巻頭言
性暴力が起きない社会のために
このところ、子どもに対する性暴力事案を聞くことが増えてきました。大人から子どもへの性暴力、子ども同士の性暴力、さまざまな性暴力が日々発生しています。加害をする大人や子どもの性別も、被害を受ける子どもの性別も、多様です。これは、実際に子どもへの性暴力が増加したというよりも、子どもへの性暴力が注目され、社会に認識が広まった結果、これまで顕在化していなかった出来事が顕在化したのだと思います。
各種の調査結果を見ると、性暴力の被害にあった人のうち、誰かに被害を相談した人の割合は半数あるいはそれ以下です。警察に届け出られた被害は1割にも満ちません。子どもが被害者の場合は、いっそう、表に出にくいだろうと思います。子どもたちは、自分の身に起きていることが性暴力であると気が付くことも困難です。そして、加害者に脅されていて、あるいは怖すぎて言葉にできず、あるいは養育者を心配させたくないから、信じてもらえるか不安だからなど、いろいろな理由から、自分の身に起きたことを人に話せずにいます。
しかし最近、「プライベートパーツのお話を聞いたから」と子どもが大人に被害について相談したり、養育者が被害に気が付いたりといったことを耳にするようになりました。また、子どもから話を聞いた大人が、「これはちゃんと対処すべきだ」と考え、警察に届け出て、支援機関に相談くださることも増えています。
性暴力の影響は深刻です。大人が被害を受けた場合はもちろん、子どもたちにも、眠れない、食欲がない、出来事を思い出して不安になる、夜に泣き叫ぶ、癇癪を起すなど、さまざま状態が現れます。子どもたちは、自分や人、社会への信頼を築いている途中ですので、信頼が築かれる前に信頼を傷つけられる、自尊心が築かれる前に自尊心が傷つけられることにもなります。
だからこそ、現在の性暴力への関心の高まりを一過性のものにせず、性暴力が発覚したら適切な支援が確実に行われる社会になるよう、性暴力が起きない社会になるよう、みんなで尽力していきたいです。性暴力を防ぐことは難しいですが、大人たちが性暴力とは何かを知り、子どもを見守るまなざしを増やし、物理的・心理的な死角をなくしていくことはできるかもしれません。傷つく子どもをそしてもちろん傷つく大人も、一人でも出さないために、私自身も、努めていきたいと思います。
齋藤 梓
Saito Azusa
上智大学総合人間科学部心理学科
准教授