「共同参画」2016年10月号
連載
女性の経済的エンパワメント・各国の取組(6) 女性取締役を3割超に
立命館大学法学部 教授 大西 祥世
2010年ごろから、世界的(注1)にも日本(注2)でも、上場企業で取締役の女性比率が10%を超えると業績が向上することが次々と明らかになりました。業績の向上に腐心した各地の企業が積み重ねてきた工夫の効果が証明されたうれしいニュースです。
(注1) Credit Suisse, The CS Gender 3000: Women in Senior Management, 2014.
(注2) 伊藤正晴「ESGポートフォリオのリターン分析(1)」DIR ESGレポート(2015年2月6日)。
世界の証券取引所もこの分析に注目して、企業が中長期的な利益を得るためには女性の取締役が経営により多く、深くかかわることが大事だと考えるようになっています。主要国の市場では、上場企業は取締役の性別や国籍などの多様性確保に配慮し、その方針、目標や進捗状況をコーポレート・ガバナンス報告書で情報開示することがほぼ標準化されています。2010年以降に急速に世界各地の証券取引所に広がって、日本では2015年に導入されました。
こうした企業や証券取引所の動きと連動して、各国の政府も上場企業や大企業に取締役の女性の割合を増やすように促す政策を採用しています。取締役を誰にするかは企業の自由ですが、経営のトップクラスに女性が多くいればその企業の女性社員の活躍が推進されますし、企業の業績向上は国の経済成長にも好影響が期待されます。ヨーロッパ各国では、法律により、一定の規模の株式会社や上場企業に対して、取締役など企業の政策方針決定を行うポジションの30~40%に女性を任命するように求めています(注3)。ポジティブ・アクションの一つですが、「クオータ(割当)制」と呼ばれています。
(注3) http://www.gender.go.jp/kaigi/renkei/team/WEPs/pdf/h280802_weps02_3-2.pdf
もし企業が法定の割合以上に女性を登用できない場合、制裁がある国とない国があります。いち早くクオータ制を導入したノルウェーでは、裁判所で法人登記が取り消される可能性があり、制裁はかなり厳しいといえます。企業の取締役における女性の割合は、2003年は6%でしたが、2010年は44%と大幅に上昇しました。ただしそれ以降は若干下がっています。フランスやベルギーでは、取締役の報酬の支払いが停止されます。
他方、「遵守か説明か」ルールが適用されるオランダなどでは、企業には法律を守ることが当然求められますが、違反しても直接の制裁はありません。ただ、もし実行できなかった場合は、その理由を説明しなければなりません。各国のクオータ制の強制力の度合いは異なりますが、導入された国では取締役の女性割合が大幅に増えており(注4)、国が法律で定めて企業の努力を後押しする効果の大きさがわかります。
(注4) 各国の進捗状況(2015年10月現在・筆者の調査による)
ところで、各国の目標値をみるといずれも30%以上であることに気づきます。取締役の女性比率30%は多様性が尊重される企業文化をつくる基準となる数値です。この目標値は「クリティカル・マス」と呼ばれ、1990年の「国連ナイロビ将来戦略勧告」によって世界的に妥当なものだと確認されました。目標値がこの基準に達しない企業や市場も世界にはまだ多くあります。もちろん、10%でも20%でもそれなりの効果は生まれるのですが、女性の役員、管理職、社員が存分に力を発揮して活躍できる企業文化を真剣に作り出すには「クリティカル・マス」の考え方を企業経営の知恵にすることが重要です。
世界にはすでに30%超の目標に達していきいきとしている企業もあれば、トップが企業間の壁を越えて一緒に実現をめざす例もあります。改めてご紹介したいと思います。
- おおにし・さちよ/立命館大学法学部教授。博士(法学)。専門:憲法、ジェンダーと法・政策、議会法。国連「女性のエンパワメント原則」リーダーシップグループメンバーとして活動。主著:『女性と憲法の構造』(信山社、2006年)、「国連・企業・政府の協働による国際人権保障」国際人権27号(2016年刊行予定)、「『政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない』の保障」立命館法学355号(2015年)等。