「共同参画」2013年 3月号

「共同参画」2013年 3月号

連載

地域戦略としてのダイバーシティ(11) まとめ
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

なぜ、我が国は遅れがちなのか

これまで全国から多くのメール、お手紙を頂戴した。いよいよ最終回なので、未回答のままのご質問に回答したい。  いちばん多かった質問は、「Qなぜ日本は海外と比べて男女共同参画やWLBが遅れがちなのか?」最大の理由は政策決定に大きな影響を及ぼす様々な集団の幹部に女性、および制約社員が少ない、という属性の偏りがあるからだ(注1)

一方で、こうした集団の幹部も、あと20年経つとかなり変わる見通しだ。しかし、その間に日本は大きく地盤沈下しかねない。早急に、女性役員クォータ制を導入すべきだ(2011年8月~11月号)。

次の質問は、「Q先進企業の取組が急にペースダウンするのはなぜか?どうすればいいのか?」第一に、トップの交代で、路線変更するケースがある。この場合、変更後にパワハラなどの不祥事が生じる可能性が高い(2011年9月号)ため、自浄機能を働かせるべきだ(注2)

第二に、制度を充実させたところ、権利主張型社員が生じてしまい、周囲に不協和音が生じてしまうケース。そういうタイプには釘をさすことも必要だ。30年前、「子守り求む」と電信柱に貼った女性の先輩たちの頑張りで、今がある。私は、「支援と貢献」という言葉をよく使う。制約社員になる前に、効率の良い働き方を学べるように、シビアな環境で鍛えておくべきだ。一方で、貢献には時間もかかる。制約社員として時間あたりの生産性を高めて、いずれ通常の労働時間に戻り、大きく貢献する日がくることを期待して投資をするのだ(2011年3月号)。

第三に、そもそもWLB=時間外削減、休暇取得率向上、Div=女性活躍と矮小化してはいけない。ある程度、目標を達成したらペースダウンしかねないからだ。WLB=社員がワークもライフも自分でマネジメントする自律型人材になり、業務プロセスをたえず見直す職場風土を醸成するには、時間がかかる。

Div=多様性と多面性を相互に理解し、活かし合い、切磋琢磨していくダイナミックなプロセスだ。たえず新たなテーマを設定して、組織に波風を立て続けるのは面倒な側面もある。

例えば、2012年11月号で「未活用資産は第三の性の人たち(LGBT)」と書いたところ、総じて賛成が多かったが、「なぜ不道徳な人を応援するのか」という批判や質問もあった。筆者が週末に主催してきた『子ども会』に来ていた2000人の中に何人かLGBTの子どもたちがいた。彼らの話を聞き、またLGBTネットワークの方々を知る中で、「彼らが活躍し難い社会では、大きな損失・見えざるコストが生じている」という、男女共同参画と同根の問題に気づいた。

自分に似ていて、気心が知れた人たちだけと一緒にいる方がたしかに気楽だし、組織は安定する。しかし、安定から成長は生まれにくい。組織が成長し続けるためには、たえず波風を立て続けるべきという信念がないと、易きに流れやすい。優秀な人財を確保したいのならば、LGBTをはじめ、あらゆるマイノリティが活躍できる職場作りは必須だ(注3)

介護と仕事を両立するポイント

  • (1)介護・看護は、単なる介助・家事ではない。大切な家族の終末期の生活プランを再設計する一大プロジェクトだ。
  • (2)介護・看護にコミットする方法は、5つ(手、時間、金、頭、心)←てじかあこ(手近吾子)の順で大切。
  • (3)むしろビジネスパーソンに向いている。仕事で培った知力・体力・精神力・情報収集力・人間関係構築力を駆使すれば、必ず乗り越えられる。
  • (4)両立は大変な一方で、ストレス相殺効果もある。ライフのストレスはワークで発散させる(逆も同じ)。
  • (5)親や子どもは取り替えられないが、仕事や職場は取り替えられる。優先順位は明らか。子どもや親のペースは尊重しつつ、自分は生産性向上に努め、徹底的に業務を効率化する。
  • (6)介護は介互、看護は看互。いのちのバトンリレー。多世代のつながりが互いの支え、救い、力になる。
  • (7)一人で抱え込まずに、堂々と人に頼り、バトンリレーする仲間を増やす。
  • (8)できることには精一杯向き合い、できないことは手放す(気にしない、あきらめる)勇気を持つことも必要。
  • (9)困難は、今という「点」で捉えずに、過去から未来に至る「線」の中に置いてみる。気持ちに少し余裕ができたら、周囲を含めた「面」で考えてみる。
  • (10)小さな「良かったこと」に目を向け、心のノートに書きためておく。

男女共同参画はすべての人のため

「Qお名前から女性かと思っていたので、男性と知って驚いた。なぜ、男女共同参画やWLB、Divを研究テーマにしているのか?」この質問は20年近く前から何度も聞かれ続けた。「実は、私も男性社会に馴染めないマイノリティなので、自らの生存権を確保するため」と答えたところ、誤解を生んだ時期もあった。男女共同参画は女性のためだけではない。あらゆる人が自由かつ中立的な選択をできる社会システム作りだ(注4)

「Q男女共同参画を伝える際に(講演、執筆など)大切にしている点は何か?」まず、自分が理解していること、実感していることしか話さない。たまに、企業等の現場を知らずに、知ったかぶりで小難しい議論をしたがる学者をみかけるが、私にとっては反面教師だ。  次に、どんなに社会的立場が高い相手でもおもねらず、無名な人でも軽んじない。自分の話を以前、聞いてくれた人がいたら、必ずバージョンアップする。

さらに、キャッチーな言葉で「おっ」と思わせ、ズバッと本質に切り込むようなフレーズ作りに腐心している。どんなに正しい言葉でも、聞き手の心が閉じたままでは馬耳東風になると考えるからだ。男女共同参画には、もっと相手の心を開かせるユーモアも必要だと思う。

「Q男女共同参画は親が子に与える影響が大きいと思う。渥美さんはどんな家庭に育ったのか?」拙著『イクメンで行こう!』は70%ぐらいが実体験だ。父は大工の棟梁で、日没とともに仕事を終え、幼い頃はよく遊んでくれた。亡き母は、病院で受付事務をしながら、夜は父の工務店の事務もする働き者だった。夫も妻も働きながら、子どもに向き合うのが自然な家庭で育った。また、人生でネガティブなことをポジティブに捉える前向きな姿勢も、両親から教わった(注5)

5年に渡り、ご愛読いただき、ありがとうございました。また、どこかでお目にかかる日を楽しみにしております。

注0:読者からよく、「渥美さんの原稿は、注書きの方が面白い」という言葉を頂戴する。そういわれると、「本文はつまらないのか?」と複雑な心境になるかというと、そうではない。

表面的な主張よりも、根底にある思いの方が大切だと考え、注書きには私の思いをこめてきたので、褒め言葉はとてもうれしい。

今後、お問い合わせ、ご依頼がある場合は、atsuminaoki0123@gmail.comまで、お寄せください。ただし、介護・看護を優先しているため、すぐにはお返事できないかもしれません。ご容赦ください。

注1:地名でいうと、永田町、霞が関、丸の内、大手町あたりの組織は、男性優位社会で、しかも共働き割合が一般社会よりもかなり低い。

このため、そもそも男女共同参画にまったく理解のない人たち(大半は男性)も少なくないが、理解はあっても実感がない人も多い。政策の歪みを是正するためには、クォータ制の導入により、実感を持つ人たちを強制的に増やすべきだ。

注2:筆者が知るケースを紹介する。A社では、WLBで企業業績を大きく伸ばしたB社長が勇退した後、後任のC社長は表面上、従来路線を踏襲しつつ、実際には180度転換した。

売上目標の3倍の成果を上げながらも、定時で帰宅していたD部長に対して、C社長は、「他部署の売上が低迷しているのだから、売上好調な君の部署はその分をカバーしろ。君を含めて、定時で帰って子育てや介護なんて余裕がある部員もいるようだが、そんなのは女房にやらせて、死ぬまで働け!」と叱責した。D部長が「お言葉ですが、育児や介護は妻任せでいいという考えはおかしいのでは」と反論したところ、C社長は机をバンバンと叩きながら、「社長に反論するとは身のほど知らずめ!」とD部長の売上実績を過少に改ざんし、最低評価に落とした。他にも、社員とのトラブルが頻発した。

結局、コンプライアンスの通報ルートで、社員からのクレームが親会社の耳に入ったようで、C社長は任期半ばで退陣する羽目に陥った。さすが優良企業グループ(?)ゆえ、自浄機能が働いたが、そもそもトップの交代でWLBの取組みが左右されぬよう、業績評価などの仕組みに落とし込んでおく必要があった。

会社人間は、自らの職権を過大視して「加害者」になりやすく、一方で必要以上に忍耐してしまい「被害者」にもなりやすい。過去3年間にパワハラがあった企業が3割強という現状(厚労省調べ)は異常だ。社員は自律性を高めるとともに、ある時は自己防衛策として、上司や会社と対峙する覚悟も必要であろう。

注3:筆者が知るLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の子から、夜中に「リストカットをした」という連絡を受けて駆けつけたり、「学校でいじめられるからカミングアウトできない」と相談された。このように、彼らは精神的負担を負っている一方で、自らのアイデンティティを掘り下げて考えているため、総じて自律性が高い。他人の弱さへの共感力に長け、他のマイノリティへの理解が深いという点で、ダイバーシティ推進にはうってつけの人財だ。また、男女双方の気持ちがわかり、架け橋になれるタイプもいる。さらに、日本では生きづらいと考えて、語学習得に熱心な、グローバル人材に適した子もいる。

しかし、残念ながら現在、LGBTにネガティブな評価をしている企業が多い。その結果、LGBTはやむなく隠れて働いており、多大な精神的負担を被っている。彼らが普通にカミングアウトできれば、15%生産性が上がるというデータもあるという(日本IBMの梅田恵部長)。

社員を「人財」にできるか、単なる材料の「人材」、在籍しているだけの「人在」、罪作りな「人罪」(前述のC社長)にしてしまうかは、企業の姿勢による。優秀な人財の登用・活躍という点で、日本企業のDiv施策はまだ始まったばかりだ。

注4:「男性の中でマイノリティ」という言葉を誤解した人たちがいて、一時期「渥美=ゲイ説」が流れたことがある。いわゆる男性優位社会の価値観には馴染めない変わり者という意味だったのだが…。

新入社員当時、「長時間労働は美徳」という職場風土に素朴な疑問をぶつけたら、先輩から「おまえは愛社精神が足りない」と面罵された苦い思い出が原点にある。

また、筆者は日本では1%しかいないクリスチャンだ。20年前からずっと週末に実家近くの公園で、未就学の子や小中学生を相手に『子ども会』を主宰してきた。そうした活動を当時の上司から、「無償労働するなんてビジネスマンとして無能」と罵られた。同じ思いを後輩にはさせたくはないと思って、研究を進めてきた(上司とのバトルは、拙著『イクメンで行こう!』に詳しい)。

注5:小学校に上がる前、自宅の庭で一人遊んでいた。通りすがりの男性が「この家は大工というが、こんな小さくて汚い家に住んでいるようじゃ、大した腕ではないな」と話していた。憤慨した私が家に駆け込み母に訴えたところ、母はこう言った。

「父さんがこの家を買った時には、若くてお金がなかったから、お世辞にもきれいな家とはいえないのはたしかね。ただ、父さんも私も一所懸命に働いているから、いつか綺麗なおうちが建てられるよ。だから、そのおじさんを憎んではいけないよ。なにくそと思う気持ちをバネにして頑張ることが大切なの。そうすれば、いつかああいう風に言われて良かったと思える日が来るからね。」

一方、父は私が生まれる前のエピソードをよく話す。当時、母は父には大きな弁当を持たせて、自分の弁当は空のまま、食べたフリをしている、と母の勤務先の女医さんから伝えられ、「頑張って母さんを楽にさせよう」と気合いが入った、と父はいつも母への感謝を口にしていた。

私も母や妻への感謝を胸に、将来、孫娘がイキイキと働ける社会になるよう、精一杯、頑張ろうと思う。

あつみ・なおき氏
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議  専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。