「共同参画」2022年11月号

特集3

スペシャルインタビュー
日本放送協会 会長 前田晃伸氏にお話を伺いました
内閣府男女共同参画局総務課

トップ画像


アキレス議長:この30年ほど、男女共同参画の実現に向けてさまざまな法案が成立し、企業側の努力も進んできました。しかしながら、ジェンダーギャップ指数は146カ国中116位と(2022年7月に世界経済フォーラム発表)、世界から大きく遅れをとっています。この状況を、前田会長はどのように見ていらっしゃいますか。

前田氏:私は10年ほど前、厚生労働省の「女性の活躍推進協議会」の委員を務めていました。当時に比べると状況はずいぶん改善されていると感じますが、まだまだ途上ではありますね。特効薬はなく、一つずつ問題を解決するしか方法はないと思います。

アキレス議長:前田会長ご自身は、男女共同参画社会の実現をどうお考えですか。

前田氏:もちろん、男女共に活躍できる社会のほうがいいと思っています。私たちが運営する公共メディアの立場としても、対象となる視聴者の半分は女性なのですから、当然、作る側にも女性の視点が入らなければいけません。バランスが重要です。そのための手当ても進めているつもりです。

アキレス議長:具体的にどんな取組をなさっているのか、教えてください。

前田氏:働き方の面からお話しすると、例えば転勤の問題の改善です。当協会の職員には、職場結婚して、結婚後もそれぞれにキャリアを積んでいる共働きの方が多いんです。どちらかが転勤となったときに、どうしても女性のほうがハンデを負うことが多いので、できるだけ意向に沿って人員配置計画を立てるようにしています。

アキレス議長:家庭の状況を考慮しているということですね。

前田氏:希望に100%沿うのは難しいですが、本人の希望すら聞かなかった昔と比べると、ずいぶん前進したと思います。それから、お子さんを産んで職場復帰後の条件が悪くならないように環境を整えることも重要ですね。きれいごとを並べるだけでは不十分。具体的な取組を一つひとつやっていくしかありません。


前田晃伸氏
前田 晃伸氏
日本放送協会 会長


山田氏:新型コロナウイルス感染症に対する予防策が社会全体で浸透したことで、放送という業態の働き方にも大きな変化が起きているように感じます。職場に縛られない柔軟な働き方もかなり受け入れられるようになったのではないでしょうか。

前田氏:ある意味で強制的に変わらざるを得なかったので、テレワークもかなり進みました。例えばテレワークでドラマは作れませんし、どうしても集まらなければできない業務も一定数ありますが、集まらなくてもできる業務の大半はテレワークに移行し、女性のハンデ解消にもつながりました。良い変化だと思います。

アキレス議長:現時点の貴協会の男女共同参画の取組を100点満点で表すとしたら、何点くらいでしょう。


アキレス 美知子氏
アキレス 美知子氏
男女共同参画推進連携会議議長
(SAPジャパン株式会社特別顧問、三井住友信託銀行取締役、横浜市参与、G20 EMPOWER 日本共同代表)


前田氏:まあ、40点くらいでしょうかね。昔は10点です。

アキレス議長:理想にはまだ遠いとはいえ、ステップアップしてきたということですね。

前田氏:放送業界は男性社会。相当体質が古い業界ですから、かなり意図的に施策を打たない限りは変わりません。体質を変えるには、やはり女性を増やすこと。かつて女性の採用は2割程度でしたが、今は新卒採用の半数以上が女性です。しかしながら、女性管理職比率となるとまだ12%。リーダー層の女性比率を高めるにはもう少し時間がかかりますね。

アキレス議長:意思決定層に女性を増やすためには、どんな取組が必要でしょうか。

前田氏:縦割り組織の変革です。当協会は、制作、技術、アナウンサーといった専門ごとの縦ラインが非常に強い組織なんです。しかし、縦ばかりが強くて横の行き来がない組織だと、視野が狭くなり、総合的な判断力が養われません。「自分のラインで後継者が育てばいい」という発想にとどまると、専門家は育っても経営者が育ちませんし、男女共同参画という発想にもなりづらいでしょう。多様な経験を積んだリーダーを育成するためにも、縦ラインを緩めて複線のキャリアパスを支援できる組織に変えていく。これが私が就任以後に進めている改革です。

アキレス議長:具体的にはどんな改革をされているのでしょうか。

前田氏:2020年からスタートした人事制度改革の目玉は、局長公募制です。現状では女性の管理職はまだ少数派ですから、年功序列で局長の人選を行うと、どうしても50代の男性ばかりになってしまうんですよね。そこで、全国の放送局で54ある局長ポストの一部を局内公募で集めて、試験で決めることにしたんです。昨年に実施した第1回には100人以上の応募があって合格者は13人。2回目の今年はさらに多く300人ほど応募がきて31人に合格を出しました。合格者の中には女性も5人いますし、40代の局長も一気に増えました。従来の年功序列の制度では絶対にあり得ないことです。

アキレス議長:素晴らしいですね。

前田氏:ポイントは組織全体の納得感を得ることだと思っています。公募をして、全員同じ試験を受けて決めるというルールなら、納得を得られやすいですよね。試験も厳格に運用していて、ペーパー、グループディスカッション、最終面接と何重ものチェックを入れて合否を決めます。私が人事権を行使して指名して抜擢する方法ではおそらく3日も持たないでしょう。人事の情報開示こそが、男女共同参画を進めるポイントだと思います。

山田氏:民間企業でも管理職公募制度はそこまで普及していない中、非常に革新的ですね。これからの変化が楽しみです。

前田氏:試験が全てとは思いませんが、やはり何かを抜本的に変えるときには、全員が納得できる形を目指すべきだと思います。「40代の局長が58歳の部下を持つ」というような状況があちこちで起きるわけですから、組織を安定させるためには「信用を証明するライセンス」が必要。そのライセンス取得に挑戦するチャンスを男女共に公平に提供する。そんな方法がいいんじゃないかと考えています。

アキレス議長:私自身も10歳上の部下を持った経験がありますが、温厚な方で、メンターのように関わってくださったので、逆に教わることばかりでした。上司部下の逆転現象も、組織活性のきっかけになるかもしれませんね。

前田氏:おっしゃるとおりですよね。新人局長さんはそれぞれに苦労もあるようですが、悩みは共通です。人数が増えるにつれ、横のネットワークが生まれているようです。職種もいろいろですから、これから連携も生まれて面白い変化が起きてくるでしょう。

アキレス議長:まさに、縦割りの打破ですね。

前田氏:縦割りを壊すことは、個人のキャリアの多様性にとってもいい流れをつくるはずだと思っているんですよ。人間の能力にいろんな可能性がありますし、一度「こっちに行く」と決めたからと言ってずっと縛られる必要もない。専門性も大事ですが、縦が効きすぎると、せっかくの可能性を無駄にしてしまうんじゃないかなと。

山田氏:私は『映像の世紀』というドキュメンタリー番組が好きでよく拝見するのですが、最近もルース・ベイダー・ギンズバーグ(米連邦最高裁史上2人目の女性裁判官)を特集するなど、“女性の視点”を感じる番組が増えた印象があります。これも女性の管理職や局長が増えた影響でしょうか。


山田久氏
山田 久氏
男女共同参画推進連携会議議員
(株式会社日本総合研究所 副理事長)


前田氏:明らかにカルチャーは変わってきていると思いますよ。私は男ですから女性の考えを100%理解することはできないし、女性にとっての男性もそうでしょう。だから男女それぞれに違いを認め合い、考えを持ち合うことが大事です。よく「女性は感情的で」なんていうけれど、逆じゃないかな(笑)。個人的な感想ですが、女性は非常に冷静で現実的です。

アキレス議長:私もそう思います(笑)。ところで、6月に発表された「女性版骨太の方針2022」の印象はいかがでしたか。

今回は男女間賃金格差の開示が義務化された点が、「情報開示が重要だ」という会長のお話にも通じますね。また、男性が家庭・地域により積極的に参加することも推奨された点もポイントです。


※本方針は、女性活躍・男女共同参画の取組を加速するために、毎年6月をめどに政府決定し、
各府省の概算要求に反映するものです。詳しくはこちら
https://www.gender.go.jp/policy/sokushin/sokushin.html


前田氏:男性の育児参加の風景もかなり変わりましたね。昔は男性が育休を取るなんてあり得なかったけれど、昨年度の取得率は35%。2年前と比べて1.5倍です。ようやく本気になったというところですが、注意しなきゃいけないのは古い人間の精神論です。「俺の時代は」なんて言い出したら、若い人が萎縮しますからね。

アキレス議長:やはり精神論は根強いですか。

前田氏:根強いですね。なぜなら、いい番組を本気で作ろうと思ったら、やはりギリギリまで粘りますし、集中するものですから働く時間は長くなるわけです。しかし、それではいつまで経っても変わらない。抜本的な働き方改革に取り組むとともに、「急がば回れ」で根気強く意識改革をしないといけませんね。若いうちから学べる研修の機会を提供することが重要だと思っています。

アキレス議長:社会全体の男女共同参画に関してはいかがでしょうか。2003年に政府が「2020年までに女性の管理職比率を30%にする」という目標を掲げましたが、実際の到達度としては半分程度という状況です。

前田氏:数値目標はあったほうがいいですよね。なければ挑戦の行動が生まれませんから。当協会でも女性管理職比率の達成目標は年度ごとに設けています。そうして実際に女性の役職者が増えてくると、だんだんとそれが当たり前になってくる。「できっこない」と言われていた風景が、「まったく問題ない」と皆が思うようになる。そういう変化が起きるまで、トップが本気で取り組む姿勢を持たなければダメです。

アキレス議長:実際にそういう変化は起きていますか。

前田氏:最初は女性役員が1人誕生するだけで大騒ぎでしたけれど、今は12人中3人が女性。まったく遜色なく仕事をしていただいていますし、私も非常に頼りにしていますよ。そうやって組織の意思決定層で活躍する女性の姿を可視化することが、次の世代の目標にもなるはずです。

アキレス議長:可視化は大事ですね。女性役員は何かと注目されますし、悩みを一人で抱えることも多いと聞きます。ぜひサポートが得られる環境を整えていただければと思います。

前田氏:ただね、あまりにもサポートが必要となる人は選ぶべきではない、というのが基本的な私の考えです。厳正な試験をパスした人だけを登用する。もちろん、実際に何か壁に直面したときには相談しやすい雰囲気を作っておくことが大前提です。

アキレス議長:制度と風土、どちらも手当てしていくことが大事ですね。

前田氏:そうですね。公共メディアは「多様性の尊重」によって成り立つものです。社会にとって価値ある放送を目指すためにも、男女共に活躍できる環境づくりは必須だと考えています。これからも、改革に取り組んでいきます。

アキレス議長:楽しみにしております。本日はありがとうございました。

構成/宮本恵理子 撮影/竹井俊晴
インタビュー実施日:2022年7月14日

集合写真

内閣府男女共同参画局 Gender Equality Bureau Cabinet Office〒100-8914 東京都千代田区永田町1-6-1
電話番号 03-5253-2111(大代表)
法人番号:2000012010019