「共同参画」2020年5月号

特集2

ジェンダー平等メディアの可能性
東京大学大学院情報学環教授 林 香里

1.文系花形職業の現在

 文系花形就職先であるメディア企業は、いまのところ圧倒的に男性優位だ。業界労働組合の調査でも、管理職にずらりと男性が占めている(表1、表2)。他方で、近年では新卒採用に女性が半分ほどを占めると聞く。たとえば、毎日新聞は、2015年、同社に男女半々17人ずつが新卒で入社したというコラムを載せた。実際、かなり以前から新卒レベルでの女性優位傾向は続いていたようで、2018年の東京医科大学による男子受験生への加点スキャンダルが表沙汰になるまでは、採用担当者たちは「女性のほうが優秀だからいかに男性にゲタを履かせるかに知恵を絞る」と半ば公言していたのだった。

 そういうわけで、メディア業界では、すでに「女性の問題」は解決済みとする空気も強い。いま採用される世代が40代、50代になれば、やがて「自然に」女性管理職が増えて、男性に偏重したメディアのあり方は変わるだろうというのだ。

 しかし、私は、この楽観的な意見に賛成しない。ここではその理由を述べるとともに、メディアの男性偏重傾向がこのまま「自然に」解決すると考えている態度こそ、現在のマスメディア・ジャーナリズムの危機的状況を端的に表していることを主張したい。

2.男性性を内包する「記者」の職業倫理

 世界でもメディア産業はいまだに男性中心の職業だ。少し古いが、2009年国際メディア女性財団の調査では、男女共同参画が進んでいる北欧諸国でさえ、役職が高くなるほど男性の比率が高くなる。たとえばノルウェーでは経営トップの女性の割合は30%をわずかに上回る程度だった。

 こうした「男高女低」には、メディアの歴史が深く関係している。メディア産業の主要事業である報道は、19世紀後半以降、帝国主義と科学技術の重なりの中で産業として発達していった。日本では、日清戦争、日露戦争を経て、現在の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞が、交通と印刷技術の発達とともに売上を伸ばし、新聞購読を社会に定着させていったことが知られている。帝国主義、戦争、商業主義-いずれも家父長制、男尊女卑、女性の商品化といった近代の女性差別と抱き合わせの歴史である。

 記者はまた、長らく社会の外側で、だれからも影響されない「孤高の人」を理想としてきた。余計な荷物を背負わず、報道による社会への影響を恐れず、いつでもどこでも取材に飛んでいき、次々とスクープを飛ばす記者-これが理想の記者像である。しかし、そういうことができるのは、家庭のこと、地域のことを心配しないですむ、一部の特権的エリート男性だ。生活世界での無責任さが、「よき記者」と「よき報道」をはぐくんできたことは否めない。

3.日本型年功序列・終身雇用制

 日本の場合、この職業倫理の上に、日本型年功序列・終身雇用制といった企業体質が加わる。共に過ごす時間量が出世の目安となるこの制度は、長時間労働を肯定する。介護や子育てを担う女性にとって圧倒的に不利である。

 さらに、こうした企業での職能訓練は社内教育が中心だ。企業の記者の場合、最初の数年は先輩について「鍛えられ」、そこで頭角を現した者が選抜されていく制度ができあがっている。ちなみに、多くの女性記者たちはこの「訓練」の時代に、社内と社外でセクハラ、あるいは性的暴行に遭っていることが、2020年に出版された『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋)で明らかになった。また、こうした社内訓練は、普遍的な職能より、先輩から社風に合ったローカルな職業倫理を叩き込まれる。したがって、長い時間と膨大なリソースをかけるわりに、体得する知識は転職に役立つような汎用性が育たない。

 年功序列・終身雇用制度の残る社風では、長時間労働を厭わず、うまく社の空気を読める人が重用される。メディア企業の人事担当者たちは、このような人事評価制度を「男女分け隔てなく」適用する。不平等な制度を平等に適用することは、一層不平等を拡大させることに気づかない。

4.問われるジャーナリズムのあり方

 このような職場で働く女性は、まじめな社員ほど、職業倫理や企業文化を内在化させていく。これまで、多くの研究では、メディア企業に女性の頭数が増えたからといって、メディアの内容が女性の権利を守るものにはつながらないという結果が明らかになっているが、その理由はまさにこうした歴史によって説明できる。

 ならば、希望はないのか。

 そうではない。しかし、改革は難しいことも確かだ。日本のメディアは、いま話題の働き方改革の実行はもとより、これまでの「記者」や「報道」のあり方そのものを組み替える必要がある。「報道の自由」はどこまで許されるのか。社会の「事実」は誰がつくり出しているのか。報道(情報)は誰のためにあるのか。これらの問いは、男性権力と責任の所在を明らかにしようとするフェミニズムの問いに重なる。メディアで働く人たちは、男性も女性も、こうした基本的なフェミニズム的視点を身に着けていかない限り、やがて社会との接点を失い、人々からはそっぽを向かれるだろう。「メディアにおけるジェンダー平等」というテーマはつまり、メディアがいかに社会と接点を持ち続け、存在意義を主張し続けることができるかという問いなのである。

表1 テレビ:在京・在阪 キー局・準キー局女性比率調査 (単位=%)
表1 テレビ:在京・在阪 キー局・準キー局女性比率調査
出典:2020年3月6日発表民放労連資料

表2 新聞:新聞社における女性割合調査
表2 新聞:新聞社における女性割合調査
出典:日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)資料

東京大学大学院情報学環教授 林香里さん
東京大学大学院情報学環教授
林 香里さん

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