「共同参画」2023年1月号

特集3

スペシャルインタビュー
一般社団法人日本民間放送連盟 会長 遠藤龍之介氏にお話を伺いました
内閣府男女共同参画局総務課

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アキレス議長:メディアの各業界団体に、男女共同参画社会に向けてのお考えや取組についてインタビューを重ねています。放送業界における男女共同参画の実現度合いに関して、どうお感じでしょうか。

遠藤氏:風景はかなり変わってきたと実感しています。私が若かった頃は、女性の管理職や役員がいるだけで驚かれましたが、今や珍しくありません。ディレクターやプロデューサーなど制作の要職で活躍する女性もどんどん増えています。家事や育児に積極的に参加する若い男性が増えているのも、非常にいい変化ですよね。ただ一方で、さらに変化を早めるためにまだやるべきことがあると思います。

遠藤龍之介氏
遠藤 龍之介氏
一般社団法人日本民間放送連盟 会長
(株式会社フジテレビジョン 取締役副会長)


アキレス議長:それは何でしょうか?

遠藤氏:制度がハード面だとすると、ソフト面、つまり意識の改革です。例えば、「女性は弱い存在なので、守らなければならない」という意識。同期の女性が負荷の高い業務を担当し、上司に厳しく指導されているのを見ると、男性はつい必要以上に手助けしてしまう。良かれと思っての行動ですが、結果的に女性のOJT(実務を通じた技能取得)を遅らせる可能性があり、判断が難しいところです。また、「女性に対する遠慮」が機会の不均衡を生む可能性もあります。男性上司が部下の相談に乗るとき、男性同士なら「込み入った話は飯でも食いながら話そうか」と声を掛けやすくても、女性には遠慮することがあるでしょう。

アキレス議長:最近、「アンコンシャス・バイアス」という名称で注目されている重要なポイントだと思います。悪気ない行動がかえって相手にとってマイナスに働いてしまうことがある。改善のために何が必要だとお考えですか?

遠藤氏:やはり丁寧なコミュニケーションの努力を怠らないことではないでしょうか。女性と一口に言いましても、いろんな志向やタイプの方がいます。「男性と伍して働きたい」と意欲に燃える方もいれば、「どちらかというとサポート役に徹したい」という方もいるでしょう。同じ人でも時期によって変化します。「きっと相手はこう考えているだろう」といった思い込みや先入観をゼロにリセットするべきですよね。男性に対しても同じことが言えます。

アキレス議長:おっしゃるとおりだと思います。メディアはジェンダーを描く表現者として多大な影響力を持つ存在でもあります。最近のドラマを観ていると、以前と比べて「強い女性」が活躍する設定が増えたように感じるのですが、意識されてのことなのでしょうか。

遠藤氏:たしかに、今は実態より強めに印象付ける描き方が多いかもしれませんね。世の中の過渡期には、あえて強調して描く手法が取られます。しかし、あまりに実態と乖離してしまっては、バイアス(偏見)を助長するので常にバランスを取る必要があります。

山田氏:メディアが描く「男らしさ」や「女らしさ」のイメージは、多くの人の価値観に影響します。ジェンダーの描き方について業界全体での議論は活発に行われているのでしょうか。

遠藤氏:議論の機会はもっと増やさないといけませんね。20世紀の哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールが「女性は女性に生まれるのではなく、後天的に女性として育つのである」という言葉を残しています。「女性はこうあるべき」という社会の規範が、女性の生き方・働き方を制限していないかという視点は常に持つべきです。

アキレス議長:男女共同参画が実現した社会とは、どんな社会であるとイメージされますか?

遠藤氏:意思決定までの思考のプロセスが多様に広がる社会になると思います。私自身、女性からアドバイスを受けると「なるほど。そんな視点があったのか」と膝を打つ場面が多々あります。こうした気づきが日常的に起こる社会になると、より広い視野から思考を深めることができるはずです。組織の国際化にもつながり、競争力も高まるなどメリットは多いと期待できます。

アキレス議長:多様性を取り込んで、多彩な才能が開花する国になると、企業だけでなく国の競争力も高まりますね。

遠藤氏:「言うは易し」で簡単な道のりではないでしょうし、時間がかかるかもしれません。それでも社会全体で挑戦する価値があると思います。

アキレス議長:そんな社会をより早く実現させるためには、意思決定層に女性を増やすことが不可欠です。現状をどう捉えていらっしゃいますか。

アキレス美知子氏
アキレス 美知子氏
男女共同参画推進連携会議議長
(SAPジャパン株式会社特別顧問、三井住友信託銀行取締役、横浜市参与、G20 EMPOWER 日本共同代表)


遠藤氏:「役員の何割を女性に」といった数値目標は、当面は必要だと思います。加えて、評価制度の見直しも必要です。なぜなら、これまでの日本企業の査定・評価は「長時間働ける男性社員」を前提に行われているものが多いですから。「契約が取れるまで帰ってこなくていい!」という指導は、子育て中の女性には通用しませんよね。我々放送界もかなり改善されたと思いますが、昭和的な古い働き方の価値観はまだ残っているように思います。

アキレス議長:昭和的な働き方、価値観を変えていくことは可能でしょうか。

遠藤氏:可能だと思います。もちろん時間はかかりますが、地道に取り組むべきでしょうね。

山田氏:テレビ局というと「長時間労働が当たり前」というイメージがありますが、変化は見えているのでしょうか。

遠藤氏:「働き方改革」が叫ばれ始めた10年ほど前は「できるわけない」という意見がほとんどでした。「明日までに作らなければならないVTRをどうやって完成させるんだ」と、特に制作現場から反発がありました。しかし、本気で変えようとするといろいろな知恵が出てくるもので、今では制作チームを3交代制にしたり、編集ルームが稼働する時間に制限を設けたりして、課題を乗り越えつつあります。

山田氏:「この仕事はこの人にしかできない」と属人的になりがちな仕事のあり方を見直して、チーム体制で分担する形になったということですね。

遠藤氏:はい。結果的に、子育て中の女性を含めて、より多くの社員が活躍しやすい環境に変わってきたのではないかと思います。

アキレス議長:デジタルシフトによって放送業界のあり方そのものも転換期を迎えているのではないでしょうか。

遠藤氏:そうですね。これまで放送は、時間と場所を固定して提供するものでしたが、今は録画や「見逃し配信」、「タイムフリー機能」を通じて、自宅以外の場所でいつでも楽しんでいただける状況へと変わってきました。テレワークやワーケーションが普及して、視聴者・リスナーはもちろん制作側も働き方の選択肢が広がっています。これは女性の活躍推進にとってもプラスになるはずです。

アキレス議長:環境は整いつつある。ここから意思決定層の女性を増やしていくには何が必要だと思いますか。

遠藤氏:昇進につながる評価には「量」と「質」があり、このうち「量」については、女性は出産や育児など家庭のケアで男性と比べて少なくなる可能性が高い。重視すべきは「質」の評価でしょう。「大切なのは長時間会社にいることではなく成果を出すことだ」という考え方を浸透させることが重要ですね。加えて、ライフイベントなどを理由に離職した女性にもう一度活躍いただく制度設計も効果的だと思います。

アキレス議長:具体的にはどのような制度なのでしょうか。

遠藤氏:私が所属しているフジテレビでは、「ジョブリターン制度」というものを4年ほど前から導入しています。これは家族の事情などでやむなく退職した元社員を対象に、再入社を支援し、退職前と同じ条件でキャリアを再スタートしてもらうものです。面接を経て再入社できる仕組みです。

山田氏:いいお取組ですね。日本は勤続年数の男女差が著しいことが問題視されているのですが、その理由はまさに「一度辞めると戻れない。戻れたとしても正社員になれない」という実態があるからです。中断しても再びキャリアを継続できる事例が増えていけば、男女間の賃金格差是正にもつながります。カルチャーが多様になることで、女性が活躍しやすい環境へ変わる速度も上がるでしょう。

林 香里氏
山田 久氏
男女共同参画推進連携会議議員
(株式会社日本総合研究所 副理事長)


アキレス議長:離職期間を「ブランク」としてマイナス評価するのではなく、地域社会や異業種などでの経験を新たな価値として活かすプラス評価で迎え入れる雇用形態が広がるといいですね。

遠藤氏:おっしゃるとおりですし、これからの放送局は多様な人材に活躍していただかなければ発展できません。放送に加えてデジタル分野や海外へのコンテンツ展開など事業が多様化する中で、さまざまな知見や経験を集めなければビジネスが成り立たない時代になっているのです。

アキレス議長:生産労働人口が年々減少する時代においては、「昭和的な男性中心の働き方」ができる人材だけを集めるのでは限界があります。意欲と能力のある方を男女問わず惹きつけられる企業が生き残っていくのでしょうね。

遠藤氏:そのための採用計画も重要です。私が入社した40年前は同期50人のうち女性は2人程度でしたが、ここ数年の新入社員は女性のほうが多いくらいで隔世の感があります。

アキレス議長:これから特に力を入れていきたい点はありますか?

遠藤氏:やはり冒頭に申し上げたコミュニケーションの部分だと思います。男性も女性も率直な意見や希望を表明し合って、お互いに理解しようと努力をする。ここに尽きると思います。

アキレス議長:そのためには何が必要でしょうか?

遠藤氏:まずは女性の不安や恐れにつながる要素を取り除くことだと思います。女性の経済的自立を支援することが、性別に関係のない対等な信頼関係を築く第一歩になるのではないでしょうか。あとはメンタリティですよね。

アキレス議長:メンタリティは変わるのに時間がかかると思いますが、会長ご自身はどのようにメンタリティを切り替えられたのでしょうか。

遠藤氏:ある日、自分は女性の指摘や提案に気づかされる場面がとても多いなと感じたんです。でも我々の世代の多くの男性はそれをなかなか認めたくないというジレンマに陥っているのかもしれません。これを乗り越えられる人と乗り越えられない人がやっぱりいる。その差はすごく大きいと思いますね。

アキレス議長:どのくらいの方が乗り越えられてますでしょうか。

遠藤氏:どうなんでしょう。これは自分の自尊心が何に依拠しているかによって違いますよね。自尊心が妙なこだわりに依拠しているとそういうことがなかなか許せないんでしょうね(笑)。

アキレス議長:もう降参して認めちゃったほうが楽だと思いますけどね(笑)。

遠藤氏:本当にそうなんですよね。自分自身の存在価値がどこにあるんだという話になるので非常に難しいところではあります。

アキレス議長:最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします。

遠藤氏:「人生の喜びは、誰かの犠牲の上に成り立ってはならない」というのが私の信条です。会社としても業界としても男女共に希望する人生を選択し、力を発揮できる社会の実現のために努力を続けたいと思います。

アキレス議長:そんな社会をぜひ実現したいですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。


構成/宮本恵理子 撮影/竹井俊晴
インタビュー実施日:2022年10月11日


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