「共同参画」2011年 9月号

「共同参画」2011年 9月号

連載 その1

ダイバーシティ経営の理念と実際(5) 女性社員の多様性Part3
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美 由喜

リスク管理力の向上

震災を機に、リスク管理への関心が高まっている。前回、述べたように、女性取締役割合が世界一のノルウェー(図表1)で、昨年筆者がヒアリングを実施した際に、「リスク管理力が高まった(金融業)」といった声が多数聞かれた。

図表1 女性取締役割合の国際比較
図表1 女性取締役割合の国際比較
(注)前回の図表2では、一部の国を省略していたので、再度、掲載する。 (資料)米国の国際非営利団体「国際女性経営幹部協会」(CWDI)、「国際金融公社」(IFC)『Report:Accelerating Board Diversity』2010年に基づき、筆者が作成。

なぜ、女性活躍に取り組むと、リスク管理力が高まるのだろうか?総体的に、男性よりもライフ体験を持つ人が多いのが女性の強みだと、筆者は考える。

日本企業では、「明晰な頭脳、屈強な肉体、強靭な意思」こそが過酷な競争で勝ち残る3条件であると考えている男性たちは、今なお多い。しかし、3条件を兼ね備えた優秀な集団であろうとも、しょせん人間のすることが無謬ではないことは、震災後の状況を見れば明らかだ。今後は、3条件に代替するものが重要だ。

第一に、明晰な頭脳よりも、想定外の出来事に臨機応変に対応できる「しなやかな頭脳」が大切。子育てや介護などライフ体験は、想定外の出来事の繰り返しであり、しなやかな頭脳作りに役立つ。

第二に、屈強な肉体よりもリスクを顕在化させない『先読み力』の方が大切。乳幼児や高齢者はリスクの塊であり、彼らのリスクを顕在化させないために、自然と先読み力が身につく。

第三に、強靭な意思の基盤となるのが単なる組織愛であれば、その基盤は脆弱だし、間違った選択をしやすい。それよりも家族愛、例えば子どもたちが生きていく将来の社会のために自分のベストを尽くすという人間の意思は、組織愛よりもはるかに強靭であり、間違った方向に進むリスクは少ないように思う。

コンプライアンス対策にも

最近、筆者は企業のコンプライアンス(法令遵守)研修の一環で、ワーク・ライフ・バランスや、女性活躍について講演する機会が増えている。筆者が保有する3,000社の企業データを調べると、過去5年間に不祥事を起こした企業には、同業他社と比べ2つの特徴があった。

1つは長時間労働。おそらく会社が残業代を払わないサービス残業が横行していると、「会社も法律違反しているし、自分もいいだろう」と社員も考えやすいのではないか。また、「会社が生活のすべて」となると、会社の常識は社会の非常識ということに鈍感になるのだろう。

不祥事企業のもう一つの特徴は、女性の管理職割合が低い。女性が常に正しくて、男性が間違っているとは思わないが、多様な考えを持つ人たちが、自由に意見を言える職場だと、チェック機能が働く。

以前、筆者がコンサルティングをした食品メーカーでこんな話を聞いた。ある時、食材に卵の殻が誤って混入した。微量である上、機械で粉砕するため、食べても絶対にわからないレベルだったというが、侃々諤々の議論の末に、最終的には食品部門の女性責任者が、「自分の家族に食べさせたくないものは販売しない」と回収を決めた。回収コストはかかったものの、誠実な企業としてのブランドイメージは逆に向上した。

消費者や市民としての健全な感覚は、不祥事の抑止力として有効だ。企業の社会的な信用を保つためにも、WLBや女性活躍を推進し、職場の体質を健全にすることが重要だ。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』選挙委員会委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。