「共同参画」2014年 8月号

「共同参画」2014年 8月号

連載 その2

男女共同参画 全国の現場から(4) 東京都の少子化
地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員 藻谷 浩介

以下は、東京都武蔵野市に住む後輩の実体験だ。

無事に第一子を授かった彼女は、産休を終えて、はたと困った。都心の大手町にある職場は彼女の復帰を待っているのに、市内の保育所には空きがない。いわゆる待機児童問題の当事者になってしまったわけだ。さんざん手を尽くした末、通勤途中の駅に設けられた託児所に子供を預けることとした。

毎朝、ラッシュの中央線に乳児を抱いて乗り、途中駅で下車して預ける。帰りも、途中駅から乳児を抱いてラッシュの電車で帰宅する。しかも託児所の利用料金は、毎月17万5千円。若い彼女の給料の手取り分が、軽く吹っ飛んでしまう額だ。

現在50歳の私が会社に入った当時、つまり30年近く前の話であれば、彼女はそこで仕事を辞めて専業主婦になったのかもしれない。しかし今は、首都圏含め日本中で生産年齢人口が減っている、人材不足の時代だ。普通の会社であれば、社員には男女問わずできるだけ働き続けてもらいたいと考えている。彼女もやりがいをもって仕事をしているのに、辞めなければならない理由がない。第一、辞めて託児所代を浮かせても、給料がなくなることで帳消しだ。

1人目の子供でこうであれば、2人目など夢のまた夢だろう。大手企業の正社員でさえそうなのだから、中小企業の社員や不正規雇用の人たちは、どれほど困っていることだろうか。非常に多くの人が誤解しているが、東京都の20代・30代の女性の就業率(2010年国勢調査。非正規雇用含む)は、54%で47都道府県最低だ。合計特殊出生率も多年1.1前後で、47都道府県最低である。女性が働いているから子供が少ないのではなく、「子供を生んだから働けない→収入がなくてもう一人は産めない」、あるいは「子供を生むと働けなくなる→やむなく産まない選択をする」という、いずれかの状況に、多くの若い女性都民が陥っているのだ。

問題の元凶が、都内の保育サービス供給体制の未整備であることは明白だ。若い家族が移り住んでくるために出生数が多く、保育所の整備と出産の増加がいたちごっこになっている横浜市ですら、一時的に待機児童ゼロを宣言できるところまで、事態を改善させている。東京都と都下の各自治体は、どこまで問題の深刻さを自覚しているのか。「金がない」という向きは、子供の命をお金と引き換えに売り渡しているようなものだ。

筆者がこの原稿を書いている現在、都議会でのセクハラが話題となっている。育児支援体制について質問した女性議員に、複数の男性議員が「いつ結婚するのか」「産めないのか」とヤジを飛ばしたという話だ。発言者は「子供を持つ、持たないは個人の気持ちの問題であり、子供が減っているのは女性が産みたくないからだ」と誤解しているのだろう。事実は、「子供を持てる、持てないは、個人の気持ち以前に社会の仕組みの問題」であり、子供が減っているのは何よりもまず、社会の仕組みが間違っているからだ。自治体議員という、仕組みを変える任にある当事者にその自覚がなくて、いったいどうするのか。

この問題が、日本の現場の人たちの思考構造を少しでも変えるきっかけになることを願うばかりである。

藻谷浩介 地域エコノミスト・(株)日本総合研究所主席研究員
もたに・こうすけ/地域エコノミスト。日本政策投資銀行を経て現在、(株)日本総合研究所主席研究員。平成合併前3,200市町村をすべて訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興や人口成熟問題に関し精力的に執筆、講演を行う。政府関係の公職を歴任し、現在、男女共同参画会議専門委員。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」「しなやかな日本列島のつくりかた」等がある。