「共同参画」2016年1月号

「共同参画」2016年1月号

連載 その1

NATOでの勤務 (9)
NATO事務総長特別代表(女性、平和、安全保障担当)補佐官 栗田 千寿

「現代の紛争では、兵士であるよりも女性である方が危険である」~10月国連本部で開催された国連安保理決議第1325号に係る会合でのバーシュボウNATO事務次長の言葉。

決議第1325号「女性・平和・安全保障」決議は、紛争地での性的暴力の問題に対して国際社会の注意を喚起し、対策を迫る契機になりました。また、女性を紛争の犠牲者として保護の対象と見なすだけではなく、女性が平和の創造者として積極的に平和維持・構築の過程に参加できる社会を目指しています。

さて今回は、NATOの活動における「ジェンダー視点の反映」について紹介します。

「ジェンダー視点」とは?その前に「安全保障とジェンダー」について考えてみましょう。

人間の安全保障の観点から考える時、紛争のリスクは男性・女性それぞれに異なると言われます。例えば、男性には戦闘員として動員され死傷するリスクがより高く、女性には性的暴力・搾取や貧困のリスク等がより高いというように、当該社会において求められる役割等に基づき、異なる脆弱性が指摘されています。これは、安全保障を達成するためのニーズがジェンダーにより異なるということでもあります。

冒頭で引用したとおり、紛争地では一般に女性がより脆弱で、したがって女性に対してはまず性的暴力等からの保護、そして平和プロセスへの参加につながるエンパワーメント等が求められています。また、男性には男性のニーズに応じたサポートが必要です。例えば、男性は戦闘員になる機会がより多いため、紛争後は武装解除や社会復帰に関するニーズがより大きいと言えるでしょう。

ここで有効なのが「ジェンダー視点」。これは「ジェンダーレンズ」と例えられることもあります。つまり、紛争地で安全保障の改善のためにサポートする側は、前述のようなジェンダーに関する知識が不可欠で、かつこのレンズを通して事象を見ることで、より的確な活動ができるということです。しかもこれは知識と着意さえあれば、簡単に装着できる便利な物なのです。

ここで強調したいのは、これを「女性の視点」と考えてはならないこと。「ジェンダー」は女性だけの課題ではありませんし、安全保障上は男性にもリスクがあるのは前述のとおりです。何より「ジェンダー視点」は男性も女性も簡単に使えるツール。

NATOはこれらを踏まえ、本部レベルの1325号履行に係る「政策」及び「行動計画」の他、隷下の戦略コマンドレベルにおいても「NATOコマンド組織への1325号とジェンダー視点の統合(BI-SC Directive 40-1)」という指示文書を整備し、NATOの全活動における「ジェンダー視点の反映」を推進しています。一般に軍事作戦では、情勢分析、計画の策定、実行等のプロセスが求められますが、NATOではこれら全てにジェンダー視点を反映させるため、具体的な手順や要領を逐次整備しています。理念を履行につなげるNATOの実効的な取組みは多国間枠組みの知恵。多くの加盟国や関係国がこの分野でNATOから学ぼうとしています。

(本寄稿は個人の見解によるものです)


(NATOの「ジェンダー・フィールド・アドバイザー課程」の様子)


(元コンゴ民主共和国国連PKO東部司令官カマート退役少将と筆者)


(「国連PKO女性軍事要員特別課程」に参加した各国軍人と筆者)


執筆者写真
くりた・ちず/同志社大卒業後、平成9年陸上自衛隊入隊。第5高射特科群(八戸)、第2高射特科群第336高射中隊長(松戸)、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)軍事連絡要員、統合幕僚監部防衛計画部防衛課防衛交流班等を経て、平成26年12月よりNATO勤務。