「共同参画」2012年 2月号

「共同参画」2012年 2月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際(10) 制約社員の多様性Part3
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

介護をめぐる誤解

最近、介護と仕事の両立に取組む企業が急速に増加している。その中には、「介護は情報戦」という言葉を使う企業があるが、ミスリードだと思う。実際に老父の介護、1歳児の看護と格闘している筆者の実感では、「介護は総力戦」だ(注1)

震災後に、しばしば天災と人災という言葉が使われた。介護にも、発生リスクと人的リスク(きちんと準備していないために生じる混乱や被害)がある。まず、散歩等の習慣で、ある程度、発生リスクは遅らすことができる。次に、多くの人は、介護を誤解しているために、人的リスクが大きいのはとても残念なことだ。

そこで、筆者が企業内で従業員向けに介護と仕事の両立セミナーをする場合には、チェックシートを使用して、勘違いに気づいてもらうようにしている(注2)

典型的な誤解は、自分は男性だから、長男長女ではないから、妻が専業主婦だから、自身で介護をするリスクは低いという考えだ。

最近、介護をきっかけに離職・転職している人を増加率でみると女性よりも男性の方が大きい。介護期間が長期化し、子ども世代の減少により介護確率が増大していく中で、すべてを女性任せという姿勢は間違いだ。また、老親の『生活プラン』を再設計(介護を含む)する際に、家族である以上、傍観者、部外者はありえない。日頃から手を動かして、時間を費やして一緒の時を過ごしている人がエラいといったように、てじかあこ(手、時間、金、頭、心の頭文字)の順をきちんとわきまえておく必要がある。『口だけ出して、手も金も出さない』は論外という自覚がないと、きょうだい間でもめやすい(注3)

さらに、かつては専業主婦が舅や姑を看取ったかもしれないが、きょうだい数が多く、地縁ネットワークもあった頃の介護は『騎馬戦』だった。今は、『肩車』になっており、夫婦で協力する姿勢がないと、到底乗り越えることができない。

筆者自身は、(1)孫たちと老父との日々のコミュニケーション、(2)一緒に散歩するなど適度な運動をすること(注4)、(3)老父の自尊心を最も大切にしている。某・有名介護チェーン経営者は「ありがとうを沢山集めたい」がモットーと語っているが、筆者は老父に、「孫たちとともに、ありがとうを沢山プレゼントしよう」をモットーにしている。

注1:「介護は情報戦」という言葉は、遠距離介護を支援なさっているNPO法人が最初に使用した。そのNPOの活動領域では的確な言葉だと思うが、企業が使用すると、「情報さえあれば、あらゆる介護を乗り越えられる」という印象を従業員に与えてしまい、ミスリードになりかねない。筆者の実感としては、知力、体力、精神力、情報収集力、ネットワーク構築力を駆使しないと、介護・看護は乗り越えられない。情報だけを集めても乗り越えるのは困難だと思う。

注2:筆者が介護セミナーで使用しているチェックシートの一部を抜粋すると、以下のとおり。自分の考えに近い項目に印をつけてください。

(1)男性よりも女性の方が介護をするリスクは高い

(2)長男長女だと、介護をするリスクは高い

(3)共働きは片働きよりも、介護をするリスクは高い

(4)故郷にいる老親が要介護になっても、呼び寄せられない状況だと、介護リスクは高い

(5)介護サービスや介護施設を含めて、誰が面倒をみるかという「受け皿」の問題であり、受け皿のあるなしがリスクと直結する

(6)要介護度が上がるにつれて、徐々に大変になっていくから、介護が始まってから真剣に考えることがリスクヘッジにつながる

(7)介護に関連する最大の経済問題は、介護費用である

○が4つ以上:いざ介護に直面すると、かなりリスクが高いので注意しましょう。

○が3つ以下:○をつけた項目に関連してリスクが発生するかもしれません。

○がゼロ:介護に直面しても、当事者意識をもって乗り越えられる方です。

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注3:介護をめぐって、親族間でもめたケースについて、筆者が要因を分析した結果、以下のルールを発見した。手、時間、金、頭、心の順に、使う人がエラいということがわかっていないと、もめやすい。頭文字をとって並べると、「てじかあこ=手近吾子(手近な我が子)」とすると、覚えやすい。

例えば、実際に介護をしない子どもほど、引け目があるので、たまに会った時に親の話に同情しやすい。認知症の親が「食べ物を食べさせてもらっていない(←実際には、忘れてしまっただけ)」という言葉を真に受けて、介護をしている兄嫁に文句を言ってしまうことがある。老親の愚痴⇒親のために代弁⇒兄弟喧嘩というのが典型的なもめるパターンだ。

注4:老父が一人で歩いてると「徘徊」だが、筆者と一緒だと「散歩」、孫たちの手を引きながらだと「幸せ家族」になる。筆者自身の介護ライフは、拙著『イクメンで行こう』(日本経済新聞出版社、2010年)に詳しい。

3つの『カン』

企業が従業員に提供できるのは、3つの『カン』だ。第一に、時間。これは、最後まで介護・看護をして、看取る時間ではない。援助が必要な家族(高齢とは限らない)の生活を再設計し、軌道に乗せるまでの時間を確保することだ。

第二に、全体観。介護は多様だが、基本的な心構えや大まかなイメージを事前に伝えて準備をさせることが大切だ。介護で知っておくべき情報の裾野は広いので、個別ニーズに即した情報は外部の事業者等と提携するのも一つの方法だ。

第三に、最も大切なのは『安心感』。従業員に、いざ介護になっても、仕事を辞めずに両立できると安心させるためには、事前に制度を周知しておくこと、お互い様、思いやり意識のある職場風土作りが必要だ。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選挙委員会委員、男女共同参画会議 専門委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。