コラム3 男性介護者への支援

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コラム3

男性介護者への支援


(男性介護者と支援者の全国ネットワーク)

「男性介護者と支援者の全国ネットワーク(以下「男性介護ネット」)」は平成21(2009)年に発足した。介護する側も介護される側も,誰もが安心して暮らせる社会を目指して,各地の男性介護者の会や支援活動の交流,情報交換の促進を図るとともに,総合的な家族介護者支援についての調査研究や政策提言を行っている。令和2(2020)年1月現在,会員数は1,050,会員団体数は約150となっている。

男性介護の現状と,男性介護者が抱える悩みなどについて,事務局長へのヒアリングをもとに紹介する。

男性介護ネット発足10周年記念式の参加者の集合写真

男性介護ネット発足10周年記念式
(平成31(2019)年3月)

(男性介護ネットの「運営から見えた男性介護者の変化」)

男性介護ネットを立ち上げた頃,男性介護者に対しては,介護に積極的な「新しい男性像」であるという積極的なイメージと,介護虐待・殺人・心中事件の「加害者」というネガティブなイメージの双方があった。どちらも極端だが,最近は,介護をしていることを当たり前に語る人が増えてきた。そのことも,男性介護者への社会の理解や認知を広げることにつながっているように思われる。

(男性介護者が抱える悩み)

「仕事」のように介護することが男性介護者の特徴といわれている。少しでも良くなるようにと介護を始めるとのめりこんでしまう人も多い。老老介護のように家族の介護を担うのは圧倒的に中高年であり,男性介護者のそれまでの仕事中心の生き方や固定的な性別役割分担意識に基づく生活モデルが介護にも影響している。

また,男性介護者の中には,介護生活で最もつらいのは排泄の世話等ではなく,買い物だと言う人もいて驚かされる。「レジに並んでいることが耐えられない。周りから,『あの人,かわいそうに。奥さんに世話してもらえず,買い物も自分でしなければならないんだ。』と思われているのではないかと思うといたたまれない」。周りから,という以上に「家事=女性」という規範が自縄自縛となっているのだろうと考えられる。

(仕事と介護の両立の状況)

毎年「10万人」ともいわれる「介護離職」が注目されているが,その背後には仕事をしながらなんとか介護を担っている人が何十倍も存在する。平成29年就業構造基本調査では,その数は346万人を超え,60歳未満の男性介護者では9割近くが仕事をしていることを明らかにしている。

介護離職した人が集まって話す機会があった際,集まった人が口々に「仕事を辞めてよかった」と言った。彼らの真意は,今の介護制度・介護サービスと今の仕事の仕方では,仕事と介護の両立は厳しいということだったと思われる。

一方で,周りの強い勧めで仕事を辞めることを思いとどまり妻の介護との両立生活を選択したことが,介護のストレス仕事のストレスの双方から解放される時間を作ることにつながったという声もある。24時間365日介護漬けにならずに済んだということだ。朝,食事に着替えと目まぐるしく介護をやり切って出勤すると,取引先とのやりとりなど仕事に集中。介護のストレス発散にもなった。疲れて夕方帰宅すると下手な料理を妻が「ありがとう」と食べてくれる。仕事の疲れも吹っ飛んだ,と言う。

仕事と介護の両立は在宅介護者の生活の質を上げることにもつながる。仕事をしながら介護する「ながら介護」がこれからの社会にふさわしいまっとうな暮らし方なのではないか。介護を義務ではなく権利と捉えれば,介護をする権利を全うできるようにすること,そのために要介護者の自立支援だけでなく介護する人を支援する介護サービスなど,社会意識の醸成や介護するための基盤整備を考えていく必要がある。

働いている介護者を前提とした介護サービスが必要だ。今なんとか介護と仕事を両立している346万超の人たちが介護しているのは,要介護度が比較的低い状態の要介護者が多い。重度の要介護者を対象にしたサービスというよりは,普段は一人で大丈夫だが,たまに徘徊してしまい介護者の仕事中に急に呼び出しがかかる,というような状況に対応した介護サービスが有益と考えられる。

(男性介護ネットが果たす役割と今後の男性介護の展望)

当事者の会も万能ではないが,これまでは例外であり特殊とされてきた夫や息子という男性介護者同士だからこそ深まる「共感のネットワーク」であるという点がポイントだ。増えたといっても男性介護者は30%余りであり,未だ介護者の多くは女性であるため,介護者の会のメンバーも女性が多い。男性介護者への理解はまだ進んでいない。妻と同じ年頃の女性の前で認知症の妻の話をするのは妻に申し訳ないという気持ちになることがあり,女性介護者のいる会に行っても孤立してしまいがち。また,「良い旦那さん」と褒められるが,それがうれしい気がする反面,良い夫を演じ続けなければならないのがつらいということもある。

また,「介護者の会だというから介護の話ができると思って行ってみたら,介護と関係なさそうな孫の話だの百貨店の話題だのとりとめのない話をしており,あげく用事があるからと中座する者までいたりしてイライラした。「男性介護ネット」は介護の話ができる,求めたものはこれだと思った。」と言っていた人が,「介護の話ばかりしているのも疲れる,女性たちがいろいろしゃべっていたああいう場もいいなと思うようになった。」というようになったりする。男性は,「ご兄弟は?」「お子さんは何をしているの?」といったプライバシーに踏み込んだ会話が,実はその家庭にどういった介護負担力があるのかを周囲が把握できることにつながり,介護に役立つというようなことに気付きにくい。「用件」だけを伝える文化に馴染んだ男性と,しっかり「気持ち」を伝えたい女性とのコミュニケーションの違いのようだ。男性介護ネットでは,介護についての話ばかりをしているが,その段階を抜けると,次第に介護以外のいろいろな話が介護に役立つということに気づいていくのではないか。

辛いときには泣いても愚痴ってもいい,我慢しないでSOSを発信,というが「介護者になったからといっても,すぐには泣けないんですよ!」という男性がいた。仕事中心,仕事最優先の文化で長らく過ごしてきた男性が,介護者という立場で新しい男性文化を築けるか,という課題だ。こう考えると,夫や息子たちが,男性の介護ネットワークを介すること,それを潜り抜けることを通して,他者を鏡としながら自身の介護を考えていくことを支え合う自助的な「場」を経験することに意味があり,回り道のようではあるがジェンダー平等には有効であろう。

中高年男性は,排せつの世話や着替えなど,家族の体に手を当てて世話をする行為をほとんどしてこなかったので,介護を担うことになった際,その点の抵抗感は大きい。しかし,男性も育児を積極的に行うようになると将来介護を担う際に家族の体に触れたり世話をしたりということに対する抵抗感への免疫にもなるのではないか。今後,職場でも,育児休業を取得した経験のある男性が中枢的な立場になっていくことで,男性にとっても家族の世話をする責任を果たすことが重要であるという意識が醸成されてくるのではないか。