「共同参画」2013年 1月号

「共同参画」2013年 1月号

連載

地域戦略としてのダイバーシティ(9) 多面性の活かし方Part4
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

辛いは、幸いへ

小欄もいよいよ残り3回となった。前々回、次男の看護をめぐり、妻の言葉を紹介したところ、多くの方々から励ましのお言葉を頂戴した。紙面をお借りして、御礼を申し上げたい。

自身の介護・看護体験から、辛い経験は一人で抱え込んでしまいがちだが、勇気を出してオープンにすると、実は似たような経験者はかなり多いことに気づく。

かつて筆者は、「幸せ」は、不幸が起きないことだと勘違いをしていた。しかし、不幸から逃げずに、誰かに押し付けずに、協力して乗り越えるプロセスに幸せはあると気づいた(注1)。辛いという字の上に一を書くと幸いになる。つまり、辛い時こそ周囲の人に手を伸ばし、連携して乗り越えると、「幸せ」に転ずるのだ。

企業の介護リスクは10年で倍増

以前、拙稿でWLBやダイバーシティに理解のない年配の男性たちを巻き込むには、「介護」が有効、特にデータとロジックが効果的と述べた。筆者が最近、よく使うデータを紹介したい。まず、少子高齢化で介護確率は増大する(図表1、図表はWEB版のみに掲載、以下同じ)。

現在、親の年齢が80代前半だと要介護になる確率は23%、80代後半だと42%(図表2)。これは親一人あたりの数値なので、複数の親の生存ケース別にみると、自分と配偶者の親が全員存命な場合、誰か一人が要介護になる確率は50歳代前半で6割、50歳代後半では9割(図表3・4)。

企業単位でみると、「家族に要介護高齢者がいる社員は、50歳代では5-6割にも達する(図表5)。社員構成は企業によって異なるが、筆者がお手伝いした数十社では、全社員に占める割合が1割前後となる企業が大半だ。仮に、社員の平均年齢が40歳前後だと、介護社員の割合は10%台前半の企業が多い(図表6)。

特筆すべきは、この数値は、あと10年で倍増する。というのも社員構成を身体にたとえると、私のようにバブル入社組は腹回りのぜい肉のようにだぶついている一方で、その下の世代は就職氷河期で減少し、一時期のITバブルで増えた世代もいるものの総じて若い社員は減っている。多くの企業で社員の層が厚い年代は50歳代(定年再雇用等で60歳代も)という介護リスクの高い世代に突入するため、会社のリスクは倍増するのだ。

介護は、命のバトンリレー

筆者はよく「介護を乗越える秘訣は」と問われる。筆者の場合、介護が始まった当初、素晴らしい上司(佐々木常夫・元社長)に恵まれたことに加え、介護を点ではなく、「命のバトンリレー」という線でとらえることが大切だ。基本的に夕方、保育園に通う二人の息子を迎えにいき、老父が住む実家に通っている。老父の足腰が衰えないように、よく連れだって散歩しているが、3世代で過ごす時間は実に楽しい。老父は孫の無邪気な言葉に笑い転げ、「ジイジ、ありがとう」という言葉にいちばん幸せそうな顔をする(注2)。息子たちにとっても、祖父の若い頃の戦争体験などを聞くのは貴重な時間だ。介護は「介互」だとつくづく思う。

注1:子育てを例にとると、うれしいこと、楽しいことは妻と分かち合って倍増し、辛いこと苦しいことは分かち合って半減する。

筆者の義父が福島県出身ということもあり、最近、我が家の食卓は、福島県の美味しい食材でにぎわっている。ママ友たちからは、「放射能の子どもへの影響が気にならないの?」と、あたかも「なんてノーテンキな親なのかしら」と言わんばかりに、呆れた口調で、聞かれることもある。

しかし、市場に出る前にきちんと検査をパスしているわけだし、辛い思い・苦しい思いをしている被災地の方々のために、ささやかでも役立てることがあり、しかも「こんなに美味しいんだ!」と味覚で理解することも、大切な教育ではないか、と思う。

何事も、子どもの安全・安心を考えて遠ざけるよりも、近づいて学ぶ、自分で考えるように仕向ける方が良い場合もあると思う。

注2:孫を連れて、老父と一緒に散歩しているのには別の理由もある。老父が一人で歩いていると「徘徊」。筆者と二人だと「散歩」。孫の手をひいて、みんなで歩いていると「幸せ家族」。世間の見る目が違う。

あるとき、長男が2歳か3歳の頃、私にはやたら反抗するくせに、おじいちゃん自慢をすることがあった。「ジイジ、すごい手品をしてくれるんだよ。スーパーマジシャンなんだよ」と言うので、「おかしいなぁ、親父は手品なんてできたかなぁ?」といぶかしく思っていると、息子は尊敬に満ちた口調で、「あのねぇジイジは、お口から歯を出したり入れたりできるんだよ。ボクもあの手品の歯がほしいな。そうしたら、歯磨きがラクちんなのに」と憧れのまなざし。

また、ある時の出来事。一時期、老父はオムツをすることになり、ショックを受けて落ち込んでいた。そんな父を見て幼い息子は「ジイジはオムツ仲間だね。ボクより大きいオムツだから、ジイジは偉いんだね。でも、パパは仲間外れだね」と言った。父は笑い転げていた。私自身も、これからどうなるんだろうという不安が頭の中を駆け巡っていたが、息子のおかげで吹き飛んだ。

そこで、ついつい調子に乗って、旅行用グッズの「紙製の使い捨てのトランクス」を出してきて、履いてみせたら、息子は「パパ。ボクたちの仲間に入れて、良かったね!」

「子どもの笑顔」は、誰もが思わず、つられて笑顔になる。特に、高齢者にとってその効果はより大きくなる。高齢者は孫とふれあう中で、「孫が大きくなるまで健康でいたい」という想いが湧くと、免疫力が高まり、病を克服する力になる、という研究もある。

子どもにとっても、要介護者と過ごす時間はプラスの面がたくさんある。例えば、2歳の息子が保育園へ行くため、電車に乗った時のこと。シートに座っていた息子は、お年寄りの方が乗ってきた時に、スクッと立って席を譲った。おそらく日頃、祖父とふれあう中で、息子なりに学んだのだろうと、誇らしく感じた。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議  専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。