「共同参画」2014年 9月号

「共同参画」2014年 9月号

連載 その2

男女共同参画 全国の現場から(5) 欧州の片隅にて
地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員 藻谷 浩介

街の中心の広場では、人々が三々五々夕涼みしている。その向かいに小さな本屋を見つけた。1フロア20メートル四方くらいしかないが、2階にはブックカフェもある。本棚もカフェのカウンターも木製で、日曜大工が腕を振るったような手作り感がありありだ。英語の話せる女性店員がいたので、「この国で一番大きい本屋かな?」と聞いたら、「たぶんそうね」と答えた。

ここはモンテネグロ共和国のポドゴリツァ市。旧ユーゴスラヴィアが分かれてできた7つの国の中でも最小の、佐賀県ほどの人口の国の、佐賀市くらいの大きさの首都だ。といってしまうと佐賀市に失礼で、こちらにはスターバックスコーヒーもマクドナルドもない。ショッピングセンターもコンビニも、飲み屋街もライブハウスもない。でも日本でもなかなか見かけないほど澄んだ川が、小さな市街地の真ん中をとうとうと流れ下っている。

女性店員、その友人の女の子、物静かでスリムな中年女性(恐らく店長)の3人と、10分ばかり話し込んだ。オーナーは別にいるが、自分たちで本を選んでディスプレイしていること。モンテネグロもネット時代だが、やっぱり紙の本に触れるのは大事だと思うこと。何もない田舎だけれども、1時間南下すれば冬でも陽光燦燦のアドリア海、1時間北上すれば冬は雪に覆われる大山岳地帯、こんなに自然に変化のある国はないと思っていること。自分たちモンテネグロ人はのんびりしているけれど、人情が厚くて暮らしやすいこと。その間に十数人の来店があったが、1人を除いてこれまた女性だった。

さきほど入った食堂では、店員の若い男4人が「仕事もないこんな田舎の国に、将来なんてない」と吐き捨てていたのだが。それに対して彼女たちの言葉には、静かな希望が満ちている。聞いているうちに、今から10年近く前、ほかでもない佐賀市の商店街にある本屋で、同じように女性3人と話し込んでいたときのことが、フラッシュバックしてきた。

それは地方都市には珍しい、こどもの本の専門店「ピピン」。経営するのは子育て中の主婦たちが作ったNPO。当時から空洞化の進んでいた佐賀市の中心市街地の、老朽化して直角の部分がどこにもないほど傾いていた空き店舗を、市民有志がボランティアの大工作業で間伐材を使って補修し、そこに郊外の住宅地から移転してきたのだった。「これでも前よりは、店の存在に気付いてもらえるようになりました。ふらっと来たひとと、お茶を囲んで話も弾みます」と、明るく語っておられたのを思い出す。さて、彼女たちは今どうしているのだろうか?

ホテルに戻ってネットを検索してみると、昔と同じ場所にあった、あった。この夏も、読み聞かせにミニコンサート、大人の勉強会、仮面行列という楽しそうな企画まで、たくさんのイベントが行われている。子供が本と触れ合える場を作ることに、希望と生きがいを感じるたくさんの女性の思いが、店を支え続けているのに違いない。

誰も知らない欧州の僻地と、極東・日本の一地方都市。まるで違う世界でありながら、まるで同じような思いを抱いた女性たちが、静かに輝きながら一隅を照らしている。その思いがかない続けることを願う。

藻谷浩介 地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員
もたに・こうすけ/地域エコノミスト。日本政策投資銀行を経て現在、(株)日本総合研究所主席研究員。平成合併前3,200市町村をすべて訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興や人口成熟問題に関し精力的に執筆、講演を行う。政府関係の公職を歴任し、現在、男女共同参画会議専門委員。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」「しなやかな日本列島のつくりかた」等がある。