女共同参画2000年プラン」を策定した。同計画は、11の重点目標の一つに、「女性に対するあらゆる暴力の根絶」を掲げ、この目標を達成するための施策の基本的方向として、「女性に対する暴力に対する厳正な対処」、「被害女性に対する救済策の充実」、「女性に対する暴力の発生を防ぐ環境づくり」及び「女性に対する暴力の根絶に向けての関係諸機関の連携強化と総合的対策の検討」の4つを挙げている。この「男女共同参画2000年プラン」に沿って、政府の取組が進められており、最近では、男女雇用機会均等法の改正、人事院規則の制定等、セクシュアル・ハラスメントの防止のための法令の整備も行われている。

    また、平成10年10月30日には、総理府の主催により、「女性に対する暴力の根絶を考えるフォーラム」が約500人の参加を得て開催された。同フォーラムは、女性に対する暴力の実態と被害の潜在化の理由等について考え、女性に対する暴力の根絶に向けて社会の気運を高めることを目的としたもので、前記の男女共同参画審議会女性に対する暴力部会の「中間取りまとめ」も、同フォーラムの場で公表された。

  3. 女性に対する暴力の多様な形態
    (1)女性に対する暴力への視点

    女性に対する暴力は、性犯罪、売買春、夫・パートナー等からの暴力(*1)、セクシュアル・ハラスメントなど様々な形態があるが、女性に対する暴力の根底には、女性の人権を軽視し、侵害するという共通点があると考えられる。しかしながら、現状においては、女性に対する暴力の問題の重大性は人々に十分に理解されているとは言えない。例えば、夫婦など身近な関係の中で行われるものであっても暴力は暴力であり許されるものではない、といった基本的な認識が十分に浸透していない。

    人々が女性に対する暴力に目を向け、その問題に気付くためには、女性に対する暴力が、日常の様々な場面において様々な形で生じるものであると認識することが大切である。そのために、まず、女性に対する暴力を多様な視点から見ることとする。多様な視点から女性に対する暴力をとらえることは、今後の女性に対する暴力の防止対策等の検討にも有用である。女性に対する暴力への視点は、必ずしも次に挙げるものに限定されるものではないが、以上のような問題意識の下、女性に対する暴力について考察する。

    ア 身体的、性的又は心理的なもの

    身体的暴力としては、殴る、蹴る、首を絞める、物を投げつけるなどが挙げられ、性的暴力としては、望まない性行為を強要するなどが挙げられる。また、心理的暴力として、怒鳴る、罵る、「○○しないと離婚するぞ。」などと脅す、執拗につきまとうなどが考えられる。

    イ 暴力が行われる場

    暴力は、様々な場において起きている。公的な場に限らず、家庭内など私的な場においても起こる。

    ウ 暴力の加害者

    暴力の加害者は、年齢、学歴、職業等にかかわりなく様々である。見知らぬ人に限らず、家族、友人、職場の人等の知人も加害者となっている。

    エ 暴力と意識される場合と暴力と意識されない場合

    暴力を受けても、その行為が暴力であると意識される場合とされない 場合がある。例えば、妻が、夫から暴力行為を受けても、「夫が殴るのは愛情があるから。」と考える場合があり、第三者にもそれが暴力であると意識されない場合も少なくない。

    オ 暴力に介在するもの

    女性に対する暴力に、金銭、薬物やアルコール等が介在することにより、暴力そのものの問題に加えて、金銭や薬物等の問題が絡み、複雑な問題が生じる場合がある。また、テレホンクラブ、伝言サービス(*2)、インターネット等が見知らぬ者同士を引き合わせる契機となっており、これらを利用して知り合った女性に対する暴力が徐々に社会問題化している。これらは出会いの契機に過ぎないが、匿名性が強いことからそれを悪用して暴力が行われやすくなり、かつその解決を困難にしている側面があると言えよう。

    (*1) 家庭内暴力という言葉からは、日本では、親子間の暴力が想定されることが多いと思われるので、ここではこの言葉は用いない。なお、ドメスティック・バイオレンス(DV)という言葉も専門家を中心に使われ始めている。
    (*2) 特定の電話番号に電話をかけ、音声メッセージを録音し、また、録音された音声メッセージを呼び出して聞くことができるサービス。
    提供会社やサービスの種類により利用方法等は異なるが、録音、再生のための電話番号等を容易に知ることができ、不特定多数の男女が利用可能なものもある。

    (2)他国で報告されている女性に対する暴力の形態

    国際的に問題となっている女性に対する暴力として、例えば、女性性器切除(*1)のように、伝統的ではあるが女性に対して有害なものや、持参金に関連した暴力(*2)のように、伝統的な慣習に伴って行われる暴力がある。これらについては本答申で直接扱うものではないが、このような例を認識することは、我が国において慣行・慣習と思われているものの中に、女性に対する暴力が隠されていないかを考える上で、また、今後、慣行・慣習の名の下に女性に対する暴力が容認されることのないよう留意する上で、大切なことであると思われる。

    (*1) アフリカや中東・アジア等の一部地域で行われている女性の外性器を切除する慣習をいう。
    (*2) 南アジアなどの一部の国において見られる。女性が結婚する際、持参金を先方に支払う必要があるという慣行があり、持参金の額が少ないために、夫やその家族から虐待され、焼き殺されることもある。

第2章 女性に対する暴力を生み出す社会的背景

本章では、なぜ女性に対する暴力が発生するのか、その社会的背景について考察することとする。

  1. 女性の人権の軽視
    (1)女性の人権の軽視

    暴力は、自己の欲望を満たすために、自己への従属を強いるために、あるいは感情のはけ口とするために用いられるなど、暴力を受ける相手の苦しみや屈辱を無視して行われるものであり、人権の軽視の表れと言えよう。女性の人権が尊重されていない社会は、女性に対する暴力を生み出しやすい構造となっており、よって、女性に対する暴力は当事者だけの問題ではなく、社会的な問題としてとらえるべきである。

    (2)売買春を容認する傾向

    売買春は、女性の性を商品化し、金銭等により売買するものであり、女性の尊厳を傷つけるものであるが、我が国の社会では、売買春を容認する人の割合は相当高いと言える(*)。これらの背景には、性に関する倫理観についての国民意識の変容とともに、性を商品化する性産業の多様化、性に関する情報を発信する様々なメディアの氾濫といった社会環境の変化があると言えよう。

    (*)成人同士の売買春について、どのように感じるか聞いたところ、「当事者間に合意があれば、なんらとがめることはない」(女性7.2%、男性13.5%)、「当事者間の合意があれば、よくないことだが、やむをえない」(女性26.8%、男性40.5%)となっている。両者を合わせた売買春を容認する者の割合は、女性34.0%、男性54.0%となっており、男性では過半数を占める。年齢別でみると、年齢が若いほど売買春を許容する割合は高い傾向にある(「男女共同参画社会に関する世論調査」総理府 平成9年9月)。

  2. 暴力を振るう男性に対する認識
    (1)女性に対する暴力を見過ごしがちな社会

    攻撃的であることは、男らしさの一形態であり、ある程度は許されると 受け止める風潮や、男性の性欲は衝動的な面があり、自分で抑制できないことがあってもやむを得ないとする風潮があるなど、男性が女性に暴力を振るうことを社会が見過ごしがちである。

    (2)加害者像についての思い込み

    実際には、友人、知人、親戚など顔見知りの者から性犯罪の被害に遭うことが比較的多いことが分かってきているにもかかわらず、一般的には、「性犯罪は見知らぬ人によってなされる。」と思われがちであると考えられる。

  3. 女性に対する暴力に対する社会の不十分な理解
    (1)社会の無関心

    女性に対する暴力は、女性の人権の享受を妨げる重大な問題であるにもかかわらず、社会は、女性に対する暴力を十分深刻な問題と受け止めているとは言えない。このような女性に対する暴力についての社会の無関心が、女性に対する暴力を生み出す原因の一つとも考えられる。

    (2)被害者に対する先入観の押し付け

    暴力の被害者に対して、「襲いかかられても、必死で抵抗すれば逃げられるはずだ。」「被害者側にも隙があるから、被害に遭うのだろう。」といった先入観があり、そのような先入観に起因する言動や態度が被害者を更に傷つけるという二次的な被害を引き起こしている。

  4. その他

    以上述べたほかにも、女性に対する暴力を生み出す社会的な様々な背景が考えられる。例えば、性犯罪の加害者は、被害者が被害を警察等に訴えることが少なく、性犯罪を行っても捕まる可能性が低いだろうと思い込み、犯行に及ぶことがあると考えられる。

第3章 被害の潜在化とその理由

女性に対する暴力は潜在化する傾向がある。本章では、なぜ女性に対する暴力の被害が潜在化するのかその理由について考える。

  1. 相談窓口等の利用しづらさ

    被害について相談する窓口(警察や民間の相談窓口等)や暴力から逃れるために駆け込む緊急一時避難所(「シェルター」等と呼ばれている。)の連絡先や利用方法がわからないこと、必要な施設が身近にないこと、利用する際に心理的な抵抗等があることなどの理由で、そのような窓口等が利用しづらいことが挙げられる。

  2. 加害者からの報復のおそれ

    加害者からの報復をおそれて、被害を届けない場合もある。

  3. 二次的被害のおそれ

    被害に関する捜査や事情聴取、裁判などの過程における担当者や、被害を相談したり診療を受けたりする際に接する担当者等から、被害の状況を繰り返し尋ねられたり、性的な経験を聞かれたり、心無い言葉をかけられたりすることなどにより、被害の苦しみを再度受けることを二次的被害と言うが、こうした二次的被害をおそれ、被害者が被害の届出をやめてしまう場合もある。また、その事件や被害に関する報道により、被害者のプライバシーが侵害されるなど、メディアからも二次的被害を受けることがあり、これらが被害を潜在化させる一因ともなっていると考えられる。

  4. 被害を受けたことによる記憶の変容や無気力

    被害を受けた精神的なショックにより、事件当時の記憶の忘却等記憶の変容、無気力、感情の麻痺等が生じ、その結果、被害が潜在化することもある。

  5. 経済的・社会的・精神的理由による暴力の忍受

    被害者が暴力から逃れようと考えても、経済的、社会的、精神的な理由により、暴力から逃れることが困難であり、暴力を忍受するほかなく、被害が表面化しないことも多い。

    例えば、夫から暴力を受けている妻の場合、妻が仕事に出るのを夫が許さなかったり、就職先がなかったり、仕事を持っていても十分な給料が得られないという事情により、経済的に自立するのが困難なため、夫から暴力を受けても夫から逃れるという選択を採ることができない例も多い。夫から逃れたものの、福祉関係の申請や子どもの学校等のために住民票を動かしたこと等により、夫に居所を知られ、連れ戻されるケースもある。こうした事情が、被害を潜在化させる理由の一つとなっていると考えられる。

  6. 被害者の意識

    被害者側の意識も被害が潜在化する理由の一つと考えられる。

    まず、被害者自身が暴力の被害を受けたことを恥ずかしいと感じたり、そのことを世間に知られると家族に迷惑がかかるなどと世間体を気にしたりすることにより、被害が潜在化することがある。「暴力を受けたのは、自分にも落ち度があった。」などと自分を責めたり、自己嫌悪に陥る場合もある。また、夫からの暴力の被害者の場合では、「妻は暴力に耐えるべきだ。」と思い込んだり、「子どものために夫婦は一緒にいなければならない。」と考えることにより、暴力を表ざたにしないこともあると考えられる。

  7. 被害者の家族等の意識

    被害者自身に限らず、被害者の家族や友人など被害者の身近な人々の意識によっても、被害が潜在化する可能性があると考えられる。被害者の家族等が世間体を気にして、被害を隠すこともある。また、被害者が好奇の目にさらされたり、事件のことを何度も聞かれたりすることにより、更に傷つくのではないかと思いやる気持ち等から、家族が被害を表ざたにしないこともあると考えられる。

第4章 女性に対する暴力に関連する問題

本章では、女性に対する暴力そのものではないが、関連するいくつかの問題点について考えることにより、女性に対する暴力が抱える様々な問題が広範であることを認識したい。

  1. 望まない妊娠や中絶、性感染症の問題

    女性に対する暴力は、女性の心身の健康、特に妊娠や出産等の生殖機能に係る健康に対しても深刻な影響を与える。例えば、望まない妊娠、中絶、あるいはHIV/エイズ等性感染症の罹患等が考えられる。このように、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(*)の観点からの問題も生じる。

    (*)「男女共同参画ビジョン」では、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを、「性と生殖に関する健康・権利」と訳している。リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは、1994年にカイロで開催された国際人口・開発会議で提唱された概念で、安全な妊娠・出産、性感染症の予防等を含む女性の生涯を通じた性と生殖に関する健康とその権利を指す。

  2. 女性に対する暴力が子どもに及ぼす影響

    女性に対する暴力は、子どもにも影響を及ぼすことがある。特に、夫から妻への暴力の場合、子どもまで巻き込まれて暴力を振るわれることがある。また、幼児期に自分の母親が父親に殴られたり言葉の暴力を受けたりしているのを目の当たりにした子どもが、自らの感情を暴力で表現することを身につけ、成長してから暴力を振るうようになるといった報告もあり、女性に対する暴力が子どもに与える影響の深刻さが窺われる。

  3. 薬物・アルコールが関係する女性に対する暴力
    (1)薬物と女性に対する暴力

    女性に対する暴力に関連する問題の一つとして薬物の使用が挙げられる。例えば、性的な快楽を得るために女性に薬物を使用させたり、女性を薬物中毒にして薬物と交換に売春行為をさせたり、女性に薬物を飲ませ正気を失っている間に犯罪を行うということがある。このように、薬物と女性に対する暴力は深い関係がある。

    (2)アルコールと女性に対する暴力

    使用が違法である薬物と異なり、アルコールはより身近であるがゆえに、アルコールと関連する女性に対する暴力の問題はより日常的に発生している。アルコールを飲んだ勢いに乗じて暴力を振るったり、アルコールを飲ませて酔わせた女性に対し性行為等に及ぶなど、身近な生活の中でアルコールと関連した女性に対する暴力が見聞きされるところである。

  4. メディアに関連する問題

    我が国では、雑誌、ビデオ等のメディアを通じて、性を商品化するポルノや暴力表現等への接触が容易になっており、このような環境が女性に対する暴力を容認する風潮を助長するおそれがあることは否定できない。特に近年は、インターネット等の発達により、国内外を問わず、コンピュータネットワークを利用したポルノ画像や暴力表現等への接触が容易になりつつあるなど新たな問題が生じている。

第5章 女性に対する暴力への対応の現状と問題点

本章では、前章までに考察してきた女性に対する暴力を生み出す社会的背景や被害の潜在化とその理由等を踏まえ、女性に対する暴力への対応の現状と問題点について考える。

  1. 不十分な実態把握

    女性に対する暴力は、第3章で考察したとおり、被害が潜在化しやすく、その実態が明らかにされにくいという性質がある。そのため、女性に対する暴力の問題が社会的な課題として十分理解されず、さらにこのことにより、女性に対する暴力の実情を把握することの重要性が認識されてこなかった。

    女性に対する暴力の実態を正確に把握することが、女性に対する暴力に関する社会の問題意識を高め、対策の必要性を広く理解させ、様々な取組を各分野で押し進めることの推進力になることを考えると、女性に対する暴力の被害の実態を明らかにする統計等が少ないことは、重大な問題であると言えよう。

  2. 被害者に対する援助・救済の充実の必要性
    (1)相談窓口等を利用しやすくする必要性

    第3章において被害の潜在化の大きな理由に挙げたところであるが、被害について相談する窓口や緊急一時避難所(シェルター等)の連絡先や利用方法が分からないこと、身近にないこと及び利用する際に心理的な抵抗等があることなどの理由で、そのような窓口等が利用しづらいことが挙げられており、これらの窓口等を充実させ、利用しやすくする必要がある。

    (2)被害者への対応に当たる担当者の養成や研修の必要性

    暴力により心身に大きな衝撃を受けた被害者への対応に当たる担当者には、そのような被害者の心理状況等を踏まえて適切に対応するための知識や技能が必要とされる。被害者に対する二次的被害を防止するためにも、被害者に接する担当者の研修等が重要である。

    (3)関係機関・団体、専門家間の連携の必要性

    被害者の援助に当たっては、被害の状態や段階に合わせて、適切に対応をする必要がある。例えば、身体的な被害への対応のみならず精神的な被害に対するカウンセリング等の対応も重要である。また、危険が差し迫っている状態にある被害者への対応、被害直後の対応、心身の健康の回復や安定した生活の確保のための長期的な対応などが考えられる。被害を避けるための予防的な措置も重要である。

    このように、被害者に対する援助には様々なものがあり、被害者の状態等にあわせて、これらの対応を組み合わせて行うことが、被害者の支援・援助を効果的に行う上で大切である。そして、警察、医療機関、各種相談機関、民間の被害者援助団体等の関係機関・団体、専門家等が相互に十分連携を取りながら、被害者に対応していくことが望まれる。

    (4)公的機関による対応の充実の必要性

    女性に対する暴力は、人権に関わる重大な問題であることから、行政は積極的に対応を行うべきであるが、現状では、この問題に対する行政の機能が十分ではないと思われる。例えば、売春防止法に基づき都道府県ごとに設置されている婦人相談所は、一時保護機能を有していることから、暴力の被害に遭った女性が緊急に利用する場合も見られるが、本来婦人相談所は売春防止法に規定された女性を保護、援助するための施設であることから、暴力の被害者への十分な対応が難しいという現状がある。

  3. 女性に対する暴力の再発を防止する措置の必要性

    女性に対する暴力は、夫から妻への暴力に見られるように、同一人物が暴力を繰り返すことが多いと報告されている。したがって、加害男性に対するカウンセリング等の暴力の再発を防止する措置が、女性に対する暴力の問題を解決する一つの方策になると考えられるが、現状では、加害男性に対する働きかけが十分行われていないと言えよう。

  4. 売買春の現状を踏まえた対応の必要性

    売買春は、女性の性を商品化し、「モノ」として扱うものであり、女性の人権の軽視の一つである。売買春に関する現状として、性産業が多様化していること、かつては売春は生活のためにやむを得ずするものという側面が強かったが、近年では売買春の動機が多様化していること、いわゆる「援助交際」等若年層が売買春へ関与していることなどが見られる。このような現状を踏まえ、速やかに適切な対応を採る必要がある。

    また、外国人女性に係る売買春の問題も看過できない。外国人女性の売買春については、外国人女性が強制的に売春をさせられている場合が報告されていること、外国人女性が売春から逃れようと思ってもその手段や相談先に関する情報が伝わらなかったり、日本語が十分分からないために助けを求められなかったりする場合も考えられることから、その点を十分考慮に入れた対策が必要であると考えられる。

第6章 当面の取組課題

以上の検討の結果、以下に掲げる取組を速やかに行うことを政府に提言する。

  1. 女性に対する暴力に関する調査の実施

    我が国における、女性に対する暴力の実態や、それに対する人々の意識を把握するための調査を実施することが緊急の課題である。新規の調査を実施するとともに、既に政府が定期的に行っている調査を十分に活用することにより、女性に対する暴力の実態等を把握するよう努めるべきである。

    また、我が国に関する調査に加え、諸外国の取組等の実情を把握することも重要である。すなわち、諸外国における女性に対する暴力に関する法制度や行政・民間による取組の現状を調査し、我が国の女性に対する暴力の実態や取組の現状と照らし合わせることにより、法制面を含めどのような対策を我が国が取り得るかという検討を進めることが重要である。

  2. 関係機関・団体、専門家等への支援と公的機関の取組の推進
    (1)関係機関・団体、専門家等の活動の把握等

    女性に対する暴力の実態と同様、女性に対する暴力を扱う関係機関・団体、専門家等の活動が十分把握されていない。女性に対する暴力を扱う関係機関・団体、専門家の数や種類、活動内容について行政が十分把握することは、行政が今後、どのような対策を進めるべきかを検討するに当たり、必要不可欠である。

    (2)関係機関・団体、専門家等への支援

    政府は、女性に対する暴力を扱う関係機関・団体、専門家や個人(ボランティアを含む。)等が十分機能し、または、活動できるよう支援を行うべきである。そのため、政府は、地方公共団体、関係機関・団体、専門家等に対し、女性に対する暴力に関する各種情報(女性に対する暴力に関する各種統計、情報、関係団体等の活動状況、被害者の援助に有用な情報等)を提供したり、研修の実施等に努めるべきである。また、その研修を効果的に行うため、被害者への対応等に役立つマニュアルの作成等の工夫に努めるべきである。そして、研修等の実施の際には、行政機関、関係機関・団体、専門家等の相互の連携の促進にも十分に配慮することが大切である。

    (3)公的機関による取組の推進

    政府は、売春防止法に基づく婦人相談所の役割も含め、女性に対する暴力の現状に対応するため、公的機関の在り方について検討を行うべきである。その際には、被害女性に接する職員の意識啓発、研修や職員の配置に当たっての十分な配慮が必要である。

  3. 女性に対する暴力の根絶に向けての社会の意識啓発

    女性に対する暴力の防止及び取組の推進のためには、社会の一人一人が女性に対する暴力が人権侵害であることを十分理解することが重要であり、そのためには、政府は、多様な媒体を通じた広報・啓発活動を推進する必要がある。その際、被害を相談できる窓口等の連絡先や相談の方法や手続等についての情報が、被害女性などその情報を必要としている人へ届くように配慮する必要がある。外国人女性の被害者に対しても情報が届くよう、外国語による広報に努める等配慮する必要がある。

    また、女性の人権を尊重し、性に関する理解を深めるため、子どもの時からの性教育や、男女平等を推進する教育・学習の充実を図るとともに、保護者及び教員の意識啓発を一層推進する必要がある。

  4. 女性に対する暴力の再発を防止する対策の検討

    女性に対する暴力の再発を防止する対策として、加害男性へのカウンセリングや教育等が考えられるが、どのようなカウンセリング等が効果的であるかを調査研究すべきである。

  5. 女性の自立のための取組

    女性に対する暴力の問題を根本的に解決するためには、女性の人権が尊重されるとともに、女性が経済的、社会的、精神的に自立できるための具体的な施策を講じることが必要である。現在、政府の最重要課題として男女共同参画社会の形成の促進のための施策が積極的に進められているが、こうした流れの中で、女性の尊厳が重んじられ、かつ、女性がより自立できるようにするための政府の取組が今後更に進められるべきである。

おわりに

以上見てきたとおり、女性に対する暴力は、人権に直接関わる深刻な問題であるにもかかわらず、その重大性は未だ十分認識されているとは言えない状況にある。我が国においても、女性に対する暴力についての取組は、関係機関によってはかなり進んでいるが、総合的な取組としては、緒に就いたばかりである。今回の答申は、国の審議会として女性に対する暴力の問題を初めて包括的に扱ったものであり、女性に対する暴力に関する基礎的な問題を中心に取り上げたものとなったが、ここに提言した当面の取組課題を、政府が着実かつ速やかに解決していくことが、この分野に係る取組を加速度的に推進していくための重要かつ不可欠な基盤となるものである。

本答申のこのような趣旨を政府においても十分理解し、本答申の提言する取組を着実に実施するとともに、女性に対する暴力の問題について、更に検討を深め、総合的に施策を推進することを期待するものである。そして、女性に対する暴力が根絶された社会の早期実現を望むものである。