「共同参画」2014年 11月号

「共同参画」2014年 11月号

連載 その2

男女共同参画 全国の現場から(7) 後を継ぐ女性
地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員 藻谷 浩介

昔の鉄道会社には「車掌や運転手は男性に限る」という内規があったそうだ。車掌にも運転手にも、若い女性がうんと増えた今になってみると、その内規がいかなる根拠に基づいたものだったのかわからない。昔は牢固としてあった、「鉄道は男の世界だ」とか、「女には車掌や運転手は勤まらない」という社内通念、いや社会通念は、ここ10数年ほどの間にどこかへ消えてしまった。通念というのはそんなもので、広まっている間はまるで独裁者のように人を支配するが、なくなるときはするするするっと頭の中から消えてしまう。

これと対照的に、一昔前と比べてまったく変わっていないものが、企業や役所や諸団体のトップや幹部の性別だ。上に行くほど男ばかり。「トップや幹部は男性に限る」という内規があるわけではあるまいが、「当社は男の世界だ」とか、「女には幹部は勤まらない」というような、組織内通念が強く存在しているのだろう。いやもう少し正確に表現したい。「深夜残業を厭わず働く者だけが幹部になれる」とか、「肝心なときに休みをとっていたような人物は昇進させない」などの通念が、誰が決めたのでもなく、従って誰が廃止することもなく、組織構成員の頭にこびりついているのではないだろうか。その通念が、子供を持つ女性や、仕事以上に家族を大事にするタイプの男性が幹部になる可能性を、摘み取ってしまう。

「それは仕方ないのではないか」とお考えの方。よくある「日本の常識=世界の非常識」に囚われていないか。海外の企業や公共体の幹部には、どうして女性の数がずっと多いのか。彼女たちはどうして、幹部やトップになっていくだけのキャリアを積むことができたのか。長時間労働が昇進の条件にはなっていない、休みを取らない自己犠牲が評価されるのでもない、精神論ではなく仕事の内容重視の成果指標を持つ組織に属しているからだろう。日本的なやり方がそんなに優れているのならば、日本の世界での存在感はどんどん高まるところだが、実際はそうではないことを素直に反省すべきではないか。改めるべきは、日本の組織文化の方である。

だが日本にも例外がある。数として多いのは同族企業を経営者として継いだ女性だ。この夏から秋にかけて、佐渡、天草、静岡で、立て続けにそんな方々にお会いした。佐渡では、朱鷺の舞う地元の田んぼでできた米を使って日本酒を造りながら、世界に販路を開拓している人。天草では、県内最大級の重度心身障害児養護施設兼老人福祉施設の経営を、創業者である父から継ごうとしている人。静岡では、富士山とともに世界文化遺産になった三保の松原の保全活用を、多年にわたって進めている旅館経営者。いずれも経営者として精勤するだけでなく、地元の良さを周囲に先んじて理解し、周りを巻き込んでそれを磨き上げる努力を続けている。組織の内側だけでなく周囲にも、そして次世代にも目を向けるその視野の広がりは、多くの男性こそ学ぶべきものだろう。

企業・役所・諸団体のトップや幹部に、女性を意図的に増やす取組みこそ、逼塞する日本の現状を前向きに変えていくトリガーになるものだと、筆者はじめ現場から発想する者たちは確信している。

藻谷浩介 地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員
もたに・こうすけ/地域エコノミスト。日本政策投資銀行を経て現在、(株)日本総合研究所主席研究員。平成合併前3,200市町村をすべて訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興や人口成熟問題に関し精力的に執筆、講演を行う。政府関係の公職を歴任し、現在、男女共同参画会議専門委員。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」「しなやかな日本列島のつくりかた」等がある。