「共同参画」2016年6月号
連載 その1
女性の経済的エンパワメント・各国の取組(2) サッカーの持つ力
立命館大学法学部・教授 大西 祥世
日本サッカー協会は2016年4月末に、高倉麻子氏が日本女子代表チームの新監督に就任することを発表しました。実際に指揮をとる同年6月以降の試合がとても楽しみです。
同協会の田嶋幸三会長は「新監督は外国人でも男性でもよかったのですが、高倉さんはなでしこジャパンを勝たせることができる可能性が一番高く、これまで素晴らしい実績を残してきたことが今回の就任に繋がっています」(注1)と述べました。これまでの慣習にとらわれず、もっともふさわしい人がリーダーに選ばれた、新緑のように清々しいニュースです。
(注1) http://www.jfa.jp/news/00009648/
世界的にみると、女子サッカーには、経済的・政治的に女性をエンパワーする取組の象徴という一面があります。前号につづいてスポーツの話題ですが、日本ではこうした意義や歴史的経緯が語られることが少ないように思われますので、若干紹介したいと思います。
かつて、女性は自由にサッカーをすることができませんでした。映画「ベッカムに恋して」(2002年制作)の舞台英国では、1921年に英国フットボール協会が、女性にサッカーは不向きで奨励すべきではないとして、女性が同協会に所属するクラブチームのピッチに立つことを禁止しました。これは、1971年に禁止令が解かれるまで50年間続きました(注2)。
(注2) http://www.thefa.com/womens-girls-football/history
女性はサッカーに不向きとされた主な理由は、女性が髪を振り乱し太ももを露わにしてボールを追って走り回るのははしたないとか、サッカーは女性にとって不道徳であり、女性の健康に悪影響を及ぼす、といったものでした。同映画の主人公もこの社会通念のカベに直面して悩みながら成長していきます。このように、女性がサッカーで生き生きと試合をすることは偏見を克服する有力なツールとなります。女性が男性と同様に自由にスポーツを楽しんで、その能力を発揮することの大切さを教えてくれます。国際サッカー連盟(FIFA)は新しい視点からの組織・運営の変革を目指し、2016年5月に、国連等で豊富なキャリアを持つセネガル出身女性のファトマ・サムラ氏を、新しい事務局長に起用すると発表しました(注3)。
(注3) http://www.fifa.com/about-fifa/news/y=2016/m=5/news=fatma-samba-diouf-samoura-appointed-fifa-secretary-general-2790885.html
女性が女性のチームを指導するという枠組みを超えて、男性のチームのリーダーとしても適任の女性がいることが実証されてきています。過去7大会のラグビーワールドカップを通じてわずか1勝しかできなかった日本男子代表チームは、2015年秋に開催された第8回イングランド大会では3勝をあげました。なかでも南アフリカとの接戦の末の勝利はどきどきする展開でした。選手たちが、2012年7月から同チームのメンタルコーチを務めた荒木香織氏(当時)の指導やコンサルテーションを信頼して練習に取り組み、それぞれの力を試合で発揮できたことが、あの大活躍につながったようです。
このように、個性豊かな選手とすばらしい指導者がそれぞれ協働することによって活躍する姿は、チームとしての力やプレースタイルによって大きな成果と心のつながりをもたらすことを、広く伝えてくれます。サッカー日本女子代表チームが今期オリンピック大会予選敗退の逆境を乗り越えてもう一度輝くことが、経済的・政治的な女性のエンパワメントとともに、これからの熊本地震からの復興に向けて大きな力になることを期待したいと思います。
- おおにし・さちよ/立命館大学法学部教授。博士(法学)。専門:憲法、ジェンダーと法・政策、議会法。国連「女性のエンパワメント原則」リーダーシップグループメンバーとして活動。主著:『女性と憲法の構造』(信山社、2006年)、「国連・企業・政府の協働による国際人権保障」国際人権27号(2016年刊行予定)、「『政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない』の保障」立命館法学355号(2015年)等。