「配偶者からの暴力の加害者更生に関する調査研究」(概要)

平成15年4月
内閣府男女共同参画局


第1 各国の加害者に関する制度の概要

1-1 イギリス
(1) 配偶者からの暴力の加害者に関する規定

イギリスには配偶者からの暴力を特別に処罰するための法律はなく、一般の犯罪と同様に、「人身に対する犯罪法」「刑事司法法」などの各種刑罰法令によりその処罰が規定されている。
加害者に対する命令については、家族法第4章で規定された虐待禁止命令(non-molestation orders:配偶者等に嫌がらせを行うことを禁止する命令)、占有命令(occupation orders:当事者間の住宅の占有を定める命令)、嫌がらせからの保護法に基づく嫌がらせ行為の差止命令がある。

(2) 加害者更生に関する制度

イギリスでは、刑罰の一つとして社会更生命令(community rehabilitation order)が位置付けられている。社会更生命令とは、裁判所が、犯罪者に対し、指定された期間、保護観察官の指導監督を受けることを命ずるものである。この社会奉仕命令を発する際に裁判所から付される遵守事項の中に加害者更生プログラムの受講を盛り込んでいる。
また、早期釈放制度により、受刑者が刑の満期日前に保護観察付きで釈放される場合も、加害者更生プログラムの受講が義務付けられる場合がある。
加害者更生プログラムを担当するのは、プロベーション・サービス(Probation Service)であるが、その実施は民間団体に委託される場合もある。

イギリスにおける刑事手続及び保護命令等の流れ

画像:イギリスにおける刑事手続及び保護命令等の流れ
1-2 ドイツ
(1) 配偶者からの暴力の加害者に関する規定

ドイツには、配偶者からの暴力を特別に処罰するための法律はなく、一般の犯罪と同様に、刑法によりその処罰が規定されている。
加害者に対する命令については、広く一般の暴力について規定した「暴力行為及び追跡に関する民事裁判所の保護の改善と別居における婚姻住居の明渡しの容易化に関する法律」第1章(暴力行為及び追跡からの民法的保護に関する法律)において、保護命令(被害者の住居への立入り、被害者との接触などを禁止する命令)について規定されている。

(2) 加害者更生に関する制度

ドイツでは、軽罪(最下限に1年未満の自由刑又は罰金が定められている違法な行為:傷害はこれに当たる。)については、検察官が裁判所の同意を得た上で、被疑者を起訴しないことが可能であり、起訴しない場合は、賦課事項又は遵守事項を課すことができる。また、裁判所は、起訴後、公判終結までの間、検察官及び被害者の同意を得て手続を暫定的に中止することができるが、この際も賦課事項又は遵守事項を課すことができる。これらの賦課事項又は遵守事項の中に加害者更生プログラムの受講が盛り込まれることがある。
さらに、裁判で有罪を言い渡す場合に、保護観察を付すことにより刑の執行を延期することが可能であるが、この際、裁判所が遵守事項や指示事項を課すことができる。この遵守事項や指示事項の中に加害者更生プログラムの受講を盛り込むことも可能である。

ドイツにおける刑事手続及び保護命令の流れ

画像:ドイツにおける刑事手続及び保護命令の流れ
1-3 韓国
(1) 配偶者からの暴力の加害者に関する規定

韓国では、配偶者からの暴力についても、一般の犯罪と同様に、刑法により規定されているが、その処罰については、「家庭暴力犯罪の処罰等に関する特例法」(以下「特例法」という。)が適用されることとなっている。
被害者への接近禁止などの加害者に対する命令については、特例法に基づき家庭法院(家庭裁判所)が行う保護処分の中で言い渡される。

(2) 加害者更生に関する制度

韓国では、配偶者からの暴力事件で、婚姻関係の維持が必要と思われるものについては、基本的に任意で(被疑者を逮捕せず)捜査し、検察官の判断により(被害者の意思は尊重する)、起訴せずに家庭法院に送致している。家庭法院の審理の結果、保護処分として加害者に対し、社会奉仕・受講命令、相談所等への相談委託などの処分がなされることとなる。受講命令は保護観察所が担当しており、相談委託は民間団体に委託されている。程度が重い加害者には受講命令、軽い加害者には相談委託としている。
また、被疑者が起訴された後、裁判官の判断で家庭法院に送致することも可能であり、この場合も同様に、受講命令、相談委託の処分がなされることとなる。
さらに、裁判の結果、執行猶予付きの有罪判決を受けた場合に、受講を命ずることもできる。

韓国における刑事手続の流れ

画像:韓国における刑事手続の流れ
1-4 台湾
(1) 配偶者からの暴力の加害者に関する規定

台湾では、配偶者からの暴力についても、一般の犯罪と同様に、刑法により規定されているが、「台湾家庭暴力防治法」(以下「防治法」という。)により、一定の犯罪については「家庭暴力罪」として、特別の刑事手続が採られている。
また、加害者に対する命令については、防治法で規定された「通常保護令」(被害者、検察官、警察官等の申立てにより裁判所が、被害者等への暴力を禁止したり被害者への接近を禁止する命令)と緊急的な「一時保護令」がある。

(2) 加害者更生に関する制度

台湾では、防治法に基づく通常保護令の中で、加害者に対し、薬物禁絶治療、精神治療、心理補導などの加害者処遇計画の受講を命ずることができることとなっている。
また、家庭暴力罪又は保護令違反事件の刑事裁判において執行猶予付きの有罪判決を言い渡す場合は保護観察に付すこととなっており、この際、加害者に対し、薬物禁絶治療、精神治療、心理補導などの加害者処遇計画を命ずることができることとなっている。
近年、起訴猶予にする際に、検察官が加害者の同意の下、精神治療、カウンセリングの受診等の遵守事項を課すことができるようになった。
受刑者に対しても受刑者処遇計画に基づき処遇がなされている。
なお、台湾における加害者処遇計画は、精神治療的な色彩が濃い。

台湾における刑事手続の流れ

画像:台湾における刑事手続の流れ
1-5 アメリカ(カリフォルニア州)
(1) 配偶者からの暴力の加害者に関する規定

アメリカ(カリフォルニア州)では、家族法典(California Family Code)第6200条から第6409条の部分が「ドメスティック・バイオレンス防止法」(以下「DV防止法」という。)と呼ばれている。DV防止法では、ドメスティック・バイオレンスに係る緊急保護命令(emergency protective order:差し迫った危険が生じている場合に警察官の請求により、裁判官が加害者に虐待行為の禁止や住居からの退去を命ずる命令)や一般の保護命令(protective order)などについて規定されている。
ドメスティック・バイオレンスに関する刑罰及び刑事手続については、カリフォルニア州刑法典(California Penal Code)において規定されている。

(2) 加害者更生に関する制度

アメリカ(カリフォルニア州)では、加害者は容疑があれば、基本的に逮捕される。逮捕後に保釈されなかったされた加害者については、裁判の冒頭手続において保釈の可否が決定される。裁判所、地区検事、被害者は、加害者の保釈の条件として、加害者更生プログラムの受講を条件に加えることができる。また、判決により刑の執行を猶予する場合も、裁判官が加害者更生プログラムの受講を命ずることができる。

アメリカ(カリフォルニア州)における刑事手続及び保護命令等の流れ

画像:アメリカ(カリフォルニア州)における刑事手続及び保護命令等の流れ
1-6 日本
(1) 配偶者からの暴力の加害者に関する規定

日本には、配偶者からの暴力を特別に処罰するための法律はなく、一般の犯罪と同様に、刑法でその処罰が規定されている。
加害者に対する命令については、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」において、保護命令(被害者への接近禁止や加害者の住居からの退去を命ずる命令)について規定されている。

(2) 加害者更生に関する制度

日本では、幾つかの民間団体が、アメリカのモデルを参考にアレンジを加えた独自のプログラムにより、自発的に参加する加害者を対象に、グループ討議などを中心とした加害者更生を実施している。
公的機関においては、加害者更生プログラムを実施していない。

我が国における刑事手続及び保護命令の流れ

画像:我が国における刑事手続及び保護命令の流れ

第2 今後の展望と課題

我が国において、犯罪に当たる行為を行った者への働きかけは、刑罰によって行われているのが原則である。刑罰の目的は、加害者更生のみではないが、その目的の一つとして、加害者更生が含まれることは否定できないであろう(起訴猶予や執行猶予になる場合もあるが、こうした場合は、行為や結果の程度、再犯の可能性、被害者の処罰感情等を総合考慮して決められているようである。)。暴行、傷害に限らず、刑罰法令に触れる行為について、科せられる刑罰とは別に加害者の更生のための制度が用意されている例はないのが現状である。

そこで、まず最初に、配偶者からの暴力の加害者更生のために刑罰以外の特別の働きかけを行う必要があるか否かについて検討することが必要である。

特別の働きかけは必要なく更生は刑罰によりなされるべきとの意見がある一方、加害者更生プログラムを受講させるなどの特別の働きかけが必要であるとの意見もある。

その必要性については、配偶者からの暴力の加害者更生は刑罰のみによっては必ずしも果たせないこともあり得るとの面から説明することが可能であるし、配偶者からの暴力等の家庭内における犯罪の中には、被害者が加害者に刑罰を科すことを望まない結果、刑事手続に乗らない事例も多く刑罰による加害者更生が現実的ではないという通常の犯罪とは異なった事情がある点からも説明することが可能である。また、配偶者からの暴力の加害者更生に関する刑罰以外の特別の働きかけについては、諸外国にいくつか例があり、ある程度の効果が期待できるという点も加味される。

以下、我が国において、配偶者からの暴力の加害者更生に関する刑罰以外の特別の働きかけを制度として導入することを考える場合に、検討を行わなければならない点について整理した。

1 対象とすべき加害者

「加害者」には、法的視点から見ても、様々な類型が存在する。
被害者との関係で見ると、被害者がどこにも(だれにも)相談せずに1人で抱え込んでいる段階のもの、被害者が配偶者暴力相談支援センター等に相談している段階のもの、加害者に対して保護命令が発令されたもの、加害者が刑事事件の被疑者として検挙されたものなどがある。
検挙後についても、起訴猶予となった加害者、起訴された加害者、有罪判決で執行猶予が付いた加害者、実刑判決を受けた加害者などがある。
また、加害者の行為に着目すると、配偶者暴力防止法で対象としている身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの(刑法の暴行や傷害に該当するいわゆる「身体的暴力」)である場合もあるし、こうした有形力の行使はないが相手の心身に有害な影響を及ぼす言動(いわゆる「精神的暴力」)である場合もある。
さらに、加害者の中には、アルコール依存、薬物依存、人格障害などの問題を抱えている者もいる。このように、様々な類型の加害者がいることから、加害者更生の対象としてどのような加害者を想定するかについては、十分検討する必要がある

2 加害者更生のためのアプローチ

1で述べたように、加害者が配偶者に対し暴力を振るう要因は様々である。単純に割り切れるわけではないが、対象とする加害者によって、加害者更生のためのアプローチは大きく異なってくる。
一般的には教育的なアプローチを採ることが必要と言われているが、アルコール依存などの問題を抱えている場合は、治療を先行させる必要がある。
対象とする加害者ごとにどのようなアプローチを採るかについて検討が必要となる。

3 加害者に対する働きかけの内容

加害者にどのような働きかけを行うのかは、加害者の類型、アプローチの方法、実施する機関等と密接に関連しているので、内容については、これらを勘案した上で検討する必要がある。
また、すべての配偶者からの暴力の加害者に共通する事項についても検討する必要がある。

4 加害者が更生のための働きかけを受ける契機

1つは、自らの意思により加害者更生のための何らかの働きかけを受ける加害者が考えられる。この中には、純粋に自らの意思により働きかけを受ける者のほか、第三者(公的機関、家族等)から勧められたことが契機となり自らの意思で働きかけを受ける者も含まれる。
もう1つは、公的機関から法的に何らかの強制を受け、自らの意思とは関係なく働きかけを受ける加害者が考えられる。
加害者にどのような契機を与えるかについては、検討が必要となる。

5 被害者の安全確保

加害者更生が行われることによって被害者が危険にさらされないよう、被害者の生命、身体の安全を確保することが求められている。制度をつくるに当たっては、どのような形で被害者の安全を確保するのかについて検討が必要となる。

6 加害者更生を実施する機関

どの機関が加害者更生を実施するかは、どのような対象にどのような形で働きかけを行うかと密接に関係することから、実施機関のみについて議論することは難しい。
対象や働きかけの内容と関連付けながら、全国にどの程度の数を有する施設が加害者更生を実施する施設として適切かについて検討が必要となる。
なお、加害者更生を実施する施設は、被害者の安全や恐怖心などを考えると、被害者が相談等のために頻繁に訪れる施設ではないことが望ましい。
さらに、1つの機関でのみ加害者更生を行うのではなく、様々な施設の特性に応じて、加害者の類型に応じた多様な働きかけを行うことも可能であり、こうした取組の是非についても検討が必要となる。