「共同参画」2016年2月号

「共同参画」2016年2月号

連載

NATOでの勤務 (10)
NATO事務総長特別代表(女性、平和、安全保障担当)補佐官 栗田 千寿

生後6カ月の乳児へのレイプ―「紛争に起因する性的暴力」、今回はこの重いテーマに触れます。

この衝撃的な現実は、2013年4月、バングーラ紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表が安全保障理事会で報告したもの。紛争影響国コンゴ民主共和国での出来事です。

紛争下の性的暴力は古今東西珍しくはありませんが、国際社会はこれを看過できないほど悲惨な状況に直面してきました。まだ10歳の娘が目の前でレイプされる様子になすすべもない父親。母親や姉妹に対する暴力を見つめる子ども。女性や女児だけでなく、男性や男児も被害者となります。長く続く後遺症とともに、恥辱や絶望、男性被害者は時に同性愛者と周囲から白眼視されるという幾重もの痛みが被害者を苦しめます。

紛争下での性的暴力には、レイプ、虐待、拷問等の様々な暴力が関連する場合も多くあり、敵性勢力へのダメージ付与を目的とした「兵器としてのレイプ」の組織性や残虐性とともに、最近では被害者の低年齢化も報告されています。

こうした紛争下の性的暴力は、国際人道法及び国際人権法に違反する犯罪として、適切に訴追され裁かれなければなりません。

NATOは人権意識の高い欧米の組織らしく、この課題に取組む職員は一様に現状に怒り、一日も早い改善を求めています。とはいえ、スピーチ等で訴えるだけではなく、NATOは加盟国の集団防衛機構としての組織目的に合致するよう着実な取組を行っています。

その取組の中心は、国連安保理決議第1325号「女性・平和・安全保障」の履行。同決議の3本柱は「予防」・「保護」・「参画」。以下、「紛争下の性的暴力」への対応に焦点を当て、NATOの具体的な活動に触れます。

まず「予防」として、性的暴力を未然に防ぐべく、当該紛争影響国における治安部門の強化等を通じた治安改善の支援を行っています。例えばアフガニスタンにおける女性の警察官や軍人の増加、教育訓練の支援はNATOにとって重視事項の一つです。警察や軍といった治安部門に女性が増加すると、地域の巡回等を通じて現地社会の男女のニーズを拾いやすくなり、性的暴力の状況の監視や報告体制の強化につながり、「予防」に有効とされています。

次に「保護」。紛争の影響は男女により異なり、例えば居住地を追われた難民はキャンプなどでの生活上、女性がより脆弱で被害を受けやすいことや、女性は水汲みや市場への買い物等の道中でのリスクが高いことから、NATO派遣部隊はジェンダー視点に基づき、人権・人道上のリスク排除に留意した巡回や監視に努めています。また、緊急性の高い場面では、例えば性的暴力の被害者の急患としての搬送等が期待されています。

最後に「参画」。これは平和構築のプロセスに女性の参画を促進する支援です。NATOはアフガニスタン政府等への協力を通じ、政治への女性の参画や政府機関への女性の増加等を支援する活動を行っています。

紛争下における性的暴力の撲滅は、恒久的な平和の達成のため、NATOにとっても喫緊の課題なのです。

(本寄稿は個人の見解によるものです)


WAW!における岸田外務大臣とバングーラ紛争下の性的暴力担当国連事務総長特別代表(出典:外務省ホームページ)


NATO派遣部隊によるアフガニスタン兵士の訓練(出典:NATOホームページ)


執筆者写真
くりた・ちず/同志社大卒業後、平成9年陸上自衛隊入隊。第5高射特科群(八戸)、第2高射特科群第336高射中隊長(松戸)、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)軍事連絡要員、統合幕僚監部防衛計画部防衛課防衛交流班等を経て、平成26年12月よりNATO勤務。