女性に対する暴力に関する基本的方策について(答申)

平成12年7月31日

内閣総理大臣
森 喜朗 殿

男女共同参画審議会
会長 岩男 壽美子

本審議会は、平成9年6月16日付け総共第261号をもって諮問された「男女共同参画社会の実現を阻害する売買春その他の女性に対する暴力に関し、国民意識の変化や国際化の進展等に伴う状況の変化に的確に対応するための基本的方策」に関し、調査審議を進めてきたところであるが、これまでの調査審議の結果を別紙のとおり取りまとめたので、答申する。

はじめに

「日本国憲法」は、個人の尊厳を規定しており、それを踏まえ、「男女共同参画社会基本法」も男女の人権の尊重を基本理念としているところである。我々が目指す男女共同参画社会は、個人が尊重される品格ある社会であり、その基礎にある理念は人権の確立である。

しかし、男女の人権の尊重の基本理念を踏みにじり、男女共同参画社会の実現を阻害するものとして、女性に対する暴力の存在がある。女性に対する暴力は、女性に恐怖と不安を与え、女性の活動を束縛し、自信を失わせ、女性を男性に比べて更に従属的な状況に追い込むものである。

そもそも、暴力というものは、自己の欲望を満たすために、自己への従属を強いるために、あるいは感情のはけ口とするために用いられるなど、暴力を受ける相手の苦しみや屈辱を無視して行われるものであり、その対象の性別や加害者、被害者の間柄を問わず、決して許されるべきものではないが、暴力の現状や男女の置かれている社会構造の実態を直視するとき、特に女性に対する暴力について早急に対応する必要がある。

女性に対する暴力の問題は、国際的にも重要な課題として次のとおり取り上げられている。すなわち、昭和60年の「『国連婦人の十年』ナイロビ世界会議」で採択された「婦人の地位向上のためのナイロビ将来戦略」、平成5年の「ウィーン世界人権会議」で採択された「ウィーン人権宣言及び行動計画」及び第48回国連総会で採択された「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」、平成7年の「第4回世界女性会議」で採択された「北京宣言及び行動綱領」等で指摘され、重大な関心事となった。平成12年の国連特別総会「女性2000年会議」で採択された「北京宣言及び行動綱領の実施のための更なる行動とイニシアティブ」でも女性に対する暴力の問題は大きく取り上げられた。

また、国内でも、「刑法」等による対応のほか、「売春防止法」の制定等、従来からこの問題の一端は取り扱われてきたが、近年、国際的な動向を受けて、女性に対する暴力の問題が国民*1の間で次第に大きく取り上げられるようになってきた。「男女共同参画ビジョン-21世紀の新たな価値の創造-」(平成8年7月男女共同参画審議会答申)では「女性に対する暴力の撤廃」という項目が立てられており、この答申を受けて策定された「男女共同参画2000年プラン-男女共同参画社会の形成の促進に関する平成12年(西暦2000年)度までの国内行動計画-」(平成8年12月男女共同参画推進本部決定)においても重点目標の1つとして「女性に対するあらゆる暴力の根絶」が掲げられ、政府としての取組が行われている。

本審議会は、平成9年6月16日に、内閣総理大臣から「男女共同参画社会の実現を阻害する売買春その他の女性に対する暴力に関し、国民意識の変化や国際化の進展等に伴う状況の変化に的確に対応するための基本的方策」について諮問を受けた。

これに対して、本審議会では、女性に対する暴力部会を設置し、専門家や関係省庁からのヒアリングも含め調査審議を行った。平成10年10月には中間取りまとめを公表し、国民から寄せられた情報も踏まえた上で、平成11年5月27日に、前述の諮問に関し基礎的な部分を中心に取りまとめ、実態調査など当面の取組課題を提言した「女性に対する暴力のない社会を目指して」を答申した。

その後、政府においては、答申を踏まえ我が国で初めての全国的な実態調査である「男女間における暴力に関する調査」*2(以下、「実態調査」という。)を実施した。本審議会の女性に対する暴力部会ではこの調査やその後の状況変化等も踏まえつつ調査審議を重ね、平成12年4月に中間取りまとめを公表し、それに対して国民から寄せられた意見も踏まえ、更に調査審議を進めた。

女性に対する暴力の問題は、被害者の状況などを考えると一刻の猶予もならない問題であり取組が急がれている。また、この問題は、内閣総理大臣から平成11年8月9日に男女共同参画審議会に対して行われた「男女共同参画社会基本法を踏まえた男女共同参画社会の形成の促進に関する施策の基本的方向について」の諮問とも密接な関係があり、その答申に取り入れられるべきものであるという観点からも、女性に対する暴力に関する調査審議を急ぎ、平成9年6月16日の上記諮問に対し平成11年5月27日の答申では取り上げきれなかった課題について、本答申を取りまとめたところである。

女性に対する暴力は、女性の人権に直接関わる深刻な問題であり、社会的・構造的な問題として捉えて対応していく必要があるにもかかわらず、その重大性はこれまで十分認識されていない状況にあったといえる。本答申の提言を踏まえ、「男女共同参画社会基本法」に基づく男女共同参画基本計画の策定が行われることを強く期待するとともに、政府だけでなく幅広い関係者がこの問題に取り組んでいくことを期待している。

*1 本答申において、「国民」とは、狭義の「日本国籍を持つ者」だけでなく、我が国に在留する外国人・無国籍者を含む。

*2 全国20歳以上の男女4,500人を対象とし、平成11年9月から10月にかけて実施したもの。有効回収数は3,405人で、有効回収率は75.7%であった。有効回収数のうち女性は1,773人。

第1 女性に対する暴力についての考え方

  1. 女性に対する暴力の現状と多様な形態

    従来、女性に対する暴力の実態は必ずしも十分には把握されていなかったが、実態調査によって、夫婦間の暴力やつきまとい行為における被害者の中での女性の割合が高く、夫婦間の暴力や性犯罪における被害が潜在していること、また、夫・パートナーからの暴力については被害者も加害者も年齢、学歴、職種、年収に関わりなく存在していることなど、女性に対する暴力の問題はごく一部の人の問題ではなく多くの人に関わる問題であるということが明らかになった。

    平成5年に、国連総会で採択された「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」の第1条では、女性に対する暴力とは、性別に基づく暴力行為であって、女性に対して身体的、性的、若しくは心理的な危害又は苦痛となる行為、あるいはそうなるおそれのある行為であり、さらに、そのような行為の威嚇、強制もしくはいわれのない自由の剥奪をも含み、それらが公的な生活で起こるか私的な生活で起こるかを問わない、とされている*3。このように、女性に対する暴力は、身体的なものであったり、性的なものであったり心理的なものであったりというように行為の態様が様々であり、また、暴力が起きている場や暴力の加害者の立場、加害者と被害者の間柄も様々である。例えば、暴力の加害者、行われている場に着目すれば、家庭内の夫・パートナーからの暴力、職場の上司等によるセクシュアル・ハラスメントの問題がある。また、行われている行為に着目すると、強姦等の性犯罪や売買春に加え、つきまとい行為等が新しい課題として注目されるようになってきている。

    こうした社会的に問題となっている女性に対する暴力の様々な形態は、暴力が行われる場、暴力の行為の態様、被害者と加害者の関係などそれぞれの視点から捉えることが可能であり、ある行為は複数の暴力の形態に該当する場合もある。

    また、女性に対する暴力には、刑罰を科すべきもののほか、刑罰以外の手段による公的な機関等の関与によって対応すべきものまで、幅広く含まれている。

  2. 女性に対する暴力への対応に関する基本的な考え方

    これまで、女性に対する暴力は潜在しており、公的関与も十分でなかったが、実態調査で明らかになった現状を踏まえると、女性に対する暴力は、多くの人に関わる社会的問題であることが認められる。さらに、女性に対する暴力は個人的問題として矮小化されることもあるが、むしろ、家庭や職場など社会における男女の固定的な役割分担、経済力の格差、上下関係など、我が国の男女が置かれている状況や過去からの女性差別の意識の残存に根差した構造的問題として把握し、対処していくべきである。

    女性に対する暴力については、この問題が被害者の人権を侵害するものであることから、被害者の立場に立った対応が求められている。さらに、被害者、加害者双方に対する刑事又は民事の司法的な対応、相談・保護などに関する行政的な対応のほか人々の意識への働きかけなど、幅広い対応が求められる。

    女性に対する暴力は男女共同参画社会を形成していく上で克服すべき重要な課題であり、決して許されるものではなく、その根絶に向けて努力を続けなければならないことを関係者だけでなく社会のすべての構成員が強く認識しなければならない。

    *3 国際的には、諸外国における女性性器切除や結婚の持参金に関連した暴力など伝統や慣習に関係するものも女性に対する暴力として考えられるようになってきている。

第1 女性に対する暴力についての対応

  1. 共通事項

    (1)現状

    • 問題の潜在性

      実態調査によれば、夫・パートナーから身体的暴行を受けた女性のうち4.0%、性的行為の強要の被害を受けた女性のうち12.4%しか、公的な機関や民間の機関に相談していない。このため、公的な機関や民間の機関によって被害が把握されておらず、潜在していることが明らかになった。

      相談していない理由としては、夫・パートナーからの身体的暴行については、「自分さえがまんすれば、なんとかこのままやっていけると思ったから」、「自分にも悪いところがあると思ったから」が、性的行為の強要については、「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」が多くなっている。

      行政機関等の取組を考えるに当たって、行政的対応の第一段階でもある相談窓口に、多くの被害女性が訪れていない現状を重視することが必要である。

    • 不十分な社会の理解

      女性に対する暴力は、女性の人権を侵害する重大な問題であるにもかかわらず、社会の理解は不十分であり、被害者の複雑な心理状況を理解せずに、「被害者はこのような対応をとるはずだ」、「被害者にも隙や落ち度があるに違いない」、「加害者は特定のタイプの人だ」といった思い込みがある。また、「夫から妻への暴力は犯罪にならない」、あるいは「この程度の行為なら許される」、「この程度のことを被害として訴えるのは恥ずかしいことで我慢すべきだ」といった、誤った社会通念に縛られる場合もある。

      さらには、女性に対する暴力はごく例外的なものだといった無関心な者もまだ多く存在する。

    • 不十分な被害者及び加害者への対応

      女性に対する暴力の問題が広く社会問題として認識され始めたのは最近のことであり、また、被害が潜在してきたこともあって、被害の防止、被害者への支援、加害者への対応に関する取組が不十分である。また、関係省庁から新しい取組が打ち出されつつあるが、それらの取組の現場への浸透には時間がかかっており、地域によっては、被害者が訴えに訪れてもいずれの機関でも十分な対応が取られないなど、地域間でも格差が見られる。

    • 女性に対する暴力に関する法制度

      女性に対する暴力に対しては、これまでも「刑法」(暴行罪、傷害罪、監禁罪、強姦罪等)、「民法」(不法行為等)、「酒に酔って公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」、「売春防止法」、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」等があり、更に手続法としての「刑事訴訟法」、「民事訴訟法」、「民事保全法」、「家事審判法」など様々な法制度が設けられている。しかし、対応に当たる担当者、関係者等によっては、その理解が十分でない面もあり、したがって、これらの法制度のうち十分に活用されていないものもあると考えられる。

      なお、本年5月には、被害者への配慮及び保護の視点から「刑事訴訟法」及び「検察審査会法」の一部が改正され、「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」が新たに制定されている。

    (2)今後の取組

    • 意識啓発

      女性に対する暴力が潜在していることから、重大な問題と認識されておらず、社会の理解が不十分である。さらに、女性に対する暴力が行われる背景には、女性の人権の軽視、暴力を容認しがちな風潮があるものと考えられ、事例によっては、暴力の当事者が犯罪にはならないと考えるだけでなく、そもそも暴力でもないと考えるなど、加害者又は被害者としての自覚がない場合もあることが課題である。このため、女性に対する暴力の問題に対する国民の認識を高めるとともに被害者が相談しやすい環境を作っていくことが必要である。国連でも、昨年「女性に対する暴力撤廃国際日」を11月25日と定め、各国に取組を促しているところである。

      特に若年層に留意しつつ、学校教育、社会教育を通じた女性の人権尊重や、暴力によらない問題解決の方法が身につくような教育・学習の充実や「女性に対する暴力に関するシンポジウム」などの広報活動に取り組むとともに、今年度から始まった「女性に対する暴力をなくす運動」を国民的運動として推進するなど、国際社会と協調しながら意識啓発に努めることが必要である。

    • 調査研究

      女性に対する暴力の実態把握を行うことは、的確な施策を実施する上での基礎となるものであり、社会の問題意識を高めるためにも、定期的な実態把握が必要である。効果的な実態把握のためにも、新しい調査を行うだけではなく、既存の調査データの活用や調査項目の見直しなどを検討し、工夫する必要がある。

      また、女性に対する暴力の問題を解決するためには、加害者への対応も重要である。カウンセリングなどの取組も一部に行われているが、加害者の暴力は繰り返される場合もあり、加害の原因、加害者の心理及びそれに対する有効な対応方策について幅広く研究することが必要である。

    • 体制整備

      ア 被害者の精神的ケア

      暴力を受けた女性は、精神的にも大きな打撃を受けており、その精神的打撃は長年にわたり後遺症として残る場合がある。そのため、緊急的なケアのみならず中・長期的な相談、カウンセリングなどの精神的なケアの充実が求められており、そのために民間活動にも配慮しつつ体制の整備が必要である。

      イ 関係者の研修

      女性に対する暴力について的確に対応するためには、対応に携わる関係者が、男女を問わず女性に対する暴力の特性を十分に理解していることが不可欠であり、そのための研修等が重要である。また、女性に対する暴力については、その被害者への対応に当たる担当者が男性では被害者にとって話しにくい場合もあるとされており、被害者の視点に立ち、女性に対する暴力に適切に対処する訓練を受けた女性職員の配置と活用も必要である。

      ウ 施策の徹底

      女性に対する暴力については、関係省庁により新たな取組が打ち出されてきているが、それが十分に浸透していない面もある。このため、様々な機会を通じてその徹底を図るとともに、関係者の活動に際して活用される手引き書の作成についての検討が必要である。

      エ 連携体制

      女性に対する暴力については、被害の状況に応じて様々な機関の関与が必要であり、被害者の視点に立って、国レベルにおける関係省庁の連携、地方レベルにおける関係機関相互の連携及び国と地方公共団体との連携を強めることが必要である。このため、総理府及び中央省庁等改革により総理府から男女共同参画に関する事務を引き継ぐ内閣府において関係省庁の取組が円滑に行われるよう調整を行うことが必要である。

      オ 地域全体での取組

      女性に対する暴力については、行政や警察だけでなく、NGO、医療機関、弁護士、地域住民など幅広い関係者による、地域を挙げての暴力を決して許さないという姿勢を基本とした取組が期待される。

    • 女性に対する暴力に的確に対応するための法制度

      既存の法律の中には、女性に対する暴力の問題に活用できるものもあるが、対応に当たる関係者等によっては、十分に理解されず、活用も不十分と言わざるを得ないものもあると考えられる。まず運用面で的確な実施を図るべきであり、関係者は、これを重大な問題として認識すべきである。

      さらに、そうした取組では体制、時間、費用などの面で対応が困難な点があれば、新たな対応を検討することが必要である。現在、被害者が置かれている状況や社会的認識が不足していること等を踏まえると、女性に対する暴力に関して、(ア)女性に対する暴力についての総合的な対応に関する法制度や、(イ)女性に対する暴力のそれぞれの形態に対応した法制度など、早急に検討することが必要である。

      前者の(ア)総合的な対応に関する法制度については、女性に対する暴力が様々な形態をとっており、形態により具体的対応が異なることが考えられ、実効性のあるものとするために、更に検討をすることが必要である。

      後者の(イ)女性に対する暴力のそれぞれの形態に対応した法制度については、特にこれまで対応が十分取られてこなかった夫・パートナーからの暴力に関し、この問題の本質を明らかにし、犯罪にも該当する違法で許されない行為であるとの認識を深め、既存の法律の的確な実施を図るとともに、更に新たな法制度の在り方についても幅広く検討することが必要である。

    • 女性に対する暴力に的確に対応するための法制度

      女性に対する暴力は社会的・構造的問題であり、女性が被害を受けたときにすみやかに被害を受けたことを第三者に伝え、公的機関に通告し、自らの安全と生活を守りながら自尊意識を持って生きていくことができるように社会的環境を整備し支援していくことが重要である。

      このため「男女共同参画2000年プラン」や「男女共同参画社会基本法」に基づき策定される男女共同参画基本計画を踏まえて、女性にとって働きやすい環境の整備等各種施策を推進し、女性の経済的・精神的自立を進めることが必要である。

  2. 特に対応を迫られている暴力の形態

    (1)夫・パートナーからの暴力

    1. 現状

      ア 被害の現状

      夫・パートナーからの暴力の被害の深刻な実態はこれまで把握されておらず、社会的認識も十分でなかったが、実態調査では、女性回答者の4.6%が、夫・パートナーから「命の危険を感じるくらいの暴行をうける」経験があると回答し、4.0%が「医師の治療が必要となる程度の暴行をうける」経験がある、14.1%が「医師の治療が必要とならない程度の暴行をうける」経験があると回答している。また、女性回答者の45.3%が、夫・パートナーから「大声でどなられる」経験があると回答している。

      しかし、被害に遭っても公的な機関や民間の機関に相談しない者が多く、潜在している。その理由としては、例えば、経済的に自立するのが困難であったり、子どもへの影響を恐れたり、子どもと引き離されることを懸念し、暴力を忍受することが考えられる。

      また、暴行を行った夫・パートナーの学歴、年収などの属性には、特に一定のタイプは見られない。

      警察庁「犯罪統計書」(平成10年の犯罪)によると、配偶者間(内縁を含む。)における犯罪の被害者が女性である割合は、殺人(自殺関与を含む。)で68.3%、暴行で94.3%、傷害(傷害致死を含む。)で92.5%となっており、配偶者間における殺人で女性が被害者となった事案は、年間129件に上っている。

      イ 関係者の理解

      夫・パートナーからの暴力については、これまで夫婦間であっても、傷害罪(刑法第204条)や強姦罪(刑法第177条)等により処罰されている例もあるが、女性に対する暴力への対応に携わる関係者の理解が十分でなく、刑事事件としてなかなか取り上げてもらえないなどの声がある。

      さらに、様々な相談における担当者が、夫・パートナーからの暴力が法律に照らしても許されないものであるということの認識が十分でない発言をすることがあるなど、担当者の理解は不十分なこともある。

      ウ 警察の対応

      夫・パートナーからの暴力については、必ずしも積極的な対応がされていないという指摘もあるが、平成11年12月に警察庁から示された「女性・子どもを守る施策実施要綱」は、「刑罰法令に抵触しない事案についても、(中略)警察として積極的に対策を講じる必要がある」ことをその趣旨に挙げている。

      エ 緊急一時保護を行っている機関の対応

      婦人相談所*4は、全都道府県に設置されており、これまでも事実上、夫・パートナーからの暴力の被害女性の一時避難所的な役割を果たしてきた。平成11年には厚生省から、婦人相談所、婦人保護施設*5においては、売春のおそれのある者だけでなく広く保護援助に応じるよう通知された。また、併せて、母子生活支援施設*6における広域入所の促進と子どものいない女性への相談・指導等の実施も示されている。婦人相談員による相談活動は大きな役割を担っているが、その具体的な対応には、地域差が見られる。

      また、夫・パートナーからの暴力を受けた女性を受け入れているいわゆる民間シェルターにおいては、民間の先駆的自主活動として取組が行われており、地域によっては行政と連携した取組も行われており、近年注目を浴びている。被害者にとって、一部の地域においては大きな役割を果たしているが、そのような地域においても、厳しい運営状況の中で活動を続けている。

      オ 「民事保全法」上の仮処分や家事調停の活用状況

      夫・パートナーから暴力を受けた場合に、「民事保全法」第23条の仮処分等の制度を用いて、暴力行為の禁止や接近禁止などを求めることができるが、当部会におけるヒアリングの結果によれば、夫・パートナーから暴力を受けた場合に十分に活用されているとはいえない。

      また、被害者にとっては、夫婦の場合には、離婚(財産分与・慰謝料、子についての親権者の指定・養育料等についての取決めを含む。)、夫婦関係の調整、あるいは別居中の生活費の負担を求めるなど、その抱えている問題を本質的に解決することが重要であり、そのために、総合的な機能を有する家庭裁判所による家事調停が利用されている。パートナーや婚約者等婚姻前の男女の場合も家事調停が利用できる。司法統計年報によれば、平成10年に、妻から申し立てられた婚姻関係事件40,672件のうち、30.7%に当たる12,489件が暴力を理由に挙げており(複数申立を含む。)、これら暴力を理由に挙げた事件のうち37.5%が調停成立、20.3%が不成立に終わり、また、事件が終了するまでの期間は平均3.9か月である。家事調停で解決がつかなければ訴訟提起ができる。地方裁判所における平成10年の離婚訴訟事件の平均審理期間は約10か月である。なお、暴力を理由とする事件の調停については、それを契機とした暴力の再発等が懸念されることがあるが、当事者を直接会わせないなど必要な配慮がされている。

      カ 関係機関の連携

      夫・パートナーからの暴力については、被害者の置かれた状況により様々な対応が求められるため、役割の異なる機関等の連携が必要である。一部の地域には公的、民間の関係各機関によるネットワークが構築されているが、全国的にみた場合はまだ不十分である。

      *4 「売春防止法」第34条に基づき都道府県が設置する施設。要保護女子の保護更生に関する業務を行うものであり、緊急一時保護も行っている。なお、平成11年4月には厚生省から、夫等からの暴力により保護を必要とする女性へも柔軟に保護・援助を行うよう通知が出された。

      *5 「売春防止法」第36条に基づき設置される、要保護女子を収容保護するための施設。なお、平成11年4月には厚生省から、夫等からの暴力により保護を必要とする女性へも柔軟に保護・援助を行うよう通知が出された。

      *6 「児童福祉法」第7条及び第38条に定められた施設。配偶者のない女子又はこれに準ずる事情にある女子及びその者の監護すべき児童を入所させて、これらの者を保護するとともに、これらの者の自立の促進のためにその生活を支援することを目的とする施設。

    2. 今後の取組

      ア 夫・パートナーからの暴力への対応の考え方

      夫・パートナーからの暴力は、被害が潜在化しやすく、公的な対応も取られにくかったが、夫・パートナーからの暴力を社会的問題として認識し、積極的な公的対応をとることが急務である。

      この問題に適切に対応していくためには、まず緊急的対応として、(1)被害者からの相談に応じ、(2)緊急に一時保護することが必要である。そして、事例に応じて、(3)加害者の検挙その他の適切な措置を行ったり、(4)暴力行為や接近禁止の仮処分等の措置を迅速に講じていくことが必要である。

      また、(5)被害者に対して緊急的な対応をした後の精神的・身体的なケアや当面の生活の場を確保し保護することなど次の段階の対応が重要である。

      最終的には(6)被害者と加害者の間の紛争を法的に解決していくための家事調停や訴訟、(7)被害者自身の選択を尊重しつつその生活の安定を図り自立を支援することも重要である。

      さらに、様々な取組の基盤整備として、(8)再発防止のための対策などの調査研究を行うことや、(9)夫・パートナーからの暴力について国民全体に対する意識啓発が必要である。

      こうした取組を的確に講じていくため、既存の法制度の的確な実施や一層の活用だけでなく、これまでの状況を踏まえ、新たな法制度や方策などを含め、早急に幅広く検討することが必要である。

      イ 関係各機関による、相談、緊急一時保護、検挙等の取組の推進

      • (ア)警察、人権擁護機関*7、婦人相談所、民間シェルターによる取組の推進

        警察においては、平成11年12月に「女性・子どもを守る施策実施要綱」が新たに示されたところであり、その趣旨や方針が現場において定着するよう一層の推進が必要である。

        人権擁護機関については、人権相談における、夫・パートナーからの暴力を十分理解した積極的対応が必要である。

        婦人相談所については、緊急一時保護、各種相談活動を行っているが、機能及び施設の充実が必要である。また、都道府県内で解決できない問題に関して、他の都道府県との連携による広域措置の推進が必要である。

        いわゆる民間シェルターについては、民間活動として、緊急避難を必要とする人々に対して創意工夫を生かした弾力的活動を行っており、婦人相談所、福祉事務所、警察等他機関との関係の強化を図るとともに財政支援も含め様々な支援の在り方の検討が必要である。

      • (イ)相談体制の連携充実

        現在、夫・パートナーからの暴力については、警察、人権擁護機関、婦人相談所、女性センター、弁護士会、医療機関、民間相談団体、被害者の自助グループなど様々な機関が相談を受け付けており、精神的なケアも行われているが、それぞれ専門分野があり、相互の連携が必要である。また、一般的な相談窓口や民生委員が相談を受け付けた際は、専門的相談機関につないでいくことが必要である。

        このため、国レベルと地方レベルにおいて、関係機関で定期的に意見交換を行うなどネットワークの形成等連携の強化を行うべきである。また、24時間対応できる公的な専門的相談体制について検討を行うとともに、被害者に信頼される相談の実施が求められており、地域格差が生じることなく、プライバシーに配慮しつつ、的確かつ迅速な対応が図られる相談体制が確立されるよう努力すべきである。

      • (ウ)国民や関係者からの通報

        女性に対する暴力は被害が潜在化しやすいため、本人が公的機関に訴えやすい環境を作っていくことが必要であるが、この問題は、プライバシーに係る部分が大きいため、国民一般に通報を求めることには難しい面があると考えられる。しかし、被害者と接する可能性の高い医師などの専門家が犯罪が行われたおそれがあると判断した場合に、通報できるようにすることには意義があると考えられる。この点については守秘義務との関係が問題になるので、検討が必要である。また、その際、通報に対して加害者からの報復がされないよう配慮も必要である。

      • (エ)緊急一時保護

        緊急一時保護については、現在「売春防止法」に基づく婦人相談所等により対応が図られているが、安全面や夜間・休日の対応等、緊急一時保護の体制を更に充実すべきである。また、「売春防止法」に基づく対応には限界があるので、新たな体制の検討が必要である。

        なお、地方分権の動きの中では、住民に身近な地方公共団体が主体的に取り組むことが期待されているが、広域的連携の推進も必要である。

        さらに、緊急一時保護を行った後の、精神的なケアや当面の生活の場を確保し保護すること等の次の段階の対応については、現在、公立、民間の婦人保護施設や母子生活支援施設などの活用が図られているが、緊急一時保護の新たな体制の検討の際には、相談体制との関係だけでなく、緊急一時保護の後の次の段階の対応も視野に入れるべきである。また、居場所の秘匿等加害者からの追跡を遮断するための対応も検討が必要である。なお、相談から緊急一時保護、次の段階に至る新たな体制の整備に当たっては、いわゆる民間シェルターや社会福祉法人など民間組織との関係についても考慮されるべきである。

      ウ 暴力行為の禁止、接近禁止等の仮処分制度等

      加害者の暴力や接近などを禁止して被害者の安全を確保するため、「民事保全法」に基づく仮処分や「家事審判規則」上の調停前の仮の処分など、従来必ずしも十分に活用されていなかった制度の活用を図ることが必要である。そのため、まずは、関係者に手続きや民事法律扶助制度などに関する情報提供を行い、仮処分等の活用を図り、実例を積み重ねることが必要である。さらに、簡易、低廉、迅速な運用や強制力の付与等について、法制度の在り方も含め幅広く検討することが必要である。

      なお、事例によっては、裁判上の手続ではないが、本年11月から施行される「ストーカー行為等の規制等に関する法律」に抵触し、同法に基づく警告・禁止命令等による対応が可能である場合もあると考えられるので、同法に関する情報提供も必要である。

      エ 家事調停の活用

      被害者の抱える問題を本質的に解決するには、女性の自立支援などとともに、夫婦関係について、離婚するのか継続するのかを決めること、離婚の場合には財産分与や子の養育費等の条件を決めること、さらに、決められた義務についての履行の確保を図ることが重要である。総合的な機能を有する家庭裁判所による家事調停の活用を図っていくため、関係者にも手続きなどに関する情報提供を行うことが必要である。なお、家事調停事件が早期かつ適切に処理されるためには、これまでも努力されてきているが、女性に対する暴力の本質について理解の深い調停委員の確保や家事調停に携わる者の研修等の充実が望まれる。

      オ 自立支援

      職業訓練、生活保護など様々な制度が活用できるが、関係機関の連携により適切にそうした自立支援の方策の措置が講じられることが必要である。その際、生活の場としての住宅、子どもがいる場合の子の養育についても配慮が必要である。

      カ 関係機関の連携による総合的対応

      夫・パートナーからの暴力については、刑事又は民事の司法的な対応、行政的な対応を事例の段階に応じて効果的に講じていかなければならない。具体的には、一時保護等に当たる機関、警察、司法機関、弁護士等関係者の相互の連携が必要である。

      また、被害者の自立支援が必要な場合は、更に福祉事務所や職業斡旋機関、訓練校等関係機関の連携が必要であり、加害者の追跡から逃れる必要がある場合など、様々な被害者の状況に応じて多くの関係機関が有機的に連携していくことが重要である。

      キ 調査研究

      夫・パートナーからの暴力については、加害者への対応も重要であり、再発防止のための教育・カウンセリングなどの取組も一部に始まっているが、加害の原因、加害者の心理及びそれに対する有効な対応方策について調査研究が必要である。また、同居している子どもへの影響についても調査研究が必要である。

      ク 意識啓発等

      従来、夫・パートナーからの暴力について、刑法上の犯罪になるなどの認識は十分であったとはいえず、国民全体の意識を高めるとともに、関係機関による相談、一時保護等様々な取組に関する情報が浸透するよう取組が必要である。

      *7 ここでは、法務省人権擁護局、法務局、地方法務局、人権擁護委員といった法務省の人権擁護機関のこと。

    (2)性犯罪

    1. 現状

      ア 被害とその対応等の現状

      性犯罪としては、刑法上の強姦や強制わいせつ、各都道府県の迷惑防止条例違反などがある。強姦は、女性を被害者とするものと規定されているが、他の類型でも、ほとんどの被害者は女性である。

      実態調査では、女性回答者の6.8%が意に反して、性的な行為を強要された経験があると回答しているが、既述のとおり、被害に遭っても公的な機関や民間の機関に相談しない者も多く、潜在している。

      加害者としては、「知人・友人」、「恋人」、「夫」、「職場関係者」といった人間関係にあるものも多くなっている。夫婦間であっても強姦罪は成立するものであり、実際に検挙され、有罪とされた例がある。

      平成11年版犯罪白書では、法務総合研究所の調査結果として、強姦及び強制わいせつの被害者についてはその多くが「異性に対して恐怖を覚えるようになった」などと精神的影響を受けており、「引っ越さなければならなくなった」などの生活面の影響も出ていることが示されている。また、加害者に対しては「許すことができない」とする人の割合が高く、被害感情の厳しさが示されている。なお、強姦罪に対する科刑については、平成10年とその20年前の昭和53年を比較した場合、刑が重くなる傾向にある。

      イ 司法手続過程での被害者の負担

      平成11年版犯罪白書では、法務総合研究所の調査結果として、強姦や強制わいせつの被害者の多くが、捜査に対する協力や証人出廷に負担を感じているということが示されている。

      また、性犯罪は親告罪とされ、告訴期間が6か月と定められているが、被害者が短期間では精神的な衝撃から立ち直れないまま告訴できなくなることがあるという問題が指摘されていた。

      こうした指摘に対して、本年5月には、「刑事訴訟法」及び「検察審査会法」が改正されるとともに「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」が制定され、性犯罪の告訴期間の撤廃や、証人を法廷以外の場所に在席させ、テレビモニターを通じて証人尋問を行うビデオリンク方式による証人尋問の制度等が導入されることとなった。

      また、事情聴取の段階での被害者の負担が大きいという指摘に対して、警察における「被害者対策要綱*8」、「犯罪捜査規範*9」等に基づく各種の施策や検察における被害者支援員の導入など、被害者に対する配慮のための取組が進められている。

      ウ 被害者への情報提供

      司法手続の過程での被害者に対する情報提供のため、捜査の状況などを連絡する警察の被害者連絡制度や加害者がどのような処分を受けたかなどを通知する検察庁の被害者等通知制度などの取組が進められている。

    2. 今後の取組

      ア 性犯罪への対応の考え方

      性犯罪の被害者は暴力により身体的精神的に大きな被害を受けるとともに、第三者からの心無い言動によっても精神的に大きな傷を負う場合がある。性犯罪に関しては、仮に暗い夜道を歩いていたような場合においても被害者に落ち度はなく、加害者に責任があるといった基本的考え方に立って、加害者の処罰を厳正に行うとともに、被害者の精神面に配慮しつつ、被害者が相談しやすい環境を作ることや、捜査段階における事情聴取及び公判段階の証人尋問等も含め被害者の精神的負担の軽減に努力していく必要がある。

      イ 強姦罪等

      強姦罪については、その成立について「暴行又は脅迫」ではなく、「被害者の意思に反すること」とすべきとの意見もあるが、刑罰を科すに当たっての要件は、できるだけその行為につき、客観的に判断が可能なものとすることが相当である。また、「被害者の意思に反する」ような事例は、おおむね暴行又は脅迫行為の認定が可能であるため、この問題はむしろ「暴行又は脅迫」があったと認められるか否かの事実認定の問題ではないかと考えられる。なお、事実認定に当たっては、女性に対する暴力は女性の人権に深くかかわる社会的・構造的な問題であることを十分に理解した上で「暴行又は脅迫」についての事実認定がされることが望まれる。

      また、強姦罪が親告罪であることが、被害が潜在する一因となっているのではないかとの意見もあるが、強姦致傷罪や複数の者による強姦罪は親告罪ではなく、また、本年5月の法改正による性犯罪の告訴期間の撤廃及び被害者のプライバシーを考えると、親告罪であることには意味があると考えられる。

      また、強姦罪・強姦致死傷罪の法定刑が強盗罪・強盗致傷罪・強盗致死罪の法定刑と比較して軽すぎるとの指摘があるが、裁判の運用を見ると、現実には厳しく罰せられている。むしろ、法定刑について刑法全体の見直しが行われる際の問題であると考えられる。

      ウ 被害者に配慮した制度

      警察における「指定被害者支援要員制度*10」の効果的運用等「被害者対策要綱」、「犯罪捜査規範」等に基づく被害者支援のための各種の施策の推進や検察における被害者支援員の導入など被害者に対する配慮のための取組及び体制の充実の一層の推進が必要である。

      また、前述のとおり、本年5月には「刑事訴訟法」及び「検察審査会法」が改正され、「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」が制定されたところであり、今後被害者の立場に立った運用が期待される。女性の捜査官の配置、活用など被害者の立場に配慮した事情聴取及び精神的ケア体制の整備も推進されるべきである。

      さらに、捜査の状況などを連絡する警察の被害者連絡制度や加害者がどのような処分を受けたかなどを通知する検察庁の被害者等通知制度による取組を一層推進すべきである。

      なお、犯罪者の刑務所等からの釈放に関する情報については、加害者の更生等にも配慮が必要であるが、知りたいとの被害者の立場も考慮されるべきであり、検討が必要である。

      エ 広報啓発等

      性犯罪の被害は潜在しており、被害者がその被害を伝えやすくするためにも、国民の意識啓発を進める必要がある。また、被害者に対する各種の制度、取組等についての情報が提供されるよう努力する必要がある。

      *8 警察庁が、平成8年2月に定めた捜査過程における被害者の第二次的被害の防止・軽減等被害者対策に関する基本方針。

      *9 捜査活動の基準を定めた国家公安委員会規則。平成11年6月に一部改正され、被害者への配慮や情報提供、被害者の保護という内容の規定が盛り込まれた。

      *10 第一線の警察署において、指定された警察職員が事件直後から被害者に寄り添い、被害者のニーズを踏まえた適切な被害者支援活動を実践する制度。

    (3)売買春その他の対応が迫られている暴力の形態

    1. 売買春

      ア 現状

      • (ア)売買春において特に問題となる形態

        売買春は、女性の性を商品化し、金銭等により売買するものであり、女性の尊厳を傷つけ、女性の人権を軽視するものであり、決して許されるものではない。売買春に関する現状としては、性産業が多様化し、近年では売買春の動機も多様化しているが、女性を麻薬等の薬物中毒にして薬物と交換に売春行為をさせていることも指摘されている。様々な形態の中でも特に児童買春は、発達過程にある児童の心身に有害な影響を与えるものであり、国際的にも大きな問題となっている。また、外国人女性に係る売買春については、管理下で強制的に売春させられている事例が報告されており、児童買春と同様に国際的問題となっているが、言語や在留資格等の問題もあり、なかなか助けを求めにくいことも考えられる。

      • (イ)児童買春

        平成8年に「児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」がスウェーデンで開催されるなど、国際的に課題となり、諸外国でも取組が進められたが、我が国に対しても厳しい規制を求める国際的世論の高まりの中で、平成11年5月に「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」が制定され、同年11月1日から施行されている。警察庁によると、施行から半年間で、同法に基づく児童買春事件の摘発は279件であり、184人が検挙された。

        法の制定・施行に合わせ、同法の周知を図る広報啓発活動とともに、捜査や保護の推進のための取組が進められている。

      • (ウ)外国人女性の売買春

        外国人女性は管理下で売春をさせられることが多く、「G8リヨン・グループ(国際組織犯罪対策上級専門家会合)」において平成8年以降、「人の密輸」(トラフィッキング)問題を検討しているほか、国連でも「国際組織犯罪条約アドホック委員会」において、各国が共同して取り組むべき課題として「人の密輸」(トラフィッキング)問題に関する議定書の作成作業を急いでいる。平成10年5月には、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」が一部改正され、不法就労助長罪を犯して1年未満の懲役又は罰金の刑に処せられたこと等が風俗営業の欠格事由に加えられるなどの規制が設けられた。

      イ 今後の取組

      • (ア)売買春への対応の考え方

        売買春の根絶に向けて、「売春防止法」、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」、「児童福祉法」、「刑法」、「青少年保護条例」等の関係法令の厳正な運用が必要である。また、総理府の「男女共同参画社会に関する世論調査」*11(平成9年)によれば、我が国社会での売買春を容認する人の割合は高いという指摘もあり、この問題についての女性の人権尊重の意識を、教育や各種の広報啓発を通じて国民の間に根づかせていくことが必要である。

      • (イ)「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の適切な運用

        同法の周知を図るための積極的な広報啓発活動とともに、捜査や保護の推進のための各種の研修等をはじめとする体制の整備などの取組が重要である。

      • (ウ)国際的な取組

        児童の商業的その他の性的搾取は、重大な人権侵害であり、我が国は、この撲滅を目的として、一層の国際的な協力促進を呼びかけるため、来年開催される「第2回児童の商業的その他の性的搾取に反対する世界会議」を日本に招致した。また、ILO(国際労働機関)においても「最悪の形態の児童労働の禁止及び撲滅のための即時行動に関する条約」が平成11年に採択された。さらに、「人の密輸」(トラフィッキング)については、平成12年中の採択を目指して作業中の「国際組織犯罪条約」を補足する議定書の一つとして、国連において文書の作成が進められており、このような国際的な動きに対応して、我が国も引き続き積極的に取り組むべきである。

      • (エ)広報啓発等

        この問題についての国民の意識を高めていくため、最近の動き等も含め広報啓発を行っていくことが重要である。

      *11 全国20歳以上の男女5,000人を対象とし、平成9年9月に実施したもの。有効回収数は3,574人で、有効回収率は71.5%であった。
        売春やその相手方となることについて、どのように感じるか、成人どうしの場合について聞いたところ、「当事者間の合意があれば、よくないことだが、やむをえない」及び「当事者間に合意があれば、なんらとがめることはない」と答えた割合の合計は、男性54.0%、女性34.0%であった。

    2. セクシュアル・ハラスメント

      ア 現状

      • (ア)雇用関係における防止のための取組

        職場におけるセクシュアル・ハラスメントは、対象となった女性労働者の個人としての尊厳を不当に傷つけ、能力発揮を妨げるものであり、社会的に許されない行為である。このため、企業や地方公共団体におけるセクシュアル・ハラスメントの発生を未然に防止するために雇用管理上必要な配慮を行う旨の義務規定*12が「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」中に設けられ、平成11年4月から施行されており、各事業所における取組が進められている。平成11年に労働省が女性労働者や事業主等から受けた職場でのセクシュアル・ハラスメントの相談件数は9,451件であり、うち4,882件が女性労働者等からの相談であった。

        「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」が適用されない国家公務員については、セクシュアル・ハラスメントの防止等に関し、人事院、各省各庁の長、職員の責務等を定める人事院規則及び同規則に基づきセクシュアル・ハラスメントになり得る言動を例示した指針等が定められ、平成11年4月1日から施行されており、各省庁においては、セクシュアル・ハラスメント防止等に関する部内規程の作成、研修等の実施及び苦情相談体制の整備等が行われている。

      • (イ)雇用関係以外の場面への広がり

        雇用関係以外の場合についても、人事院規則では、職員と職員以外の者との間のセクシュアル・ハラスメントについて防止等の対象とするなど、その認識が広がりつつある。

        これを受け、例えば文部省の関係規程においては、国立大学における職員と学生との間のセクシュアル・ハラスメントについても防止等の対象としている。なお、私立大学等に対しても、この規程の趣旨が通知され、相談体制の整備など取組が始められている。

      • (ウ)損害賠償請求の訴訟など

        被害者から、行為者及び使用者に対する損害賠償請求の訴訟が提起され、勝訴し、賠償金が高額な例も見られるようになってきている。

        また、行為の内容によっては、刑法の強姦罪、強制わいせつ罪、名誉毀損罪などが成立しうる。

      イ 今後の取組

      • (ア)防止対策等の推進

        「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」に基づく職場におけるセクシュアル・ハラスメント防止のための取組を一層推進するとともに、国家公務員についても、「国家公務員セクシュアル・ハラスメント防止週間」の本格実施、研修等防止対策をより組織的、効果的に推進することが必要である。

        また、前記以外の請負形態など直接雇用形態にない労働や雇用関係以外の教育、社会福祉関係等の場においても、今後取組が進められるよう支援を行うことが必要である。

      • (イ)広報啓発等

        セクシュアル・ハラスメントについては国民の関心も高まっているが、その防止対策と被害者の救済手段等についての情報を提供し、今後もセクシュアル・ハラスメント防止のための広報啓発をしていくことが重要である。

        *12 「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」第21条に、「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をしなければならない」と規定されている。

    3. つきまとい行為

      ア 現状

      • (ア)被害や加害の現状について

        実態調査では、「あなたはこれまでに、あなたはいやなのに、ある特定の異性にしつこく、つきまとわれたことがありますか。」と聞いたところ、男女ともに被害に遭っているが、異性からつきまとわれた経験について、あると回答しているのは、女性13.6%、男性4.8%となっており、女性の方が被害に遭った割合が高い。加害者については、「知人・友人」が多く、決して知らない者による行為とはいえない。

        つきまとい行為の態様は様々であると思われるが、刑法の脅迫罪、軽犯罪法等に該当したり重大な犯罪につながる場合もあると考えられる。都道府県においては、条例が制定され、検挙される事例も出てきている。本年5月には、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」が制定され、11月から施行されることとなっている。

        「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」が適用されない国家公務員については、セクシュアル・ハラスメントの防止等に関し、人事院、各省各庁の長、職員の責務等を定める人事院規則及び同規則に基づきセクシュアル・ハラスメントになり得る言動を例示した指針等が定められ、平成11年4月1日から施行されており、各省庁においては、セクシュアル・ハラスメント防止等に関する部内規程の作成、研修等の実施及び苦情相談体制の整備等が行われている。

      • (イ)警察の対応

        「女性・子どもを守る施策実施要綱」において、警察庁からつきまとい行為に対しても積極的に対応するよう、各都道府県警察に対して指示している。

      イ 今後の取組

      • (ア)被害者への支援

        被害者保護の立場に立って、警察署における「女性に対する暴力」対策係の設置など、「女性・子どもを守る施策実施要綱」に基づく施策の推進が必要である。

      • (イ)加害者への対応

        今後、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」に基づき、適切な対応が行われることが求められている。なお、つきまとい行為については、加害者の精神的な問題も指摘されており、どのような対応が適当であるのか研究を進める必要もある。

      • (ウ)広報啓発等

        つきまとい行為については、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」、「女性・子どもを守る施策実施要綱」などに基づき新たな対策が講じられようとしており、被害者に対してこれらの取組等についての情報が伝わるよう、広報啓発に努力する必要がある。

おわりに

男女共同参画審議会が、平成9年に諮問を受けて調査審議を進めてきた間、次第に女性に対する暴力の問題に関する社会的関心が高まり、様々な取組が進められるようになってきた。しかし、女性に対する暴力という視点で取組が始まったのはつい最近のことであり、この問題の解決に向け更に努力を続けなければならない状況にある。

政府においては、本答申で指摘した点を踏まえ、女性に対する暴力の根絶を目指し、施策を進めるとともに、「男女共同参画社会基本法」に基づく男女共同参画基本計画を策定することを強く期待する。

今後は、様々な取組が的確に行われているか、その状況を注視するとともに、女性に対する暴力の問題の克服に関して、法的整備を含めて早急かつ適切に検討を行っていくことが求められる。このような観点から、平成13年1月から設置される男女共同参画会議においても、引き続き女性に対する暴力の問題について調査審議が行われることが必要と考えるとともに、行政だけでなく幅広い関係者による国民的議論が行われることを期待したい。