「共同参画」2023年10月号

巻頭言

無謀も歩けば道になる

日本には「トンネル現場に女性が入ると、山の女神さまが嫉妬して山が崩れる」との“言い伝え”があり強く信じられてきた。意欲満々で就職はしたものの、女性の私は現場経験のない技術者になっており、「この状況を何とかするのだ!」と、無謀過ぎると周囲から言われても、技術者としての実績を積むために、私は海外に飛び出した。最初はノルウェー、台湾、そしてインドへ。

インドの首都・デリーは、加速度的な経済成長の影響で車の数が増えて交通渋滞が激化、打開策として検討されたのがデリーメトロと言われる地下鉄の建設だ。現在、デリーメトロは、1日当たり約506万人もの人々が利用し、市民にとって重要な交通手段となっている。また、デリーメトロでは終日女性専用車両を設けており、各車両への防犯装置設置や、女性の車掌や警備員の配置などの工夫は、女性乗客や、送り出す家族の大きな安心感につながった。メトロは女性が安心して利用できる公共交通機関という評判が定着するようになり、女性の勤務地の選択肢、女性の移動の自由、活動範囲や社会進出に大きく貢献する結果となっている。

インドのインフラ事業の現場は、まだまだ女性が自由に働ける状況ではない事が多い。私は他国での業務実績を積んでいたことから働く機会を得ることができた。しかし、デリーメトロの最初のミーティングで自己紹介したときは「女性のエンジニアが来たぁ」「俺たちの上司は女性だぞ」と大騒ぎになったのは記憶に新しい。あるインド人教授からの招きで大学講師の機会も得た。私が招かれたのは、日本の鉄道技術を紹介するためだと思っていたが、実は教授意図は他にあった。「マダム・アベは、大学卒業直後には、女性だからという理由で、希望する職業に就くことができなかった。でも30年経った今、彼女はインドの建設現場でマネージャーとして働いている。前進すれば未来は必ず開けることをインド人女子学生に見せてやってほしい。」インドでは、女性が学問として工学系を学ぶことには抵抗はないが、いざ建設業への就職となると家族の猛反対にあうことが多い。だから「インフラ事業整備が拡大し、それが女性の活動範囲を広げていく。そしてそのような事業に女性が進出している姿を示す。」それこそが私に期待されたことだったのだ。

誰かがもがきながらも壁を破って実績を積めば、必ずあとに続く人は出てくる。最初は無謀と言われたとしても、歩き続けていくことが大切なのだと痛感している。

阿部玲子 株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル執行役員オリエンタルコンサルタンツ・インド現地法人取締役会長
阿部玲子
Reiko Abe
株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル
執行役員
オリエンタルコンサルタンツ・インド現地法人
取締役会長


インド地下鉄の工事現場の安全講習会の様子、中央にいる女性が阿部氏
インド地下鉄の工事現場の安全講習会の様子、中央にいる女性が阿部氏

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