「共同参画」2010年 6月号

「共同参画」2010年 6月号

スペシャル・インタビュー

「大学における男女共同参画―女性研究者を増やしたい!―」

今回は、大阪大学における男女共同参画などの取組について、大阪大学大学院の松繁寿和教授にお話を伺いました。

女性が働きやすい社会は、男性も働きやすい

― 研究者になられたきっかけは。

松繁 高校、そして大学の時に自分を見つめていると、納得できなかったり、十分に理解してないことがあると、とにかくやりなさいと言われたとしても行動に移せない人間なんだと分かったんです。私は自分が組織の中で働くのは不向きな人間だと気づいたんです。そこで学校の先生になろうかなと。そして、どうせそうするならあと2年くらい勉強しようと思って大学院に行くことを決めたんです。ところが入ってみると、2年間で経済学が身につくわけでない。途中でやめるというのは余りにも中途半端だなと思い、続けることにしました。結果、ある意味でずるずるとこういうことになったという次第です。でも、気が付くと、今、研究科長をしていますので、組織のマネジメントをやっているわけです。人生思い通りにいかないなというのが正直な感想ですね。

― 男女共同参画が重要だというお考えについてお聞かせください。

松繁 私は労働経済を専門にしています。労働経済では女性就労は大きな問題なんです。大阪大学は大きな大学ですが、女性の問題を取り扱っている研究者があまりいなかったんです。私は特にその分野の専門家として特化してはいないんですけれど、多少やっていたものですから、男女共同参画の問題に関わることになりました。

ただ、男女共同参画については、個人的な思い入れもあります。それは、私の母親が小学校の教員という職業についていたことに起因します。田舎なものですから、農業もしなければいけないという状況だったんです。それを見ていまして、家事と職業を一緒にこなすことはできない。それを完全にやろうとすると身体を壊す。要するに、どちらも1人分の労働力を必要とするわけです。ですから、女性に働きなさい、かつ家事と育児をやりなさいという社会そのものが無理を強いているというのがずっと思いの中にありました。男女共同参画に関われと言われた時に、阪大の中で何かできないかなというふうに思ったわけです。

― 女性の研究者が少ないことについてはどのようお考えでしょうか。

松繁 その原因は正直に言って文系の私には十分に分かりません。けれど日本全体が女性の能力を生かしていないというのは事実ですね。

最近は、表彰を受けたり、卒業生代表になったりする優秀な学生は女性の方が多い。にもかかわらず女性の研究者が少ないというのは、それを生かせる制度が整ってないか、あるいは女性自身がなろうとしていないか。

もう一つは、大学における働き方にも問題があって、ワーク・ライフ・バランスがかなり崩れている。日本人は長期的に成果を上げるという人生や社会のつくり方が下手なのかなという気がします。働き過ぎて体を壊すとか、30代で燃え尽きてしまうとかではなく、長い時間スパンを考えて計画した方が、個人的にも社会的にも高い成果を上げることができる。あるいは仕事を分け合いながら豊かに生きた方が、実は仕事も生活も質がよくなるということを知らないのかなと思います。

それから、日本は、キャリアブレイクが1回あると戻ってこられない社会構造になっています。これも変えた方がいい。優秀な女性が、大企業の総合職に入っても、出産によって一度退職すると、次は本当にパートしかない。日本社会全体として、人材をうまく活用していないと思います。

― 大阪大学における男女共同参画の取組についてお聞かせください。

松繁 阪大は今年度、「多様な人材活用推進本部」を立ち上げました。基本理念は、女性をはじめとする多様な人材を積極的に活用・開発することにより、本学の研究・教育の質を高めることを推進することです。そして、男女共同参画の推進という観点から、学内環境の整備、啓発活動、支援相談システムの構築を進めています。さらに、女性のみならず、外国人や障害者などに人材活用推進の範囲を拡げていくことにより、本学の研究・教育の質を一層向上させることを目指しています。

このため、阪大はかなりのお金を投資していますし、日々の運営にも投下しています。財政面ではかなりの負担かなと思います。ただ、組織の側から見て、元がとれる可能性が高いと思われます。私は経済学者ですから、すぐにお金の話になるんですが、例えば、500万円分の貢献をしてくれる女性がいて、そのために400万円が託児所とかでかかる。100万円しか手元に残らないというのであっても、進めるべきだと思います。これだけ日本の経済状態が低迷すれば、100万円でも手に入れるということを考えるべきでしょうね。また、実は400万円子育てにかかったのは無駄なお金ではないんです。社会の将来への投資なんです。人材への教育投資は、今の社会で最も利率のいい投資ですから。

ですから、阪大では、託児所施設とか、あるいは各部局に女性研究者、職員、学生が利用できる休憩所をつくり、授乳とか搾乳ができるようにハード面でも力を入れています。

― 社会における女性の活躍促進については。

松繁  日本は、少子・高齢化が進んでいます。結果、働いている人達が支えないといけない人口の層が相対的に増えています。そうなると、労働力をどこからか確保しないといけない。選択肢は余りないのです。高齢者の方に引き続いて働いてもらう、それは非常に重要なことだと私は思っています。働かないのであれは社会参加してもらう、生きてきた知恵をもう一回社会に還元してもらうシステムをつくる。もう一つ、有効に活用されていない層があって、それが女性だと思うんです。働いている高齢層があって、働いている男性の層があって、働いている女性の層があるというふうにする必要があります。男性層だけで、他の残りを支える状況ではもうない。だから、十分に活用されてこなかった労働人材である女性に参加してもらうことは必要不可欠なことだろうと思います。

― 最後にメッセージを。

松繁 女性が、自分達の利益を追求したい、そのための場を手に入れる権利があるという主張は理解できます。けれども、それだけでは周りの人は権益を失うのではないかと考えると受け入れるのに躊躇する。だから、女性たちが働ける社会をつくった時に、周りの人にとっても働きやすい社会ができるんだ、その方がプラスになるんだというような説得の仕方をした方が、男女共同参画やワーク・ライフ・バランスが進みやすいのではないかと思います。

松繁 寿和 大阪大学大学院教授
松繁 寿和
大阪大学大学院教授

まつしげ・ひさかず/
大阪大学経済学部卒、Ph.D(オーストラリア国立大学)。2003年より大阪大学大学院国際公共政策研究科教授。2009年より同研究科研究科長。ドイツマールブルグ大学にて客員教授、オーストラリア国立大学にて客員研究員を経験。専門分野は労働経済学、教育経済学、人的資源管理。主要著書は「人事の経済分析」(編著、ミネルヴァ書房、2005年)、「キャリアのみかた」(編著、有斐閣、2010年)