「共同参画」2013年11月号

「共同参画」2013年11月号

スペシャル・インタビュー/第34回

被害者になる前に知識を仕入れているしかない。
啓発が大切なんです。
当事者は、洗濯機の中で回っているようなものですから。

西原 理恵子
漫画家

「女性に対する暴力をなくす運動」ポスター


暴力の連鎖を断ち切る。私たちの子供の代から変えていくしかありません。

─ 今年度の「女性に対する暴力をなくす運動」のポスターのデザインをしていただきまして、本当にありがとうございます。

○西原 いえ、とんでもないです。「かあさん」が役に立つとうれしいですね。

─ この運動は「女性に対する暴力」をテーマにしているのですけれども、このポスターのデザインをお考えになるに当たり、漫画家として大事だなと思ったことはありますか。

○西原 『毎日かあさん』は、お母さんたちに人気があるし、子供もすぐ指さしてくれるから、それで人目を引いて、このポスターは何なのということで暴力に対する啓発につながれば一番いいので、そういうことで役に立てたのは非常にうれしいですね。まず人目を集めなきゃいけませんからね。

─ そうですね。ありがとうございます。御自身も、暴力を受けた御経験をお持ちということなのですが、そのころのことについて少しお話いただけますか。

○西原 もう、今から40年ぐらい前、夫婦げんかでも、男の人は女の人を殴っていいという文化や土壌がありました。それで、お父さんとお母さんが子供を殴ってもよかった。そんな時代でしたね。私は幸い、義理の父親が殴らない父親だったので、よく友達にうらやましがられてました。ただ、私の周りの先輩の女性たちが16歳ぐらいで男性と一緒になって、妊娠して、18歳で捨てられて、20歳でまた次の男性に捨てられて、どんどん負の連鎖に陥ったり、安いアパートで3人ぐらいの子供を本気で怒りながら育てているというのをたくさん見てきたので、私は夫に殴られない、子供を殴らなくて済む生活がしたい、その一心で東京に来て、大学に行って、自分で仕事を持って、ここまでやってきました。

ここまでやってこられたのは母親が働いていたおかげで、私も兄もきちんとした教育を身につけることができました。私は、東京に出て、やりたい絵の勉強をしなさいと言って出されました。だから、ちょっとほかの子より覚悟が違っていたと思います。

とにかく東京に来て、明日の水道代を稼ぐために三流、五流のエロ本に売り込みました。そこなら雇ってくれるんです。私の下手な絵でも使ってくれるんです。エロ本で修業して、お金を稼いで、大学3年生くらいのときかな、月収30万円になったんですよ。それがうれしかった。自分が子供を産むなら、絶対頑張って働いて、子供を静かにしなさいと言わない環境で育てたいという、それがいつも夢でしたね。おかげでうちの家の子たちは部屋で縄跳びしています。

でも、残念ながら、結婚してしまった相手がアルコール依存症という恐ろしい病気にかかっていて…。あのような精神状態の悪い人というのは実は本当に誰にも気づかれないうまさを持っているんです。弱い人しか狙わないんです。

DVの人もそうですけど、奥さんのおなかだけ蹴るとか、それでいて会社の人にはぺこぺこするとか。だから、暴力を受けている女性たちは誰にもわかってもらえないような方が非常に多いです。あんなにちゃんとした優しいお父さんでしょうと。人前では優しいお父さんを平気でやりますからね。


─ そうなんですか。

○西原 はい。モラハラでぼろぼろにするとか。そのときはそれが病気だということを私は長くわからなかったので、彼がけもののような恐ろしい、性格の悪い人だと気がついたときは子供が2人いて、腰を抜かすしかないんですよ。狭い空間で、自分よりも力の強い人間が、まともに立ち向かったら暴れ出すんですよ。例えば6時間でも7時間でも寝ないで起こして、人格的に否定されるというか、どんなひどいことでも言いますから。ただ守って、子供といて、とにかく1時間でもいいから寝て、次の日、起きたら仕事をしなきゃというのが6年間続きましたね。

いわゆるモラルハラスメントの略語。言葉や態度等によって行われる精神的な暴力を指す。

─ 6年ですか。

○西原 だから、そのときに、この人はもう死んじゃったほうがいいなと本気で思って。例えば向こうから濁流が流れてくる。夫も流れてくる。でも、私の手は2本だから、つかむならまず子供。次は仕事ですよ。何があっても仕事は手放したらいけない。それは子供たちのためですし、自分が生きていくためですから。夫はもう仕方がない、流れてもらおうと決めて、彼と離婚して、そこから一つ息をついて初めて、彼がアルコール依存症という病気であるという知識を身につけることができましたね。

依存の方というのは「底つき」と「気づき」というものが絶対に必要。そのためには、家族が全部、彼を捨てるんです。一切、面倒を見てはいけない。でも、大好きな夫が駅前でひっくり返っているとか、それを放置するというのはものすごい根性が要るのですよ。家に火をつけても放っておくというぐらいの根性が要るんです。そのときに、彼は初めて、自分は死んじゃうかもと気がつくのです。それが「底つき」と「気づき」です。

DVも病気みたいなものなんです。だから特に若い女性、赤ちゃんのいる女性は、シェルターがありますから、そこへ逃げる。何があっても我慢してはいけないということですね。私はそれをいつも講演会で話してます。本人は何を言ってもわからない状況になっているので、周りの方が声をかけてあげる。あなたの家はもしかしたらそうなんじゃないのと、シェルターに逃げないといけませんよと。

暴力の連鎖を子供に継がすと、子供は貧困と暴力と嘘の中で育ってしまいます。それは一番やっちゃいけないこと。私はそれに気づくのに6年もかかってしまったんです。

それで「底つき」があって、いよいよ本当に治すと彼が言って戻ったときは非常に優しい素敵ないい彼になっていて、初めてけんかのない思いやりのある家庭を私は彼と半年だけ過ごすことができたんです。彼は悪性のがんだったので死ぬ時期は決まっていたんですけれど、私がもう1年早く手を放してあげれば、「底つき」が早ければ、彼はもう1年長く、人として生きられてましたね。

うちの夫を人に戻すのにも、がんのときにちゃんと死なせるにも物すごいお金がかかりました。だから最後に彼を人に戻して、ありがとうと言って、愛してるよ、と言って彼は死んでいったんですけれど、本当にそのときお金があって良かった、ということが分かって、これだ、みたいな。

人が人であるためには、お金が要ります。そのためには働いてないといけません。それがやっぱり一番、先輩女性として後輩の女性に言いたいことです。


─ 今、被害を受けて相談にいけない人の方が多いですよね。

○西原 それを気づいてないですし、私なんかも夫にものすごいひどいことを言われているんだけど、相談してどうするのと思う。

夫の悪口を誰に言えばいいのか。友達は絶対無理ですよね。精神的に何時間もガッとやってる夫に市役所が介入してくれるとは思わないんです。

それよりも、今、寝たいんです。疲れているんですよ。本人に啓発をしても無駄だと思うんです。洗濯機の中で回っているようなときに、人生訓とかを言われちゃうんですね。そうじゃないんですよ。周りの人がその知識をまず持つ。それから、暴力を受ける前に知識を入れておく。その真っ最中の人間はなかなかつながらないですよ。そんな大変なときに、ここへ電話しておけばいいのにと言われても、じゃあ、その後、どうするのと。もうかちんかちんに怒った夫を結局置いていくわけでしょう。もっと殴られるじゃない。

─ 都道府県等が設置する「配偶者暴力相談支援センター」では、被害者に対してカウンセリングや緊急時での安全確保、一時保護などが行われているのですが。このような施設があることをもっと多くの方に周知できればいいですね。

さて、「暴力」に出会わないようにすることはできると思いますか。

○西原 お父さんに殴られた経験がある女の子は殴る男とつき合いますね。自分を守ってくれるために周りでけんかしてくれるから格好いいと思っちゃうらしいです。でも、それが自分に向かうというのはわからないですよね。一緒になって、最初の恋愛って3年ぐらいはすごく楽しいでしょう。あのとき、殴らないもの。それで、狭いアパートで、金がなくて、仕事がなくて、子供が泣いてりゃ、もうあっという間ですよね。そうなると、子供がいたりするともう逃げようがないんですよ。例えば濁流が流れてきても、向こうから殴る男が来たら、普通は手をとらないでしょう。でも、この人がお金を入れてくれるからって手をとっちゃうんですよ。そうしないと、この子は育てられない。だから、そういう最悪の選択肢が生まれ始めるんですね。

─ そうですね。皆さん、そうやって我慢をする。

○西原 だから、結婚する前にシェルターという存在を啓発すればいいのでは。私らの母親だと我慢しろと平気で言っちゃうから、とにかく代々つながっていくことがまず悪いですよね。

私らの母親は殴られても我慢したんです。

─ 女は我慢するものだというような。

○西原 そもそも小さな小さな一言から教育が間違ってます。だから、自分たちの代から変えていく。古い代の価値観や教育や差別意識は変わらないですから、私たちの子供の代から変えていかなきゃいけません。殴られたらちゃんと逃げて、そもそも殴るような男とはすぐ別れていいんだと。そのためにはお金が要る。働いていなきゃいけない。そういうさまざまな予備知識を入れなきゃいけない。周りの人もそういう知識があればすぐ教えてあげられるような。

─ でも、ひどい目に遭ったんだけど、ちょっといいときがあると、やはり何とかなるかもというふうに思う女性も調査結果を見ると多いみたいですね。

○西原 何とかなるというか、私、毎日やり過ごすだけで精いっぱいですもの。疲れて、明日のことが考えられないんです。やはり子育てしている真っ最中って壮絶な睡眠不足になるでしょう。睡眠不足で物すごい思考能力がなくて、夫が暴れても、根本の対応をしてちゃんと話し合うというのは無理でしょう。今さえよければとか、そうじゃないです。もう考えられないです。それは本当にしようがないことなんですね。

だから、男性にも女性にも、殴られるということがどんなにいけないかという知識とか教育が必要ですよね。人は、どんな立派な人でも急に人格が崩壊して殴るような人になっちゃうときもあるんですよ。そういう人をいっぱい見てきたんですね。そういうときにぱっと切り捨てて殴る人から逃げられるかどうかとか、それとも、本当にちゃんと人生をかけて暴力を治してあげるのかとか、そういう切り返しですよね。

─ それだけいろいろ御経験があったり、著作物で発信されていると、周りの方に御相談を受けるのではないですか。

○西原 相談というよりは、同じこけた同士の人たちが、これからの若い女の子たちが荒野を歩くのにどういうことが必要かというのを言いますね。40歳を過ぎてて、旦那の借金3,000万円とか、旦那ががんになっちゃって何とかでと、そういう女性たちがどうやってここから切り返してきたのかという、そういうお悩みをみんなで相談したりします。

─ 若い人たちに何か教えてあげられることは?

○西原 二十歳の女の子に語るために、二十歳の女の子の理想の結婚の条件というのをアンケートでしたら、1位が人間として価値観の合う人、2位がお互い尊敬し合える人で、3位が高収入というんだけど、40代になったら、理想の結婚相手の1位は、殴らない人というのです。2位が、どんなに低収入でもいいから、定職のある人。仕事をしてない男はもう金輪際ごめん。所得が少なくてもきちんと仕事をもっている人。それで3位が、できれば優しい人というのです。そうすると、この20年で女の人生に何があったのかということがわかってしまうという。

暴力は受け始めたら、それで腰を抜かして逃げられなくなるという女性の方が多いので、とにかく先に知識を持つ。シェルターに行く。実家に帰る。受け入れ体制は常に整え、あとはきちんとずっと働いていることですね。それから、隠し預金をつくっておいて、絶対言わないとかね。逃走資金は絶対必要。

─ デートDVという言葉をお聞きになったことはありますか。

○西原 私たちの若い頃は、彼氏の機嫌をとっておかなきゃいけなくて、彼氏からきついことを言われて殴られても、物を投げられても、それはもう我慢しなければいけないというふうに思っていました。

─ 今、中学や高校でも、交際相手からも暴力を受ける可能性があるから気をつけようというような教育が行われているところもあるようです。

○西原 もちろん、それはしてほしいです。

─ それは大事だと。

○西原 はい。暴力がだめだということを全然知らないんですよ。教えてもらってないし、家がそうだし。とにかく絶対に手を上げちゃいけないとか、あと、言葉の暴力もだめなんだとか。暴力は、あなたが受ける正当な評価ではないということだけは知っててほしいですね。それだけでも、女性が文字を知るとか、グラミン銀行から融資を受けるようなすごく大事なきっかけになると思うんです。その1個を避けるだけで男性を変えられたら、その子は随分と正しいことになる。

バングラデシュにある銀行。多くの人々に貧困から抜け出し、自立する機会を与える、マイクロクレジットと呼ばれる主に女性を対象とした融資を行う。

だから、やっぱり啓発活動ですね。でも、その子たちだって周りに友達がいるでしょう。ちょっとあんた、それはおかしいよ、やめなよと言ってくれる友達がいれば。啓発すれば違いますよ。

─ でも、難しいですよね。どうやったら減らしていけるのでしょう。

○西原 まず女の子が自立した母親になることだと思います。子供を持っている女の人が収入を得ると、途端に変わるんですね。あとは教育ですよね。どんな女の子たちでも、親に殴られても、殴るって超やばいよということを知っていれば、殴らない彼氏のところへ行こう、みたいな。

─ ただ、もしかしたら自分は殴られる彼氏しかできないんじゃないかと思っていると、変な男でも寄ってきたらなびいてしまうのではないでしょうか。

○西原 そういうような子はやはりかわいがられていない子が多いんですよ。自己評価が低くて、ちょっと優しくするだけで簡単についていっちゃいますね。見ていると、優しくされた経験がないというのはすごくあります。やはり、それは父親が支配している家庭ですね。非常に怖い、暴力とかそういう威厳の形で。だから、お母さんは物すごく強くなければいけないし、優しくもないといけない。自分の人生は他人に任せない。こんなことは自分の代でやめさせなきゃ。全ての女性が常識として暴力は絶対にだめだということを知っておかないと。そして、一斉にノーと言うことですよね。それを知らない人っていますからね。

─ ありがとうございます。最後に、配偶者や交際相手などの身近な人からの暴力に、今、悩んでいる女性に向けて一言お願いできますか。

○西原 夫の前で断固拒否して、とにかくシェルターに逃げてください。実家でも逃げてください。それで、周りの人たちにきちんと、殴られたことを声を高々に言わなきゃいけません。子供の学校がとか、関係ないです。今、あなたが我慢することによって、子供が殴る子供、殴られる子供になります。暴力は必ず連鎖します。だから、今、勇気を出して、そこから飛び出してください。

─ ありがとうございました。

西原 理恵子 漫画家
西原 理恵子
漫画家

さいばら・りえこ/
武蔵野美術大学卒業。88年デビュー。「毎日かあさん」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞や手塚治虫文化賞短編賞。「いけちゃんとぼく」「上京ものがたり」など映像化作品、「この世でいちばん大事な『カネ』の話」「スナックさいばら おんなのけものみち七転び八転び編」など著書多数。13年ベストマザー賞文芸部門。