「共同参画」2010年 8月号

「共同参画」2010年 8月号

連載 その1

ワークライフ・マネジメント実践術(4)
株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜

前回、外圧として従業員に「F=不安」を与えて意識啓発を図る手法を述べた。逆に、内圧として遊び心を活用しつつ共感を広げる手法が第2回の「J=ジョーク」と今回ご紹介する「K=感動」だ。

坂道の手前にあるハードル

WLBを坂道の傾斜にたとえると、昔よりも緩やかになったはずなのに、大多数の人は登らない。妊娠出産育児を機に女性の6割は仕事を辞めている。また、2児それぞれに育休を取った筆者のような男性は「珍獣」に近い。実は女性の多くは仕事を辞めたくないし、男性で育休を取りたい人の方が多い。にもかかわらず、坂道を登らないのは、その手前に心理的・物理的なハードルがあるからだ(図表1)このハードルを取り除くことが、「従業員の意識啓発」の大きな目的だ。

図表1 WLBの坂道
図表1 WLBの坂道
(資料)筆者が作成。

介護に足を踏み出させた言葉

WLBに無関心だった人が一歩踏み出すうえでジョーク、不安は有効だ。しかし、JFだけでは二歩、三歩と歩んでいく促進力としては弱い。この点で、感動は心の奥底から人を勇気づけ、励ます。

昨年12月、筆者は上司である佐々木常夫の社長室を訪ねた。自宅近くに独居する父の認知症が進み、徘徊を始めるようになっていた。自分が介護をしなければならず、業務に支障が出るかもしれない。別のシンクタンクから半年前に転職したばかり。「果たしてそんなことが許されるだろうか」。気が重かった。

筆者が「実はうちの父親が…」と切り出すと、佐々木は身を乗り出すように耳を傾けてくれた。じっくり話を聞き終えると、「仕事よりも家族のそばにいてあげなさい」と温かく促した。

佐々木の根底には、「誰しも事情を抱えながら働いている。お互いを知り、助け合うことが大切」という考えがある。佐々木のお母さまは、26歳で四人の子どもを抱えて未亡人となり、それでも毎日を笑顔で過ごしていたという。佐々木は母から「運命を引き受けなさい」と言われてきたと聞き、筆者は深い感動をおぼえた。ワークにもライフにも逃げずに、真摯に向き合っていこう、と勇気が湧いた。

「おしんカーブ」こそ豊かな人生

従業員・職員向けの「意識啓発研修」で、筆者は「ライフの山あり谷ありカーブ」を書いてもらうことがある。総じて、男性よりも女性の方が起伏が激しい。特にジェットコースターのようなカーブを「おしん曲線」と呼んでいる(図表2)。おしん曲線を書いた苦労人は、たいてい自分のカーブを起伏が大きくて恥ずかしいとネガティブに捉える。

しかし筆者は、「おしん曲線は伸ばすと誰よりも長い線になり、豊かな人生を送っていますね」とコメントする。

逆に、男性に多い「高台カーブ」は一見すると、ライフイベントに左右されず充実した人生に見える。しかし、ライフのキャリアアップ(一見するとダウン)なしできた人は、大きなリスクがある。生活者視点で新たな商機を見出すこともなく、きめ細やかな住民サービスの提供も難しいからだ。さらに、多様な部下をマネジメントする人間力が磨かれないという点でも大きなマイナスではないか。

図表2 ライフの山あり谷ありカーブ
図表2 ライフの山あり谷ありカーブ1
(資料)筆者が作成。

株式会社東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長 渥美由喜
あつみ・なおき/東京大学法学部卒業。
複数のシンクタンクを経て、2009年東レ経営研究所入社。内閣府『ワークライフバランス官民連絡会議』『子ども若者育成・子育て支援功労者表彰(内閣総理大臣表彰)』委員、厚生労働省『イクメンプロジェクト』委員等の公職を歴任。