コラム11 フィンランドの医療制度と医師の働き方

本編 > コラム11 フィンランドの医療制度と医師の働き方

コラム11

フィンランドの医療制度と医師の働き方


フィンランドでは,医療の約8割が公的部門で行われており,医師のおよそ3分の2が公的医療機関で働く。公的医療機関には,一次医療を提供する市町村の医療センターと専門医療を提供する公立病院がある。住民は通常,居住地域内の医療センターと主治医が決められており1,医師の診察を希望する際は,まず医療センターに連絡し,予約を取る。医療センターの外来受付時間は平日昼間2で,フィンランドに1年以上暮らす者であれば誰でも低額3で利用可能だが,患者が多く,受診までの待ち時間が長い。民間クリニックも1次医療を提供しており,費用は高いが,医療センターに比べて待ち時間は短い。

(フィンランド社会保健省ホームページより)

(フィンランド社会保健省ホームページより)

日本と異なり,緊急時を除いて,病院に直接行くことはできない。最初に医療センターや民間クリニックで診察を受け,医師が専門的治療の必要性を認めた場合に限り,病院に診断書が送られ,診療を受けることになる。

フィンランドでは,当直医を除くと,医師も8時間労働が基本だという。フィンランド第2の都市であるタンペレ市のタンペレ大学耳鼻咽喉科(30床)で勤務経験のある医師によると,同科の医師数は13名でうち女性が8名(当時),朝8時にミーティング,その後,それぞれ外来や病棟,手術室に移動して仕事をこなし,午後4時には1人の当直医を残して帰宅するというのが1日の大まかな流れだという。

フィンランドでは,人口当たりの医師数が日本に比べて多い4。加えて,受診する医療機関を自由に選ぶことができないなど,医療へのアクセスに制限があるため,初診や軽症の患者で大病院が混雑し,医師が疲弊する状況が生じにくい仕組みとなっている。こうした仕組みにより,国民1人当たりの年間の医療機関受診回数は日本の約3分の15,医師1人当たりの年間延べ診察数も日本の約4分の16に止まる。タンペレ大学耳鼻咽喉科でも外来患者数は,1日当たり20~30人程度だという。

また,在院日数も日本に比べ極めて短い7。タンペレ大学耳鼻咽喉科の場合,手術件数は年間約1,500件に上るが,その半数は全身麻酔の日帰り手術である。日本では一週間程度の入院8となる慢性副鼻腔炎9の手術も,タンペレ大学では1泊2日10,止血のための鼻内ガーゼは自分で抜去し,出血が止まらない等の術後のトラブルがあれば,自宅近くの病院か,かかりつけの医療センターを受診するのが通常だという。加えて,診療科にもよるが,金曜日には大半の患者が退院し,土日の入院患者数は極めて少ない。日本の医療提供体制と比べると不便に感じるが,患者も一定の不便さを受け入れることで,医師が仕事と家庭を両立できる体制となっている。

ただし,フィンランドの医療も決して良い面ばかりではない。前述の待機時間の長さも課題の一つだが,その他,男女の働き方についても,我が国同様,女性医師は男性医師に比べてパートタイムで働く割合が高い11。フィンランドでは,市町村の責任の下で医療サービスの提供が行われるが,例えばヘルシンキ市では,医療センターの予約受付の際に,看護師が患者の症状を聴取し,医師の診察の要否を判断するなど,効果的・効率的なサービス提供に向けて,各市町村で様々な取組が進められている。

(備考)札幌医科大学医学部耳鼻咽喉科 白崎英明准教授提供資料(「フィンランドの医師支援について」),「主要諸外国における国と地方の財政役割の状況」報告書(財務総合研究所,平成18年12月26日),外務省ホームページ「世界の医療事情 フィンランド」,「平成28年度千葉県市町村職員海外派遣研修報告書」(公益財団法人千葉県市町村振興協会),栗原明美「フィンランドの保健医療福祉制度及び看護事情から見る我が国の課題」(順天堂大学保健看護学部 順天堂保健看護研究第5巻,2017年),「充実した公的福祉制度(フィンランド)」(JETROユーロトレンド,2000年8月),フィンランド保健福祉省ホームページ,ヘルシンキ市ホームページ,エスポー市ホームページ等を参考に,内閣府男女共同参画局にて作成した。なお,タンペレ大学耳鼻咽喉科の医療提供体制等は,白崎准教授がタンペレ大学で勤務した2000年3月当時の状況である。2016年3月に札幌医科大学で勤務したヘルシンキ大学耳鼻咽喉科Atula准教授への白崎准教授による聞き取りによると,医師の勤務環境等は現在でも同様とのこと。

1本人の希望により変更することも可能である。

2医療センターの場所や連絡先,診療時間は市町村のホームページで確認できる。ヘルシンキ市の医療センターの場合,月・火・木・金:午前8時~午後4時,水:午前8時~午後6時のセンターが大半であり,一部のセンターが平日午前7時~午後8時までの診療となっている。同市に隣接するエスポー市の場合,すべてのセンターの診療時間が平日午前8時~午後4時である。(いずれも2018年3月現在,ヘルシンキ市及びエスポー市のホームページ)

318歳以下は無料。

4日本の人口1,000人当たりの医師数は2.4人,フィンランドは3.2人(2014年)。(OECD Health Statistics 2017)

5日本の国民1人当たりの年間医療機関受診回数は12.7回(2014年),フィンランドは4.3回(2015年)。(OECD Health Statistics 2017)

6日本の医師1人当たりの年間延べ診察数は5,385回,フィンランドは1,310回(2014年)。(OECD Health Statistics 2017)

7日本の平均在院日数は16.5日,フィンランドは9.4日(2015年)。(OECD Health Statistics 2017)

8「平成26年患者調査」(厚生労働省)

9かぜなどで副鼻腔(頬,両目の間,額の下の骨の中の粘膜で覆われた空洞)の粘膜に炎症が生じ,慢性化した状態。鼻汁が出る,匂いが分かりにくくなる,鼻汁が喉にまわって咳の原因になる等の症状が生じる。また,鼻とつながっている中耳や喉に影響を及ぼし,急性中耳炎や喉の炎症,気管支炎,時には鼻づまりによる睡眠障害を起こすこともある。(日本耳鼻咽喉科学会ホームページ「鼻の病気Q&A副鼻腔炎」)

10内視鏡的副鼻腔手術の場合。

11パートタイムで働く医師の割合は,男性約15%,女性約21%である。35~44歳の子育て世代の女性医師の場合,パートタイム勤務者が4人に1人となる。(札幌医科大学医学部耳鼻咽喉科 白崎英明准教授提供資料より(元データはフィンランド医師会による2016年労働市場調査))