「共同参画」2011年 3月号

「共同参画」2011年 3月号

連載 その1

ワークライフ・マネジメント実践術(11) まとめ
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜

ワークでもライフでも良かった作り

最近、もしドラに代表される『マネジメント』ブームだ。マネジメントとは、管理職だけがするのものではない。誰もが自分の人生の『主人公』として、ワークもライフも自分でマネジメントする姿勢が大切ではなかろうか。

WLMとは決して会社が、職場が、上司が面倒をみてくれるものではない。一人ひとりがワークにも、ライフにも真摯に向き合うポジティブな姿勢こそが必要だ。原点は、みなに公平に与えられている「時間」を上手に使って、自分の人生を設計してこうという、個人の自覚だ。

一方で、個人の取組みには限界があるため、職場・企業全体として改善することも大切だ。個人と職場双方の取組みを両輪として進めていかないといけない。

まず、個人の取組みから述べたい。筆者自身、4歳と1歳になる息子たちを妻と育てながら、老父の介護をする日々だ。研究者・コンサルタントという仕事は、自分とは考えが異なる人たちをデータとロジックで説得する仕事なので、小欄でこれまで述べてきたような、ややこしい考え方を提示している。一方で、個人としてはきわめてシンプルに考えている。

ワークでもライフでも「良かった」作りのサポートをしていると感じる。

例えば、イクメンとしては、子どもが生まれてきて良かった!と思える家庭作り、妻が産んで良かった!と思えるようなサポートを心がけている。

介男子としては、老父が長生きして良かった!と思えるようサポートしている。

上司としては、誰もが働いていて良かった!と思える職場作りをしている。

支援と貢献

次に、職場・企業の取組みについて述べる。従業員と企業の関係は、『支援と貢献』という考え方をすべきだ。この考え方は、味の素さんが提唱している。企業は従業員がさまざまなライフステージのニーズに応じて支援をする。『支援』された従業員は、仕事を頑張って『貢献』しようとする(図表1)。

図表1 味の素さんが目指すワークライフバランスの実現
図表1 味の素さんが目指すワークライフバランスの実現

仮に、支援されて当たり前と受け止めて、権利ばかりを主張するような従業員が一人でもいると、周囲には不協和音が生じてしまうであろう。

逆に、支援された人が周囲に「お陰様で」という感謝の気持を抱くと「お互いさま、思いやり」が職場全体に広がっていく。

制約とは、「成功が約束」の略語

本人の受け止め方が重要である一方で、周囲の受け止め方にも留意する必要がある。制約がありながら働く人に対して、「仕事面での貢献度が下がる」と決めつけるのは間違いだ。

一昨年、筆者はNPO法人 J-Winが実施した働く女性4000人のアンケート調査をお手伝いした。

「育児を経験していることにより仕事の上で変化したことはありますか?」という設問に対して、7割の女性が「効率的な働き方ができるようになった」、6割の女性が「地域の交流で、視野が広がった」と回答していた。すなわち、時間制約・場所制約ともにメリットがあったと認識していた(図表2)。

図表2 育児との両立により変化したこと―育児は仕事面でも実はプラス
プラスの影響 日中、集中的に働かなければいけないため、効率的に働けるようになった 71%
子供に関連した地域社会への関わり、多様な人とのお付き合いを通じて、視野が広がった 56%
忍耐力、包容力がアップし、部下の育成・指導、各種交渉等において、以前よりも力を発揮できるようになった 37%
子供からの信頼が自信となり、細かいことでくよくよ悩まなくなった ストレスを早く解消できるようになった 34%
育児経験のおかげで、予想していない事態が生じたときの対応力がアップした 34%
マイナスの影響 保育園からの突然の呼び出しなどにより職場の同僚等に迷惑をかけることが多くなった 39%
お迎えのため残業ができなくなり、責任のある仕事を任せてもらえなくなった 22%
育児が最優先のため、仕事に対する情熱が以前ほどではなくなった 16%

(資料)NPO法人J-Win『働く女性のWORK& LIFE調査』2009年、福沢恵子監修『私の仕事道』Part2キャリア女性4000人アンケート「仕事・昇進・結婚・出産―思いと悩み」日本能率協会マネジメントセンター、2010年より抜粋。

こうしたメリットは 筆者自身も強く実感しており、よく喩え話をする。普通のトマトの栽培中、極力水を与えないなど、負荷をかけると、小さく甘みの強いフルーツトマトができる。稀少価値があるため、市場価値は高い。同様に、ライフで苦労をしている人がライフからもワークからも逃げない中で、高密度な働き方が実現でき、市場価値も高まると筆者は確信している。

また、ライフ体験が豊富な人ほど、相手に合わせるマネジメントができる。日頃から、乳幼児やお年寄りに根気強く接している経験が活きるのだ。ワークにもライフにも真摯に向き合う姿勢を持つ「制約社員」とは、成功が約束された社員の略語だ、と思う。

一方で、制約がない働き方をしている人には、こうしたメリットは、なかなか通じない。24時間、365日働いて当たり前と考えている管理職は、部下のマネジメントで失敗しやすい。自分に合わせろという姿勢で、部下のモチベーションを低下させてしまうからだ。筆者は、「無制約社員」とは「無理な精神論で厄禍を招く社員」の略語だと考えている。

制度よりも風土

次世代育成支援に関する行動計画の策定の義務化の影響もあって、制度が整っている企業は増えてきた。しかし、「制度よりも風土」が重要だ。職場風土には、管理職の姿勢が大きく影響する。このため、筆者は最近、企業の管理職研修を手がけることが多い。「制約社員は職場のお荷物と思われることが多いが、周囲が適切な支援をすれば、本人も頑張って貢献しようとする。時間制約ができると、総生産性は下がるかもしれないが、時間あたりの生産性はむしろ上げる人が多い。しかも、制約は未来永劫続くわけではないので、いったん生産性が高まった人が、いずれまた長く働ける時が来る。そこに期待して投資をすればハイリターンとして返ってくる、という考え方が重要だ」と話している(図表3・4)。

図表3 制約社員に対する2つの考え方
図表3 制約社員に対する2つの考え方

(注)必ずしも制約社員=女性社員というわけではない。イクメン、介男子、シングルマザー・ファーザー等を代表して、ここで「子育て中の女性」を取り上げている。

(資料)渥美由喜『イクメンで行こう!』日本経済新聞出版社など各種資料に基づき、筆者が作成(図表4・5も同じ)。

図表4 制約社員と無制約社員の比較
総生産性 時間あたりの生産性
無制約社員 10時間で1000 100
制約社員 (例:イクメン&介男子が夕方以降は在宅ワーク) 日中は6時間で840 在宅2時間で150 合計:8時間で990 日中は140(集中するため40%増) 在宅は75(育児中・介護中は集中できず25%減) 平均125(25%増)

【両者を比較すると】

○総生産性は、ほぼ変わらず

○ただし、集中時の火事場の馬鹿力がプラス

→将来的に、10時間で125以上は可能になる

1年で残業を半減させる

最近、職場改善のコンサルティングの中でも、景気回復とともに増えつつある残業を削減したいという企業をお手伝いするケースも増えている。

月40時間の残業をしている職場に出向き、「あと20時間、余分に時間があったら、何をしたいですか」と書き出してもらう。「それを実現するためには、今日は昨日よりも22秒、明日は今日よりも21.9秒早く帰れるように工夫をしましょう。というように、残業時間を0.3%づつ減らしていくと、1年後には残業は半減しています」と話す(図表5)。

図表5 残業時間を半減させる考え方
図表5 残業時間を半減させる考え方

いきなり残業を半減させますと宣言すると、「業務は増える一方なのに、そんなのは夢物語だ」と思う人は多い。しかし、昨日よりも22秒早く帰るための小さな改善点は誰でも思いつく。まさしく「塵も積もれば山となる」のだ。

そうした小さな改善点を洗い出して、職場全体で共有し、業務効率の高い人の知恵を真似していくといい。そうした知恵は制約社員ほど持っているし、制約社員をはじめ部下の声に耳を傾ける姿勢が管理職にあれば、職場全体を改善するヒントを得ることができる。

一方で、権利ばかりを主張する社員がいたら、権利と義務は表裏一体と伝えないといけない。WLMとは決して従業員を甘やかすものではなく、各人が自律してワークでもライフでもやるべきことをきちんと果たしていくことだからだ。

WLMは頭で理解すること以上に、皮膚感覚で体感することが大切だ。ぜひ、男女ともにみんなで力を合わせて、より良い職場作り、地域社会作りを目指していきたいものである。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。