「共同参画」2012年 2月号

「共同参画」2012年 2月号

スペシャル・インタビュー

東日本大震災における看護による被災地支援
日本看護協会 看護研修学校
認定看護師教育課程 救急看護学科 主任教員
石井 美恵子

今回は、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2012」大賞に選ばれた石井美恵子さんにお話を伺いました。石井さんは、東日本大震災に対する、日本看護協会による「災害支援ナース」派遣において、中心的役割を果たされました。

自分の力で責任ある生き方、一人ひとりが自立した生き方をすることが大切です。

― まず、医療の世界に入られたきっかけをお聞かせください。

石井 子どもの頃は、自分が看護師になるとはまったく思っていませんでした。ただ、故郷が昔ながらの家父長制の残る地で、女性が進学するという状況ではありませんでしたので、女性が一人で生きていける道を考えたところ、看護師という選択肢があったのです。

ところが、この世界に入ったばかりの頃は、故郷の男尊女卑のような関係が医師と看護師の間にありました。たいへんな所に来てしまったと思いました。

看護学生は、臨床実習も行いますが、看護教育と臨床とにギャップを感じていました。私は失望し、一時休学しましたが、周囲の支えで復学することになりました。

― 現在、看護師の置かれる現状はどのようなものでしょうか。

石井  医師の状況と異なるのは、どうしても経験則になりがちで、科学性・論理性が弱いところだと思います。年功序列といった仕組みも残っています。看護師の世界だけの話ではありませんが、もっと成長できる若い人材がいるはずなのに、それをつぶしがちです。

私個人の意見としては、例えば日本看護協会では「認定看護師」という資格制度を行っていますが、その資格を取っても、業務は普通の看護師と同じままの場合も少なくありません。トレーニングを積んだ人ができることを増やし、能力が上がったことを明確にすれば、本人のモチベーションも上がります。時代に応じた、柔軟な人材活用が大切です。超高齢社会を踏まえ、2025年問題を考えたとき、看護師がもっと判断力を持てるようにするべきです。自立したナースを育てていくことが大切だと思います。

― 東日本大震災の被災地への、災害時の医療・看護に関する専門的訓練を積んだ「災害支援ナース」派遣の現地での陣頭指揮を執られましたが、そのお話をお聞かせください。

石井 支援活動は震災直後から始まりました。私が現地に入ったのは3月22日です。4月からは災害支援ナースのコーディネーターとして、その後8月まで自治体のアドバイザーとして、支援しました。

私は、現在、災害対策を専門としている訳ではなくて、看護研修学校で救急看護認定看護師の教育を行っていますが、たまたま災害支援ナース制度の見直しを手伝っていたところ、今回の震災があり、私の経験が活かせるのでは、と手を上げたものです。

― 以前にも、2003年のイラン大地震や、2008年の中国・四川大地震の支援等に参加されていますね。

石井  以前、私の所属していた北里大学病院では、先進的な取組を行っており、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件を踏まえ、アメリカの災害医療の研修に医師や看護師を派遣したので、参加しました。その後、子どもが小さかったので、国内の教育・訓練等に関わっていきました。そういった経験によって、災害時の対応等を学んでいきました。

― 被災地でスタッフを束ねて動かす上で、リーダーとして気遣った点等はありますか。

石井  目的と目標の明確化です。「このためにこれをする」という意識を皆で共有することが何より大切です。

団結力や目標がないと集団は動けませんので、中国・四川大震災のミーティングでは時間を2、3時間ほど取り、皆の意見を集約しながら方向付けを行いました。

今回の東日本大震災では、全47都道府県から人が集まりました。また、2人程度の少人数での活動でしたので、災害支援ナース全体としての存在意義を明確にするようにしました。一人ひとりの態度で被災地を傷つけることがある、支援者の独りよがりの行動が被災者を傷つける、ということを、皆にしっかりと意識づけられたのがよかったと思います。

― 災害派遣が初めての方もいたと思いますが、動揺はありませんでしたか。

石井  被災地を目の当たりにすれば、影響されてしまうのは仕方ありません。ただ、それを使命感で乗り越えることができます。そのためにも、実際の支援に入る前に教育をして、派遣の意義を実感させて、送り出すことが大切だと思います。

― 後進の育成に当たっては、どのようなことを重視されていますか。

石井  災害支援も、普段の私の業務である教育も、どちらも何故?何?と探究する「考える力」が重要だと思います。それがあれば、今、誰のために何をしているのかということを踏まえて判断することができます。それがなければ経験則に従ってしまい、目の前の人を見ないで行動しようとします。日本の教育も悪いのです。暗記も必要ですが、それ以上の、考える力を身に付けさせて、能力を試験で計ることが必要です。

研修生がよく「教えてくれる人がいない」と言いますが、患者さんが様々なことを教えてくれます。患者さんの状況を疑問に思い、調べて学ぶ。考える力があれば、そうやって身に付けていくことができます。

― 今後の目標を教えてください。

石井 私自身、今後どこに着地するのかわかりません。ただ、ひとつ思うことを挙げると、この国の危機管理の状況はとても貧しいので、災害時に国としてシステマチックに動く仕組みが必要だと思います。

例えば国のHPに過去の災害の資料が載っていますが、それを活かす仕組みができていない。国が専門家を育成して、災害時に現地に派遣するような仕組みが必要です。各自治体に、災害や復興の専従の専門家を置くような仕組みです。

ただそれには、今の私の力では到底及びませんので、それを目標に、キャリアアップしていきたいと思います。

― 最後に、看護師を目指す若い方へのメッセージをお願いします。

石井  看護師だけでなく、若い人だけでもなく、全ての人に対してですが、「前向きに生きる」ということが大切だと思います。超高齢社会や年金問題等で厳しい状況にあるのはわかりますが、それはそういう時代に生きているので、仕方のないこと。

社会のせいにせず、自分の力で責任ある生き方、一人ひとりが自立した生き方をすることが大切だと思います。

― ありがとうございました。

石井 美恵子 日本看護協会 看護研修学校 認定看護師教育課程 救急看護学科 主任教員
石井 美恵子
日本看護協会 看護研修学校
認定看護師教育課程 救急看護学科 主任教員

いしい・みえこ/
1962年新潟県生まれ。新潟県厚生連中央看護専門学校卒業後、同県厚生連豊栄病院、東京医療センター勤務を経て91年に結婚退職してイランに移住、長男出産。93年に帰国、北里大学病院救急救命センター勤務。救急看護認定看護師取得後、北里大学大学院看護学研究科を修了。03年イラン大地震、08年中国・四川大地震など海外での医療支援にも携わり、07年から現職。