「共同参画」2012年 1月号

「共同参画」2012年 1月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際(9) 制約社員の多様性Part2
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

少数男性の多数派は育児より介護

ダイバーシティ=(イコール)女性ではないのに、なぜ女性活躍にばかりスポットがあたるのかと質問されることがある。筆者は「少数派の中の多数派が女性であり、女性さえ活躍できない職場では、外国人や障害者といった制約社員は活躍しにくいから」と回答している。

一方で、最近では多数派である男性の中の少数派─イクメン(注1)、カジダン、イケダン(注2)、イクジイにスポットが当たる傾向もある。

しかし、メディアや女性たちはもてはやしても、実際には「男なのにどうして」という風当たりはまだ強い。男性グループからは裏切り者扱いされたり、年配者から嘆かれることも少なくない。

 依然として、逆風もあるため、男性の育児休業取得率は低迷している。しばしば1.38%という数字が取り上げられるが、正確には0.15%だ(注3)。配偶者の出産時に男性が取得する配偶者出産休暇(いわゆる『隠れ育休』)を含めれば、取得率は高いのではという指摘もあるが、これを裏付けるデータはない。

これに対して、男性の介護経験者は実はかなり多い。最近になって、介護が注目されているが、介護は決して最近、急に増えたわけではない。

1994年に、富士総合研究所(筆者の最初の職場)が、大企業の役員・管理職450人を対象に実施した『高齢者の介護が管理職の業務遂行に与える影響の調査』では、回答者の56%が介護問題に直面した経験を持ち、介護問題で役員・管理職の足元が揺らいでいた様子がうかがえた(注4)男性の中の少数派における多数派は、実はイクメンやカジダンではなく、介男子(介護する男性)なのだ。

筆者は、類似調査を個別企業の依頼で実施してきたが、さほど高い介護経験率とはならない。個別企業では人事部を通さずに従業員から直接、回答してもらうのが困難なことから、隠している社員も相当いるのではないかと推測される。

注1:2004年に厚生労働省が実施した「結婚相手に何を求めるか」という調査の結果は興味深いものだった。

若い男性が相手に求めるものは容姿がトップであったのに対して、若い女性は相手に容姿よりも育児・家事をする男性を求める人が4倍も多かった。

そこで、筆者は5年ほど前から「イケメンよりもイクメンがもてる」という言い回しを使ってきた。

注2:「イケダン」とは、「イケてる旦那」の略語。雑誌『VERY』は、妻が自慢したい夫として、オシャレで容姿端麗かつ家事もでき、育児に積極的な男性たちを取り上げている。

筆者は、NHKの朝番組で、イケダンブームの解説をした際に、男性キャスターから「ところで、渥美さんはイケダンですか?」と聞かれて困った。自分で「イケてる」と言うのは気恥しく、旦那という言葉も好きではないからだ。

その場は、「自分ではわからないので、帰宅したら、妻に聞いてみます」とかわしたものの、男性が自称しやすい言葉にできないか、しばし思案した。

以来、筆者は勝手に「介護やお裁縫、子どもの看護など、これまでなかなか男性が立ち入らなかった領域に進出しようとする「イケイケ男子」の略語として、「イケダン」を自称している。

注3:2010年度の出生者数は107万1179人だったのに対して、男性の『育児休業給付受給者数』は1634人。

   1634÷1071179×100=0.15(%)

注4:役員・管理職のうち、「配偶者、親族等と分担して介護」26%、「配偶者のみ」16%。また介護経験者の46%が「精神的疲労」を覚え、40%が「配偶者からの不平・不仲」など家族関係が悪化し、35%が「自由時間が無い」、25%は「肉体的疲労」を訴えていた。

離職はライフよりもワーク要因に

では、なぜ介男子たちはカミングアウトできていないのか。筆者が介男子など60名にインタビューした結果、いくつかの理由が浮かんだ。子育てよりも介護はネガティブ情報が多いので、口外するのが、はばかられる人もいる。また、介護を契機として離職・転職した先輩の前例を見聞した人たちには、「人事部に伝わると、昇進昇格の妨げになる、最悪の場合は職を失うのではないか」いう疑心暗鬼もあった。

実際に、筆者がヒアリングした企業担当者の中には、「従業員構成がだぶついているバブル世代などの社員の中には、介護を契機に離職してもらった方が助かる」と率直に語る人たちもいた。

多くの企業では、離職・退職に至る場合、ワークよりもライフ要因の方が強い(図表1)。しかし、ワーク面で成果が乏しく離職に至るのは自己責任だが、当人の責任とは言い難いライフ要因で離職せざるをえない状況は公正ではない。こうした点も今後の課題となるだろう。

これまで日本の職場では「公平」が重視されてきたため、平均像から離れた制約社員は肩身が狭かった。これからは、多様な人たちを「公正」に取り扱うことが重要になる。

(図表1) 離職・転職理由の強弱
(図表1) 離職・転職理由の強弱
(資料)渥美由喜が作成。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選挙委員会委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。