巻頭言
「あなたの横の性暴力の被害者」
ここ数年、性犯罪や性暴力についての社会の認識が変わりつつある。養育者から子どもへの性的虐待が、それほど珍しいものではないことを、今やかなり多くの人が知っているし、教員や保育士や医療関係者などの中には、職務上の力を利用して性的加害を繰り返し行う人がいることも、よく報道されている。政策でも子どもや若年者の性被害に焦点が当てられるようになった。
私が被害者のカウンセリングやPTSD治療を始めてから、もう四半世紀以上になる。最初に出会った性暴力の被害者の若い女性は、PTSDになっていて感情も感覚も麻痺してしまっていた。痛みが感じられないために交通事故にあっても、そのまま帰宅して、次の日に動けなくなって初めて、重症の頸椎捻挫だと診断されたりして、生活が大変そうだった。けれども感情がなくて淡々としているので、周りの人には被害の後遺症が重いとわかってもらえなかった。
淡々として見えても、性暴力の被害者には一生に影響を及ぼすような深刻な心身の症状が生じていることがあると、この時に思い知った。若年の被害者は特にそうである。苦痛があることが見えにくい。苦痛を感じないようにするために、また自分など価値がないと思ってしまうために、危険な行動や自暴自棄な行動をする人もいる。
今でも−当たり前だが−私が出会う被害者の症状は何も変わっていない。前と同じように感情や感覚の麻痺を抱えたPTSDの被害者に出会う。不思議なのは、社会の認識も対応も多少は変わったと思えるのに、この人たちが周囲に理解されていないことも、前と同じように見えることである。一番身近な人たちの理解はなかなか得られない。
性的被害に関する表面的な認識は変わっても、本当に身近なところで起きれば、「何か落ち度があったんじゃないか」「別に怪我もしてないし、つらそうじゃないし、嘘じゃないの」という感情的な偏見が頭をもたげるのかもしれない。性的被害はごく身近にある。身近な人の身近な被害が二次被害なく扱われるようになるためには、社会全体がもっと徹底的に変わる必要があるのだろう。あなたの横にいる被害者こそ、サポートの必要な人なのだ。
武蔵野大学副学長
小西聖子