「共同参画」2012年 3月号

「共同参画」2012年 3月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際(11) まとめ
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

さまざまな『粘土層』対策

昨年、『WLM実践術』の連載第2回(共同参画2010年6月号)で、「企業にいる粘土層が抵抗勢力」と述べた(注1)

代表的な粘土層は現場の管理職だが、それ以外にもさまざまな粘土がいる。個別の対応策について、述べたい。

まず、「水」で溶ける『カミ粘土』と固着している『カタ粘土』がいる。例えば、経営層の中にご自身は超ワークライフアンバランスな働き方をしてきたが、肉親の言葉(愛娘がワーキングマザーなど)に溶かされて、良き理解者となっている人もいる。そういう「家族水入らず」の人を探して味方につけるといい。

一方で、自身の生き方が否定されると猛反撥する『永久凍土』のような人もいる。彼らは、データとロジックで「説得」するといい。筆者が他社の経営陣との対談を依頼された場合には、事前に相手のこれまでの発言をすべて見せていただき、分析する。そして、相手がよく使うロジックや用語を使って、事前に対談内容案を作成する。よく使用するキーワードは、コンプライアンス(本連載第5回、第6回)とイノベーションだ(注2)

40代・50代の「中年んど」には、「気づき」のきっかけとして、3大ホラー((1)熟年離婚ホラー、(2)介護ホラー、(3)マネジメントホラー)が有効だ(注3)

『平社員』の中にも、業務改善なしに早帰りを奨励するのは、サービス残業を強化する意図と邪推したり、反撥する「ヒラ粘土」がいる。例えば、多くの職場で住宅ローンを持つ人ほど、時間外労働が多い。すなわち、生活残業したい人たちもいる。以前、筆者がコンサルした会社では、経営者に「残業で稼ぐ代わりに、ボーナスで稼ごう」と標語を掲げていただき、業務改善の提案箱を設置し、社長賞でボーナス上乗せした。

『若手社員』の中には、ワークは楽しいし、家に帰っても、やることがない。結婚も子育てもまだ先だから、必要ない。高収入で妻を養えるから、専業主婦になってほしいという「ワカ粘土」がいる。

粘土は若いうちに楔(くさび)を入れておかないといけない。筆者は、若く、必要性を感じない時期ほど、オフに自己研鑽・自己投資が重要と話す(注4)。また、共働きは『保険』、家事育児スキルは『投資』と話す(注5)

企業でフロントランナーの女性の中には、「お局んど(おつぼねんど)」もいる。男性に伍して、頑張ってきた女性たちは、ワークもライフも完璧な『スーパーウーマン』や男性以上に男性化した『名誉ハイパーマン』(『名誉白人』的ポジション)が多く、「昔よりも今は、楽なはず」、「後輩女性は甘えている」と後輩女性に厳しい人もいる。以前、ワーキングマザーの部下が、先輩女性からも後輩女性からも厳しい視線にさらされ、筆者は管理職として、板挟みとなったことがある。こういうケースでは、サポートする人、される人の固定化をなるべく避け、サポートされた人がする側にまわり、「お互い様、思いやり」意識を持てるよう、管理職は配慮すべきだ(注6)

注1:企業がWLBやダイバーシティを推進する際に、現場の部課長クラスが抵抗勢力となることが多い。何度レクチャーしても、なかなか染み込まない。頑なで、できれば触れたくないから、人呼んで「粘土層」。命名者は知らないが、4年前、J-Winの女性たちから聞いたのが最初。

注2:筆者は、子育て、看護と老父の介護(以下、『オフ』)に追われているため、日中の業務時間(以下、『オン』)が6-7時間しかとれない日もある。制約があるからこそ、かえって集中せざるをえないと実感している。また、オンで脳みそをフル稼働してオフに突入すると、脳は潜在意識でずっと動き続けるらしく、突然、オフの最中にひらめくことが少なくない。以前、筆者はノーベル賞を受賞した科学者たちがひらめいたタイミングを調べたところ、オンとオフの切り替え時に着想を得たという人が少なくなかった。逆に、オンとオフの切り替えなしに24時間365日働いていると、イノベーションが生まれにくいのではないかと思う。

注3:『3大ホラー』に関しては、『WLM実践術』第3回、2010年7月号を参照のこと。以下では『介護ホラー』をめぐるやりとり例として以前、同窓会で、筆者が育休を2回取得したと聞いて、からんできた霞が関に居住している友との会話を取り上げる。

粘土くん:イクメンなんていうが、赤ん坊のおむつを替える奴の気がしれねえ。女房の尻にしかれているようで、みっともないぞ。

渥美:おまえは、子どものおむつを1回も替えたことがなくて、将来、自分が要介護状態になってから、子どもに面倒みてもらおうなんて虫がいいんじゃないか。

粘土くん:そうなったら、女房がやってくれるから大丈夫。うちの女房はおまえのところと違って、ヤマトナデシコ。「三歩下がって、影踏まず」ってタイプだからな。

渥美:いやぁ、わからんぞ。♪ヤマトナデシコ七変化♪って歌もあるからな。三歩下がって、振り向いたら誰もいなかったってこともありえるんじゃないか。

粘土くん:おまえ、イヤなこというなよ。酔いが醒めちまった。実は最近、今晩も職場に泊り込みそうだって言うと、なんか女房の機嫌がいいんだ。

渥美:思い当たる節があるなら、悪いことは言わないから、方針転換した方がいいぞ。定年後も居場所がなくて、会社のOB部屋に通って囲碁や将棋をする未来でいいのか。定年後は10万時間もあるんだぞ。

粘土くん:うーん……。

注4:かつてOJT(On the Job Training)は、日本企業の強みと言われていた。しかし最近では、あらゆる職場にOJTをする余裕がなくなってきている。若手社員は職場で上司や先輩社員から、手取り足取りで教えてもらえると思ったら大間違いで、職場以外での研鑽が将来のキャリア形成や新規ビジネスに結びつくのではないか。

注5:筆者は2回転職したが、そのうち1回は失業し、共働きの妻に養ってもらった。また、妻が病気で寝込んだ時には看病しながら、2人の幼児の世話をせざるをえない。人生何が起きるかわからない。東日本大震災で、「保険」への関心が高まっているが、男性の家事=ダンカジは、万が一に備えた「保険」だ。また我が家では、食事の配膳や食器の片付けなど、家事を担う5歳の息子の姿を見て、1歳の息子も家事の真似ごとをしている。息子たちが大きくなる頃には、家事ができない男性は結婚相手に不自由するのではないかと思う。ダンカジは、将来に備えた「投資」でもある。

注6:ワーキングマザーのAさんは、限られた時間でかなり頑張っていた。しかし、彼女が早く帰る分、フォローをする周囲の女性たちから冷ややかな視線を浴び、「精神的につらい」と相談してきた。片方の肩を持つわけにいかない事例だった。

そんな折、先輩女性のBさんがノロウイルスに感染、急性胃腸炎に。後輩女性Cさんも週末のスキーで骨折した。2人の突発的な休みで職場が混乱する中、私はAさんを呼んで「今が正念場だ」と諭した。彼女の頑張りもあって、何とかその時期を乗り切り、Bさん、Cさんの職場復帰後、Aさんの貢献を彼女たちに伝えると、2人のAさんに対する態度は見違えるように好意的になった。

ケア、フェア、シビア

ダイバーシティ・マネジメントでは、しばしば「フェア」=公正に処遇し、機会を提供することと「ケア」=マイノリティ特有の事情に対する支援が重要と言われる(本連載第4回、注7)。

筆者はこれに加えて、「シビア」=過酷な要求、環境の提供も重要だと思う。

第一に、女性活躍の先進企業でしばしば、妊娠出産育児期の女性社員で、昇進昇格意欲が低くなると言われる。これにはワークライフアンバランスな職場環境の改善が最も重要だが、独身の間に制約社員になる際の準備が不足していると、自信が持てないという面もある。例えば、男性上司が女性部下に対して過酷な要求を手控えることで、甘やかしてしまうこともあろう。配慮はすべきだが、遠慮はすべきでない。

第二に、筆者が介男子(介護しながら働く男性)60人にインタビューした際に、いざ介護をする段になって最も悲惨だったのは、親元にパラサイトしていた中高年独身男性だった。家事スキルの低さをそれまでカバーしてくれていた母親が倒れてしまい、介護・家事のダブルパンチで仕事を辞めざるをえなくなった男性は最終的に生活保護を受ける羽目となった。

制約社員になる前に、ハードな仕事を乗り超えるための効率の良い働き方と家事を省力化、合理化してこなすスキルを身につけておくことが大切だ。

職場で、上司は制約社員になる前はシビアに接するべきであり、制約社員になってからはフェアとケアが重要だ。

家庭でも同様だ。パートナーに対して、子どもが生まれる前はシビアに接するべきであり、子どもが生まれてからはフェア=一緒に家事、育児を分担する姿勢、ケア=相手をいたわる姿勢が重要だ。残念なことに、多くのカップルは新婚ほやほやの頃、相手を甘やかし、子どもが生まれると急にシビアに接するため、うまくいってないように思う。

注7:リクルートHCソリューショングループ『実践ダイバーシティマネジメント』英治出版、2008年。

相手へのリスペクトが基本

以前、部下の女性から、結婚相手の相談を受けたことがある。延々2時間、恋バナを聞いた後、筆者は「自分の場合は、リスペクトが基準だ」と話した(注8)

ダイバーシティ・マネジメントも相手へのリスペクトが基本だと思う。以前、障害者雇用の分野で非常に先進的な取組をしているアクサ生命の金子久子部長から「disabledはdifferently

abled」という言葉を教えていただいた。人間は無限の可能性を秘めており、たまたま五感の一つが欠けたとしても、残りの感覚をフル活用して補おうとするものだ(注9)

そういった可能性を引き出すために、時には相手にシビアに接する場面も必要だし、シビアな課題や環境を乗り越えてきた相手をリスペクトする気持ちも大切だ。粘土層だからといって否定するばかりではなく、根気良く説得すると、敵対していた人ほど、納得した後は、良き理解者に転じてくれるものだ。

また、部下一人ひとりに合った仕事を的確に割り当てるマネジメント力は必須だ。属性がそろっていて、モノカルチャーな職場に慣れ親しんだ人は、部下は上司に合わせるものという考えになりやすい。今後は、部下一人ひとりに合った仕事を的確に割り当てて、効率的な働き方をさせることができない上司は淘汰されてしまう。筆者は5Kライフ(会社員、子育て、家事、介護、看護)と自称している。最も辛かったのは介護が始まった時で、何とか乗り越えられたのは、佐々木常夫社長(当時)の温かい言葉に励まされたからだ(2010年4/5月号)。ダイバーシティな職場では、真のマネジメント力が問われる。5K体験は、互恵(職場でのお互い様、思いやり)につながると信じて、日々、格闘している私である。

注8:部下の女性と筆者の会話は、以下のとおり。

部下:実は、いまの彼と、前カレと元カレの3人からプロポーズされてるんです。

筆者:いいねぇ。モテ期って、人生で3回あるらしいよ。次にいつくるか、わからないから、決断の時は今ってわけだな。

部下:からかわないでください。それで、育児と家事を一緒にやってくれる人を選びたいのですが、3人のうち誰がいいでしょうか。

筆者:(心の声⇒3人に会ったこともないのに、そんなの、わかるわけないよ。)

まぁ、3人のことを話してごらんよ。

…延々、2時間、3人との恋バナが続く…

筆者:うーん。僕は、すべての人間関係の基本はリスペクトだと思ってるんだ。だから、君は3人のうち誰をいちばんリスペクトできるかっていうのが一つ。もう一つは、現時点で子ども好きとか料理好きとかよりも、君をいちばんリスペクトしてくれるのは誰かってことも大切。妻も頑張ってるんだからって敬意を払ってくれる夫は、自然に妻と一緒に家事と育児をするようになるはずじゃないかと思うよ。

部下:なーるほど。なんか、目の前の霧が晴れたような気がします。いまの言葉には、渥美さんが奥様をリスペクトしてる気持があふれてましたよ。

筆者:いやぁ、あふれてるっていうよりも、妻をafraid ofしてるんだけど…。

注9:disabled(障害者)は、健常者とは異なる形で能力のある人たち、という意味。例えば、ある視覚障害の方は、英語と日本語の読み上げソフトを倍速のスピードで聞きとることができるため、英語力の低い健常者が黙読するよりもずっと早く読むことができるという。

また、ある聴覚障害の方は、視覚情報の記憶力が卓越しており、これまで面談した数万人のうちの1人の顔を覚えていたという。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選挙委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。