連載
女性の経済的エンパワメント・各国の取組(10) 「好きの搾取」と賃金
立命館大学法学部 教授 大西 祥世
おいしいチョコレートが街中で売り出される季節になりました。近年は、女性も男性もがんばった自分へのご褒美としていろいろな種類を購入するようです。私の住まいの近くにはあちこちに和菓子屋がありますが、すてきなチョコレート専門店も多いので、予算を決めて毎年楽しんでいます。
職業は、人々にとって、生計の維持だけではなく、個性を発揮し、社会で役割を果たすという自己実現のために重要です。男女が心身ともに健康で豊かな生活をするためには、職務や働いた時間分の正当な賃金を得ることが不可欠です。女性の活躍促進には、女性の賃金アップと男女の賃金格差の解消がともなうことがカギとなります。「女性に、自由に好きなチョコを買える賃金と権限を」とアピールしたら「いいね!」となるでしょうか。ダイエットが気になるでしょうか。
世界中の多くの企業はすでに自主的に、社員の男女の賃金を平等にするよう取り組んでいます。イギリスは2010年に「同一賃金法」を定め、男女の賃金格差をなくすために政府と企業がタッグを組んでいます。ただし、なかなか縮まらないので、2016年12月に、業種別に男女の賃金格差が一覧できるウェブサイトを立ち上げました(注1)。最も差別的な業種は格差が45.4%(男性の賃金水準を100とした場合、女性は54.6となる)の建設監督者であることが一目瞭然になりました。
(注1)https://www.gov.uk/government/news/new-website-reveals-gender-pay-gap-by-profession
さらに、同法に新たに「男女賃金格差情報公開規則」が制定されて、2017年4月から、約8000社に対し、次の4つの男女別データを公表して「見える化」するよう義務づけます。
具体的には、(1)賃金の中央値、(2)賃金の平均値です。社内における低い賃金層と高い賃金層に男女の社員がどのくらい分布しているのかを明らかにします。(3)賃金構造における男女の分布です。女性の活躍が進んでいない領域を明らかにします。(4)ボーナスの賃金格差です。
イギリスの賃金格差は、1997年の27.5%から2016年には18.1%(注2)と圧縮し、かなり改善されました。実際に、1999年と2016年の年間収入額を比較すると、男性の1.54倍に比べて、女性は1.7倍に伸びました(注3)。しかし、同国は、依然として賃金格差が大きな要因は、女性が家庭責任をより多く担うために有償労働の時間が短くなり、かつ、その能力が発揮されず、昇進せず、仕事で十分に活躍できないからであると分析しています。
(注2)http://visual.ons.gov.uk/the-gender-pay-gap-what-is-it-and-what-affects-it/
(注3)Office for National Statistics, Annual Survey of Hours and Earnings: 2016 provisional results.
賃金格差がなくなって女性が活躍した分が賃金に反映されれば、2025年までに、GDPが1500億ポンド(約210兆円)、女性の雇用が84万人増えるという試算から、国の経済成長戦略としても企業のビジネスチャンスとしても、最も重要な課題と位置づけられました。日本における賃金格差は27.8%(注4)ですので、本格的に取り組めば、より大きな効果が期待できます。
(注4)内閣府『男女共同参画白書 平成28年版』(2016年)。
2016年秋に大ヒットしたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」では、恋愛や働き方のさまざまなかたちが描かれていました。家事を代行業者が行えば有償になり、妻が行えば無償になるのは「好きの搾取」だといわれました。
日本では長時間労働やサービス残業も深刻です。社員の「仕事好き」や「会社好き」を搾取するビジネスのあり方は持続しません。2017年は大きな変化と、仕事でも家庭でも「好き」が正しく報われる年になることを期待します。
- おおにし・さちよ/立命館大学法学部教授。博士(法学)。専門:憲法、ジェンダーと法・政策、議会法。国連「女性のエンパワメント原則」リーダーシップグループメンバーとして活動。主著:『女性と憲法の構造』(信山社、2006年)、「国連・企業・政府の協働による国際人権保障」国際人権27号(2016年)、「『政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない』の保障」立命館法学355号(2015年)等。