「共同参画」2014年 11月号

「共同参画」2014年 11月号

特集1

女性に対する暴力の根絶に向けた取組みについて
内閣府 男女共同参画局推進課 暴力対策推進室

11月12日〜25日は「女性に対する暴力をなくす運動」期間です。今回は、女性に対する暴力の根絶に向けた政府の様々な取組と、世界的なヴァイオリニストで国連のピース・メッセンジャーでもある五嶋みどりさんへのインタビューをご紹介します。

女性に対する暴力をなくす運動

配偶者等からの暴力、性犯罪、人身取引、セクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為等の女性に対する暴力は、女性の人権を著しく侵害するものであり、男女共同参画社会を形成していく上で克服すべき重要な課題です。

政府では、毎年11月12日〜25日までの2週間を「女性に対する暴力をなくす運動」期間とし、地方公共団体や関係団体等との連携・協力の下、社会の意識啓発など、女性に対する暴力の問題に関する取組の一層の強化を図っています。

運動期間の初日である11月12日には、東京タワーを運動のシンボルカラーである紫色にライトアップし、女性に対する暴力の根絶と、被害者からの相談を呼びかけます。

また、毎年、広報啓発活動のひとつとしてポスター及びリーフレットを作成し、関係機関や地方公共団体等に配布しています。今年は特に若年層における暴力の問題について知っていただくことをテーマとし、昨年に引き続き、漫画家の西原理恵子さんの「毎日かあさん」のイラストを起用し作成しました。

平成26年度女性に対する暴力をなくす運動ポスター


配偶者暴力防止法の改正

平成25年6月には「配偶者暴力防止法」が改正され、配偶者間における暴力と同様、外部からの発見・介入が困難で、継続的になりやすいとされる生活の本拠を共にする交際相手からの暴力やその被害者についても法が準用されることとなり、これまで配偶者からの暴力のみを対象としていた裁判所の保護命令の対象が拡大されました。

交際相手からの暴力被害

また、内閣府の調査では、10歳代から20歳代の頃に「交際相手がいた(いる)」という人で、当時の交際相手から被害を受けたことが「あった」と回答した人は、女性13.7%、男性5.8%、全体では10.1%であり、(図1)、特に若い世代における被害が多い傾向にあります。(図2)

こうした状況を踏まえ、政府においてはとりわけ若い世代の人たちが将来において暴力の加害者にも被害者にもならない社会環境を形成していくため、予防啓発などを進めています。


図1

図2


内閣府男女共同参画局のホームページでは、ここで紹介した以外にも様々なデータや、全国各地のライトアップ情報、運動期間中に地方公共団体が行う取組について掲載しています。詳しくは下記URLからご覧ください。

http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/index.html


スペシャルインタビュー

世界では3人に1人の女性が暴力的虐待を受けています。
何よりも大切なのは、そうした事実を「知る」ということです。

五嶋 みどり
ヴァイオリニスト
国連ピース・メッセンジャー

聞き手 水本 圭祐
みずもと・けいすけ/
内閣府男女共同参画局推進課暴力対策推進室長
取材協力:サントリーホール

─五嶋さんはヴァイオリニストとして世界的にご活躍されていらっしゃいますが、その一方で様々な形で社会貢献をされています。社会貢献をしようと思ったきっかけとその活動内容について教えていただけますか?

(五嶋)具体的なきっかけがあって始めたというよりも、自分の中でやりたいと思っていたこと、必要だなと感じたことを本当に自然な流れで始めました。それが結果的に社会貢献活動と言われる活動だったということでしょうか。私の大好きな音楽を単に「広める」ことが目的ではなく、普段芸術に触れる機会の少ない人々と本物の芸術を通じて喜びをシェアしたい。そういう機会が少ない人というと、子どもの占める割合が高く、子どもたちにフォーカスした財団をアメリカで立ち上げました。それが『Midori&Friends』で、日本にはその東京オフィスとして『みどり教育財団』を立ち上げ、2002年からは日本の実情に合わせた活動ができるようにNPO『ミュージック・シェアリング』として活動を続けてきています。

日本では『ミュージック・シェアリング』での活動がメインですので、子どもたちのための活動に長く携わっているというイメージかもしれませんが、個人的には子どもたちに限っているわけではなく、海外では大人を対象としたプログラムも行っています。それぞれのプログラムにはミッションがありますし、こうした活動はそのときどきの社会のニーズを汲み取ってプログラムに反映させることが必要で、ミッションから外れた活動は行えないので、日本では子どもが対象のプログラムになってしまいますね。現在は3つのNPO(日本の『ミュージック・シェアリング』とアメリカの『Midori&Friends』と『Partners in Performance』)を通じて活動を行っています。そのほかにも教育プログラム(『ORP(Orchestra Residencies Program)』)も行っていますし、2007年からは国連ピース・メッセンジャーも務めておりますので、最近は国連とコラボをする形での活動も増えてきました。

─日本出身で唯一の国連のピース・メッセンジャーということですが、その活動内容について教えていただけますか?

(五嶋)国連が掲げるミレニアム・ゴール(ミレニアム開発目標)達成のための一助となるべく、潘基文国連事務総長から国連ピース・メッセンジャーに任命されました。でも、具体的な活動内容が定められているわけではありません。私が普段からコミュニティーの一員として続けている活動を日米に限らず世界に広げていくことで、国連の掲げるミレニアム・ゴールが注目を浴び、一人でも多くの方が、地球全体で抱えている様々な問題に目を向けてもらえるよう努力することが私の国連ピース・メッセンジャーとしての役割です。私は演奏家ですから、「音楽」を含む文化全般を通じた活動になりますが、ただ演奏を聴いてもらって何かを訴えるのではなく、目の前で起こっていることですら見過ごしていることを提起し、その問題を考えるきっかけを作ることで、解決に向けて何らかの形で賛同しようとの気持ちが芽生えてくれればいいなと常に思っています。アメリカで行っているORPの活動でユース・オーケストラのメンバーと環境問題について自分たちに何ができるかを一緒に考えたり、ミュージック・シェアリングのICEPで訪れたアジアの国の子どもたちの現状を日本の子どもたちに伝えたり、色々な活動をしております。特に最近では、子どもを取り巻く状況と環境、女性と子どもの健康の実現に向けたグローバル戦略(Every Woman Every Child)、ドメスティックバイオレンス、障害者関係に対するキャンペーンなどに参加しています。「国連」の存在自体は広く知られていますが、残念ながら一般の人にとっては必ずしも「身近な存在」ではないのかもしれないと感じることが多いので、国連広報センターとも協力して、国連の活動そのものや国連ピース・メッセンジャーの役割なども、もっと一般にアピールしていきたいと思っています。

ミレニアム・ゴール:開発分野における国際社会共通の目標で、極度の貧困と飢餓の撲滅など、2015年までに達成すべき8つの目標を掲げている。

─今年度「すべての女性と子どもへの暴力の根絶」について世界に向けてメッセージを発信されていますが、その内容と想いを教えていただけますか?

(五嶋)「すべての女性と子どもへの暴力根絶」というテーマは、国連のミレニアム・ゴールの一つで「ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上」を目標として国連でも常々力を入れてきた課題の一つです。特に国連は11月25日の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」から12月10日の「人権デー」までの16日間を、女性に対する暴力を根絶するためのキャンペーン期間と定めています。最近私は、今年のキャンペーン用にビデオメッセージを撮影し、発信しました。「女性に対する暴力」の問題に限ったことではありませんが、国、地域、文化、教育レベルの違いによって、境遇が異なっても、何よりも大切なのは、「知ること」だと思います。世界では3人に一人の女性が暴力的虐待を受けているという事実を、他人事とは思わずに、直視して、虐待撲滅、被害者救済に、団結して活動していくことを呼びかけました。

─単純に暴力といっても、身体に対するものだけでなく、精神的や性的、経済的な暴力など様々な形態があります。暴力は殴る、蹴るだけのことを言うのではない、ということについて何か感じられることはありますか?

(五嶋)確かに「暴力」という言葉からすぐに連想するのは、殴る、蹴るといった乱暴な行為ですよね。最近、子どもへの虐待とかストーカーなどの被害がエスカレートし、センセーショナルな事件が続発していますから、そうしたことからも「女性や子どもに対する暴力」というと夫や父親、恋人などから暴力的な行為を受けているというシチュエーションを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。殴る、蹴るという種類の暴力はわかりやすいと言うか周囲に気づかれやすいケースですね。弱者の女性や子どもが、目に見えない言葉の暴力やセクシュアル・ハラスメント、または搾取されているということを告発するのはさらに難しい行為なのではないでしょうか。まず、力による暴力だけが「暴力」ではないこと、心理的暴力も性的暴力も、女性を追い詰めて、女性の健康や権利を守ることの障害になっているという事実を一般社会が認識する、そして、被害女性側には、暴力根絶のために救済活動をしている人たちが身近にいることを知ってもらうこと、そして自分だけで悩まず勇気を持って訴えることが大切だと思います。

五嶋みどりインタビュー1


─政府として根絶を目指す女性に対する暴力には、配偶者からの暴力(いわゆるDV)やストーカー、性犯罪、人身取引など様々なものが含まれますが、近年では交際相手からの暴力も大きな問題となっており、内閣府の調査では、交際したことがある方のおよそ10人に1人が交際相手から何度も暴力を受けたことがあると回答しています。まずはこの数字を聞いてどう思われますか?

(五嶋)女性に対する暴力は、残念ながら今に始まったことではなく、昔からあるのです。特に、日本の家庭の中など、他人が介入しづらいプライベートな空間で行われるドメスティックバイオレンス(DV)は珍しくありません。ですから10人に一人という統計の数字に表れていない被害者もおそらくもっといらっしゃるのではないでしょうか。過去の男尊女卑が当然であったような時代に比べれば、男女平等であるべき現代の女性の地位向上が謳われ、女性の社会進出、家庭内での女性の発言権も増してきたとはいえ、いまだに身内に対するDVや性犯罪、人身取引などがなくならないのは、「してはいけないこと」とわかっていても、それを容認してきた慣習やいわゆる社会の土壌に基づいているのではないでしょうか。自分自身の行動に対する責任の認識不足かもしれないですね。そういったものを変えていくには、やはり「教育」が大切だと思います。

─さらに交際相手から被害にあったことがあると答えた女性の内、約4割が誰にも相談しておらず、相談先で最も多いのは友人・知人であるという調査結果が出ています。日本ではこのように中々相談できず、相談できても身近な友人であるという調査結果がありますが、世界の若者と接する機会の多い五嶋さんからみて、何か国際的な違いは感じますか?

(五嶋)そうですね。この問題だけに限ったことではなくて、社会の秩序や文化基盤は国や地域によって差がありますから、「個々人の違い」では片付けられないですね。アメリカで長く教鞭をとっていて若い人たちに接する機会も多いですが、一般的な事柄で言いますと、アメリカの若者のほうがオープンでしょう。アメリカで同様の調査をした場合はどうでしょうか。私は詳しい数字を把握していませんので、確かなことは申し上げられませんが、男女平等の土壌がより整っているという事情はあるかもしれません。女性の社会進出も進んでいますから、セクシュアル・ハラスメントの教育は徹底しているように感じます。セクシュアルだけでなく一般的にハラスメントについての教育、学習はアメリカのほうが進んでいるのではないかな、と思います。だからよいとか悪いとか言うのではなく、それぞれの地域、国に合った取り組みが必要なのだと思います。いずれにしても、「知ること」は大切なことに変わりありません。

五嶋みどりインタビュー2


─多くの若者がお互いによりよい関係を築いていくためには、何が必要だと思いますか?

(五嶋)コミュニケーションだと思いますね。これはジェンダーや暴力といった問題に限らず、社会の基本だと思いますね。当たり前ですが、人は一人では生きていけませんから、他者と何らかの関係を築いていくわけですよね。それは、家族だったり、学校の友達だったり、職場の人だったり。今の時代は通信技術が日進月歩よりも速いくらいに進んでいますから、特に最近の若者はコミュニケーションのツールとして、電子機器を利用することが多くて、直接のコミュニケーションが苦手と言われています。人間の叡智が不可能を可能にする半面と、望まずとも人間の基本のいくばくかを失うのは、ある程度防ぎようのないことなのかもしれませんが、よりよい関係を築いていくためには、とにかく直接のコミュニケーションは必須ですね。これは若者同士だけに限らず。社会の核である親子、夫婦間も同じで、直接のコミュニケーションで解決することは大いにあります。互いの観点の不一致からなる解決すべき点は、相互理解のうえにたったコミュニケーションでしょう。

五嶋みどりインタビュー3


─また、社会(周囲の大人や行政)が果たすべき役割は何だと思われますか?

(五嶋)健全な社会というのは、社会を構成する最小単位の家族の健康・安全なくしては考えられません。家族の健康・安全は、家族の全てのメンバーの身体的、精神的健康が基本です。子どもは親の背中を見て育つといいますから、あらゆる形態の暴力のない、健康で安全な環境で子どもが守られて育つことが、「ジェンダーに基づく暴力」がない社会を目指すうえでいかに大きな役割を担っているか。家庭によっても環境は違うと思いますが、精神的にも身体的にも暴力がないこと、ジェンダーに関係なく人権の尊厳が最優先される家庭を築くのが大人の役割だと思います。そして、社会においては、その意識を高める教育が行政によって施されるべきだと思います。国連が取り組んでいる8つのミレニアム・ゴールは貧困や飢餓、妊産婦・新生児の健康、HIVやマラリアなどの疾病の撲滅、環境など、一見バラバラな目標が掲げられているようですが、すべて「教育」という問題に繋がっています。そして、そこで重要な役割を担っているのは、女性です。女性の権利を守るのは全ての問題解決への近道です。国連とも連携して、今後もこの活動を応援していきたいと思っています。

─五嶋さんは今後も世界的なヴァイオリニストとしても、国連ピース・メッセンジャーとしても音楽を通じ多方面でご活躍されることかと存じますが、今後どのような活動をしていきたいと考えていらっしゃるかを教えていただけますか?

(五嶋)私個人では、これまでと変わりなく、世界各地でコンサート活動を続けると同時に、大学を中心に、後進の指導に注力し、一方で、常に先を見ながら、時代にあった柔軟な社会活動を続けていきたいです。これからますます社会が複雑になり、不安要素が増え、世界的にもあらゆる面でパワーバランスが揺らぐでしょう。そういうときこそ、人類の知識を集結して、自然との融和をはかり、命の尊さを貴ぶことを平常とする社会に舵を取るための一助となれるであろう、音楽の道を究めたいと思っています。

─最後に若者と、若いお子さんを持つ親世代の方々に向けてメッセージをいただけますか?

(五嶋)日本のような成熟した社会では、「当たり前」と思うことが世界では「特別」なことであることが多いと、私は色々な活動を通じて学んできました。アカデミックな勉強に限らず、実際に見て、聞いて、知ることは何よりの教育だと思いますが、向上心と継続した学習意欲がないと達成感や創造力の発達にはつながらない。そういう観点から、次代を担う若者に、先代から与えられた恩恵に加えて、自分たちの経験から得たあらゆるものを投げかけるのは当然の義務だと心がけ、ともすれば無意識に大切な時を過ごしてしまう、また学歴社会における落とし穴が一生を貧困な人間にしてしまう不幸を、たとえわずかながらでも、回避する手助けができたらと思うのです。他者を思いやる優しい心をもった子どもたちに、若者のモデルであるべき我々親世代は、使命感を持って、本当の喜びを知る若者を育成することに努力しようではありませんか。

─本日はありがとうございました。


五嶋 みどり ヴァイオリニスト 国連ピース・メッセンジャー
五嶋 みどり
ヴァイオリニスト
国連ピース・メッセンジャー


ごとう・みどり/

11歳でニューヨーク・フィルとの共演以来、著名な音楽家と共演を重ねる欧米でも最もポピュラーなヴァイオリニスト。現代音楽の初演など将来を見据えた音楽啓蒙活動も精力的に行っている。

1992年に非営利団体「Midori&Friends」(ニューヨーク)と「みどり教育財団東京オフィス」を設立以降、地域社会を意識したコミュニティー・エンゲージメント活動を20年以上にわたり日米に限らず世界各地で行い、その先導的音楽活動は社会全体に影響を与え、強い支持を得ている。

南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校弦楽学部長兼「ハイフェッツ・チェアー」、特別教授(Distinguished Professor)。2007年より国連ピース・メッセンジャー。

(五嶋みどり公式サイト
http://www.gotomidori.com/japan/)