「共同参画」2012年 9月号

「共同参画」2012年 9月号

連載

地域戦略としてのダイバーシティ(5) 多様性の受け止め方Part4
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

『連続休暇』の活用

本連載の第2回で、「社内イントラで、部長の意外な一面を紹介すると、アクセス数が急増する」と述べたところ、読者から「アクセス数をどのようにWLB普及に結びつけるのか」と質問された。

以前、筆者がコンサルしたA社では、中高年男性たちを中心に、休暇取得=職務放棄、と罪悪視する風土があった。同社には勤続10年、20年、30年で付与されるアニバーサリー(勤続記念)連続休暇があったが、取得率は非常に低かった。

休暇取得率を向上させるにはどうしたらいいかと相談されて、該当者にヒアリングしたところ、連続休暇を取得しない理由は、「俺がいないと職場がまわらないはず」「特に、やりたいことがない」といった声があった。そこで、まず連続休暇の目的は、長期勤続をねぎらうのみならず、BCP(事業継続計画)の観点から、誰かが抜けても業務が円滑に進む仕組みを作り、会社の持続可能性を高めるためと位置づけた。

次に、旅行会社と組んで、連続休暇に行きたくなるツアーを提案した。例えば、ジョンレノン追想ツアー。そして、本人のみならず、家族の参加費用の一部をも会社が補助する代わりに、家族にも休暇体験レポートを書いてもらった。

生産部門のB部長は、ゴルゴ13のように、苦み走ったタイプだったが、家族旅行中に妻子に挟まれ、照れた笑顔は実に可愛らしく、女性社員の「いいね」評が多かった。また、妻と娘さんが書いたレポートには幅広い社員がアクセスし、特に中高年男性たちは「自分もアニバーサリー連続休暇には、ぜひ家族旅行に行きたい」と感想を寄せていた(注1)。

昨年、観光庁等が開始した『ポジティブ・オフ』キャンペーンへの賛同企業は、1年で200社を超えている。休暇の効用を社内に広めることも一案であろう。

注1:妻のレポートは、ちょっとブラックユーモアがかって秀逸だった。「夫の単身赴任で、母子家庭状態だった時期が長くありましたが、こうやって家族旅行をさせていただいたA社のご厚意に深く感謝しております。実は、夫の定年日に渡そうかしらと準備していた、三下り半の手紙をテムズ川の橋の上から捨てました…。」

女子大生の娘さんのレポートも微笑ましかった。「最初はえーっ、パパと一緒の旅行なんて、息がつまるーって、思ったんですが、ブランドのバッグを買ってもらえそうなんで、ついてきました!(^^)!。十数年ぶりの家族旅行は、とても良かったです。パパのがっしりとした背中を見ていたら、家族のために一所懸命に働いてくれたんだって涙が浮かんできました。私はさ来年、就職活動をしますが、ぜひA社さんのように良い会社に勤めたいと思います。」

『家族』の見える化

C社では、社内イントラで、母親社員を中心にWLB交流サイトを作っていた。しかし、全社的にはなかなか広まらなかった。筆者は、メンバーの女性たちから「乳幼児の子育てに理解がない職場環境を変えるにはどうしたらいいか」と相談を受けて、「育休中に乳幼児を連れて職場訪問したら」と提案した。当初、心理的抵抗をおぼえた女性社員もいたが、事後報告をみると「子どもの看護で休む場合の上司の対応がマイルドになった」など、肯定的なものが多かった(注2)。

最近、夏休みなどに、従業員の家族を会社に招いて、職場参観させる企業が増えている。筆者は、子どもたちにシゴト体験をさせて、その作文を社内に張り出す方法をお勧めしている。子どもたちのつぶらな瞳に映るシゴトの楽しさ、難しさを読むと、大人も改めて『仕事の意義』を再確認できる。通年で職場参観をしているD社では、仕事をさぼらない、パワハラ的な言動やクレームが減るなどの副産物も生じている(注3)。

また、通年の職場参観は難しいと言われたE社では、家族など『お気に入り』の写真を二週間、机上に飾るキャンペーンを実施した。すると、残業中にネットサーフィンをする社員が激減するという副産物が生じた(注4)。このように、『家族』の見える化は、さまざまな効果をもたらすのだ。

注2:当初、「職場には、未婚や不妊などいろいろな家庭の事情がある社員もいるので、気をつかってしまう」「私の可愛い赤ちゃんを上司に触られるのはいやだ」と否定的な女性社員も少なくなかった。筆者は、前者のケースには気を使う必要があるが、後者のケースは「そう言わずに、試しにやってみて」とプッシュした。

「せっかくですので、赤ちゃんを抱っこしてください」と女性部下から言われた上司はおっかなびっくり、まったく様になっていない。照れた顔で、「うちの子も2-3回しか抱っこしなかったからなぁ」「柔らかくて壊れそうで、抱っこしてるの、怖いよ」とうれしそうな顔。

以後、その女性社員が「実は今朝、うちの子が急に発熱して…」と電話をかけると、上司は「なにっ、○○ちゃんが病気。それは大変だ。早く○○ちゃんを病院に連れて行ってあげなさい。仕事は大丈夫。みんなでフォローしておくから」と親身になって応援するようになった。

子育て支援という抽象化された言葉にとどめずに、自分が知っている、あの○○ちゃんの支援と受けとめるようになるきっかけ作りとして、『抱っこ』で皮膚感覚を持たせるのは、きわめて有効な方策だ。

注3:通常、職場参観は特定の日に全社員の家族を招く形態が多い。しかし、D社では、社員一人ひとりの家族が別々の日に、しかも客先(不動産業なので物件案内など)にも同行する。終日、家族が見守っていると、確実に生産性が高まり、残業は絶対にしない。また、クレーマーのような客がいても、第三者がじーっと見ていると、気恥ずかしくなるようだ。

注4:E社では、独身社員にも配慮して、子ども以外にも、恋人や愛犬など『お気に入り』の写真を机上に飾るようにした。特に流行ったのが両親や祖父母の写真。どちらに顔が似ている等の話題で、職場が盛り上がった。E社では、社員のWEBアクセスの履歴を記録しており、業務に無関係なサイトを閲覧している社員には注意してきたが、写真を飾っていた期間中は、不心得者は激減した。両親や家族の写真に見られていると、やはりマジメに仕事に取り組まざるをえないようだ。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。