「共同参画」2012年 7月号
連載 その1
地域戦略としてのダイバーシティ(3) 多様性の受け止め方Part2
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜
家庭リスクに鈍感な人は、地域人に
ダイバーシティやWLBは自分には関係がない、と傍観者・部外者の立場に立つ人は多い。特に、男性の多くはそうなりやすい。いじめ問題の解決と同様、いじめっ子や敵対者への働きかけのみならず、大多数の傍観者・部外者に働きかけることが大切だ。
ここ数年、介護を切り口にWLBへの意識啓発を図る企業が増えている一つの理由は、誰もが潜在的にリスクを抱えている介護をテーマにすると当事者意識を持ちやすいからだ。
しかし、家庭生活のリスクに鈍感な人たちもいる。介護は妻が、姉妹がやってくれると安易に思い込んでいる人たちもいる。こういうタイプには趣味を使うといい。
以前、筆者がお手伝いをしたA社のケース。元国営企業グループで、民営化前に入社した中高年男性を中心に、仕事はそこそこで、生活を重んじる「ヌクヌク社員」と日中の生産性が低く、5時から社員とやゆされる「偽装バリバリ社員」が幅を利かせていた。
WLBの抵抗勢力が多いと嘆く担当者に対して筆者は、「逆手にとって、社内で『ライフの達人コンテスト』を開催したら」と勧めた。そして、発掘した達人たちが主宰するサークル活動を奨励した。英語講座などを差し置いて社内で一番人気となったのは、「そば打ち」サークル。
それまでノー残業デーに、「早く帰っても家でやることがない」とブーブー文句を言ったり、職場にダラダラと残っていた中高年の男性社員たちが、「今日はそば打ちの日だ」と朝からソワソワ。早く仕事を片付けるようになるなど、成果が上がった(注1)。
また2年前、B社では、当時、流行った『イクメン』ネットワークを立ち上げたものの、なかなかメンバーが集まらない。「家のことは妻がぜんぶやっているから」、「もう子どもは大きくなっているし、今さら…」と消極的な男性社員が多かったのだ。
担当者から相談を受けた筆者は、「イクメンになりたい人はこの指とまれ、ではなく、男性社員の趣味を生かして、地域の社会貢献に取り組むという方法に変えたらどうか」と助言した。B社は、理系の技術者が多い会社だったこともあり、マニアックな趣味を持つ人が多かった。その一人、男性社員Cさんは筋金入りの無線マニアで、その技術を生かして、地域の子どもたち向けの工作教室で指導してもらったところ、大好評だった。「私の趣味に対する家族の見る目も変わった」と喜ぶ彼は、今も熱心に地域貢献に取り組んでいる(注2)。
注1:そば打ちサークルのメンバーの男性社員の多くは、「家に居場所がない」ために、職場にずるずると残っているタイプだった。しかし、職場以外に打ち込むことができたことがきっかけとなり、徐々にメリハリのある働き方へと意識が変わっていった。
また、そば打ちサークルのリーダーの男性社員は、職場では目立った成果を上げることがない、典型的な「ヌクヌク社員」だった。しかし、職場以外で活躍の場が与えられたことがきっかけとなり、仕事でも頑張るようになったと本人が誇らしげに語っていた。
さらに、若手社員の中には、生活軽視・仕事重視の「バリバリ社員タイプ」がいて、彼らはメンタル予防のチェックシートで、ストレス度がきわめて高かった。このままではまずいので、趣味サークル活動への参加を促したところ、仕事も生活も重んじ、時間当たりの生産性が高い社員へと変身していった。
ちなみに、数か月後、そば打ちサークルのメンバーの妻たちから会社にクレームが入り始めた。「毎週、夫が得意げにパサパサのそばばかりを作って、振舞おうとするので、大いに迷惑している。もう少し別の料理も夫に教えてやってほしい」という要望だった。至極ごもっともな要望なので、そば打ちサークルは、「多国籍料理サークル~食卓のダイバーシティ~」へと衣替えした。
そして、社内に数人いた外国籍を持つ社員たちにかわるがわる講師をしてもらった。外国籍の社員たちは自国の文化を語る場が与えられたことをとても喜んだ。また、メンバーも「妻も、次は何を教わってくるのと楽しみにしているようです」と笑顔で話していた。
注2:それまで、Cさんの無線の趣味に対して、妻や娘たち3人はまったく関心がないばかりか、「部屋にこもってばかりで、何が楽しいのかしら」「暗い趣味ね」と家族から軽んじられていたという。
しかし、工作教室で、身の回りグッズを使った電池や音声記録装置を披露したところ、参加した生徒たち、特に男子小学生たちにはまるで魔法のように映った。
末のお嬢さんに対して、同級生の男子たちが「おまえの父ちゃん、すごいなぁ。オレら尊敬しちゃうよ」と賞賛の声が集まったことをきっかけに家族のCさんを見る目はガラッと変わった。
今では、工作教室のボランティアとして家族をあげて彼を手伝うなど、家族の一体感も高まったという。
Cさんのように、「いきなりイクメンなんて無理」という男性たちには、趣味や職場で培ったスキルを活かして地域貢献してもらう方がハードルが低い。職業人の他に、地域人としての顔を持つと、結果的に家庭人としてのウェイトも高まることにもつながる。
ちなみに、B社はCさんのような社員の地域貢献・社会貢献を推奨しており、結果的に企業の知名度・好感度は右肩上がりとなっている。
これまで企業単位で地域貢献・社会貢献活動をするケースが多かったが、これからは従業員一人ひとりが地域貢献・社会貢献に取組むことが結果的に所属企業の評価を高めるという動きが強まるのではないか。
千里の道も一歩から
筆者は講演で、「制度よりも風土」と話す。すると、聴衆からよく「どうしたら風土を変えられますか」と聞かれる。
本連載の第一回総論で、「ダイバーシティは連立方程式で考えることが重要」と述べたように、「ヌクヌク社員」を含めて、あらゆる社員を排除することなく、組織の活性化につなげるように工夫することが大切だ。小さな積み重ねだけが、組織風土の醸成という大事業を仕上げる唯一の道だ。
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『「企業参加型子育て支援サービスに関する調査研究」研究会』委員長、『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選考委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』『政策評価に関する有識者会議』委員等の公職を歴任。