「共同参画」2016年5月号

「共同参画」2016年5月号

連載

女性の経済的エンパワメント・各国の取組(1) 東京2020大会への期待
立命館大学法学部・教授 大西 祥世

ブラジル・リオデジャネイロでのオリンピック・パラリンピック競技大会の開催が近づいてきました。出場が決まった選手の満面の笑顔や、緊張感で引き締まった表情が印象的です。各選手の活躍が期待されます。

また、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、「東京2020大会」といいます)も、開催に向けて準備が進んでいます。先日にはエンブレムが決まりました。全国各地で、参加選手の事前合宿の誘致や、地域産品の売り込みの活動等も熱心です。こうした地域経済の活性化の面が注目されていますが、人権や多様性(ダイバーシティ)の推進の面からの効果も期待されています。この連載も、同大会に関する物品やサービスの調達と、女性の経済的エンパワメントでスタートしたいと思います。

東京2020大会を持続可能な大会とするため、組織委員会は、「持続可能性に配慮した運営計画」1を策定しました。大会運営や取引に関連する企業や団体はこの方針に沿うことが必要です。環境への配慮等とともに、オリンピック史上初めてすべての国・地域から女性の選手が参加できる大会となった2012年のロンドン大会以降、人権や多様性の推進に関する取組について企業等に説明を求める方針が毎回採用されています。

1 https://tokyo2020.jp/jp/games/sustainability/

具体的には、物品やサービスの調達の際、サプライヤーやライセンシーは、(1)製造・流通過程において、【1】人種、国籍、宗教、性別、性的指向、障がいの有無等による差別やハラスメントが排除されていること、【2】強制労働や児童労働がなく、安全・衛生が確保されており、労働者の諸権利が法令に照らして確保されていること、また、(2)許認可・製造・流通等の過程において、贈賄等の腐敗行為、ダンピングといった不公正な取引が無いこと、等を説明することが求められます。

これは「サプライチェーン・マネジメント」と呼ばれている取組です。ビジネスによって人権や環境に配慮した社会を実現しようという試みです。たとえば、ある世界的な衣料品メーカーでは、取引先の縫製工場で働いている女性の工員の健康を支援することで、安心・安全な労働環境を整えています。また、工場がある地域の女性にICTのスキルを研修し、その女性たちが身につけたスキルをいかして高賃金の労働へ従事することで自社製品の購買層を拡大しています。

グローバルな多国籍企業だけでなく、地域の中小企業まで広く関連します。ジェンダーの視点からは企業自らが女性の経営者や起業家の製品やサービスを購入してそのビジネスを支援したり、取引先に対して社員の採用者や管理職における男女のバランスの良さや、女性活躍推進に関する計画策定と進捗状況の公表を求めたり、取引相手の接待に性産業を利用しない方針を定めたりすること等が含まれます。東京2020大会をきっかけに、このような企業力も女性の経済力もアップするような取組がさらに盛んになるのではと、今からわくわくします。

大会のエンブレムはオリンピックとパラリンピックの調和が理解しやすくなっている素敵なデザインです。ここに、もう一つ加えれば、オリンピック憲章2が示すようなさまざまな多様性の尊重と調和が実現すると、より一層輝きが増すように思います。

2 国際オリンピック委員会が策定。2015年8月以降の最新版は、「オリンピズムの根本原則」として、「スポーツをすることは人権の一つであ」り、「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく」権利や自由が確実に享受されなければならない、と定めています。

執筆者写真
おおにし・さちよ/立命館大学法学部教授。博士(法学)。専門:憲法、ジェンダーと法・政策、議会法。国連「女性のエンパワメント原則」リーダーシップグループメンバーとして活動。主著:『女性と憲法の構造』(信山社、2006年)、「国連・企業・政府の協働による国際人権保障」国際人権27号(2016年刊行予定)、「『政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない』の保障」立命館法学355号(2015年)等。