「共同参画」2011年 12月号

「共同参画」2011年 12月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際(8) 制約社員の多様性Part1
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

ミスタープップの法則

これまで筆者は、「ワーキングマザーなど制約がありながら、会社や社会で活躍している人たち」百数十人(大半は女性)にインタビューをして、共通項に気づいた。多くの場合、メンター(相談相手)、ロールモデル(将来の見本)、パートナー(夫や仕事相手)に恵まれている。

そして、優秀だ。講演で、「男性管理職の中には一定割合、優秀とは言い難い人が混ざっているが、女性ではあまり見かけない」と述べたところ、聴衆の年輩男性から憤然と抗議を受けた。「私の経験では、絶対に男性の方が優秀だ!」。相手の経験に基づく主観までは否定できないので、正面からは言い返さず、「女性管理職の絶対数が少ない現状では、少数精鋭となる傾向がある」と回答した。

以来、そもそも「優秀」をきちんと定義せずに話すと誤解されると反省し、自分なりに「(1)出会いを大切にし、誰からも学ぶ姿勢がある、(2)向上心に富む、(3)ワークにもライフにも真摯に向き合う姿勢がある人」を優秀と定義した。

活躍している男性たちも(1)(2)を持ち合わせているが、(3)は欠けていると思う。

さらに、活躍している制約社員はポジティブ・シンキングだ。前々回、女性は事前に失敗する可能性を慎重に検討するタイプが多いと述べた。一方で、活躍している女性たちは、事前は慎重であっても、気持ちの切り替えが上手で、事後は超ポジティブシンキングで立ち向かう(良い意味で、図太い)タイプが多い。

5つの頭文字から筆者は「MRPUPの法則」と名付けている(図表1)。

図表1 活躍している制約社員が持つ5資源
~MRPUP(ミスタープップ)の法則~

図表1 活躍している制約社員が持つ5資源~MRPUP(ミスタープップ)の法則~

『良かった探し』の効用

上記5つの資源のうち、最も重要なポジティブ・シンキングには、『良かった探し』が有効だと筆者は痛感している。

3ケ月前、よちよち歩きを始めた1歳の次男が右側にばかりよろけるので、精密検査をしたところ、左脳に大きな腫瘍があることが判明した。緊急入院させ、1週間後、小児がんの分野で高名な医師に、7時間に及ぶ手術をしていただいた。退院までの1ケ月半、筆者は夕方から翌朝にかけて、病院に寝泊りする中で、得難い体験をさせていただいた。

小児病棟には、筆者の子どもなんて軽症に思えるような重度な疾病の子たちが沢山いるが、そうした子たちから筆者は多くのことを学ばせてもらった。

頭に電極を刺していた3歳の男の子は毎朝、出会う一人ひとりに、澄んだ愛らしい声で何ども挨拶を繰り返していた。挨拶がいかに人の心を朗らかにするかを筆者は改めて彼から学んだ。

筋ジストロフィーの5歳の女の子は、徐々に身体が動かなくなっていく我が身を嘆くことなく、年少の子たちを励まし、慰めていた。こういう立派な子たちに会えて本当に良かったと感謝している。また、息子の症状に気づいて、すぐに対応して本当に良かったと思っている(注1)。

そして自分も、子どもたちが生まれてきて良かった、老父が晩年に生きていて良かったと思える家庭作りとともに、『ダイバーシティ=誰もが働いていて良かったと思う職場作り』に貢献していきたいと新たな闘志が湧いた。良かった探しは、良かった作りに結びつくのだ。

注1)筆者の次男が緊急入院した際のMRIと1週間後の手術前に撮ったMRIを見比べると、わずか1週間で腫瘍は脳室に到達しようとしていた。

仮に筆者がワークホリックで、次男の症状に気づかない、あるいは気づいても「歩き始めだから、よろけているだけだろう。寝かしておけば治るよ」と放置していたら、手遅れになった可能性が高い。

まさしくワーク・ライフ・マネジメントはリスク・マネジメントだと実感している。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選挙委員会委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。