連載 その1
女性の経済的エンパワメント・各国の取組(9) バリアを破る教育・研修
立命館大学法学部 教授 大西 祥世
東京大学は2017年度から、地方出身の女子学生100人に、一定の条件はありますが1か月3万円の家賃補助を行うと発表しました。最近、女子高校生が選ぶ進学先は地元志向が強くなっています。そこで同大学は、2016年度から開始した推薦入試の受験枠を、共学校からは男女1人ずつ・最大2人までとするなど、さまざまな地域からの女性の入学者を増やして、異なる背景をもった多様な学生が切磋琢磨して学び合える環境を実現しようと意欲的に取り組んでいます。家賃補助はそうした施策の一環です。
女性の活躍促進を重視した教育や研修は、大学だけではなく、企業活動の活性化をもたらします。今日ではとくにICTや理工系分野(STEM)の女性への積極的な教育機会の提供がビジネスチャンスを大きく広げるために不可欠とされています。
イギリスにある世界最大の携帯電話事業会社は、エジプトでの取組の経験から、2020年までに世界中で720万人の非識字の女性を対象に、スマートフォンなどを用いた教育を行えば、女性の識字率は1.2%上昇し、アプリなどの技術を習得した女性の雇用が増えて、結果として3億4千万ドルの収益をもたらすと試算しました(注1)。事業規模も利益額も壮大です。
(注1)Vodafone, Connected Women, 2014.
アメリカのある食品メーカーは、原料調達先のインドの最貧州で現地のNGOと連携して、水害が発生しやすい地域での小規模農家の女性への教育・研修を行っています(注2)。5年間で、初等教育を受ける機会も農業の生産技術を習得する機会も十分になかった女性1万5千人を対象に、単なる生産指導を超えて、気候変動の影響を学び水害発生の要因を理解した上で適切に対処する能力を身につける教育の後に農業技術研修を行いました。加えて、収入を管理し、貯蓄を増やすための経営研修も実施しました。
(注2)Kellogg Company, 2015 Year-End Sustainability Milestones, 2015.
その結果、農業の生産性が上がり、それまで主に男性が担っていた生産から販売までの経営管理に女性も関与するようになりました。女性たちはさらにスキルアップして同社のバリューチェーンの担い手に力強く成長し、彼女たちを補佐する男性も現れました。日本の「農業の6次産業化」の取組と似ています。
ただ、教育や研修によって女性の潜在力に自らも周りも気づいて、経済的なエンパワメントを実現するにはさらに工夫が必要です。学生のレポートや社員の企画立案を評価する実験では、作成者を隠した匿名の場合は同等の評価を得たのに、そこに仮の名前を付けてみると、男性名では高く評価され、女性名では低くなる傾向があります。学問やビジネスは男性が担いリードするものだという思い込みが結果に影響しています。このような無意識のバイアスは怖いもので、それを自覚して改善しようとする研修プログラム(注3)が多くの企業で活用されています。
(注3)たとえば、https://businessiats.diverseo.com/en/12
女性の学生や社員に特化した教育や研修は、男性への逆差別だとする意見はなお根強くありますが、それはちがいます。伸びしろの大きな女性に重点を置くことで、これまで見えなかったバリア(障壁)を打ち破り、男女ともに多様な能力を存分に発揮できる社会にする取組と理解できます。学校や企業による人的投資です。女性が活躍すると男性の機会を奪うのではなく、男性社員の一層の活躍促進につながるビジネス・モデルの開発が急がれます。
- おおにし・さちよ/立命館大学法学部教授。博士(法学)。専門:憲法、ジェンダーと法・政策、議会法。国連「女性のエンパワメント原則」リーダーシップグループメンバーとして活動。主著:『女性と憲法の構造』(信山社、2006年)、「国連・企業・政府の協働による国際人権保障」国際人権27号(2016年)、「『政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない』の保障」立命館法学355号(2015年)等。